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第315話 勝てない相手


 ―――私が相手してあげる―――


 どこからともなく現れた女性は、綺麗なドレスを纏っていて、空から現れたという事に驚いている。下から覗き込もうとする兵士達が居て、上官に頭を叩かれている。

こんな変な人なら太郎殿の知り合いに決まっているので、失礼な事をして不興を買いたくないからだ。


「え、誰・・・?」


 太郎が不安そうに見つめていて、治療を終えたスーも、太郎と同じ女性を見ているが、全く見覚えが無い。そもそも、誰かが来たらマナが直ぐに気が付きそうなものだが、マナは太郎の頭の上に座って難しい表情をしている。ミカエルも全く気が付いていなかったのか、驚いたまま動けない。


「太郎殿のお知り合いでは?」


 トヒラに問われても答えようがない。


「・・・マナは知ってる?」

「・・・気配どころか魔力をほとんど感じないのよ。」

「鬼人族と知って相手してくれるって言うんだから、期待したいところね。」

「フレアリス、あいつは何か変だ。」


 最初から変なので気にする必要が有ったのか分からない。


「そうね、気を付けるわ。」


 異様な雰囲気も感じない。

 威圧感もない。

 ふんわりと浮いているのだから、魔法を使っているのだろうけど、魔力を感じない。

 この場で見ている者だけが、彼女を認識しているような、不思議な感覚だ。


「お困りですか?」


 声は一つなのに、左右から抱きしめられた。

 うどんともりそばだ。


「凄く困ってるんだけど、あの人誰だか分かる?」


 二人が武舞台に浮いている女性を見る。


「あ~、ドラゴンじゃない?」

「え~、普人ですよ?」


 急にマナが太郎のおでこをペチペチ叩いた。


「あんた、フーリンね!」


 ビックリしたのは一瞬だけで、どう見てもフーリンとは違う容姿の女性はにっこり微笑んだ。


「違うわ。」

「そんな事どうでも良いんだけど、やるの?やらないの?」


 フレアリスの問いに笑顔のまま応じる。


「戦いの合図必要かしら?」


 ふんわりと浮いていた彼女が武舞台に立つと、武舞台全体にひびが入る。


「なに・・・何をやったの?」

「ほら、さっさと来なさい。」


 フレアリスがいつまでもニコニコしている女性に、苛立ちを覚え、先制とばかりに突進して右拳のストレートを繰り出した。

 風圧だけで観戦していた数人の兵士が吹き飛んだのに、目標の姿は見えない。


「後ろだ!」


 叫んだジェームスが驚いた声を発し、次の瞬間、フレアリスが吹き飛んで武舞台から落ちた。地面に飛び込む寸前に、ミカエルに支えられ、頭から落ちるのは避けられたが、自分に何が起きたのか理解できていない。


「う、うそでしょ・・・?」

「私も何が起きたのか全く分からなかった。鬼人族をいとも簡単に吹飛ばすとは信じられんが・・・。」


 あわてて駆け寄ってきたジェームスがミカエルに礼を言って大事な妻を支えて地面に座らせる。助けられたフレアリスは、ジェームスの顔を見て安心したのか、普段は見せない子供のような表情になっていた。


「あ、あのね。」

「うん?」

「死んでないよね?」

「大丈夫だ、生きてるぞ。」


 周囲を気にもせずジェームスに抱き付くと、自分を取り戻したようだった。抱きしめ返す暇もなく、フレアリスは立ち上がっていつもの姿に戻る。


「ぜんぜん痛くないのよ。何かをされたかもしれないのに、感覚が無いのよ。死んだのかと思ったわ。」

「何者なんだあいつ・・・。」


 マナが太郎の頭をまたペチペチ叩く。


「どしたん?」

「魔力遮断の何かの魔法を使ってるみたいなんだけど、調べようにも遮断されちゃうのよ。バカ女2号ってどこに居るか知ってる?」


 2号って・・・あ、ああ。

 理解できる俺も何だろう?


「今日は見てないから、あの袋の中に居るとシルバでも連れて来れないんだよなあ・・・。」

「多分なにかの結界魔法だから吹飛ばしちゃう?」


 うちのマナさんはいつからそんな物騒な・・・いや、以前からそんなもんか。


「結界だけ吹飛ばせるの?」

「ん~・・・。太郎のあの剣でギリギリを切れば?」

「そんな技術ないですが。」


 神様から貰った剣を使ったらあの人も斬ってしまう。

 そんな事は出来ないし、戦いたいワケじゃない。


「ねぇ、あなた。」


 どう見ても俺だ。

 俺に視線を向けている。


「アレは危険です。」

「危険よ!」


 シルバとウンダンヌが勝手に出てきて、太郎を守るように視界を遮った。


「確かに、あいつの実力じゃ勝てないわね。私でも少し面倒そう・・・。」


 あいつとは誰の事だろう?


「というか、二人とも邪魔。」


 マナの視界も遮っていたので左右に退ける。


「ねぇ、あなた、鈴木太郎でしょ?」

「そうだけど、なんで俺の名前を?」

「噂に聞いてね。ワンゴって知ってる?有名だと思うんだけど。」


 スーが立ち上がった。


「まさか、ワンゴの仲間?」

「だったら何なの、あなたには関係ないじゃない。」


 確かにそうだが、スーがそんな説明で納得する訳が無い。

 武舞台に上がる前から剣を抜いてやる気満々だったが、片足を武舞台に乗せただけで身体がピタッと止まった。

 身体が恐怖で震え出す。


「ま、まるで・・・フーリン様に睨まれている気分です・・・。」

「そういや、マナもさっき言ってたよね。フーリンさんだって。」

「フーリン以外に竜人族を知らないけど、フーリンそっくりなのよ。」


 主にどの辺りが?


「場数を踏んでいるのか、怖いモノ知らずなのか、判断は出来ないが、これだけの視線を浴びても平然としているのは間違いないな。乱れを感じないし、隙も無い。スーがあのまま突っ込んだら、フレアリスよりも酷い目にあっていたかもしれないぞ。」

「そうね。」


 女性は太郎に少しだけ歩み寄ってきた。2歩、3歩。

 それだけで太郎の周囲から人が逃げていく。

 残ったのはマナとうどんともりそば、シルバとウンダンヌ。

 そして太郎だ。

 4歩目が動く前に足が止まった。


「あなたの周り、おかしいのばかりいるわね?」


 世界樹とトレントと元聖女、精霊が二人。


「否定できない何かが有るなあ。」

「・・・私を見ても怯えないのね?」

「マナと俺以外は怯えてるんだけどね。」


 うどんともりそばだってかなり強いはずなのに、俺にしがみ付いている。

 動きにくいけどそれほど重くは無いので、そのまま歩けはする。


「どう?」


 勝負を挑まれているのは解るが、挑まれる理由はない。しかし、彼女には俺を試したい理由が有るのだろう。面倒な話だ。


「た、太郎さん・・・。」


 彼女の威圧が漏れ出すと、村全体に広がる。それに反応して、ポチやグリフォン、ベヒモスもやってきたが、太郎に近付けない。恐怖で足が竦むのだ。


「くそう、俺が立っているのが精いっぱいなんて、とんでもない奴が来るな・・・。」


 ジェームスとフレアリスも身体がガタガタ震えていて、マギやスーなんか立ってもいられない。後からやって来たオリビアも動けずに固まっている。

 マリアはまだ不在で、頼りにするのも違うので、期待はしていない。


「なんなの?」

「あいつは?」


 ミカエルの横にやってきて問うのはエルフィンとリファエルだ。

 なんとか辿り着いたような険しい表情で、何も出来ずにいる自分の無力さに唇を噛んでいた。


「戦いたくは無いんだけど、やらないとダメ?」


 太郎の問いに笑顔で応じる。


「だめ~。」


 駄々をこねているような子供の言い方なのに、その顔はとても美しい。


「じゃあ、ちょっと二人とも離れて、マナは?」


 おでこをペチペチ叩いたのでこのままという意味だろう。

 太郎がめんどくさそうに武舞台に上がると、武舞台に結界が張られた。


「気にしないで全力で!」


 うどんともりそばの二人が結界を張っってくれた。そんなに被害が大きくなると予想しているのだから、相当怖かったんだろう。


「て、手伝いはしますから引っ込んでいいですか?」

「シルバがそこまで怯えるなんて、珍しいね?」

「身体が溶けそうなんです。」

「いいよ。」


 シルバが引っ込むとウンダンヌも消えた。


「マナは大丈夫?」

「枝が8本くらい枯れるけど大丈夫。」

「それは困るから俺の魔力使ってよ。」


 少しずつ近づいているのに、余裕そうに見える。


「分かったわ。」

「ねえ、武器は使わないの?」

「必要?」

「あなたが使わないなら・・・?!」


 女性の表情が歪んだ。


「な、なによ・・・この魔力量・・・。」

「戦うのは苦手だからさ。」

「嘘でしょぅ・・・こんなの聞いてないわ・・・。」


 魔力が結界内に充満するのを肌で感じると、表情が消えた。


「あ、あれ?」


 太郎の姿も消えた。

 結界の外では彼女の威圧が消えた事で、力が抜けたのか、殆どの者がその場に座り込んでいる。ミカエル達も例外じゃない。

 そして結界内では、太郎に近付こうとすると消えるという、その姿からは想像もできない素早い動きなのに、太郎を何度も見失っている。


「ちょっと、本気で潰そうとしてるでしょ?」

「なんで当たらないのよ。」

「当たったら痛いから。」


 早過ぎて見失ってしまい、武舞台で何が起きているのか全く分からないが、魔法で周囲を焼き尽くしそうなほどの炎が発生した時には、結界で守られていると分かっていても、後ろに逃げようとしている。

 その結界を張っている二人のトレントは異常なまでの高魔力で抑え込むのも限界に近かった。


「太郎、逃げてもダメよ、うどんともりそばが倒れちゃうわ。」

「そっか、じゃあ。」


 次の瞬間、女性の後ろに立って肩を叩いた。

 振り向いた時のその人の表情は、死を覚悟した表情に似ていたが、殺しはしない。


「ゎ、分かったから・・・もうやめて・・・。」


 絞り出した声が震えている。

 肩から手を離すと、ペタンと座り込み、威圧は消えた。


「なんてことなの・・・手も足も出ないなんて・・・。」

「あんたが太郎に勝てるワケないじゃない。」


 マナの一言は軽いが、彼女には重くのしかかったようだ。


「竜以外に負けるなんて、アナタは勇者みたいね。」

「残念だけど勇者でもなんでもない、ただの普人です。」

「そう・・・怯えて生活してたのがアホらしく思えて来ちゃったわね。こんな事ならもっと早く出てくればよかったわ。私より強いのがこんな村に居るんなら、他にももっと居そうよね。」


 居たら困る。

 とは思ったが、彼女なりの事情が有りそうなので黙っておく。


「暴れないんならご馳走するよ。」

「暴れたらアナタは躊躇なく私を殺すでしょうね。」

「マナに何かする敵なら容赦はしないよ。」


 マナがドヤ顔するのはなんでなの。

 可愛いけど。


「ええ、約束するわ。勝てない相手に挑むような、無謀な精神は持ち合わせていないから。」

「ところで、フーリンさんの知り合いですか?」

「隠す意味もないから教えてあげるけど、フーリンとは何千年も前からの付き合いよ。最近は会ってないけどね。」

「この騒ぎなら気が付いてやってきそうなんだけどなあ。」

「結界が有るから、来ないかも?」

「まあ最近来てなかったから、今日あたり来そうなんだけど。」


 結界が消えるのを確認すると、うどんともりそばが駆け寄ってきた。

 その二人を見て彼女は驚く。


「やっぱり。あなた達トレントよね?」

「そうです。」


 息を吐き出しながら悩ましい表情をすると、うどんが抱き寄せた。

 相手を選ばないのは凄い事だと思う。


「な、なにこれぇ・・・お母さんみたい・・・。」

「いい子ね、よしよし。」


 どっちが年上・・・フーリンさんの知り合いって言うからうどんの方が上か。まあ8万歳より上って流石に少ないもんね。

 もりそばの方は難しい表情をしているが、観衆はいつもの事だろうと安心して解散し、いつものメンバーが残った。


「それにしても、どちら様ですか?」

「わたしはえんかっていうのよ、よろしくにぇ~・・・。」


 うどんの所為で表情が緩んでいる。

 なんとも、うどんの能力が凄すぎる。


「あんた、フーリンそっくりなんだけど、竜人族よね?」

「そうよ~・・・。」

「そりゃあ鬼人族でも勝てない訳だな。」

「そうね。」


 しかし、先ほどの迫力を微塵にも感じない。


「この子、あやし甲斐が有ります。」


 頬ずりしたり、頭を撫でたり、うどんが嬉しそうだし、もう少しこのままにしておくか。ポチやグリフォンが申し訳なさそうに近寄って来たが、ベヒモスは既にいない。

 そんな所に遅れてやってきた魔女は、大きな欠伸をしていた。


「あらあら、またお客さん・・・?」

「竜人族らしいけど知ってる?」

「竜人族って、基本的に純血に嫌われてるから、ほとんど見かけないのよね。存在しているのもあの人くらいしか知らなかったわ。」

「そんな人が何でここに来る事になったんだ?」

「そんなの本人に訊けばいいじゃない。」


 全く、その通りなのだが、ふにゃふにゃしていて、名前にしてもえんかって聞けただけだ。これじゃあ会話にならない。


「とりあえず、食堂にいこう。うどんもそろそろ解放してあげて。」

「この子が抱き付いてくるんです。母親の愛に飢えていたようですね。」


 それを見ていた二人の会話。


「あなたも私に抱きしめられたい?」

「ヤメテください、絞め殺す気ですか。」


 リファエルとミカエルの間には愛情が無かった。






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