第312話 もう一人の竜人族
珍しくフーリンさんが遊びに来ている。
俺の子供達もかなり懐いていて、フーリンもそれを楽しんでいた。
羊羹を子供達と食べていたが、3日分の羊羹が無くなったとエカテリーナを困らせて反省する姿は、あのだらしがない時のフーリンそのもので、スーにも小言を言われて、温泉で子供達に慰められていた。
「甘味は人を狂わせる・・・。」
マナにもヨシヨシされて、フーリンは子供のようになっていたが、翌日には普段の姿を取り戻し、羊羹については目を背けていたのだから、事情を知らないダンダイルに不思議がられていた。
そんなフーリンに、あの件について相談する。
昨日は話せる感じがしなかったので今日に延期になったのは秘密だ。
「え、トンネルを掘りたいの?」
「うん。水魔法で一気に貫通させた後にさ、フーリンさんに内部を焼いてもらえば崩壊しにくくなるから。」
フーリンは少し悩んでから了承し、ダンダイルに喜ばれた結果、鉄道の建設はこの村にとっての大事業計画に追加された。
鉱山と村を繋ぐ短いトロッコ鉄道は有るが、そこから別の土地に運ぶには、魔法袋を使う方法が一番早い。しかし、流通のバランスを考えると、人力で運ぶのが望ましく、経済も価値も崩壊させるのはよろしくないと注意を受けているからだ。
鉄道が完成したら経済が一気に加速して、ココが経済の中心地になるかも知れない。
この村の経済力が不明なのだが・・・。
「輸出ばかりしているからお金がたまる一方ですよー。」
自給自足可能な分量以上に保有可能で、他の国や地域から欲しいモノは殆ど無い。一部の香辛料などは買っているが、原材料が判明して、栽培可能なら、村で作ってしまえばいい。マナやうどんのおかげで育てられない植物など存在しないのだ。
などと考えていると膝の上に乗ってくる何かが。
「・・・。」
俺の考えている事が解るような眼で見詰めてくる。
お腹に頭を擦り付けないでくれ。
・・・拗ねてるのかな?
そして、ダンダイルさんが居る事でトヒラと天使達が報告書を配り、例の報告会は始められた。
あ、うん。
受け取るよ。
「・・・四つ目の勢力ですが、現在はその存在が認められません。」
「建国は宣言すれば済む話で、周辺諸国が認めるか認めないかは、関係ないよ。」
「それはそうですけど、勝手に建国しても国民が付いてこないのでは?」
「それは建国後の話。それなりに地位と領土が在れば建国するのは簡単だよ。直ぐ滅ぼされるけど。」
小さな島だって俺の国といえるし、自分の家を城と称する事も可能だ。
ただ恥をかくだけだが。
「太郎君ならいつでも宣言して構わないんだが?」
絶対に宣言しない事を知っているダンダイルが、珍しくニヤニヤしながら言う。
そして太郎は、全力で否定する。
「しません。」
遊んでいるような二人に、報告は真面目に続けられた。
「最近は商人の流入が激しく、多くの労働者・・・まあ、奴隷ですね。どこからともなく集められているようです。」
「そうすると食糧も多く必要に成るんじゃない?」
「ご指摘の通りです。ギンギール周辺の街では魔物の乱獲も始まっていますし、建国宣言はしていませんが多くの商人が集まる街が急速に形成されています。」
「それはかなり大規模なのか?」
「はい。一部、キンダース商会が絡んでいる所までは確認しました。」
「じゃあ、直接訊いたらいいんじゃないの?」
「それが可能なのは太郎殿だけですよ・・・。」
トヒラが苦笑いするので、太郎も釣られた。マチルダを呼ぶと面倒なのだから。
「まぁ、今の私達なら一睨みで黙らせられるんで大丈夫ですけどねー。」
喋って欲しいのに黙らせるとはこれいかに。
「それも太郎君のおかげだがな。」
そうなのか・・・。
手が暇なので膝の上に居るベヒモスの首元を撫でる。
もう完全に猫化してるけど大丈夫かな?
「商人達の動きって、やっぱバランス考えてるの?」
太郎の質問はトヒラもダンダイルも驚いている。
経済バランスを均一にさせるという事は、戦争を長引かせ、商人達に商機をもたらすからだ。その発想が一般時から出るとは思わない。
時に滅茶苦茶な事もするが、こういう時の太郎は恐ろしいと、二人は考えを一致させた。返答するのはトヒラである。
「・・・それもその通りですね。キンダースが主導して計画を進めています。どれだけ儲けるつもりなのか。」
最後の一言は怒りが半分ほど滲んでいて、魔王国も商売で負けているのだ。
「他国の事なので魔王国としては一切口出しできないのですが・・・。」
「それならマリアあたりに商人になってもらって、忍び込ませるのもありかな。」
トヒラは絶好のチャンスを得た。
太郎から頼んでもらえるのなら有り難すぎる。
「是非お願いします。」
「え、俺が言うの?」
「他の誰にも言えませんから。」
トヒラがにっこりしている。
スーが不満顔をして、フーリンが苦笑いしている。
マナがベヒモスを持ち上げて自分の膝に座らせると、ぐしゃぐしゃに揉んだ。
何をやっているのかな?
逃げるベヒモスを見送ると、太郎の膝に座った。
そうか、暇だったんだね。
今度はマナの頭を撫でる。
「調査の必要性が有れば言っても良いけど、なにか納得させる理由ってあるかな?」
「ありますかね?」
「あるだろうか?」
「なさそうね。」
「ないですかねー?」
結局、誰も思い付かなかった。
季節に関係なく積もっている雪が行く手を阻む。
僅かな目印を探し出し、目的の人物の住む山奥へと進む。
「飛べればあと少しなんだがなあ・・・。」
飛行魔法はバランスもコントロールも難しく、大人数をまとめて移動させるなんて、常識から外れているのだ。そもそも一人で飛ぶにも難しく、魔力の消費が激しいうえに、ただの移動しか出来ないのだから、必要でもなければ使いたくない。
「雪を吹き飛ばしますか?」
「そんなことしたら雪崩になるぞ。」
側面のなだらかな斜面には雪が積もっていて、陽の光に反射して、見るだけなら美しい。しかし、雪崩れてくれば、そこは一瞬で地獄に変わる。
「仕方ねえ、少し飛ぶぞ。」
「うっす・・・。」
仲間は飛ぶのにあまり慣れていないので僅かしか飛べず、どうにか雪の無いところに避難するのが精いっぱいだ。
「あの先だ。」
アゴを動かして示した先は、雪が積もれないようなとんがり山のふもと付近だ。木とレンガで作られた建造物が見える。
「あんなところに家ですかい・・・気が狂ってますね。」
「それが普通に思えるような奴が相手だからな。」
そこから半日以上かけて歩き続け、流石のワンゴも肩で息をするほどの苦労の末に、辿り着いた家の前で、ノックもせずに座って休んでいる。
「あんた何やってるの?」
「よぉ、依頼のモノを持ってきたぜ。」
「・・・入りなさい。」
二人の部下には別室で休ませておき、二人は小さなテーブルでお茶を飲んでいる。
そのお茶はたった今、ワンゴが手渡した物だ。
「良い茶葉ね・・・。」
「王室に送られる予定のモノを横取りしたんだ、なかなか苦労したぞ。」
「あんた、まだ盗賊家業をしているの?」
「趣味みたいなもんだ、気にするな。」
もちろん気になんかしない。
珍しく客が来た事と、気心の許せる相手だから言えるというだけの事だ。部下の二人もココに来るのは数十年ぶりで、存在を知っている者は極少数に限られる。
「それで、用事はなにかしら?」
流麗な動作でティーカップを皿に戻す。
外は陽が落ち始めていて、恐ろしいほど美しい雲海が真っ赤に輝いている。
「地上で面倒な目にあってな、修行相手になって欲しいのと、フーリンの強さを教えて欲しい。」
「あんた、フーリン相手に勝つつもりなの?」
「目標は違うが、若いドラゴンを倒した男がいるんだ。」
「若いドラゴンを倒した?嘘でしょ、純血種なんでしょ?」
「ピュールという小僧だ。」
「知らない名前ね。」
「そりゃそうだ、産まれたのは千年くらい前だからな。」
詳しく話すと、驚きの連続で笑みが零れる。
これほど興味の湧く話も珍しいからだ。
「世界樹が燃えて無くなったと思ったら、また生えてるのね・・・。最近とんでもない魔力を感じたのだけれど、もしそれが、あんたの言う鈴木太郎という男なら、私もフーリンも勝てないわ。」
それは、マナが呼び出した神の事なのだが、彼女がその事実を知る筈もないし、ワンゴも知らなかった。
「そんなにか?」
「強いなんてもんじゃないわ。純血種の最上位でも逃げ出すわ。」
「・・・いやいや、そんなはずはない。ちょっと前までは変な水魔法が精一杯だった奴だぞ。」
その精一杯に負けた事は言わない。
「最後に見た時には少しおかしな事もしてたが、それでも勇者クラスだろう。」
「勇者なの?」
ワンゴの集めた情報に勇者に成った記述は無い。
しかし、ピュールやギデオン、それにあのゴリテアや、もしかしたらシードラゴンもあの男の功績だと仮定すると、とんでもない事をやっているのは間違いない。更にコルドーが国としては滅亡した事にも間違いなく関わっている。
それらの話は、を紅茶を飲み干して2杯目が注がれて、それをワンゴが口にするまで続いた。
「面白そうな男ね。」
「フーリンとは仲が良いそうだ。」
「・・・へぇ・・・。」
懐かしい名前を聞いて、妙な気分になる。フーリンとは古くからの知り合いであるが、お互いの立場の危うさも有って、殆ど会っていない。以前に会って話をしたのも千年以上前で、その頃は世界が安定していて争いが一時的に少なくなった頃だったから会えたのだった。
「フーリンは世界樹と仲が良いと自慢していたわ。あの時も色々な話をしたけど、今ならもっと楽しそうな話が聞けそうね。」
世間から隔離された場所に住み、隠者のように生活している。だから、たまに訪れる者に敵意が無ければ、一宿一飯を提供する。ただ、沢山の話を聞きたがるのだが・・・。
ワンゴは数少ない到達者で、当然のように敵意は無い。初めて訪れた時など、疲労回復薬を渡され、話を聞きたがったのだ。
人を殺す盗賊だと知って驚きは有っても、恐怖では無く興味なのだ。
「強くなっても敵を増やすだけなのに、あんたは戦いたいのね?」
「まぁ・・・今までだって自分が弱いと思った事はあまりない。ちゃんと修行して、実戦を積んで、それでも勝てない相手が居ると知った時くらいだな。逃げるのも有る程度の強さは必要なのさ。」
「それはそうね。逃げ足だけが異様に早いなんて都合の良い話、ないモノね。」
「そこで、部下も含めてまともに飛べるだけの魔力を鍛えたい。」
「ああ、それでここに来たのね。確かに飛行魔法を鍛えるなら高地が良いという話だけど、あれ本当だったの?」
「浮遊魔法、空間魔法、重力魔法、どの系統の魔法でも飛べるが、風魔法が一番難易度が低いんだ。他の魔素に影響されにくいこの場所は修行には良い。」
「ふ~ん・・・。」
何故か彼女はこのワンゴを気に入っている。
盗賊のボスと自称しているくせに、妙に優しい目をするコトが有るからだ。
「じゃあ、お茶だけじゃないわよね?」
「ああ、料理道具と食材もちゃんと持って来た。」
「ふふ・・・じゃあ面倒を見てあげるわね。」
別室で休んでいる部下にも同じ修行をさせるので、魔法袋に高級食材と料理道具を入れて持ってきているが、実はこの食材も道具も、太郎の村で作られたモノだった。
※追加情報
ワンゴ
盗賊団のボスで犬獣人
剣術は一流で、真面目に活動すればどの国でも欲しがるぐらい優秀
表と裏の二面性があり、特定の人に優しく、そしてエロい
仲間の助けで牢屋から逃げ出した
数多の仲間がいて全容が判らない
チャモ
ワンゴの部下 幹部候補 狸獣人の男
ワンゴが魔物に襲われた村を助けた時の生き残り
盗賊家業をしているのを知って、ワンゴに憧れで加入する
魔物に家族を殺されているので魔物に対する恨みが有る
エルフ国に潜り込んで何かを画策する
フーリン
竜人族の女性
ハーフドラゴン
普段は人の姿で生活している
エンカとは旧知の仲だが千年以上会っていない
お互いに知らないふりをしている
エンカ
竜人族の女性
ハーフドラゴン
フーリンよりも若い
普段は隠者のように一人で生活している
母が人間だったために竜族より追放された
ドラゴンに対しての恨みが凄い
今でも死んだ母を慕っている
フーリンとは旧知の仲だが千年以上会っていない
お互いに知らないふりをしている
オムニ
エンカの母
本当にただの普人
ドラゴンの子を産んだ所為で娘と一緒に追放された
享年37歳
娘のエンカとは15年しか一緒に居られなかった
マリア
太郎の村に住む魔女
知識が豊富な所為で良く忘れる
マチルダ
ガーデンブルクの下級将軍
魔女なのはバレた
エンカとは戦って引き分けた経緯があるが消息不明だと思っていた
ただし、嫌いではない




