第308話 監視
村では再会を果たしたナターシャが太郎にお礼を言っていた。まだ小さな子供を抱えて、満面の笑みである。そして、お礼で出来る事なら何でもすると告げて、スーが丁寧に部屋から追い出した。
「太郎さんは子持ちの未亡人に手は出しませんよねー?」
こ、怖い。
も、もちろん出しません。
「久しぶりに太郎さんをたっぷり絞る必要がありそうですねー。」
その日は寝室から出る事が出来なくなった。
翌日、集めた暗黒球は全部で128個。その全てが禍々しい魔力を帯びている訳ではなかった。マナがビー玉で遊ぶ子供のように両手いっぱいに乗せている。
「凄い魔力だわ・・・。」
「どんな感じ?」
「食べれない事は無いわね。」
「一つ欲しいな~。」
マリアが見詰めている。
「それがあれば~、ただの魔石なんかよりよっぽど長い年月でも変化なく維持できる魔道具が作れそう~。」
「ゴリテアも動くんじゃない?」
「確かにね。でも、魔素量の多い不安定な場所でしか作れなかったら、結局無くなってしまうのよ。」
「魔素溜まりの発生条件は分かってないんだよね?」
「正確には・・・ね。」
その為に天使は世界各地の空を飛び回って監視しているのである。
「ミカエル達はもう少し頑張ってもらわないとね。」
「頑張りたいところなんですけど・・・。」
チラッと世界樹を見る。
「あによ?」
暗黒球を口の中に入れて、まるで飴を舐めているようである。
「実は世界樹が存在しない間はほとんど発生しなかったんだ。」
「それで?」
「最近少しずつ増えている。」
「でも魔素溜まりの原因ではないんだよね?」
「前も言ったが、世界樹の波動は世界樹の波動の範囲が広がっているに過ぎない。だが、世界樹の居ない時代でも魔素溜まりは発生していた。だから原因とは言い切れないだけだ。」
「なるほどね。」
「この辺りでは今の迷いの森と呼ばれる場所で頻繁に発生していた。」
「あの土地はね~、私達魔女にとっては良い研究になったわ~。」
「今はケルベロスがいるおかげで被害が軽減されてるみたいね。」
「そうなんだ?」
「ケルベロスが魔素から生まれる魔獣を餌にしているようね。」
「魔素から生まれる・・・?」
「魔獣以外で確認した事無いけど、雄殺し(キラービー)やカラーも魔素から生まれているはず。」
「もしかして兎獣人も?」
「そうかもしれないけど・・・なんで?」
「特に理由は無いけど、兎獣人ってどこからともなく出現するような話を聞いているから。」
「あ~・・・そう言われれば・・・。もしかして、この世界での役割が?」
真面目に考えてしまっているが、兎獣人はこの村で隠れるように住んでいる。もしかしたら自然の摂理に反しているのかもしれない。
「そう成ると魔素溜まりは消さない方が良いという考えもある?」
「それは無いわ。」
リファエルがはっきりと言う。
「魔素溜まりの発生で魔獣が生まれると、新たな魔素溜まりが連鎖して、強力な魔物が生まれるのよ。最終的には魔素の嵐が各地に広がって・・・。」
「世界が大変な事に。」
「そこでゴリテアが必要だったという訳よ。」
「魔素の嵐を耐え抜く環境を確保したということか。」
「まぁ、その所為でひどい目にあった訳なんだけど、あの時は本気だったのよ。」
「ふ~ん。」ゴクリ
マナが一つ目の暗黒球を飲み込む。
肌だけじゃなく、髪の毛や着ている服まで黒くなった。
・・・なかなか戻らない。
「これはダメね、ちょっと戻るわ。」
マナの姿が消えた。
「なんか、ぞわぞわするんだけど。」
違和感がある。
窓から見える景色にある世界樹から、カラーが逃げるように飛び出している。
何かとんでもない事が起きる前触れのような不安感が押し寄せてくる。
「波動が変わった?」
「・・・元に戻ったわ。」
俺だけじゃなく、みんな止めていた息を吐き出している。
「ただいまー。」
元の姿でマナが太郎の頭の上から降ってきた。
特定の範囲内ならマナは自由に移動できるのかな?
初めて知ったぞ。
「どうだったの?」
「結果から言うと問題なく吸収できるわ。あと、成長率も凄くて、カラー達が逃げちゃったわね。」
「成長率?」
「なんか、最初の頃みたいに自分で分かるぐらい大きくなったわ。」
当り前だが、上に向かって伸びている世界樹は、最近は特に変化が解らない。それをマナ自信が分かるというのだから、どれだけ・・・。
「まだ100個以上有るけど、これ全部吸収したらどうなるん?」
「全盛期の半分くらいには戻れそう。」
約4000年分か。
「可能なら全部吸収して構わないぞ。」
「んじゃ、やっていい?」
なんで俺に視線が集中するの?
「太郎が決める事じゃ。」
ナナハルの目にも声にも力が籠る。
マナはいつものように頭の上で座っていたが、するすると降りて来て、いつの間にか膝に座って正面から太郎を抱きしめている。
「決めて。」
突然くる決断の時。
とはいえ、決断しなければならない時ってこんなものかもしれない。
元々マナの成長の為に居るんだから、当然だろう。
「やっちゃおっか。」
「うん!」
世界樹の前にみんなが集まってきた。
俺の頭の上にマナはいない代わりに、カラーが居座っている。
巣じゃないんだけどな。
少しぐらい頭を振っても落ちないのは髪の毛をしっかりと掴んでいるからだ。
頼むからフンをしないでくれよ。
「太郎、ココに入れて。」
マナが木の中から出てきたと思ったら、スリットが出来た。木とは思えないぐらい、ぐにーっと柔らかく横に広がると、中に空洞が見える。
「なんで顔が赤いの?」
「太郎さーん?」
ナンデモナイッス。
一度に100個を入れるのは無理なので、数回に分けて入れていく。
注目の中の作業というのは妙に緊張する。
「じゃあ少し待っててね。」
「おう。」
「あ、ちょっと離れててね。」
「お、おう。」
世界樹が揺れる。
風に揺れているように見えて、大地も揺れている。
大量の世界樹の葉が降ってきて、辺り一面が・・・マリアが魔法で回収してる。その魔法袋何個持ってるの?
「私が恐怖を感じるとは、流石に世界樹ってことか。」
ポチもスーも俺に寄ってきた。
てか、なんでみんな俺の後ろに隠れるの。
後ろの方の人はほぼ隠れられてないよ?
「なにか・・・近づいてくる?」
木がどんどん近づいてくる。
どんどん・・・。
ちがう、太くなっているのだ。
「下がれないって!」
「いやいや、太郎さんが何とかしてくださいよ!」
「シルバ!」
フワッと身体が浮き、数十人をいっぺんに移動させる。
「あ!」
気が付いた時にはすでに遅く、根元に在った倉庫は飲み込まれてしまった。根がウネウネと蛇のように動き、うどんももりそばも呆然と見つめている。
「これはいつまで続くんじゃ?」
「俺が聞きたいよ。」
変化が起き始めて10分、村中からの視線を集めていて、作業中の兵士も、仕事中のエルフも、その手を止めている。
地震と地鳴りがいつまでも続くのか、不安が増していく。
「少し小さくなったな。」
「おさまりそう?」
「なんか、柔らかいもやもやを感じるんだけど、俺だけ?」
その説明で伝わったのか、ナナハルが前に出てきた。
「たしかに柔らかいの。気持ちの良い息遣いとも言える。」
そう言われると呼吸のようにも感じる。
鼓動も感じる。
まるで大地が脈を打っているかのように。
「これは揺れているのではなく、私達が揺れているのか。」
なるほど。
「なんか凄い疲れたわね~。」
「まぁ、俺も疲れた。」
ぺたんと座ると、みんなも座る。子供達が俺の周りに座る。ナナハルも座れば、天使とエルフは控えるように後ろで座って世界樹を見上げる。
もう葉は落ちてこない。
なんで残念そうにしているの、そこの魔女は。
「来たわよ。」
ふわっと葉のように落ちてくる。
「大きくなったなあ。」
「触ってみる?」
「どこを?」
マナが太郎を持ち上げてふわふわと浮いていく。
こんな事出来たっけ?
「一番上まで行くわよ。」
何故かカラー達が付いて来る。
もの凄い数で、どこから現れたのか、上からもやって来た。
「身体が軽いですよ!」
「まだちょっと制御できてないから、漏れてるだけよ。」
制御が出来るようになったのか、カラー達が下がっていく・・・。
違う、上昇速度が上がった。
「みんな置いてきちゃってよかったの?」
「良いのよ。」
世界樹の先端に到着する。
空は真っ青で、恐怖すら感じるほどに美しい。
立つ場所はニョキニョキとは伸びてきた枝に分厚い葉と、どこから伸びて来たのか蔓が囲んでいる。
・・・なんか寒い。
「あれ、寒くなくなった。」
「シルバの力じゃないわ、私が少し暖かくしたの。」
「色々出来るようになったんだな。」
「それだけじゃないわよ。」
太郎の目の前に無数の煌めきが発生すると、人の姿が現れた。
「おー、太郎君久しぶりだね。」
「え、あ、か、神様?!」
マナがドヤ顔をしている。
「お、お久しぶりです。」
「ふむ、ずいぶんと早く成長させたな。」
「魔素を凝縮した球があったから貰ったの。」
「ああ、見ておったよ。偶然だけどな。」
そこは笑いながら言うトコロじゃないです。
「へー、ちゃんと監視してたんだ?」
「太郎君が居るからな、普段より多めに見ているぞ。」
「そうなんだ?」
「少なくともワシを呼べるようになるまでのつもりだったが。」
一人称変わってない?
そんな軽い喋り方の人だったかな?
「そういうイメージがどこかにあるからだ。」
「あ、そうか神様だった。」
「うむ。」
「それで俺だけ連れて来たんだ?」
「そーよー。」
「そこで伝え忘れていた事があってな。」
「なんでしょう?」
「こちらの手違いでな、太郎君の寿命が無くなってしまったんだ。」
「・・・・・・え?」




