第325話 外れた目論見
名乗るのを忘れていた太郎が、スーとポチを紹介してから自分の名を伝える。幾つかの事情をもう一度説明すると、広大な畑を案内してくれることになった。
オリビアの部下達までも付いて来ると面倒なので、自由に待機させておき、馬車に乗って小一時間ほど移動した。
「季節に合わせた穀物や野菜、果樹園、根菜類もいっぱいありそうですね。」
丘の上から見下ろした一面に広大な畑がある。田んぼは無いので稲作はやっていない事も解るが、水路は丁寧に整備されていて、倉庫らしい建物も点在している。たくさんの人が馬や牛を使って荷物を運び、畑の中にもあちこちに居る様子が見て取れた。
「詳しそうだね?」
「知っているだけで育て方は知りません。」
「あっちと比べると土が柔らかそうね。」
「俺が耕してるだけだからなあ・・・。」
馬車を降りて少し歩き、実の付いていないが青々とした葉が茂るブドウ園の中にある休憩所でやって来た。
日差しを遮って流れる風に乗って、フルーティーな香りが漂う。
「ここではピンク色のブドウが生るのですが、まだ時期では・・・?!」
マナが太郎の頭の上に立って、葉をちょいちょいと触るとピンク色の房が出てきた。
見た目は紛れもなくブドウにみえるが、こんな色のブドウは・・・あったかな?
高級そうだ。
「香りが強いですね。」
「ワイン向けに品種改良をしているのだが、予想よりも芳醇になってな。」
品種改良をしているほどの農業技術がココには有るという証明にもなる。
ブドウといえばだいたい紫か緑ぐらいしか、太郎は知らない。
「これはこのまま食べた方が美味しいわよ?」
自分が食べる前に一粒つまんで太郎に近付けるので口を開く。
「はい、あ~ん。」
もぐもぐ。
「なにこれ、すげー甘い。だけど種があるね。」
「種があるのは当たり前だが?」
「そういえば言ってたわね。種の無いブドウが有るって。」
「食べやすくて良いんだけどなあ。」
「種が無いと困るのではないかね?確かに、食べ易くて良いかもしれないが、本当にそんな方法が?」
「済みませんが方法は知らないんです。ただ、そういう事も出来るってだけで。」
そんな回答でも真面目に考えている。
「種は子供の誤飲が問題になる事も有る。種なしが作れれば小さな子でも安心して食べられるとも思うが・・・、。」
「与える親が注意すれば済む問題ですよね。」
娘の発言に父が頷いた。
「このブドウも増やす?」
「いや、普通に作物を育てた方が良いと思うよ。」
「増やすとは?」
「植物ならほぼ無制限に増やせるんです。」
父娘が混乱している。
考えるより見た方が早いと思うので、マナと二人で隣の畑に向かう。そこは収穫の終えた・・・なんの畑だろう?
「生きている根っこが残ってるわね。」
「育てたらなんの畑か分かるか。」
「じゃーやるねー。」
畑の土がウネウネと動き、もこっと膨らんだと思ったら、葉が飛び出てきた。
「もう育つはずが無いのだが・・・いったい何が・・・?」
何もなかった畑に、青々とした葉が一面に広がった。
「これ、さつまいも?」
「さつ・・・ま?」
ああ、通じないんだ。
「甘藷と呼ばれている芋でな、土の力を失ったところで育てて、来年以降に別のモノを育てるようにしている。どういう訳か良い土を使うと葉が多くなり過ぎて芋が育たんのだ。」
「確か、痩せてたり枯れてたりした土地が良いと言われていますからね。砂でも育つくらいですし、他の作物が全滅しても生き残ってたりするらしいですから。」
太郎の発言にはエッセン伯が大きく驚いている。
「我々の先祖が何十年もかけて研究した結果を、こうも簡単に言われるとは・・・。」
「え、あっ・・・なんか済みません。」
「モロコキビも知っているかね?」
「モロコキビ?」
「あっちの畑のモノだ。」
伯爵の示した方を見ると、それは知っている植物だった。
「あぁ、トウモロコシですか。」
「トウモロコシ?」
伝わらない場合があるのが謎過ぎる言語加護。
もうちょっと頑張ってくれないかな。
加護。
「名称は少し違うが同じモノではあるのだな?」
「モロコシですので同じです。」
「モロコシ・・・ふむ。この穀物は大量に作り易いし、加工も楽だし、人も動物も関係なく食べる。甘藷と同じように大量に作っているのだ。まぁ、殆どを失ってしまったがな。」
戦争の所為で持っていかれてしまって、しかも戻ってこない。運搬に必要な馬車も無く、運び出す以上の労力で戻さねばならないとなると、返却されても困るのだ。
「家畜用に作った分しか残ってなくてなア・・・・・・あ゛?!」
目の前で畑からモリモリと生えてくると、普段よりも背丈が高く、遠くから見ても分かるぐらい大きい。周囲に居た人達は何事か理解できず、呆然としていて、作業も止まってしまっている。
「収穫の方は頑張ってくださいとしか言えませんが。」
「いや、とても助かる・・・今は殆どの畑で収穫を終えているのでな、冬を前に準備する段階だったのだが、その準備もできなくて困っていたのだ。」
娘のリアは慌てて走り出し、領民達に声をかけている。驚いている人達にテキパキと指示を出すと、あっという間に収穫作業が始まった。
ミシェルは配下となった正道騎士団を重用する事を確約し、セイヴ・ブロンズは新生エルフ王国の防衛軍初代将軍となった。
防衛軍になったのは国内に敵が居るはずもなく、侵略予定も無い事から、防衛軍としたのだが、ブロンズ将軍は少々不満であった。
「貴方には色々と働いてもらう予定が沢山あってね。」
「戦いなら何でも。」
溜息を吐いた。
戦いにしか役に立たないなんて困るとは口に出して言えない。
「とりあえず、奴隷商人と、それに関わる元貴族が各地で暴れ回っているわ。」
「奴隷商人ですか・・・。」
「貴族の私兵集団も確認されているわ。烏合の衆なのは間違いないけど、雑魚ばかりとは限らないから注意して頂戴。」
「ではさっそく遠征となりますが食糧などの備蓄は有るんですか?」
ミシェルは苦笑いした。
「接収した食糧をそのまま保管する事になっていてね、ハッキリ言うと腐らせてしまうのがもったいないほど有るわ。」
「伯爵の・・・。」
セイヴも苦笑いした。
まさか奪って来た食糧がそのまま新国家の胃袋に収められるなど、予定になかったからである。
別の予定として使用されることになった食糧も、本来なら返却したいのだが、馬車も人員も足りない。今は返却よりも新たな国の為に使わせてもらうことにしたのである。
ミシェルはエッセン伯に手紙を送っていて、その内容はリテルテ公が接収した穀物についてだが、返却しない事と、税金の免除を添えてある。
もしも困る事が有れば・・・。
その後に来るであろう返信は無く、数ヶ月後に再会するリアが文句の一つも言わなかった理由を、その時に知るのである。
予定通りに奴隷商人と元貴族を捕縛、解散させ、行く宛ての無い元奴隷達は次々と首都に集まってくる。衣服に関してはボロボロだが、食べ物には困っておらず、町に行けば食べられるという話は広まり、具の無いスープと堅いパンをかじって生きてきた彼等は、柔らかいパンと温かくて具のあるスープに幸せを感じていた。
これが普通の感覚にならなければいけないとミシェルは考えているが、流石に限界が近い。何しろ生活知識がまるで無いので、料理の一つも作れないのである。
続いて住居の不足。
これは貴族の館を接収して開放する事で、床ではあるが屋根の有る場所で寝れるようになった。ベッドなるモノを知らない者が多く、フカフカの絨毯の床は極上であっただろう。
そして、衣服の問題。
ベッドのシーツを切って縫い合わせただけの簡素なローブが大量に作られた。布を作るのも間に合わず、裁縫技術も無く、困り果てていたところに、あの男は現れた。
「貴方がチャモね?」
「ずいぶんとお困りと聞き及んでおります。お役に立てるかと。」
彼は既に馬車の荷台に積んだ大量の衣服を1万着用意していた。
「綺麗な衣服は心も綺麗にします。きっと立ち直ってくれるでしょう。」
にこやかに言い放ったが、無償で提供する筈もなく、支払いによる問題が発生する事を考慮に入れていたのだが・・・。
「有難い話だわ。戦争による被害も殆ど無かったのでね、貴方の納得する金額を支払えると思うわ。」
笑顔が固まった。
もちろん、支払ってもらう事で莫大な利益を上げるのだが、本来の目的は支払えなかった場合によるもので、恩を売る事でエルフ国の一部の権利を手に入れる事であった。
あっさりと追い返されてしまい、苦労して海を渡った価値は殆ど無くなってしまったのだ。
それでも魔物の退治や戦闘船の搬入などの許可も申請し、港町の土地を購入し、最低限の航路は確保した。貴族が居なくなる事で得られた資産が有ったのは、予想外なのだった。戦争でもっと疲弊していれば、つけ入るすきも有っただろうが・・・。
まだ入国審査の甘い港町で合流した彼等は、ココを隠れ家として新たに指定する事にした。表向きは商人の家だが、今後いくらでも増改築可能なのである。
ただ、彼等は天使達に監視されている事を知らない。
報告されて所在が明らかになったとしても、どうせ手の出せない地域であるので、問題は無いのだが。
「ボスを受け入れるにはまだ不安要素が多いし、数年後だろう。」
「今後はどうするんで?」
「暫くは大人しく商人でいる予定だ。」
「・・・我々って盗賊でしたよねぇ?」
「・・・そういう日も有るってだけだ。ボスの方針で変わるから分からないな。」
なぜか部下も悩んでいる。
うちのボスってそうなんだよな。
まあ、だからこそ、だけど。
「何にしても俺達は自由で、国なんかに縛られたくないからボスの下に居るんだ。ボスの理想を叶える為じゃない。」
「俺は叶えたくて居るが、そうじゃない奴を非難したり追い出したりはしない。ボスがそうなんだから、倣うだけだ。」
チャモは部下達の話を聞きながら酒も呑まずに仕事をしている。チャモはボスを尊敬しているし、今の仕事をボスから直接受けたことを誇りに思ってたいる。なぜ自分にこの仕事を任されたのか、理由は知らないが、一つだけ判っているのは、殆どの人がどんぶり勘定やざる計算で、だいたい元金より多ければ儲かっているという感覚だ。
最初の計画からしても、エルフ国の乱立はただの練習相手なのだから、どこまでを成功というのか分かりにくい。
「・・・損はしていないから成功なのか?」
チャモは帳簿に数字を刻みながら、自問していた。




