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第330話 再出発

 出迎えに現れたメリッサは、太郎を見るなり駆け寄ってきて、深々と頭を下げる。元気いっぱいで、ニコニコしていて、見た目は違うがエカテリーナに似ている。


「太郎様、お疲れ様です。馬車を用意していますのでこちらにどうぞ。」


 馬車が4台待機していて、ポチが乗らなければ足りるという事で、そのままゴルギャンの店へ向かった。店は周囲の家を取り込んだかのようにデカくなっていて、客も頻繁に出入りしている。


「増築されてる?」

「えっと、改築なら許可が不要だと教えて頂いたのですが、鍛冶屋を建設するためには許可が別に必要らしく、太郎様に許可を頂きたいのです。」

「何処に俺が必要なの?」

「この店の所有者は太郎殿だ。」


 先に馬車を降りていたオリビアは作業をしていて、後から追いかけてきた馬車の荷台から箱を次々と店先に並べている。その荷物には鍛冶に必要な物もあってかなり重いのだが、そんなに重いモノを運べる馬車もが特別ならオリビア達も特別に見える。


「ちょっと練習したいし手伝うよ。」


 太郎は練習中の強化魔法を使う事で、全身に筋肉と魔力を漲らせていた。以前のような失敗をしないように調節しつつ、軽々と重い荷物を運んでいるのを子供達が感心して見ていた。そして子供達は直ぐに真似をする。

 子供達の魔法は俺より上手いんじゃないか?

 ちゃんと使いこなしているし、筋肉の盛り過ぎもない。

 手伝わないマナはすぐに暇になって、エカテリーナとメリッサを連れて店の中へ入って行く。

 

「ナナハルさんも出来ますよねー?」

「わらわは監督じゃぞ。ほれ、その荷物はこっちじゃ。」


 確かに指示役は必要で、鍛冶屋が併設される店は、以前の何倍もの土地が必要となった。どうやって解決したのかというと、両隣りの家を購入し、店舗として改築して一軒家として繋げたのだ。背の高い石造りの倉庫はまだ建設中のようだったが。


「倉庫なら、あと二週間ほどで完成します。」

「ここに小麦を保管し、パンを作れるようにする予定だ。」


 多くの人が開店を待ち、増改築と建設に携わる人達が忙しそうに働いている。

 人気のパンが毎日作られるとなれば、改築も必要という訳だ。

 通常なら持ち上げられない重さの木箱も、軽々と持ち上げて運んでいるが、やっぱりこれって・・・。


「俺の許可なくても出来るよね?」

「いや、必要です。」


 オリビアさんに強く言われた。

 それより魔王国の許可の方が重要なんじゃないのか?


「太郎殿。」

「ん?」


 俺の名を呼ばれたので振り返ると、周囲に居た町の人達が逃げていく。増改築中だが、大工や石工も工事の手が止まっている。

 驚いたり逃げたりしないのは俺の仲間達だけだ。


「ああ、魔王様じゃないですか。」


 何人か屋根から落ちたが大丈夫か?

 店からは女性が飛び出してきて、地面にひれ伏している。

 メリッサの母親だ。


「ほほほほほ、本日はこのような場所にお運びいただだきまして・・・。」


 全身震えている。

 魔王様、困ってるよ?


「お気になさらず、それより中に入っても?」

「はははははは、はいっ・・・・どどどうぞこちらちらちらに・・・。」


 本当ならこのぐらい恐れられる人なのか。

 オリビアさんだけは真面目に片膝を付いているが、ナナハルもスーも、作業の手は止めていない。子供達も同様だ。

 動揺は無い。

 魔王様、苦笑いしてるよ。


「良いんですか、一人で来ちゃって。」

「部下を連れてくると面倒なので、走ってきました。」


 走って?

 なんか、フットワーク軽いな、この魔王様。

 中に入り、以前とは比べ物にならないくらい広くなった客間に案内されると、暇そうにしているマナが魔王の頭に飛び乗った。


「良い暇つぶしが来たわね。」


 肩に座り直すと、おでこをペチペチしている。

 エカテリーナの方は慣れているが、メリッサの方は僅かに震えているかな?


「魔王なんてただの肩書なんですし、太郎殿の方がヨッポド凄いですからね。」

「そんな事は無いと思いますけど。」

「魔力列車。あの列車の完成は世界を根底から変えるんですよ?」

「あー、うん・・・ですよねぇ・・・。」


 世界を変えるつもりは無かったけど、言われれば確かにそうだ。鉄道が街と街を繋げば、馬車による輸送に頼る必要が無くなるのだから。

 商人達が怒る理由も納得だ。

 しらんけど。


「色々と面倒な事も増えましたけど、キンダース商会が協力に回ってくれて助かってます。」

「俺は何もしてませんけど?」

「魔女がいるじゃないですか、それにあーだこーだ言えるのは、太郎殿だけですよ。」


 ソファーに座ると、メリッサとエカテリーナが飲物を用意してくれる。

 温かいコーヒーだ。


「あれ、用意されてたんですか?」

「太郎様が来客予定でしたので。」


 俺の為だったのか。

 なんか申し訳ない。


「ほれ、相手が魔王でも気にする事なんでないのじゃぞ。」

「私はすこーし、気にしますけどねー。」

「このオデコ叩きやすいわね!」


 マナは気にしてくれ。


「ここでは私より太郎殿が上位ですので皆さんも気を楽にしてください。」


 それって・・・。

 いや、口に出すのはやめておこう。

 メリッサが目をキラッキラさせて俺を見詰めてくるのはなんでだ。

 エカテリーナが、エッヘンとしている。

 マナと違って少し控えめなのが可愛い。


「あーあ、また幼気な少女が一人、太郎さんの毒牙にかかっちゃいそうですねぇ。」

「かけない、かけない。」


 メリッサの母親が違う意味でドキドキしている。

 商人として考えたら大出世なんてレベル軽く越えてしまうからだろう。

 現魔王と対等に話ができる一般人なんて存在しないから。


「・・・俺、ただの村人でいたいんですけど。」

「無理な願いですね。」


 そこから魔王様の真面目な話が始まるが、殆どは俺に聞かされても困る内容だ。増築に関係する事で、鍛冶屋が併設されるには少し商業区画から離れ過ぎているのが理由らしい。基本的には武具等ではなく、鍋釜などの家庭用品を主に作成するらしい。


「グルさんの弟子ってそっちの方が得意らしいですし。」

「村のほうでは困らないんですか?」

「他にも優秀な弟子が何人かいるらしいけど、軍人だったとか・・・。」

「それは現地の隊長に丸投げしておきましょう。」


 魔王様の権限強い。

 近隣の住民には十分な立ち退き料を支払っていて、納得してもらっている。ついでに店員に採用したとの事で、店の商品管理をしてもらう事になっていた。


「おはよーごぞいます!」


 ごぞいます?

 裏口から聞こえるのは子供の声だ。


「この辺りは困っている人が多いので店が大きくなる事でみんなを雇うことにしたんです。・・・ダメでしたか?」


 悪い事ではないな。

 うん。


「ここを経営しているのは誰?」


 なんで母親がソッポ向くの。


「太郎が今決めればよい。」

「じゃあ、メリッサに任せるから好きにしていいよ。」

「え?!良いんですか?!?!」


 オリビアが一人頷いているのは、他人としてメリッサの事を一番知っているからだろう。特にエルフ達以外で他に詳しい人がいない。


「真面目で素直なのは商売人としては不向きだが、この店でかけ引きなど必要ない。彼女が適任なのは私が保証しよう。」

「ちゃんと計算が出来る子に育てたつもりです。」


 母親にも推された。


「太郎殿は大胆な事をあっさり決めますね。」

「エルフが作った道具にしても、ココに運ばれた穀物にしても、その他のポーションなどの消耗品も、全ては太郎の村から運び込まれたし、材料も村産なのじゃ。太郎が決めるのなら誰も拒否権なぞ無い。」

「ナナハルも拒否しない?」

「条件によっては拒否する。」


 ドーゴルが笑った。


「良い組織ですね。ダンダイルさんが高く評価する理由も分かります。」


 どの辺りが?


「太郎殿の度量の広さには感心しますよ。」

「面倒なだけなんだけどね。」

「それですよ。面倒と言って流せるんですから。魔王国の将軍級会議でそんな事言ったら会議も止まりますし、金をどこから出すかでも揉めますし。」

「おはよーございます!!」


 外からの声が大きくなった。

 なんか聞き覚え有るな。

 メリッサが裏口のドアを開いて中に入れると、あの時の子供達だ。


「あ、あ!あああ・・・。」


 なに、魔王様・・・なんで俺の前に整列するの。


「いぜんはもうしわけありませんでしたあああああああ!」


 子供達が俺に向かって土下座する。

 魔王様に笑われるんじゃなくて、ほっこりと微笑んでる。


「太郎様にお世話になった事も有るのですが、兵士だった父親が降格してしまったのを、ダンダイル様が別の職場を紹介したらしいのです。」


 メリッサが説明してくれたけど、それなら俺じゃないのでは?


「ダンダイルさんもおせっかいが好きですね。」


 魔王様が言うセリフじゃない。


「なんでそんなに他人事なんです?」

「他人事ですから!」

「ケジメって必要だとおとーさんから教わりました。」

「まあ、気にしてないから良いよ。それに子供にそんな事させてると罪悪感が凄いから、立って立って。」

「まあ、太郎ならそうじゃろうな。」

「ソレにココで働くんでしょ?」

「ハイ!」


 子供達が立ち上がって、メリッサに連れられてとなりの部屋に行く。直ぐに戻ってくると子供達はお揃いのエプロンを身に着けていた。メリッサと母親が太郎の目の前に立つと、母親ではなくメリッサが一礼する。


「私達にとっても、みんなにとっても再出発の日になるので、太郎様、改めてよろしくお願いします。」


 もう一度メリッサと母親が頭を下げると、従業員一同として子供達も深く頭を下げた。周りからの視線が太郎に集まるので、少し困っているとナナハルに肩を叩かれた。


「おぬしが言うのじゃぞ。」

「ですよねぇ・・・。」


 一つ咳をして喉を整えてる。


「必ず約束してもらう事がある。」


 従業員達の視線も集中する。


「残業をしない。怪我をしない。ちゃんと休む。困った事が有れば相談する!」


 みんながキョトンとしている。

 なんか変な事言ったかな?


「あの~・・・。」

「なに?」

「儲けとかお客様とか、そっちのほうの注意は無いのですか?」

「儲けなんてどうでもいいよ。買う人が困らない適正価格を守っていればいい。あとは従業員には一定の決まった給料を出すだけ。どうしてもお金を稼ぎたいのなら一部歩合制でも取り入れれば良いし、有給とか欲しいなら相談したらいいよ。」

「小規模なのに魔王国でもかなり有名な店になりましたからね。」

「そうなんだ?」

「季節無視して果物の販売をすれば貴族が飛び付きますよ。」

「あ~・・・確かに。」


 ドーゴルと太郎の会話に口を挟むモノはいない。


「今度から中規模となりますけど、キンダース商会が一切関わらない店なんて珍しいですしね。」

「商売の邪魔でもするのかな?」

「太郎殿の息のかかった店に手を出すバカはいません。魔力列車だってキンダース商会は何も言いませんから。」

「魔女もいるしの。」


 ナナハルが添えたのは口を挟んだのではなく、太郎に気付かせる為だ。


「そっか、そっか。」

「エルフ国の建国に貢献したと言われる商人が魔王国に進出して来るでしょうが、勝負になりませんし。」

「勝負する必要もないしなあ・・・。」

「努力しろとおっしゃっていただければ死ぬ気で働きます。」


 決意十分の引き締まった表情に、太郎は溜息を吐く。


「商戦なんてしなくていい。ライバル店なんて作らなくていい。うちはうち、よそはよそ。そうじゃないと無駄な労力が増えるだけだからね。偵察に来たんなら見せればいい。どうせ真似できないから。」

「そういうモノなんですか?」

「そういうモノだよ。」


 思わずメリッサの頭に手を乗せ、何となく無理しそうなのでもう一言付け加える。


「今だって十分頑張ってるんだから、無理するなんて良くないよ。」

「は、はい・・・分かりました。」


 メリッサの顔が赤い。

 なんか、卑猥な視線が送られてくるけど、無視しておく。

 母親も少し頬が赤いけど、娘を差し出す気なら鄭重に無視しよう。

 うん。


「あ、で、では、暫くは準備作業をしますので、開店は三日後の予定になります。」

「焦らなくて良いから。ね?」

「はい。では失礼いたします。」


 従業員が一斉に外に出て行くと、ドーゴルが立ち上がった。


「面白いモノを見せて頂けたことだし、邪魔にならないうちに退散しますね。」

「魔王国御用達の看板を提示する許可も置いていってくれれば良いではないか?」

「欲しいですか?」

「いらない。」

「だ、そうです。」

「無欲じゃの。」

「太郎は性欲だもんね?」


 マナには遠慮がない。

 村の外なんだから遠慮する事も覚え・・・る訳ないか。

 たまには言い返してみるか。


「マナだもんな?」


 追撃が横から飛んでくる。


「二階に宿泊ルームがあるそうじゃ。」

「良いですねー。」


 太郎は敗北を覚悟した。


「お風呂もあるそうです。」


 訂正。

 大敗北だ。






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