第30話 エルフの村
翌朝。エルフ達と話をすることとなった理由を知る前の、朝食を終えて水の魔法で食器を洗い、これからどうやって交渉しようか、という時に事件は起きた。
「なんかすっごいの来るわ。」
と、マナが言うと、ポチが何かが来るだろう方向を睨む。僅かに音が聞こえてきたかと思うと、エルフ達が森から出てきて矢を放った。その何かに矢は刺さらず、ものすごい勢いでこちらにやって来た。おい、森の中に逃げんなよ。
「あれはレッドボアじゃないか・・・デカいな。」
ポチが少し驚いたような声で言った。スーも驚いている。デカいって、ポチの身体も大きいと思っていたが、それよりもかなりでかい。見ただけで体長が3メートルくらいある。体重は分からないが、突進の際に発生する地鳴りが凄い。しかも1頭だけかと思ったら3頭もいる。他の2頭でもポチぐらい大きい。毛並みが赤土色をしている猪だろうと思うが、こんな大きいのは俺だって見た事が無い。
突進してくるレッドボアに対して、スーが魔法で石の飛礫・・・いやこれは俺の頭より大きい石を10個ほど放った。全て命中したが、石は砕けて、僅かに突進のスピードが緩んだだけだ。そこへマナが草を伸ばしボア達の足を掴もうとして失敗したようだが、転倒したことで一時的な足止めになった。俺はすぐに剣を構えて速攻を仕掛けた。すごい切れ味を誇るあの神さまから貰った剣を抜いて、次々と起き上がろうとしてもがいた猪の首を落とす。暫く痙攣するように動いていたが、すぐに動かなくなった。首の切断面から噴き出すように血が出る。
「す、凄いです太郎さん!」
スーが驚きを隠そうともせずに飛び付いてきた。ポチも驚いているがこちらは口が開いたまま動かない。森の方へ視線を向けるとエルフ達も驚いているようだ。俺も驚いてるなんて言えないな。
「やっと役に立ったわね、その剣。」
「それにしても恐ろしい切れ味だよね。」
「そりゃあ・・・ね。」
大木だって斬る事が出来た剣だから、ちゃんと扱えるようになればね。こんなに大きなレッドボアだって真っ二つにすることも出来たが・・・これは好機だと思って、バラバラに切らずに首だけ落としたのだ。ちょっと大きめな声で俺が倒したぞアピールをする。
「しかしこんな大きな猪食べきれないよなー。」
スーがその発言でさらに驚く。
「食べる気だったんですか?」
「食べれないの?」
「レッドボアの肉は確かに美味しいと言われていますが、この量の猪を処理していたら一日終わってしまいますよ?」
「だよねー、困ったなー、素材もいらないしなー。」
困惑顔で何かを話しているエルフ達。その中の一人がこちらへやってくる。警戒心は解かず、振り返るとそこにはすごい美人が丁寧なお辞儀をしてからの、ちょっと言い難そうな弱々しい声。警戒心と緊張が混じったような表情だ。
「あ、あの・・・それを譲っていただけませんか?」
俺の思惑とは少し違った。多少の強さを見せれば交渉も止む無しと思ってくれると考えたのだ。しかしエルフ達はその肉が欲しかったのだ。レッドボアを倒すのはかなりの労力を必要としたはずで、エルフ達が放った矢は一本も刺さっていない。他人が倒した獲物は、当然だが他人の物だ。いくら不要だと分かっていても所有権は順守しないと争いの原因になる。
俺は近づいてきたエルフに笑顔であっさりと答えた。
「いいよ。」
実にあっさりと通行を許可された。その理由が食糧問題だったのだ。この森の木々は実を付ける木が少ないうえに、食べられる木の実は更に少なかったらしく、森の中なら動物も沢山いるだろうと思ったら、木の実が少ないのだから、小動物も少ない。そのために、ほぼほぼ狩りつくしてしまっているらしく、最近は一日の殆どを食糧探しに費やしているのだという。泊りがけで大きな川まで釣りに行くのも大変だ。
俺に最初に話しかけてきたエルフは女性で、俺の目の前を歩いている。本来のルートとは少し外れてしまったが、エルフ達の隠れ家のような場所に案内された。
彼女の更に前を男女含めた20人ほどのエルフ達が猪を運んでいる。道も少し狭いし運びにくそうだったが、かなりの怪力なのだろうか、一番大きな猪を4人で運んでいる。小さいのは2人だ。ここに来るまでにはいろいろと念を押された。
「敵対の意思は本当にないのですよね?」
「あるんだったらもっと違う方法を取っていると思わない?」
「そうです・・・ね。」
マナとスーの視線がやばい。このエルフは凄い美人でスタイルも抜群、他も美人揃いだし、男だってどこから見てもイケメンだ。なんだ此処には美男美女しかいないのか。
「エルフって何故か美男美女が多いんですよ。不思議なくらい。」
スーが言った。マナが俺の腕にしがみついている。スーが服の袖を掴んでいる。歩き難いって。スーだって負けないぐらい美人だし、マナだって可愛いよ?
「久しぶりの大物だったのですけど、流石にあの大きさのレッドボアを一撃で仕留めた人間は初めて見ました。最近は男どもが情けなくて・・・。」
「ははは・・・。」
情けないと言われた男の一人が俺に背を向けたまま言った。
「町に住む人は対人戦に特化した剣術だと思っていたが貴方はなかなか野性味あふれた戦いをする。」
と、褒められたが、男達の背中が寂しそうに感じる。苦労してるんだろうなあ。関係ない話になるが、俺の想像しているエルフの耳はあの耳ではなかった。横に長い耳の者もいたが、全員がそうではなかった。俺が不思議そうに耳を見ていたので不審がられた。
「あの・・・なにか?」
「いや、耳がね。」
「あー、太郎ってばエルフの耳がみんな長いとでも思っていたの?」
「うん。」
エルフの女性が困惑した感じで答えてくれた。
「確かに耳が長いのは我々エルフの特徴でしたが、混血も増えて逆に耳が長いエルフの方が珍しくなりましたけど、それが何か。」
「いや、別に俺だけの疑問だったので忘れてください。」
「はぁ。」
しばらく・・・というか、仄かに暗い森の中を優に4時間ぐらい歩くと村のような場所に到着した。まだここは森の真ん中にも届かないと教えられた。近くに小川があり、元々ひらけた場所をさらに開拓して作ったとのこと。
「木の上にも家があるな。」
少ない土地を有効に利用しているのだろう。大木が蔓で作られた橋で繋げられていて、階段や梯子がいくつもある。半地下のような石で作られた家も有ったが、これは鍛冶用で、ほぼ円形に作られた村の中心は、大きな屋根と沢山のイスとテーブルがある。かまどがいくつもあって、すでに煮炊きが始まっているようだ。
猪を運ぶ者達に子供のエルフが集まる。すぐに解体が始まり、子を胸に抱く女性達が嬉しそうに遠くから眺めていた。
「こんな大物珍しいわね。」
「ああ、今あっちに行った奴らがいるだろ、ほらあのケルベロスを連れた男だ。」
「あの人達が?」
「あの男がこの一番大きいレッドボアを一撃で首を落としたんだ。いや、他のも全部あの男一人で切ったんだ。目の前で見ていたが信じられない光景だった・・・。」
少々ざわついた声が聞こえたが、離れているので良く聞こえない。俺達は別の場所に案内され、大木に取付けられた螺旋状の階段をのぼり、太い枝の上に蔓と木材で組み立てられた家の中に入る。
そこには吃驚するほどの美しい女性がいた。銀髪が僅かに揺らめくと、キラキラと輝いて見える。思わず見惚れているとマナとスーに片方ずつ、両腕を掴まれた。
「報告は聞いている。すごい技量と腕力の持ち主のようだな。」
技量については鍛えた成果だと思うが、腕力については剣が凄いのであって俺の能力ではない。返答に困っていると問われた。
「我らはこの土地に移り住んで50年しか経っていないが、この森を抜けてどこかへ行こうとする旅人は見た事が無い。敵対の意思はないとも聞いているが目的は?」
「答えないとダメなわけでもないでしょう?」
マナが言う。
「それはそうなんだが、我ら以外の者が頻繁に来るようでは困る。この辺りの道は使われなくなって500年近くたっているはずだ。我らの恥を話すのであまり言いたくは無いが、住む場所がなかなか見つけられずに困っているのだ。」
「追われているんですか?」
「違う。別のエルフと土地を巡って争い、追い出されたのが我らだ。ここは混血のエルフが多くてな・・・純血に嫌われているのだ。それに・・・子供もいるのであまり移動ばかりもしてもいられぬ。なのでここに住むことにしたのだ。」
ひっそりと暮らしたい。それが彼らの願いだった。せめて、子供が一人前になるまでは他の種族からの交流も断ち切りたい。この村には子供が10人ほどいて、まだ母親から離れられない者もいる。
「木の実も少ないし、畑を作るにしても土地はあまりないしな。それでも、もう我々も限界だったのだ。お主等の旅の目的などは興味は無いが、他にも同じ理由でここを通る者が増えると困るから問いただしたのだ。」
混血のエルフ。それがこの村に住む者達。純血の嫌われ者。そんなくだらない理由で争うなんてばかばかしいと思う。思うが、争う理由なんてきっかけはどうしようもない事が多いのはどこの歴史でも似たようなものだ。
「ってことは、もしかしたら近くに純血のエルフがいるんですか?」
「いるかもな。ただ、この森とは限らないし、エルフだけの町だって他にもあるが、それはここからかなり遠い。純血の連中はとにかく我々の存在自体を消そうとしているし。」
エルフの抗争に巻き込まれたらこちらもたまったものではない。避けて通れるものは避けたいが、巻き込まれない方向でなら手助けしてもいいか。困っている理由を知ってしまうと無視しにくい。
目の前にいる銀髪のエルフが、考え込む俺を、なぜか興味深げな視線で見つめていた。