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第320話 誰の為に

 三つに分かれて主張するエルフ国。

その日に大軍が移動を開始し、二つの国を飲み込もうとしている。

報告に戻ってきた天使達は再び情報収集をする為に飛び立っていった。到着した時には戦闘が開始されていて、最も国力が低く、弱小として狙われたのが元伯爵家の娘で、ミシェル・ボビンズの率いる私兵団である。

総数はたったの2000で、予備兵力など存在しない。

 戦闘は開始早々から籠城戦になり、半包囲された時に戦況に変化が起きた。


「へー、なかなか優秀な魔法使いがいるみたいですね。」

「確かに。ゴーレムを操れるなら食糧は少なくて済むわ。」


 ゴーレムは食事をしない。魔力で形成しただけの土の魔物で、魔物と分類するかというと、見た目が魔物っぽいからそう言われるだけだ。

 城壁の外に現れた土の魔物は、そのまま敵の進撃を防ぎ、一時的に後退させたが、長くは持たない。

 時間を稼ぎ、大軍を擁する敵の食糧を浪費させる為だ。飲まず食わずでは戦えないのだから、士気を下げる効果は絶大だ。

 当然だが、そのくらいは理解している。理解していないのはリテルテ公ぐらいで、戦地から遠く離れた居城にて、高級食材をふんだんに使ったフルコースを味わっている。


「食糧が足りない?金は払っているんだから戦地に持ってこさせればいいだろ。」


 今度は輸送の事を考えず、大量の食糧を運ばせる。

 その輸送経路には、別の敵が待ち伏せていた。

 ただし、この食糧運搬部隊急襲作戦は、最初から計画されたもので、チャモからの提案に乗ったモノだ。

 これによって協力関係になったセイヴ・ブロンズは資金を必要することなく、大量の食糧が入手でき、リテルテは軍を維持できず、撤退する事になる。

 チャモは代金を受け取っていて、被害者側を装う事で、損害はほぼ無い。

 何も知らない者が損をし、計画とはいえ汚名を着る事になるが、これでもまだ軍事バランスは一強のままである。





 全てを見ていて、その報告を聞いたダンダイルは溜息を吐いたついでに呟いた。


「全く、見事なモノだな。」


 それは称賛ではなく、呆れている方に近い。

 折角の軍事力を集めただけでまともに運用が出来ていないのだから、戦略の重要性が良く分かる戦果である。

 ただし、これが計画されていた事はダンダイルは知らないので、リテルテ軍のふがいなさが目立つようになっていた。


「ブロンズ軍の手際の良さは異常とも言えます。」

「ふむ・・・。」

「これだけの物資を奪ったのに死者無し。それどころか損壊した馬車も殆どありません。馬は大半を逃がしてますし、護衛にあたっていた筈のリテルテ側の兵士も逃げているんです。」

「裏切った者が居るだろうな。」


 ダンダイルの指摘を待っていたかのように、トヒラは頷いた。


「はい。リテルテ公の配下には、戦争をしたくない者が何人かいるようですね。負けるとも思っていないので裏切りにくいようです。」

「戦力差が有るからな。」

「問題は裏切った者がどういう人物かという事になるが・・・。」


 トヒラは首を横に振った。

 ダンダイルはそれに納得し、今は次の報告を待つだけとなったが、ファングールというドラゴンにも頭を悩ませることとなり、その娘のエンカとの関係を巧く保たなければ矛先は魔王国に向くかもしれず、魔王への報告をどうするか、トヒラと協議する事にした。





 一方。

 勝つ筈の侵攻に失敗し、補われる筈だった補給物資を強奪され、リテルテは怒り心頭であった。敵の三倍以上の兵力を与えられ、侵攻軍の指揮官となった男は、言い訳に必死だった。


「まさか、敵があのような手段を用いるとは思わず、不死を相手にしては流石に無駄死にさせるわけにもいかず・・・。」


 まさか。

 その言葉を幾度となく繰り返す男に興味が失せたリテルテは、処刑しようかと考えたが、それでは士気が下がり、次の戦いに影響を及ぼす事ぐらいは理解できる。

 元銀髪の志士だけあって、無能と呼ぶには個人の武名が高く、有能と呼ぶにはどこか資質に欠ける男で、奴隷制度を悪用して資金を増やしていた。

 彼の後宮には数えきれないほどの美女が存在していて、能力に優れない、ただ美しいだけで従順な女が好物だった。


「残念な男だが、指揮能力は高く評価してやったはずだ。次にお前がする事は、失われた物資をどう奪還するか。」


 自分が陣頭に立って指揮をする考えはなく、総大将は後からやってきて敵の城の玉座で勝利宣言をする事だと思っている。直接戦えはそれなりに強いのだが、剣を捨てて何年も経過していては、腕も錆びついているのだ。

 敗軍の将は名誉を挽回すべく、二つの権利と2000の兵を与えられ、休息の間もなく出立する。

 目的を果たすには権利も必要だが、情報も欲しかった。

 護衛の兵が数百人規模で存在したはずなのに、殆どが未帰還で、辛うじて帰って来た者であっても、恐怖に震えていて何も喋らない。

 実はバレるのが恐ろしくて喋れないのであって、敵の想像を絶する何かに怯えている訳ではなかったが、そこに気が付くものが居たら全てを知っている者だけだろう。

 少しはまともな奴が戻ってくるのを待っていると、汗と泥でまみれた小部隊の隊長を名乗る、細身の男が面会を求めてきた。

 その男の言動は、まるで被害者のような口ぶりで、少なくとも小部隊を預けられている責任のある男の言葉ではなかった。


「取り立てて頂けるなら何でも喋ります。」

「なに・・・?」


 作り笑顔と手揉みで、腰を曲げ、金と地位が欲しいと要求してきたのだ。

 こういう輩はあまり好きではない。

 リテルテ公は対価ある取引ならば応じるだろうが、ただの情報などに飛び付く事は無いだろう。

 貰った権利の一つを行使する為にもここは話だけでも聞くとしよう。


「事実なのだな?」

「証拠は有りませんが、敵の動きと味方の動きがまるで連携しているかのように、食糧を奪われたのです。」

「奴隷はちゃんと送られてきたではないか。」

「その時は襲われもしませんでしたので。」


 証拠はない。

 しかし、商人と敵国が協力関係に有れば不思議ではない。

 しかも、兵士達は殺されたのではなく、殆どがどこかに消えて行った。

 大量の物資と共に。


「よし、ではその話を信じてやろう。褒美に二階級昇進と補給隊長に任命する。」


 子供のように両手を上げて喜ぶ密告者は、次の言葉で血の気を失った。


「責任者として、敵前逃亡、情報漏洩、物資喪失、逃亡幇助の罪で極刑に処す。」

「え・・・俺は・・・俺は何もしてませんよ!」

「責任者が何もしないのは罪だ。そんな事も知らんのか、この裏切り者が!」


 裏切り者に仕立てた理由のもう一つは、逃げ出した兵士達への見せしめだ。突然、裏切り者にされてしまい、戸惑い震えて膝を崩す男を、部下に連行させる。

 刑は即日執行された。

 ただ、その裏切り者の話の中で一つ気になる事がある。

 今回の輸送任務を担当した指揮官の配下に、リア・ロッテ・エッセンという女性が副官を務めていた筈である。

 その女性も記録上は行方不明となっているのだが、確認しておく必要があるだろう。何しろ彼女の父親であるエッセン伯爵はリテルテ公を代々支えてきた臣下の一人なのだから。ただし、奴隷制度を消極的ながら反対しているという噂も有る・・・。

 貰ったもう一つの権利である、接収権を行使する相手に悩んでいたが、この時に決心したのだった。




 部下を30名ほど連れて移動してきた先は、エッセン伯の領地であり、人口よりも家畜の方が多い、どちらかというと農村のイメージが強い地域である。

 もちろん伯配下の私兵が存在し、領地を警備しているが、敵ではないし、リテルテ公の名が刻印された書簡を提示されては拒否も出来ない。

 消極的に受け入れ、伯爵の邸宅に案内する。

 顔を合わせた第一声は挨拶ではなかった。


「貴殿のご息女は息災か?」

「・・・は?」


 事前の予告もなく突然現れた男を、エッセン伯は名前こそ知っていたが初対面で、そこまで高圧的である理由を知らない。そもそも、娘が軍に参加している事さえ知らなかったのだ。


「行方不明である事も知らんのか?」

「娘は視察で領地内に居るはずだ。それより、行方不明とは?」


 ココで初めて説明すると、伯爵の驚く表情が演技にしか見えなかった。

 本当に知らないのだが、狼狽するという事は無かった。父親にとって娘が勝手に出歩いて何日も帰ってこない様な男勝りの性格で、ひょっこり帰って来たと思ったら次の日にはもう不在という事も有り、行方不明状態なのは日常茶飯事であった。

 それでも、使用人の誰かに行先を告げているので、捜せば見つかる筈である。

 伯爵は使用人に命じて娘の所在を確認させると、今は領地内におらず、自治領地の港町に滞在しているという。


「という事は、軍に参加していても分からないという事だな?」

「確かに・・・そう、なるか。」


 名前も名乗らない態度のデカい男はフォー・リーという軍部に所属する者で、指揮官ではあるが将帥という地位はまだない。リテルテ公に息のかかった人物であるのは間違いないが、実績としては元銀髪の志士・・・その候補生に過ぎない。

 今は銀髪の志士も廃止されていて、過去のモノとなっているから、候補生だった証明すら無いのだ。

 リテルテ公がどういう理由でこの男を指揮官に任命したのか不明だが、指揮官である以上、何らかの権限を与えられている可能性が有る事を考え、無駄な会話はしないようにしていたが、その危惧は当たってしまうのだった。


「所属していた事は生き残りから確認が取れている。物資を奪われて本人が責任を果たせないのなら親が責任を取るべきだと思うが?」

「どういう意味かね?」


 そこで書簡を見せ付けられる。

 確かにリテルテ公の名が刻印された命令宣言書であった。


「食糧を接収する。意見があるのなら後日リテルテ公に上申するがいい。ただし、今は命令に従ってもらうぞ。」


 態度は拒否を示したが、言葉は何一つ出せなかった。






※追加情報


■:オスカル・クロウド・リテルテ


 エルフの国を宣言する三つの国の一つ

 内乱でバラバラになった国の中で一番最初に立ち上がった人物

 元銀髪の志士


■:フォー・リー


 リテルテ軍の中級指揮官


■:リア・ロッテ・エッセン


 リテルテ配下の伯爵の娘

 父はリテルテ派だが、逆らえないという意味で消極的である

 ミシェルとは幼馴染 


■:アルベルト・エッセン


 リアの父

 肥沃な土地と広大な農地を所有している

 戦争や奴隷制度を快く思っていない


■:ミシェル・ボビンズ


 エルフ国を宣言する三つの国の一つ

 リテルテ家を憎んでいる


■:セイヴ・ブロンズ


 正道騎士団の若い指導者でエルフ国を宣言した最後の国

 銀髪の志士とは仲が悪い


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