第311話 暗躍
魔物が襲ってきた。
それは村に訪れた冒険者が依頼に失敗し逃げ込んで来たからだ。
村は平和だった。
僅かな土地と森の恵みが有り、一年を通して果実が採れた。
そんな村に現れた魔物達の目的は、冒険者が逃げ込んだ場所が村だっただけで、特に村人に怨みは無かったが、冒険者達との区別がつかなければ村そのものを滅ぼすことにしたのだった。
王都からそれほど離れていなかったから、直ぐに救助申請をしたかったが、村にギルドは無く、逃げ込んだ冒険者達は、村人を放置して逃げて行った。
戦って勝てる相手ではなかったのだが、相手はゴブリンで、予想以上に数が多かったのが最初の失敗だった。
冒険者達はゴブリン相手には勝てる程度の実力を有していて、最初は順調に狩り続けていたが、地の利を得ている者を相手にするほどの知識は無く、反撃されてからは防戦一方になっていたのだ。
「どこが楽な相手だ、あんな数勝てるワケないだろ!」
冒険者が逃げ込んで来た時に、村人の多くが耳にした言葉がそれだった。
ゴブリンたちの追撃は厳しく、村に火を放って炙りだそうとした時には、冒険者はそこに居ない。
そこに偶然通りかかったのはワンゴと二人の部下で、村に一晩泊ってから目的地に向かう予定だったのを、いきり立った冒険者に襲われて、返り討ちにした上に有り金を全て奪って、命だけは助けてやった。
「ゴブリンに追われてるんだ、邪魔・・・いや、見逃してくれ!」
もう一度殴って気絶させると、予定が狂うのは困る為に村へ向かった。
既に村の半分は焼け落ちていて、焼け焦げた家に逃げ込む村人を発見するのと同時に、追うゴブリンの姿を見た。
「めんどくさいっすね。」
「数はどんくらいだ?」
「30~40程度っす。」
「そうか、じゃあ片付けて宿代を浮かすか。」
ワンゴは剣を抜くと一人で突撃し、ゴブリンを全て倒し、逃げ遅れも逃さず、監視役も追い詰めて全てを片付けた。
それは更なる反撃をさせない為に、全滅させる必要が有るからだ。
「片付いたか?」
「まぁ、こんだけやっとけば手はだしてこないでしょ。」
「ったく、こんな依頼もこなせないなんて、装備も奪っといた方が良かったな。」
ワンゴがこの村を訪れるのは初めてではなく、目的地を往復するのに都合の良い場所にあったために、よく利用していたのだ。
村人にはワンゴが凶悪な盗賊団のボスという認識はなく、ちょっと強そうな旅人だったものが、その日から英雄扱いされるようになった。
その時に助けてもらった村人の一人が、いま、地下室で緊張した表情で目の前に立っている、チャモという青年である。
「俺が盗賊団のボスだと知っても変わらんのは不思議ではないが、この先の話を聴けば後戻りできないぞ。」
「覚悟は出来てます。」
村はいつも通りの活気が日常になりつつある。
畑も回復し、水田も作り直した。
家畜も元気に生きている・・・。
そして、数日前に決定した工事が有る。
今日はその始まりで、あの黒い土は加工が難しいので、新しくレンガを増産する事になったのだ。
「村の中も石畳にするんですかー?」
「馬車が通りやすい道が欲しいって要望がダンダイルさんからあってさ、試しに敷いてるんだよ。」
「石というより、レンガっぽいの?」
「剣を打てるんだからレンガぐらい作れるでしょ?」
「とんでもない量を作っておる。太郎の出す泥がレンガに丁度良いとは・・・使い道ってあるもんじゃな。」
「嬉しいけど嬉しくないんだよなあ・・・。」
大量生産が決まったその日から、孤児院でも手伝うようになっていて、一大事業になった。それまでは畑や家畜ばかりだったから、新しい仕事に子供達もウキウキしている。
子供はなんでも楽しいと感じれば、遊びに繋がる。
それから数日で村の大通りにびっしりと敷かれたレンガが有るだけで、村から町になった気がする。
「やはり村に名前を・・・。」
ダンダイルさんの要望は鄭重に無視され、今もココの村は無名だ。
「ここが第二の首都と言っても過言ではないくらいに綺麗な街並みになりますな。」
この人はエタ・ポック・リスミル将軍で、工運省軍の将軍らしい。
ダンダイルとトヒラはいつも忙しくしていて、同じ村に居ても合わない日も有る。
「コツコツやるしかない作業ですけど、完成したら往復が楽になりますね。」
「流石に数年は必要でしょうけど・・・街道の工事は予定より早く、順調に進んでいます。」
魔王国とこの村を繋げる街道事業は、様々な事件が有っても変わらず続けられている。一時的に止まっていたのは、村の復興が優先されていたからで、今は双方から進められていた。
「瞬間移動で流通を破壊される可能性も有ったんですけど・・・。」
正直にそう言われると、太郎としては苦笑いするしかない。
もちろんそこまで破壊するつもりはないから、今は特別な焼きたてのパン以外は馬車で運ぶようにしている。
「コルドーまで行けるようになった時に、この村の重要性が増すのは間違いないのですが、問題は有りませんよね?」
「無い事は無いですけど、今更考えても仕方のない事です。」
話なれない相手は太郎でも少し疲れる。
妙な緊張感のある会話で、傍に居たスーとナナハルも会話に入り辛そうだ。
「どうせ、多くの国と接する訳じゃないし、主要国なんて数える程度でしょ?」
「そうですけど・・・?」
「過酷すぎる土地だと人が住んでいる可能性も低くなるみたいだし。」
「何の話ですか?」
「以前聞いた話ですけど、思ったよりも未開な地が多いんですよね。」
「それは、魔物が多いので開拓が進まない地域も有るからですよ。」
「鉄道なんかも作られた事は無いんですか?」
「国内のみで有りましたよ。ダリスとだけでしたが、世界樹が燃やされる少し前までは存在していました。」
「計画的には山に穴をあけて通すつもりだから、出入口さえ魔物の侵入を防げばかなり安全になるんだよね。」
「山に穴をあける・・・?トンネル工事も計画に入っていたのですか?」
「うん。」
「その話は聞けて良かったです。壮大な計画ですね。どれほどかかる事やら・・・。」
「数日であくと思うけどね。」
「え?」
トンネル工事というのは鉱山に穴をあけるのと変わらない重労働である。
それを数日で?
「魔法で貫いた後にフーリンさんに穴を焼いてもらうだけです。」
凄く簡単に言っているが、可能だという意味も分からない。
あの、竜人族の、フーリンを顎で使うというのだから。
「細かい作業はその後になりますけど、穴をあけるだけなら。」
「な、なるほど・・・。」
ダンダイルの苦労の一端を知ったこの将軍は、暫く村に来ない事を決めたのだった。
食事もつまみも無かったが、ワインは用意された。
それを手酌でグラスに注ぎ、チビチビと飲みつつ話は進められる。
「国が乱立したころの話を聞いた事が有るか?」
「え?えぇ、小さな商業街があちこちで建国を宣言し、各地で戦闘が繰り返された話ですよね?ですが、おとぎ話ですよね?」
「半分はな。」
またチビチビと飲む。
「実際は建国と違う意味が有ったんだ。」
「と、いいますと?」
「建国しないと生き残れないと吹き込んだ奴らがいるんだ。」
「そんなバカな話を信じて建国するもんなんですか?」
その言葉に、にんまりと、満足気に笑う。
「普通は信じない。だが、当時の者達にとって、周囲が次々と建国していく中、自分達が建国を宣言しないとどうなると思う?」
「あっ・・・取り込まれることに・・・統合、部下、隷属、最悪は奴隷ですか。」
「それを望まなければ建国しかない訳だ。」
「ずいぶんと面倒な事を考えましたね。発案者は成功した時に笑いが止まらなかったでしょう。」
「そして、統廃合を繰り返し、強力な国が完成した。」
「それって魔王国の事ですか?」
「魔王国はそれを真似て成功した唯一の存在だ。それよりももっと昔の・・・本当におとぎ話レベルの古代だ。」
「それが、大事な話なんですか?」
「そう、その吹き込んだ者は、どうなったと思う?」
ワインの注がれているグラスには一口も付けず、睨みつけて思案を巡らす。
「生き残った国に仕官した・・・とかですかね?」
「もう少しいやらしく考えるんだ。」
いやらしいという意味を正しく理解し、もう一つの答えを導き出す。
「吹き込んだ国に対して、裏から支配した・・・?」
ワンゴはワインを飲み干し、自分の手で注ぎながら応じる。
「国王なんて目立つ事をしなくても、国そのものを支配すれば安全は確保される。何しろ国の知恵者だからな、信頼度も高い。そうすることによって幾つもの国を裏で操り、最終的な勝利者となる。」
「・・・壮大ですね。」
「もともと力の無かった奴がどうにかして世界を平和にしようと考えた結果だったらしいが、平和にしようと画策して世界を争乱に変えるのは違う気がする。」
「平和目的なんですか?」
「敵がいなくなれば戦争は無くなるからな。無駄な領土争いもなくなる。そうすれば戦う必要性が無くなり、平和になると考えたんだろうな。実際は魔物との戦いが続いて滅んだが。」
「全ての魔物を滅ぼすなんて無理ですもんね。」
「あぁ。魔素のコントロールが可能ならば出現を抑える事が出来るらしいが、それは天使達の仕事だからな。」
「しかし、戯言と笑い飛ばされるか、そもそも話を聞いてもらえないのではないですか?」
「それを信じ込ませるにはある程度の財力と武力が必要なのは間違いないが、最初に甘い汁も吸わせてやらねばならん。他国と戦って勝つという甘美な酒をな。」
「なるほど、それで小国を乱立させて勝たせるという訳ですか・・・。」
ここで疑問が出る。
この話を聞かせるという事は、それを狙って活動している者が居るという事だ。
「もしかして、ボス?」
「そうさ、俺は正確には3代目だがな、世界樹が燃やされる前まではそれなりに良い結果も出ていたし、順調だった。世界樹の存在が無くなる事で計画は勝手に加速させられて、現状はかくのごとし。」
つまり、失敗したという事だろう。
これを最初の計画に戻るには、また幾つもの国を建国させなければならない。少なくとも魔王国が警戒するほどの・・・。
「失敗した所為で有能な部下を何人も失ったし、この前の魔王国の大掃除に巻き込まれて捕まった奴らも沢山いる。キンダース商会はもう手を貸してくれねぇ。」
「各地に部下が存在する理由はこれだったんですか・・・。手も声も届かないのに部下を名乗らせるのが謎だったんですよね。」
「悪名は広がるのが早く、威圧にも使える。数が多ければ警戒もされ易いが、いざという時の仲間意識にも使える。良い事なんざ重ねても、その場で感謝されて終わるのが関の山だ。」
「確かにそうですけど・・・。」
「何か良案が有るのか?」
チャモは考える。
ワンゴは期待をして待っている。
数瞬の時を刻んで、絞りたした答えは残念な物だった。
「今の僕には思い付きません。少なくとも効率という点では他人を争わせて傷つかせ、疲弊したところを奪い取るというのも考えましたが、戦力が拮抗して和平を結ばれると詰んでしまいます。」
「そうだな。だが代案を考えるという事を続けられる部下はもっと少ないんだ。」
ワンゴの部下に戦闘に対して優秀な者は多いが・・・。
「俺にボスの頭脳に成れと?」
「お前に剣の才能はねぇ。魔法もそこそこだ。だが、他人を見て使うのが巧いのはよくわかった。俺も使われるてるんじゃねえかって思った時も有るが、それでいて悪意を感じねぇ。そりゃもう、立派な才能だからな。」
戦って勝ちたいと思った青年には少し残念ではあるが、勝つにもさまざまな方法が有る事を学んでいる。
局地戦闘のみの戦術的勝利。
他国を降伏や滅亡させたり、領土を拡大する戦略的勝利。
国が滅んでも経済的に生き残り、財力で支配する経済的勝利。
「お役に立てるのでしたら嬉しい限りですが、情報が圧倒的に足りません。」
「情報過疎地だからな。そこで、良い練習相手が見つかった。」
それがエルフ国である。
どういう経緯で三ヶ国もがほぼ同時に建国に至ったのかは調査中だが、それにしても戦力が安定していない。計画上、この程度の事を成功させる事が出来なければワンゴの計画の助けにもなれないであろう。
「なるほど、それで断っていたのですね。」
「いや、ただ単に面倒事だからだ。」
ワンゴがそう言うと、チャモは顔を赤くした。
「世間一般には、まだ悪名がねえ無名の新人だ。資金と兵力は揃えてやるから好きに使え。まあ、失敗しても助けねぇし、帰って来てもココに椅子は残らん。」
成功した時だけ、帰る家が有るという事だ。
評価なんてのは成功した者にしか与えて貰えない。
評価に値しないというのは、失敗した時。
悪い点数でも評価して貰えるのは、限定した枠組みの中だけの話だ。
公けで活動する無名者に失敗は許されないのだ。
「期間はどのくらいでしょう?」
「失敗と分かる時までだ。流石に10年は掛からん。どの国を生き残らせるかは任せる。しっかりと首輪を付けられる国をお前が見極めろ。」
「承知いたしました。」
こうして若くして偽の私兵集団と豪商のチャモが誕生した。
情報収集から始まり、エルフ国に乗り込むまでに半年を要したが、それはワンゴの予想よりずっと早く、優秀である事は証明された。だから、失敗しても椅子ぐらい用意したらどうかと、他の部下に進言されつつも、それをチャモに伝えるようなことはせず、自分の目的を果たす為に更に北へと向かった。
※追加情報
ワンゴ
盗賊団のボスで犬獣人
剣術は一流で、真面目に活動すればどの国でも欲しがるぐらい優秀
表と裏の二面性があり、特定の人に優しく、そしてエロい
仲間の助けで牢屋から逃げ出した
数多の仲間がいて全容が判らない
チャモ
ワンゴの部下 幹部候補 狸獣人の男
ワンゴが魔物に襲われた村を助けた時の生き残り
盗賊家業をしているのを知って、ワンゴに憧れで加入する
魔物に家族を殺されているので魔物に対する恨みが有る




