第331話 取扱注意
増改築した店の経営は順調そのもので、鍛冶屋の方も多くの人が訪れている。何しろ良心的な価格で修理してもらえるので、どこがで拾ったような錆び付いた鍋まで持ち込まれているのだ。
「直せるモノなら直します。修行にもなるので。」
最悪直せない時は、壊れモノを素材として買い取り、別のモノとして作り直して販売するそうだ。そういう理由で、庶民からの人気は急上昇。しかも武具に関しては一切手を出さないという事で、鍛冶屋ではなく金物屋と呼ばれるようになっている。
差別化らしいが、間違ってやってくる冒険者もいるので名称を変更したそうだ。
エルフのパン屋は開店当初、人が集まらなかった。
以前はメリッサが売っていたのだが、パンだけ完全に切り離し、幾つもの創作パンを並べて待っていたのだが、入り難くて困った者達がメリッサの方へ相談して来たのだ。
「なんか変なモノは入ってないよな?」
「入口の戸が何となく重い。」
「美女だらけで娼婦かと思った。」
「価格が安すぎる。」
呆れるような内容が多いが、メリッサとミューでは解決できなかったため、これらの問題は一度太郎に持ち込まれた。一蹴したかったが、客が来ないと評判も変わらないのが問題だった。
再び試食販売が提案され、暫くは売り上げが低すぎて困るほどだったが、半月ほどでガラッと変わり、今は材料で価格を変更するなどして対応する事で、高級志向の貴族達にも好まれるようになった。
メリッサからの報告では、突然兵士さん達が沢山現れて連日買っていて、その兵士にはウチの従業員の父親が混ざっていたという。
問題が解決すると、エルフのパン屋という店の看板が逆に興味を引くようになり、嫌われ者のエルフ達という評価も少しずつ良い方向に変化しているそうだ。
本店に当たるメリッサの店の方は、安定した集客を誇り、母親が高級ポーションの生成を安定化した事で、冒険者の人気を集めている。長旅に必要な小物類の他に、家庭用の寝具なども売っていて、特に枕と寝袋が人気になっていた。
枕はオーダーメイドという事も可能なのが人気の理由だという。
「女性用下着も人気なんです。」
と、メリッサが教えてくれたついでに着用しているのを見せようとしたことが有った。もちろん断ったのだが、なんで涙目なの。
とりあえず綿花が人気なのは解った。
うん、わかったよ。
ごめんね。
二階の宿泊施設は旅人用ではなく、来客用で、酒場は無いが従業員用の食堂スペースは別にある。主に村からやってくるエルフ達が利用する事が多い。
アンサンブルと村の往復が楽になった事で移住希望者が訪れるようになったが、当然すべてお断りしている。ただし、ハンハルトやコルドーに向かう旅人は村の宿泊施設を利用するので、旅商人もたまにやってくる。
村から先のルートに関しては魔王国の範疇に無いが、整備は続けられていて、コルドーへの道も兵士達によって少しずつ整備されている。魔獣の出現が多いので、兵士達の仕事が増えた事を喜んでいる者もいるが、負傷者も出る。
その村のギルドではアンサンブルのような賑やかさは無いが、訪れた者達の情報交換は盛んに行われていて、今でもどうやって村の責任者に取り入ればいいのかが話し合われている。
この村で必要な物はすべで村で生産されるので、商人達は付け入るスキが無くて困っているようだ。
普通の村人に見える俺や子供達、孤児院の子供達も、外から来る者によく話しかけられるようになったが、どうやったら住み込めるかについては「魔王国側の責任者と話し合って下さい。」と言っている。
何とも、めんどくさい。
畑で作業に精を出す太郎が、久しぶりに高いところから村を眺めている。
自宅の屋根だ。
「やっと落ち着いてきた感じかなあ。」
「気になる家が有るがの。」
その家とはハーフドラゴンのエンカが住む家だ。今ものんびりと生活していて、フーリンさんより自活能力が高い。性格も穏やかで、孤児院の子供達が畑の収穫作業をすると手伝ったりしているし、カラー達と楽しく談笑しているし、自分の家でパンを焼いて振舞ったりもする。
子供達だけではなく、エルフにも兵士にも人気は高く、誰にも好かれるタイプなのかもしれない。デュラハーンを見た時は流石に驚いていたが、すぐに仲良くなっていた。
「あの人の父親、また来るんだろうなあ・・・。」
「太郎より強い者を連れて来るか、質より量、沢山のドラゴンを連れて来るか。」
「ナナハルはさ。」
「うん?」
「俺が強くなっている実感ってあるの?」
ナナハルは思わず笑いそうになった表情を引き締めた。
あまりにも真剣な目で見詰めてくるのだ。
「精霊の態度を見れば分かるだろうよ。」
ふわっとにゅるッと、出てきた。
「あのエンカというハーフドラゴンが来た時と、」
「その父親が来た時と、」
「確実に違います。」
「確実に違うわ。」
左右で同時に喋られてなんか変な気分なんだが。
「そういう事じゃ。」
どういう事?
「理由は分からぬが、本来は訓練なり修行なり、もしくは強制的に能力を底上げする道具を使ったりして魔力量を上げるのじゃが、太郎の場合は何故か毎日増えておる。」
「え?」
「自覚が無いのも困るが、膨大過ぎて増えても気が付かぬのじゃろ。」
「うーん・・・。」
「トレントの苗木を作るのも、最近ではあまり苦労せぬのじゃろ?」
「ポンポン作れる。」
「ポーションを作るレベルでトレントを生やすのは魔女とか聖女というレベルでは無いぞ。神業としか言いようがない。」
「まあ、私達にとっては神様の次に大切な存在ですので。」
「主ちゃんが神様になっても、そうなんだ~。って感じぃ。」
ナナハルが考え込んでいる。
てか、さらっと怖い事言わないでくれ、神様に成る気なんて無いぞ。
「以前、甘い飲み物を作れると言っておったじゃろ。」
「ああ、今はリンゴとかミカンの味のジュースも作れるよ。」
「ならば、そのままリンゴを創り出せるのではないか?」
マジかー・・・。
その発想は無かった。
シルバもウンダンヌも俺を見詰めてくる。
とにかくイメージが大切。
リンゴなら一番イメージし易いだろう。
・・・・・・・・・・・。
「・・・苗木?」
「じゃな。」
「林檎の木?」
「ふむ。」
下の方から声がする。
ん?
うどんともりそばだ。
「おこまりですかーー?!」
ああ、屋根の上だから直ぐに来れなかったのか。
ポスンっ!
上から降ってきた何かによって、視界が白い布で覆われた。
「なんか面白い事してるわね?」
「世界樹も興味あるか。」
下を見るとうどんが困り顔でこちらを見ている。
なんか可哀想だから下に降りるか。
「何やってるんですかー?」
スーとポチも現れる。
ポチの背中には疲れてぐったりしているマギが乗っていて、地面に落とされた。
もうちょっと優しくしてあげてもいいんじゃないかな。
「えっと、これは・・・。」
集まってきたので説明をすると、もりそばが一番驚いている。
「それでこの苗木なのね。」
「育てるならマナが方が良いかと思って、呼ぼうと思った時には現れてたんだよ。」
「流石、私。」ドヤッ
うん、可愛いから頭を撫でとく。
ヨシヨシ。
地面に胡坐をかいて座っていると、いつの間にか膝にベヒモスが座っている。
チラチラと太郎ではなく、苗木を見ているようだ。
「これ、私達では育てられません。」
「なんで?」
「見た目は苗木ですけど、魔力で構成された重魔力の塊です。」
重魔力?
また知らん言葉が増えたな。
「じゃあ、失敗ってコト?」
「ある意味成功ですけどね。」
「そうなん?」
「はい。マナを吸収しますので、地面に植えなくても成長するでしょう。」
「え、吸収してるの?」
「周囲に漂っている僅かなマナを集めているみたいです。脅威は感じませんけど、存在して良いのかは謎ですね。」
その苗木をマナがひょいッと持ち上げる。
30㎝ほどしかないので軽いんだろう。
目の前でマナが何かを言おうとして、ドロッと溶けるように消えた。
ポトッと地面に落ちる謎の苗木。
吃驚したが、直ぐに上からマナが降ってきて太郎の肩に腰かけた。
「触れたら吸われたんだけど。」
「これは・・・私達も触れませんね。マナに影響しない人なら触れそうですけど。」
俺以外だとココには・・・ぐったりとしているマギだ。
いや、マナが枯渇したらもっとヘロヘロに成るんじゃないの?
「まあマナの枯渇で死ぬ事は無いから良いんじゃない?」
「魔女だと大変だけど、魔女でもないしね。」
「マナで姿形を構成している種族とかだとダメって訳か。」
「そうそう、だから私達には危ない危険物だわ。」
いちいち二回言わなくても。
太郎は苗木を持っても平気なので、座ったままマギに向かって手渡す。
イマイチ状況を理解していないマギが受け取ると、特に変化はない。
「なんです、これ?」
「俺が創造魔法で生成した苗木。」
「なんか持ってると魔力を感じて強くなった気がします。」
ナナハルが興味深げに観察していて、見詰めるというか凝視しているというか、なんか顔が怖い。
「これは魔力を吸い取る事によって、本来持ちうるマナの許容量を大幅に上げておるな。魔道具で魔力の保有量を増幅させると妙な興奮を覚えるモノじゃが、これは許容量を増幅させているのなら、誰でもお手軽レベルアップが可能になるの。」
スーが慌ててその苗木に触れる。
「あーああああ・・・す、吸われますー!!」
「どうじゃ?」
「魔力を感じますねー。この苗木と一体化している気分ですー。」
「ふむ。」
ナナハルが触れると、尻尾が溶けるように消えた。
姿が人型から狐へと変わっていく・・・。
服がダラッと地面に落ちた。
「ちょっ・・・だ、大丈夫?」
(ダメじゃ、喋れぬ。スマンが一番いいポーションをくれ)
声のような何かが太郎の頭の中に届いたので、狐の姿になったナナハルを苗木から離し、抱きかかえて自分の部屋に連れて行く。袋の中ではなく棚に置いてあるエリクサーをナナハルに飲ませると、姿が戻った。
もちろん全裸だ。
で、なんで抱き付いて離れないの?
「あれ、震えてる?」
「ちょっと怖かったのじゃ・・・。」
「まぁ、うん。」
抱き合う形になって暫くすると、平常心を取り戻す。
「済まんの。」
そう言って部屋を出て行き、落ちた服を拾い上げて素早く着る。
全裸のまま平然と外に出たよね・・・。
着るのが物凄く早いけど、その服どうなってるのさ。
ナナハルが自分に起こった事を説明する。
「結果だけを言うと、確かに魔力は感じたし、許容量はちょっと分からぬが、その苗木と一体化した気がするのぅ。」
「回復したんなら魔法使ってみれば?」
「そうじゃな。」
人差し指を立て、そこに魔力を集中させる。
九尾なら簡単に使える鬼火のようだ・・・え?
「うわっ?!?!」
珍しくナナハルが慌てている。
「おっ、ちょっ、とぉっ?!」
鬼火なのか、火の塊なのか、膨張速度がヤバい。
ボヤッとしているスーとマギを素早く回収して、ナナハルから離れると、他の者達も退避した。
「んぎぎぎきぎg・・・!」
もの凄い形相と苦しそうな声の後に、炎は消えた。
その場に倒れそうになるのをなんとか堪えるが、呼吸は荒い。
「魔力のコントロールが効かぬ。」
「それって大変なんじゃ?」
「いや、何度か使えば慣れる。問題は無い。じゃが・・・スーとマギよ。」
苗木を掴んだままの二人がキョトンとしている。
「もう手を離した方が良いぞ、自分の魔力を扱いきれなくなって暴発するでの。」
慌てて手から離したのは言うまでもない。
今は魔力がほぼ枯渇状態なので魔法は使えないが、回復したら練習が必要だという。
「その苗木はしまっておくか、処分した方が良い。やってしまった後に言うのは心苦しいが、下級の魔法使い程度では暴発して自我を失いかねん。」
「ある意味魔人化してしまったような気がしますー。」
「魔人?」
「魔女とは違う魔力の保有量が異常な普人のような見た目の種族じゃ。」
そう言ってから何かを思い出したようだ。
「そうじゃ、ツクモじゃ。ちょっと連れてくるから待っておれ!」
忙しそうに飛んで行ったナナハルが戻ってきた。
「ツクモはどこにおるのか知っておるモノはおらんか?」
いつもどこかフラフラしていて所在を知らないらしい・・・
ナナハルが知らないなら誰も知らないのでは?




