第327話 やるべき事
日常が戻った村では、エルフ国との交流は無く、ギルドでも情報は殆ど無い。正直言うと、太郎もそれほど興味を示さなかったので、話題に上がる事は無かった。
のんびりとした朝食の中で、太郎は村の事よりも別の事を考えていた。
たまたま傍に居たのがスーとマナなので、話し相手はスーになる。
マナ?
マナなら俺の指しゃぶってるよ。
「世界樹をあちこちに植える計画は早めた方が良いのかな?」
「どうですかねー、天使達の話だと魔素溜まりは増えているようですが。」
「ハンハルトとガーデンブルク、魔王国とエルフ国に置いたから、次はボルドルトにも置きたいなあ・・・。」
「色々あって戦争にならなかったですしー、あの国もそろそろハンハルトと戦争しそうなんですけどねー。」
「そうするとなあ・・・また俺の所にお願いに来そうなんだよなあ。」
「それなら、コルドーに植樹出来るんじゃないんですかー?あそこは国ではないから勝手にやっても怒られなさそうですー。」
確かに国として機能していない土地であるから、特に許可なく・・・という訳にもいかないだろう。三ヶ国で管理している土地というトコロにも問題がある。
所有権を主張して争いになるし、逆に拒否する立場だしても対立しそうだ。相手を認めない事で自己の立場を強化するのは賛成するより金の流れが少なくて済む。
「政治とか勢力ってメンドクサイナー・・・。」
返答に困ったスーが愛想笑いをするところに、三人はやって来た。
「太郎君、俺達はそろそろ帰ろうと思うんだが・・・。」
マギがもじもじしている。
気が付いたスーがニヤニヤして、太郎とマギを見比べている。
「剣術の修業したくて残りたいんですよー。」
「ああ、そーいう・・・。」
「太郎さんもちゃんとやりましょうよー。」
「マンドクサイ。」
フレアリスがクスッと笑う。
「特に鍛えなくても十分強いなんて狡いわね。」
「そう言われてもなあ・・・。」
「毎日コツコツとトレーニングしてきた俺からしても狡いと思うぞ。」
「ですよねー。」
なんで嬉しそうなの。
「修行は以前にちゃんとしていたんだけど・・・。」
「あー・・・そんな事も有りましたねー。」
なんでそんな良い思い出風に言うのさ。
目が遠いぞ。
「まあ、ここに居たいって言うんならそれでも良いけど、ジェームスさんに鍛えてもらった方が効率的じゃない?」
「それがなー・・・。」
「?」
「真面目なところが妙に気に入られて、最近は兵士と一緒に警備もやってる。」
「ファンクラブも有るわ。」
「は?」
「安心してください、私は太郎さん一筋なので。」
何を安心するのか。
「お前の子供達も成長速度が異常だしな。」
「飛びながら、左右の手で別属性の魔法を放ってくるのよ。まだ威力が低いから耐えられるけど。」
「子供達と戦ったの?」
「模擬戦のつもりだったんだけど・・・。」
本気になったと。
「あのくらい強くなりたいです!」
どんくらいなの、それ。
「まだまだ、わたしにやっと届くぐらいですかねー。」
「届くんだ?」
「技術的な事じゃないですよ、精神面です。」
「気持ちダケは負ける気なんて無いです。」
「心掛けは立派なんだけど、無茶はダメだよ。」
「でも・・・負けたら悔しいじゃないですか。」
スーみたいなこと言ってる。
精神面でそっちに似たらダメなんだよなあ・・・。
スーがにっこりしている。
「あんた達も子供ねぇ・・・。」
太郎からたっぷり栄養を貰って満足しているマナはが、太郎の頭の上に座って言う。
なんで頭に座るんだろう・・・。
そういう疑問を持ったことが無い訳ではないが、軽いので気にはならない。
「どうせ今のままじゃ勇者以前にこの村のエルフにも勝てないでしょ?負けたら悔しいって思うよりも、負けて学ぶって思えばいいのよ。」
「死んだら終わりてすけどねー。」
それはそう。
そしてスーの方はちゃんと上達を続け、銀髪の志士にも負けないレベルだ。
ただし総合的には負ける。
それはスーが魔法を少し苦手としているからなのだというが、どの辺りが苦手なのかはよくわからない。
「勇者だったらもっと無理が出来たんですけど。」
「なによ、アンタは勇者だった時の方が良かったの?」
マギは自分の発言をすぐに撤回したが、勇者の方が鍛えやすい事に変わりはない。ただ、また操られてしまうというトラウマはなかなか拭えないようだ。
「そういえば、その勇者の動向なんだけど・・・。」
勇者問題は太郎の脳裏でも焼き付くぐらい面倒で、ギデオンの様な勇者がどこか他に存在していても不思議ではない。
殺しても死なない。
それは死んだら復活するという勇者の能力だからなのだが、死を恐れない者というのは無茶もするし思考も一辺倒になりやすい。
要するに強くなるほど頑固者になる。
「実は、この村に居れば少しは勇者がやってくるんじゃないかと思っていてな。」
「なんでです?」
「今やこの村の世界樹はギルドを通じて世界中に知れ渡っている。」
「エルフ国の事も有るし、ギルドの在る街では大騒ぎしている筈よ。」
「ギルドの情報は見てないんですか?」
「太郎さんはあんまり興味ないんですよー。」
「いや、そんな事は無いけど・・・。」
確かに興味は薄いが、ギルドに出向いて情報を貰う事はたまにやっている。ただ、行くといちいち客間に案内されるので面倒になっていた。
「勇者の呪いが解けるっていうのを流したんだが、反応が無くてな。」
「そんなのいつの間に?」
「いや、以前にちゃんと確認したぞ?」
ああ、なんか・・・そんな事言われたような・・・最近は別の事の方に気を取られてたからなあ。
「え・・・そんなに騒いでたの?」
全然情報が無いと思っていたからギルドに行く事も無かったのだが、実際はエルフ国についての情報は瞬く間に広まったそうだ。
「知っている太郎君にはどうでも良い事だから、気にしなかったんじゃないのか?」
「そういわれれば俺は当事者に近い方だから、見て気になるような事は無かったんだよなあ・・・。食糧も困っている様子は無いし。強いて言うと、奴隷の解放が順調なくらいかな。」
それ以上の興味は無いし、世界樹の苗を増やす事と、村の食糧事情を安定させる為に畑を広げている。美味しい果物の苗も手に入ったので、フルーツの盛り合わせの彩りが鮮やかになってきた。
「太郎君にとってはそっちの方が重要だからな。」
「もう一つ重要なのは魔素溜まりだけど、それは天使達に任せてるし、世界樹が在れば減ると思うんだけど。」
魔素溜まりについてはギルドに情報がほとんど入らない。一般的にはあまり興味の無い話題であるのと同時に、発見すれば天使達が消滅させているからだ。それでも見落としは有るので、たまに被害が出る。
「最近になって魔素溜まりは増えているらしい。ギルドに調べてもらっているが、原因が魔素溜まりというのも有るし、意図的に造られた魔力溜まりも有るって話だ。」
「何か裏で動いている連中でもいるんですか?」
「魔物が生まれて無差別に襲ってくるからな、意図的に造られたというより、出来てしまったという方が正しいだろう。」
「鉄道の周囲にも発生したら困るんで入念に調査してますよー。」
その調査隊にはマギも参加していて、ポチ達ケルベロスも参加しているとの事だ。
「それで、見つかったの?」
「規模は小さかったですけど、幾つか有りましたねー。」
「そこで、魔素溜まりを発見した周辺にトレントを植えて監視して貰う事にしています。」
「あー、それで沢山トレントが欲しいって言う・・・。」
太郎が忙しくなった理由の一つで、トレントの苗木がどんどん無くなっていくのだが、その理由を太郎が訊ねるよりも要望が多かったことで、沢山作っていたのだ。結局のところ、鉄道の周囲の殆どがトレントで埋まる事になった。
噂の三姉妹が管理する事に決定するのは後日の事になるのだが・・・。
「そういう訳で、マギをよろしく頼む。」
「任されましたー。」
スーが胸を叩いて応じた。
なんでそんなに笑顔なの。
「てか、荷物殆ど無いね?」
「マギが居ないから、走って帰る。」
マギの笑顔が固まっている。
ハンハルトまで、まともに整備されていない獣道のような道を走って帰る?
本気かな。
二人とも笑ってるから、本気なんだな。
「ハンハルト迄の道程も整備してくれよ。」
「それは俺の仕事じゃないんで。」
兵士達が今も敷設作業をしていて魔王国までの道は9割ほど完成している。残りの1割は太郎の提案した休息施設の建築であって、ソコソコの規模になるので資材の運搬に日数が必要だった。
無論、有料施設で、無料で提供するのは魔王国が許可しなかったのである。
見送りの太郎達が手を振る暇もなく、二人は走り出し、あっという間に姿が見えなくなった。あとで知った子供達が不満を漏らしていたのに笑ってしまった。
「えー、もっと遊びたかったなー・・・。」チエッ
鉄道の敷設が完成したのはそれから半年後で、その間にエルフ国では奴隷売買を行っていた大半の貴族が降伏し、降伏しなかった者達は逮捕拘禁され、処罰した。その後に若い女性の国王が改めて建国を宣言すると、そのまま中立も宣言した。
「敵は作らない。」
と。
魔王国ではエルフとの友好関係は無いが、以前の貸しも有って、友好的な貿易国として多くの商人がエルフ国へ向かい、エルフ国でも同様に多数の商人と商品が送られ、貿易の中心となった港町は人で溢れた。それは姿を隠すのにも役に立ち、トヒラの部下達はワンゴを見失ってしまう。
太郎には特に関係の無い話ではあるが、港町には名称が付けられ、魔王国とエルフ国の共同支配地となった。
「村とアンサンブルを繋ぐ鉄道・・・か。」
その日は初お披露目で、魔力を機関として主導力となる魔力列車が一般公開された。マリアとマチルダが協力し、グルが製造に関わって作った人造の怪物である。
武器以外の為に鉄を打つのは得意ではなかったが、手は抜かなかった。なにしろ、太郎には恩が有り過ぎる。今の仕事が出来て、毎日好きな様に好きな武器が作れるなんて、夢のような職場なのだから。
「小さな港町が今や10万人を超える巨大都市、この村は相変わらず村のまま。しかしその生産力と価値は10万人に匹敵するんだ、恐ろしい話だろう?」
「鉄をこれほど使用した線路を作るなどという構想、太郎殿以外に考えられないでしょうね。ダリスの町とも繋げて欲しいモノですよ。」
構想自体はあったが、鉄の使用量と、運搬の安全性を考えると、町の中での利用が限界であった。それを魔物がうろつく野山を突っ切るなどというと、いつどこで事故が起きても不思議ではない。それを解決させたのがトンネルである。トンネル内は魔物が近寄れないし、出入口さえ監視すれば内部は安全なのだ。落盤の危険もドラゴンの炎で壁を焼く事で補強してある。
「トンネルの安全性は理解しましたが、あれほどのトレントを配置するなんて、太郎殿以外には出来ないですし。」
「トレントといえば敵であったのだが、あのエルフも敵ではないし、この村では魔物も味方だ。今日は多くの人々が過去の常識を捨てる記念日でもある。」
大規模な出発記念式典が開催されているが、村で行われている為に、ダンダイルとトヒラの二名だけが出席していて、太郎はいない。グルも仕事を理由に出席を断っていて、代理の夫婦が式典の進行をしている。この魔力列車がアンサンブルに到着した時、史上最大の式典が挙行される予定である。
「で、太郎殿は今どうしている?」
「旅立ちました。」




