第324話 軽いけど重要な人物
ミシェルは指導者として多忙を極めていた。
戦争に勝つ予定があったとしても、それは何年も未来の話で、こんなに早く到来するとおもっていなかったのも事実である。
エッセン伯爵の助力を得て、貴族達と協力関係を築くも、リテルテ公に味方をして、敗戦後も私兵で対抗する者も現れたが、正道騎士団が制圧をし、その財産を接収した。
ただ、彼等は奴隷によって作り上げた財産であり、沢山の奴隷が突然の自由を手に入れたというのに、諸手を上げて喜ぶ者は少なかった。
「奴隷達はこれからどうして生きて行けば良いのか分からないらしいわ。」
リアの報告によると、奴隷教育が浸透していて、彼等は従う事と、与えられる事しか知らず、働かないと不安になる。
大人も子供もいるが、親子関係は希薄で、自分の子供を育てる感覚が無い。美しい女性は貴族に連れて行かれていて、別の教育を受けていた。
「学力も低く、このままでは一般的な生活すら、不可能と判断します。」
「大人を再教育するのは難しいから、少し待遇改善するくらいしか方法が無いのね。」
「子供であっても厳しい食事制限で教育しています。」
「教育というより洗脳ね。」
教育と洗脳は同じ事だという学者がいたが、少し違うと思う。
教育は自由意志で受け入れられるが、洗脳は拒否が出来ないのだ。
「強制してしまうと、我々が洗脳を行っている事になりませんか?」
返答が出来ず、ミシェルは溜息を吐いた。
リアは父親の領地に帰ってきて、叱責と称賛を受け取り、久しぶりの食事を楽しんだ。その席ではオリビア達も同席していて、エルフの始祖と初めて顔を合わせた事に、驚愕と感銘で涙を流していた。
「伝承にある通り、お美しいですな。」
エルフィンは魔力消費を抑えるのに老婆の姿であったが、アルベルトは意に介さなかった。妻と死別して10年以上が経つが、娘から見ても父が他の女性の美貌を褒めるのを見たのは初めてだったのである。
「あら、口が上手いわにぇ。」
水分が足りずに上手く喋れなかったのでワインを含む。
「食事は口に合いますかな?」
「かなり美味しい部類ですね。」
純粋に美味い、ではなく、部類が付いて来る。
それは、ほかにも上手いモノを知っているという意味でもある。
「お父様の自慢の土地で採れた野菜は格別よ。」
応援に駆けつけてくれた30人のエルフをもてなすのに、最高の食事を提供する自信があってオリビア達を招いたのだが、特段の感想は無い。
「パンもワインも、肉も野菜も、どれも最高品質だと思いますよ。」
オリビアがそう言うと部下達も頷いた。
「流石にワインはこっちの方が良いわね。年月には勝てないって事かしら?」
エルフィンは率直に言う。
「・・・満足させられず申し訳ない。」
父親が少し落ち込んでしまっているのを見て、娘が食事の手を止めた。
どうにかフォローしたいが、なにも思いつかずにいると、オリビアが口を開いた。
「質が悪いと言っている訳では無いのだ。そう思わせてしまっているのならこちらこそ申し訳ない。食事には十分満足しているし、貴族でもなかなか食べられるモノではないと理解している。」
「それにしては・・・。」
「あの村に居ると毎日このクラスの味が楽しめるの。見た事のない果物も有ってね。」
「あの村・・・?」
タイミングが良いのか悪いのか、屋敷の外から騒がしい声が聞こえる。
誰かが来たようだが、今日は他の者達が来る予定はない。
「あの声は・・・太郎ちゃんね。」
「我々の為に迎えに来てくれたんですね。」
太郎という名前は何度か聞いている。
リアは興味が上回り、席を立って窓の外を眺めると、農民らしい男性と女性、子供と大きな・・・。
「ケルベロス?!」
ケルベロスは魔物としては有名で、イエローカードぐらいのギルドランクの冒険者では裸足で逃げだすほどの強さだ。頭数次第ではシルバーカードの所有者を呼び出すほどである。
「お知り合いですかな?」
「えぇ、私の命の恩人よ。」
エルフィンの姿が変わり、若さが戻る。
「あれが・・・鈴木太郎?」
「探ってみると良い、太郎殿の強さを。」
トーマスの言葉に父娘は窓際に立ち、太郎を見詰めた・・・。
「勇者と出会った時よりも、ここで立ってあの青年を見ている方が・・・いや、恐ろしさは感じないが、彼の頭に乗っている少女はなんという・・・。」
「エルフィン様よりも強く感じるのですが、気の・・・。」
「気の所為ではない。」
「太郎ちゃんと世界樹の二人が居たらだいたいの国は滅びるんじゃないかしらね。」
「そんな恐ろしい人物が、なぜあんなに覇気を感じないのでしょう?」
「それが太郎ちゃんの魅力なのよ。」
「騒がしかったのにいつの間にか仲良く話をしているし、ケルベロスと猫獣人の方はこちらに気が付いていて無視をしているようですし。」
「護衛役のつもりだろうが、暇だからついてきたんだろう。」
「・・・ところで、彼等はどうやってここまで来たのです?」
オリビアは口の端に僅かな笑みをこぼしただけだった。
太郎とリアが顔を合わせたのはそれから30分後ぐらいで、マナと太郎は珍しい作物が有るという話を聞いて、その種を譲ってもらおうとしている時である。
「領地でもかなり育成が難しくて、10個の種から一つでも発芽したら良い方なんですよ。」
「へー・・・成長すると・・・これがその実?」
「桃と似てるけど、ずいぶん堅いな。」
マナが何も言わずにガブリ。
「ちょ、それはやっと付けた実なんですよ!」
「一年に一つ生るかどうかのモノなんです。」
「あんまりオイシク無いけど、魔素量が凄いわねぇ。」
モグモグしているマナを見て青ざめていると、口から種だけを出し、地面に植える。
「ちょっと離れて。」
太郎の言葉の意味を理解できずに呆然としていると、びょこっと芽が出て、ぐんぐんと伸び、あっという間にマナの背丈を超え、太郎の背丈を超えたぐらいで止まった。
花が咲いたと思ったら、ポンッと弾けるように実が生る。
いつ見ても凄い。
「いいいいい、いまのっ?!」
太郎の知らない女性が駆け寄ってきたが、スーもポチも無反応なので敵ではないだろう。その女性は木の前で立ち止まり、生った実を触るか触らないぐらいかまで手を近づけ、顔も近い。
「美味しくなったはずよ。」
「本当に桃みたいだねぇ。」
マナが実を採り、元の果物をくれた人に渡す。
「食べて見なさい。」
受け取ってもまじまじと見つめるだけで、食べるそぶりも見せない。
周囲も同様に動揺していて、次々と採っては渡すマナに、太郎が苦笑いしている。
「いつも通りのマナだな。」
「ですねー。」
スーにも渡し、さっそく食べる。
「これ、美味しいですねぇ。しかも・・・なんか身体がホンノリ温かくなる気がします。」
ポチが口を開くのでマナが実を放り込む。
「村の桃の方が美味いぞ。」ガブガブ
マナは集まってきた領民と同じように、その女性にも実を渡すと、最後に太郎にも渡す。無邪気な笑顔だけではない不思議な感じが、安心感をもたらしている。
「触った感じも桃に似てるけど、桃は腐りやすいからなあ。」
「そ、その・・・。」
「あ・・・もしかして貴族の方ですか?」
「そうだけど、これは一体・・・?」
太郎がココに来た事情と、集まってきた人達と話をして珍しい果物の種を受け取った事を話す。その間にオリビア達もやってきて、姿勢の正しい成人男性も近づいてくる。
どう見ても、貴族の名がふさわしい服装と姿勢である。
マナはなにも気にせずに、笑顔と実を振りまいていて、実を受け取った成人男性もマナの子供らしい行動を微笑ましく見ている。
「食べていいのかな?」
「美味しくしといたわよー!」
二人が同時に実を食べると、目が大きく丸く開いた。
「この実はこれほど美味かったか?」
「酸っぱくて、普段食すには適さないはずです。なのに、これは皮も美味しい。」
「お前達も食べてみなさい。」
男にうながされて、みんなが一斉に食べ始める。
驚きと感嘆の声が広がって行く・・・。
「これがさっきまで種だったとは思えないな。」
「そうだ、これは一体どうやったのだ?」
「私が育てたんだから美味しいに決まってるじゃない。」
男は察した。
こんな少女は見た事は無いが、人として見るのではなく、魔力を観て判断した。
「もしかして、世界樹様でいらっしゃいますかな?」
「そーよー。」
軽い。
しかもあっさりと応じる。
警戒心というものがまるで無いどころか、その魅力に吸い込まれそうである。何故か穏やかになる雰囲気と、抑えきれない安心感。
思わずその場に座ってしまった。高級な衣装が土に汚れると分かっていても、少女の前では無邪気な心を取り戻してしまう。
「お会いできて光栄にございます。私はアルベルト・エッセンと申しまして、この領地の領主をしております。」
「あら、そう。それで、美味しかった?」
「大変、美味しゅうございました。」
座っているので、マナの身長より下の位置に頭がある。
「素直で良い子ね。」
頭を撫でられて頬を染めている事に、領民も娘も驚きを禁じ得ない。
「ははは、ありがとうございます。」
「そうそう、最近大変な事があったって聞いたから、運ぶより現地で作った方が早いって言うから暇つぶしに来たのよ。」
「あと、出来れば世界樹も植えさせてほしいです。」
太郎が口を挟むのは無礼に当たるが、誰も気にする様子はない。
「世界樹を植えるとは?」
「コレです。」
世界樹の苗木を袋から取り出し、ついでにトレントの苗木も取り出す。
「え・・・?トレント・・・の苗木?!」




