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第28話 旅立ちの朝

 旅立ちを予定したその日の朝は雨だった。


「あんた雨女じゃないの?」

「えー、マナ様、それは酷いですょー。」


 フーリンが笑った。つられて俺とポチも笑うと、スーもマナも笑った。うん。良い感じだ。


「スズキタ一族の場所はダンダイルちゃんが知っているって言ってたけど、地図はちゃんともらったの?」


 そのダンダイルは来ていない。今日は朝から用事が有るらしく見送りが出来ないと言っていたのだ。その代わり―――というわけではないが、帝国軍で使用している武器と盾と胸当てを貰った。そして、一族が住んでいたと言われる村までの地図も。この地図は手書きで、正式な地図は軍機に関わるから渡せないと言っていた。


「結構ひどい雨だけど出発できないわけでもないわ。」

「まぁまぁ、マナ様。折角ですし天気の良い日に出発したいではありませんか。」

「そうそう。」


 俺も同意するとマナはわざとらしく不貞腐れた。すぐに笑顔に変わると昼寝をするって。あ、俺もね。

 今まで世界樹様と呼んでいたが、旅に出るのならその呼び方はまずいだろうと、俺の提案でみんなでマナと呼ぶことになった。とは言っても、スーとフーリンとダンダイル以外に世界樹様と呼んでいる者はいないので、三人が改めてくれればいい。


「ところで、ずっと気になっていたんですけど。」


 スーが俺の荷物を見る。ああ、この袋ね。説明すると驚きよりも羨ましがっていた。そりゃ、長旅をするのが凄い楽になるからね。荷物が無制限に入るのは、スーがこの前カジノで出に入れたあの袋と同じだが、袋の口の大きさが全然違う。


「良いんだけど、これは俺にしか使えないから。」


 スーが袋を持ち上げようとするが持ちあがらない。口を開こうにも紐を緩める事が出来ない。セキュリティは完璧だ。ただ、生モノを入れてもいずれ腐るので冷蔵庫の代わりにはならない。普通に持って歩くよりは長持ちするが。


 だらだらと過ごした翌日。そんなに都合よく晴れたりはしないが、雨は上がっていた。天気予報などというシステムは無いので、どうなるかは分からない。ダンダイルは今日も来れなかったことを残念がっていたから、見送りはフーリンだけだ。


「スーちゃんは長旅の経験者なんだから、ちゃんと率先していくのよ。」

「はい。お任せください。」

「マナ様、太郎君、ポチちゃん。・・・気を付けて。」

「はい、お世話に成りました。」

「いってきまーす。」


 三人三様に手を振って歩き出す。フーリンはその彼らの姿が見えなくなるまで、外で立っていた。

 目的地は魔王国の領内にあるのだが、王都の外に出る事がスーは久しぶりで、マナと同じようにワクワクしている。


「だーいたーい・・・、予定通りなら2ヵ月くらいで帰ってこれるはずです。」


 今回の冒険というか旅は、目的地で調べ物をしたら戻ってくる予定になっている。スズキタ一族が何か記録のようなものを残していてくれれば、マナの木の成長にも役に立つだろう。ただ・・・植えなおすとか、一から育てるとか、想定していなければ書き残していない可能性の方が高い。


「途中に何か所か町や村もありますけど、かなり高い山を越える事になるので、あわてずゆっくり行きましょう。」


 高地に慣れない者が無理やり登ろうとすると病気になる・・・高山病だろう。気圧の変化というのは意外に身体にこたえる。経験者でない者にはかなりきついだろうけど・・・。


「皆さん登山経験はないって事でいいですよね?」


 スーの質問に俺が代表して答える。


「いいんじゃないかな。ポチはまだ産まれて2年未満だし、マナは・・・マナは平気なんじゃないか?」

「病気になったことが無いから。」


 スーは確かに冒険者としてはそれなりに上位に含まれるが、この二人と一匹を心配する必要が有るのかどうかという問題が・・・。まだ出発したばかりなので王都の外へ向かっている。スーを先頭に、ポチ、マナ、俺の順番で歩いてい・・・いや、マナはポチの背中に乗っている。


「スーはよく許してもらえたね。」

「たまには別の事をするのもいいでしょうって。店自体は元々フーリン様が一人で切り盛りしていたわけですし、1人でお住まいでしたし。」


 魔王国領内の移動なので、冒険者カードの出番はない。移動のついでに依頼を受ける事もしていない。正直お金にも困っていないので野宿する心配も少ない。所持金の管理についてはスーが全額を渡そうとしたので全力で断った。いや、そんなにウルウルした瞳で見つめられても。

 みんなで話し合った結果、お金の管理はスーに任せた。俺の袋から取り出すのも面倒だしね。魔物対策としては、俺とスーは魔王軍指定の剣を・・・そのまま貰っても良いと言われたが返却した。これじゃあもし他の国に行く事になったら面倒な気がしたからだ。

 服は新しい物を買った。ポール・マッカルの店は何度か靴や服を買いに行っているので、特に新しい話は無い。何しろ俺と話をしたあの人はすでに亡くなっていたし、50年も前の事を覚えている筈もなかった。名刺のようなカードも見せる意味はなさそうなので持ったままだ。マナの服はスーが見立てた。やはり女性がいると助かる。ちなみに服の代金は全部スーが払っている。スー自身はこの店に来るのは初めてだったらしいが、店員と話をして交渉すると少し安くなった。


「お金はいくらあっても困りませんから、こういう時は節約するんですよ。」


 なるほど、冒険者らしい考えだと思う。防具も新品にしたのはスーとマナであって、俺は神さまから貰った特別な防具を身に付けている。何しろ軽い。他のどの店でもこんなに軽い防具は無いし、ポチが本気で噛みついても傷がちょっとしか付かないうえに自動で修復する。スーがちょっと欲しそうな表情をしていたのは当たり前だと思う。




 そんなこんな、ちょっと前の話をしながら歩き続ける。王都の外周にある城壁の門を潜り抜けると、緩やかな風が流れた。久しぶりに世界を満喫する。思わず深呼吸するとマナも倣った。木々や草原が風に揺られる景色は、新鮮ともいえた。都会の空気って古代も近代も、ましてや異世界でもこの身体には慣れないモノだと痛感した。

 人と行き交うと、挨拶をすれば返すし、無言で通り抜けていく者にはそのままで、王都の外周を巡回する兵士達の姿もほとんど見なくなってくると、歩いてきた道の向こうに王都が見える。


「もうこんなに歩いたんだな。」


 立ち止まったりはしない。ただそう呟いただけで、目指す目的地に向かってひたすら歩き続けた。


挿絵(By みてみん)


 国境に最も近い町まで5日かかる。その間はどうしても野宿しなければならないが、簡易コテージを一部改造してあるし、3人が寝るには十分な広さもある。何しろ組み立てが容易で、古くなったり修理が必要な部分は皮や布で補修してあるから、雨漏りの心配もない。ベッドは邪魔になるので寝袋を使った。寝袋は元の世界から買ってきたもので、なんと今も使える。すごいぞ、高い金出した甲斐が有るって物だ。しかしスーには不評だった。すごく温かいと思うのだけど、なんでも温かすぎて逆に暑いんだって。確かに夏向きではないな。


 町に到着するまでに何度か魔物に襲われそうになった。なっただけでポチの姿を見ると恐れて逃げていく。そりゃケルベロスだもんな。スーだって最初に見た時は気を失うぐらい恐れていたし。今じゃそのポチがスーに肉のお代わりを要求して断られている。節約の鬼となったのか・・・。次の町でいいモノ食べような、ポチ。


 予定通りに到着した国境の町の名前は憶えていない。出国するわけでもないので、冒険者ギルドにも用は無かった。宿屋に一泊する事となったのだが、なんと予定の半額で泊まれた。


「この町の宿屋って珍しくお風呂が有るんですよ。」

「お風呂って珍しかったの?」

「普通は珍しいですよー。で、そのお風呂の準備をする代わりに半額にしてもらいました。太郎さんならあっという間ですもんね?」

「別にいいけど、神気魔法なんて使っていいのかなあ?」

「禁忌魔法じゃないから問題ないのでは。それに井戸が傍にあるので魔法を使ったなんて普通は考えないです。あ、お湯にするぐらいなら魔法でやる場合もありますけど。」


 風呂の準備は結構な重労働なので、みんなやりたがらない。そりゃそうだ。あの量の水を汲み上げるんだから、大変だろう。ダリスの町で風呂に入れたのは運が良かったのかな。

 宿泊客がいつも多い国境の町では、王都に入る前にここで風呂に入る者も多いので、大盛況だった。男女の利用で別々になる事は無いので混浴だったが、なぜかその日に限っては風呂に入ると疲れがよく取れたとか・・・。俺は遂に温泉の素を配合したのか?

 俺達が入浴したのは一番最後で、みんなでワイワイ入った。流石にポチを入れようとしたら断られたので、身体を洗うだけにした。普通は動物と人間が同じ湯船に入るなんて想定しないもんな。

 翌朝、旅立とうとする俺達に宿屋の主人から礼を言われた。風呂専門で働いてほしいとまで言われたが、当然断った。


「ここからはどんどん登りますよ。もうこれほど大きな町は無いし、魔物も強くなりますから注意しましょう。というか、マナ様も太郎さんも、なんか注意力がすごく低くなるんですけどなんでですか。」

「そりゃ、見た事も無い景色見るとワクワクしない?」

「するよねー。」


 スーがポチに視線を送る。


「わかった俺がもっと注意しとく。」


 大きく息を吐きだして、なめし革の丈夫なリュックを背負ったスーが歩き始める。基本的に荷物は太郎の持つ袋の中に入るのだが、すぐに取り出せないと困る事も有るのでロープ、ナイフ、ランプ等の小物のアイテムはスーが持っている。そもそも太郎しか袋から取り出せないのだから、それが問題なのだ。

 周囲が樹木に覆われ視界が狭くなる。道と呼べるのも幅が狭くなってきた。上を見ればわずかに見える青空が晴天だろうと思わせるが、ほんのり暗い。

 昼間なのに薄暗い、山頂に続く道を歩き続けた。






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