第317話 忠誠心
本当にエンカがあの村に向かった事など知る筈もなく、ワンゴは下山し、幾つか有る隠れ家に戻っていた。森の中にひっそりと隠れるように建てられた平屋で、既に報告書を持って待機している部下から受け取り、テーブルに並べられた出来立ての肉料理で腹を満たしつつ読んでいる。
「予想以上だな。キンダース商会を退けるとは、なかなかの手腕じゃないか。」
「あんな小僧にそれほどの才覚が有るとは・・・ボスは知っていたのですか?」
「いや、知らん。」
「では、何故?」
誰かにやらせるつもりでいたワンゴは、成功を必ず期待していた訳ではない。内情を調査しつつ、金に困っているトコロから少しずつ入り込み、混乱に陥れるだけでも良かった。リテルテ公爵の存在が大き過ぎるが、人望は無く、高い資金力で圧し潰すつもりなのは予想がつく。
だが、チャモはバランス良く敵対国からの情報と信用を勝ち取っていて、交渉と融資を巧みにちらつかせて、戦力差がまるで無いように誤認させていた。当然だが、大規模な戦闘になればすぐに総崩れになる戦力差である。
「なるほど、食糧を押さえたか。兵士が多ければそれだけ食う訳だしな。」
「戦争が始まれば農耕生産力など意味がないですな。」
「そりゃそうだ、鍬を持つくらいなら剣を持たせないと、一方的に蹂躙されるだけだ。だからといって蔑ろに出来ないのが農民だ。腹を減らし過ぎると兵士が言う事を聞かず、腹を満たし過ぎても言う事を聞かなくなる。農民を巧く使いたいところだが、このバランスが難しい。」
「農民を守れば独立できるし、やりたくもない命令に従う必要もなくなるという訳ですか。」
「所詮、兵士は雇われだ。金を貰えば満足するかもしれないが、使い道の無い金などガラクタと同じだ。」
「そこに目を付けたチャモが、兵士達に卸しているようです。割高ですがね。」
「絶妙に贅沢品も混ぜているトコロがなかなか・・・。」
チャモが仕入れた先の殆どはキンダースからで、手を引いたと言っていてもキンダース商会に損はない。無理に介入しようとして、被害を受けたり争いになるのを避けるのなら、とっとと引き上げるのが一番なのだ。
仕入れだけやって、運搬のような危険な仕事も必要なくなるのであれば、高い収益は無くとも、適度な収入は得られるのだ。
「一つだけ懸念が有るとすれば勇者だが・・・。」
以前の勇者といえば、同じ場所に勇者は二人現れないという、根拠の無い共通認識だった。コルドーの事件以来、勇者達がアレほど存在しているとは誰も知らなかっただろう。今も何処かでウロウロしている可能性は普通に有るのが逆に恐ろしい。
「見た目で勇者だと直ぐ判るんでしたらイイんですがね。」
「そんな簡単に判って・・・そういや。」
報告書の紙を捲って確認する。
「ハンハルトに女勇者がいただろ、あいつは今、勇者じゃないらしい。」
「どういう事です?」
「知らん。しかし、あの村にはバケモノ級が多い、もしかしたら勇者の能力を消し、常人に戻す方法が有るのかもしれん。」
「・・・元に戻りたいですかね?」
「利用される危険性が有るのも知れ渡ったしな・・・。」
「確かに、自分の意志と関係なく利用されるのは洗脳と同じですからね。」
「その辺りの重要なところは分からないが・・・あの勇者を利用する事が可能な能力が有るというだけで十分な恐怖だろうよ。」
「勇者についてはイロイロと問題視されていて、今じゃ成りたくない人も増えているという話ですが、俺はその能力欲しいんですけどね。」
「消せるなら付与も可能かもしれん。もちろん、可能性の話だが。」
ワンゴは事実と予測を混ぜた文面を作り、あたかもそれっぽく纏め上げ、それをギルドを通じて発信させる。ギルドなんて金さえ出せは嘘でも広めてくれるのだ。
「こんなのを信じますかね?」
「信じるんじゃないぞ、信じたいんだ。」
勇者は成りたくて成るモノではなく、16歳になると身体のどこかに文様が現れ、勇者の力が発動するようになる。そして、勇者の能力に見合った戦闘能力が無ければ、良いように利用されてしまう。
そんな奴らが、勇者の能力を消せると知れば、あの村を目指すだろう。
「また忙しくなりそうだな。」
「そっすね。」
数日後、チャモが取引を終え、ギンギールの西にある港町の自宅に帰宅すると、部下達が整列して待っていた。この自宅は元々ワンゴの所有物だったが、長らく無人であった為に一部を補修し、増改築もしている。
「よう、待ってたぞ。」
チャモは大喜びしたい気持ちを押さえつつ、走る、と、歩くの中間ぐらいの速度で歩み寄り、一礼した。
「順調のようだな?」
「相手が取引に応じないと不利になるという状況ですので、俺が何かしなくても簡単なんですよ。」
「そういう状況をお前が作ったんだろ?」
「実は、リテルテ公爵の支配地域の一部で反乱が起きていまして、そこに支援しました。」
「報告書には無かったが?」
「先ほどの事でして、これから報告書を作るトコロです。」
「・・・ゆっくり話を聞こうか。」
綺麗に改修された自分の家を見てにんまりしている。仕事がデキる事と、気が使える事とは別物だが、チャモはその双方を備えているようで、期待していた訳ではないので、驚きを隠せない。それも良い方向で驚いていて、珍しく笑顔のワンゴだった。
会議室ではワンゴを上席に案内し、ワインとパンと肉料理が用意されているテーブルで、報告と説明は始まった。
リテルテ公爵の支配領土が一番広く、幾つかの伯爵家が分担して管理しているが、当然のように一枚岩ではなく、どうしたら被害無く離反できるか考えている者もいたのだ。その情報をどうやって手に入れたのかというと、他の勢力である、ボビンズ伯爵家の娘からであった。
単純にリテルテ公爵が嫌いという理由も有って敵対したが、勢力にも資金力でも勝てる見込みは薄く、情報戦に力を入れていた。その中で情報と食糧を交換して手に入れたのが、リテルテ公の配下に不穏分子が居る。
との事だった。
「自由に動けるお前は利用される訳だな。」
「等価交換である必要は無いので、損をするつもりでしたが、配下の一人を裏切らせて自軍に引き込みたいとの相談もされたので。」
そうなるまでに何か有ったと思うが、そこには言及しない。
「それが成功したとして、勝てる見込みは?」
「ありませんね。」
「良い答えだ。お前にそこまでの才覚が有るとは知らなかったぞ。」
「才覚かどうか分かりませんが、任せて頂いたので全力で取り組んでいるだけです。」
ワンゴがやっと料理に手を付けたので、他の部下達も食べ始める。
勿論、チャモはまだ食べていない。
仕事をする時は多くの部下を従えるチャモだが、ワンゴやその側近が居る時は下の立場になる。狭い会議室ではまだまだ下っ端なのだ。
ワンゴはチャモを座らせ、食事を許可する。
報告を受けるのは必要な事だが、ワンゴは長旅で疲れており、珍しく風呂に入りたいと思っていた。
部下達の雑談を聞き流しつつ、時折相談される事も曖昧に受け流していると、給仕の追加のワインを拒否し、席を立った。
「どうしたんで?」
「少し休みたいんでな、緊急でない限り起こすな。」
「それでしたらゆっくりと湯に浸かると良いです。用意は出来てますので。」
「お前は気が利くな。そうさせてもらおう。」
風呂場は一人用で、それほど広くは無いが生地の薄いローブを着た若い女性が待機していて、服を脱がし、身体を洗い流してくれた。そのまま夜伽も命じられているとの事だったが、断った。
本当に疲れていて、そんな気分ではなかったからだ。
ワンゴの休息中でもチャモは能動的に活動していて、さながら部隊の指揮官のようにも見える。実際、部下が多く増えていて、ワンゴの知らない顔も多い。
「戦わせてもたいした活躍は無さそうだが・・・。」
プライベートルームのベランダに設置されているイスに座り、テーブルには果物とワインが置かれている。
隣に座るのは部下ではなく、引っ張ればすぐに脱げそうなきわどい服を着た女性が二人いる。すっかり使い果たしたので魅力は薄れているが、眺めるには悪くない置物である。そこで見下ろすように眺めていても、飽きてくる。
「そろそろ俺達が付け入るぐらいの隙はあるかね?」
ただの独り言であり、美女二人は何も答えない。
部屋の中からさらに美女が現れ、ワンゴに告げる。
「お客様が来ております。」
「客?」
彼女にとって、訪れる者は全てが客であって、それが誰であるかは分からない。
「暇つぶしにはなるか。」
美女を残して席を立つワンゴは、鈍りそうもない肉体を動かしたくなっていて、別室に居る誰かを想像してニヤニヤしていた。
「ボス、ただいま戻りました。」
「おぅ、お前が戻って来たという事は、終わったか。」
「北方の一部に新しく街を作りました。冬は厳しいですが、緩やかな川が有って土壌も良く、農業に適した地かと。」
各地から集めたのではなく、逃げて来た者達がいつの間にか住み着いていた場所にワンゴが立派な家と畑を作り、魔物の脅威を弱め、生活環境を整えたのだ。
それが5年ほど前の話である。
彼等にとって盗賊のボスであるという事実を聞いても、助けられた事の方が重要で、なぜ盗賊なんて事をしているのか全く理解できない。今も彼等はワンコの来訪を待ち望んでいるが、隠れ家として使う以外に行くことは殆ど無い。
「それにしても、次にボスが来るのはいつなのか、しつこく聞かれて困ります。」
「まぁ・・・ココの状況次第で行先も変わるシナ。」
「見た感じ上手くいってるみたいですね。」
「上手くいきすぎて俺が驚いてる。」
「それであんな若造に任せたんですか。」
「別に上手くいくなんてこれっぼっちも思っちゃいねぇよ。」
「え、そうなんです?」
「アイツはな、俺に対する忠誠心だけでやらせたんだ。」
「忠誠心?それなら・・・。」
「それならお前達にもアルのは解るが、金と女と酒が与えられなくても、保ってられるか?」
部下に対して忠誠心云々を言い切るボスには少し怖い。
しかし、嫌っていてもボスに付いて行く奴はいるし、金が貰えるからやっている奴もいる。忠誠心を直接ボスに対して示している奴は意外と少ない・・・。
「ボスに信頼されているから今の立場だと思っているんですがね。」
「まあ、盗賊のボスとしては俺は失格だからな。」
これがウチのボスだ。
コレで本当に盗賊のボスで強いから困る。
しかし、これだから良いんだ。
「お前、何か気持ち悪いこと考えてるな。」
「え、いえぃぇ。」
能力よりも重要なのが忠誠心であり、チャモは絶対に裏切る事のない、強い忠誠心を持っている事を知ったからだ。忠誠心は全てに勝り、そこに善意も悪意もない。もちろん感情は有るが、優先させるべき事を正しく理解する。その為には死地へでも向かって行き、仲間を助けるし、助けた仲間でも殺す。
「自分を殺してでも目的を達成しそうですね。」
「それな・・・。」
何故かそんな雰囲気があるチャモに、人殺しをさせる命令をしようとは思わなくなり、気が付けば、このまま商人をやらせておくのも良いのではないか。
と、思い始めている。
しかし、この前段階の計画が上手く行き過ぎても困るので、軽く釘を刺しておくワンゴだった。
その計画が順調に進んでいる中で、面倒な奴らも現れている。
「二人捕まえましたよ。」
「やっぱり居るよな。」
チャモばっかりに良いところを持ってかれるのも癪だと思っている他の部下達が自主的に行っているのだが、予想以上に入り込んでいる事が解ったのだ。
それは魔王国とガーデンブルクから送られてくるスパイで、巧妙に隠れているが、普段と違う動きをする事で僅かでも目立つし、スパイのまま逃げられなくなって盗賊の一員に成ってからスパイだったとバラス者もいて、ワンゴの部下達は毎日何処からともなく混ざっているスパイを捜すのが日課になっていた。
当然、スパイを生かす事は無く、男なら即殺し、女なら玩具にしてから捨てる。非道な事をしているが、スパイにやってくる連中の方でも、似たような事をするのだから、容赦する必要はない。例え、規律の守られている国でも、名君であっても、全ての部下が従順に従うとは限らず、人権など主張する事の許されない場所では、当り前のように起こっているのだ。
「こっちが送り込んだスパイはまだ残っているよな?」
「あの村にならまだ四人ほどいるはずです。」
あちこちにスパイを忍ばせているワンゴは、あのキンダース商会の内部にも存在するし、魔王国では佐官級の兵士もスパイとして活動している。
定時報告という形を取らず、安全に情報を流せる時だけ送ってくるように命じているから、20年以上音沙汰の無いスパイも存在する。
「スパイというより、ただの協力者っすね。」
「それで良い。教えてくれるって言うんだからな。」
ワンゴに情報を流すという事は、殆どの国で犯罪扱いだ。それでも一般の人が協力をするというのもおかしな話である。もしも、ワンゴが本気で仲間を集めたら、一国に勝るのではないかと噂されていて、警戒していても、それがいつどこで行われるのか解らない以上、魔王国でワンゴを捕縛した時に、殺すべきだったと言われてしまうのだ。
あの時、ワンゴを極刑にしていたら・・・と。
※追加情報
■:オスカル・クロウド・リテルテ
エルフの国を宣言する三つの国の一つ
オリビアとは遠い親戚になる
リテルテ公爵を自称しているが、貴族制度は無い
内乱でバラバラになった国の中で一番最初に立ち上がった人物
人気が無く、奴隷制度推進派で人望も無いが、高い資金力を有している
元銀髪の志士
■:ミシェル・ボビンズ
エルフ国を宣言する三つの国の一つ
元伯爵家の娘で貴族だったが、貴族制度も奴隷制度も嫌い、人望が高い
ただし資金力に乏しく、優秀な部下が少ない
リテルテ家を憎んでいる
■:セイヴ・ブロンズ
正道騎士団の若い指導者でエルフ国を宣言した最後の国
正道騎士団とはエルフ国の最強騎士団で、近衛兵団と戦って勝利した反乱の元凶
誰かが自分達を高く評価してくれると信じて待っていたが、誰からも誘われなかったので仕方がなく宣言した
団長のブロンズは最強の騎士と言われている
銀髪の志士とは仲が悪い
■:チャモ
ワンゴの部下 幹部候補 狸獣人の男
ワンゴが魔物に襲われた村を助けた時の生き残り
盗賊家業をしているのを知って、ワンゴに憧れ加入する




