第306話 再会の
到着した集落は、石造りの家が幾つも有るが、点在しているように存在し、畑以外はほぼ荒れ地で、小さな川が流れているだけの場所だった。馬車では来れず、何日もかけて慎重に歩いてきたのだが、何故か凶暴な魔物に出会う事が多く、移動には予定よりも余計にかかった。
その上で今はもう一人メンバーが増えている。
エルフに命を狙われ死んだと思っていたら、目が覚めた時に子供を奪われた事に気が付き、絶望のまま森を彷徨い、水も食糧も無く、気が付けば森の中の小さな村で治療を受けていたという。
だが、エルフだと知った村人達は彼女に僅かな食糧と水を渡して追い出し、ガーデンブルクでは身元を隠しつつ存在するかも分からない者に怯えて逃げ続けた。普人より生命力があるとはいえ、1ヶ月近く飲まず食わずは辛い。頼れる者もおらず、一直線でコルドーを抜けた彼女は、海岸に打ち上げられた古い手漕ぎの船に乗り、沈没しておかしくないようなボロボロの船を手で漕いで海に出た。
そして、嵐に巻き込まれ挙句、転覆はしても沈まなかった船は運よく対岸に辿り着いたのだった。
「運が良いのか悪いのか分からないな。」
彼女の話を聞いた感想である。
「私をエルフと知っても助けてくれるんですか?」
「当り前だろ。」
その言葉に力強さを感じて、彼女は鬼人族と普人そっくりな狼獣人と、犬獣人という不思議なパーティの一員となった。ただし、今はただのお荷物だ。身に着けているローブがあまりにも汚すぎるので、マギが新しいローブを与えると涙を流すし、不味い干し肉を美味そうに噛みしめて食べている。
「どこに行けば良いのか分からず、どこに仲間がいるのかも分からず・・・。」
ジェームスでなくとも、マギもフレアリスもどこに連れて行けばいいのかは分かる。だが、今は鬼人族の国に向かう途中であり、現在地としてはその国の領域に入っている。
「すまないが暫くは付き合って貰うぞ。」
「いいのですか?」
「助けられて気にするの?」
「え、あ・・・はい。ありがとうございます。」
彼女は常に控えめで、一番後ろを歩こうとするのでフレアリスに押され、食事も欲しがらず、寝る事が出来ないと言って焚火を見詰め続ける。
これを変える事ができるのは一人しかおらず、ジェームスはその点について信頼する事にした。
「ナターシャさん、辛かったらいつでも言ってくださいね。」
と、マギに心配される有様で、戦闘経験はかなり低そうである。集団で逃げていたのだから、守られる立場だった者が一人で海を渡っただけでも奇跡以外の何物でもない。
年齢は不明だが少なくとも俺よりは年上なんだろう・・・。
いてっ。
なんで俺はフレアリスにお尻の肉を抓られたんだろう?
ぽつぽつと家が近くに見え見え、人影もまばらだが、ある。
何ヵ所目かの畑を通過した時、疑うような声をかけられた。
「貴様等、何者だ?」
「私よ。」
短く自分を主張する。
「ん・・・?なんだ、フレアリスじゃないか。」
「久しぶりね、叔父さん。」
フレアリスがおじさんと呼んでいる男は、筋骨隆々で、岩が立っているように見える。少なくともマギにはそう見えたようだし、俺にもそう見えた。マギは何も言われる事無くナターシャの前に守るように立っている。
うん、しっかり立場を理解しているようで嬉しい。
「戻って来たという事は結婚する気になったか?」
「あんなお坊ちゃんは願い下げよ。」
「そんなこと言わんでくれ。」
結婚?
「フレアリスさん、婚約者がいたんですか?!」
「親が決めた勝手な話よ。私より弱い男なんてまっぴらごめんだわ。」
「・・・。」
マギ、俺を見るな。
「後ろの奴らはお前の仲間か?」
「そうね。」
震えあがる女性が二人いる。
俺も怖いぞ、なんだこの威圧感。
・・・ダンダイルの方が怖いな。
「・・・まあ、良いだろう。ついて来い。」
威圧感が消えた。
何かのテストだったのか・・・?
男について行く事、小一時間が過ぎる。
周囲は石造りだけでなく、木造の家もある。
見渡すと道具屋や食料品店は有るが、武器屋や防具屋が無い。
宿屋も無いが、何故か風呂屋がある・・・。
お湯が湧いているのか・・・?
そうか、フレアリスがお湯の湧く泉が有っても驚かない訳か。
「これは・・・コロシアム?」
この辺りで一番大きな建造物で、城もなければ教会もない。
砦のような城壁のようなモノは有るが、壁の内側に建造物が無い。
市場の近くまで来ると、大きな酒場があった。
男が入るので付いて行くと、中では沢山の男達が酒を飲んでいた。それとほぼ同数の女性の姿もある。ウエイトレスは・・・いるな。
「お前達は酒を呑むか?」
「呑むのは構わないが用事が終わってからが望ましい。」
男は口の端に僅かな笑みを作っただけで直ぐに表情を戻した。
カウンターの横に幾つか並んでいるうちの一つのドアを開くと、中には食事中の男が居た。
「お邪魔させてもらうわね。」
男とフレアリスが入るので、俺達もそれに続く。
「誰・・・お、おお。」
驚いて手に持つ肉を皿に落としている。
「いつ帰って来たんだバカ娘。」
「ちょっと前よ。」
「フン、ずいぶん綺麗な服を着てるじゃないか。」
「あら、そんな口きけるようになったんだ?」
「よけいなお世話だ。」
「それより、お母さんは何処?」
「それよりって・・・牛を絞っている頃だ。」
牛を絞る?
牛の乳を搾るんじゃなくてか?
聞き間違いか?
「お、お父さん・・・?」
何故かマギがそう呼んだので呼ばれた方が驚いている。
「なんだ、俺の娘に成りたいのか?」
「いや、そう言う訳じゃないですけど・・・。」
気になった事を言おうとして、フレアリスに腕を引っ張られ、無理矢理座らされた。
それを見てジェームスは自分で椅子に座る。
「ちょっと待ってなさい、お母さん呼んで来るわ。」
フレアリスは初対面の俺達と父親を置いて、先ほどのおじさんと部屋を出て行ってしまった。残されたマギが一番ドキドキしているのはなんでだ?
「お前さんたち、自己紹介しておくか?」
マギは緊張した面持ちで、椅子から勢いよく立ち上がってから丁寧に自己紹介した。
「お母さん!」
牛を絞っている母親に声をかけると、驚いた声を出し、懐かしい声に嬉しさを爆発させて飛び込んで来た。フレアリスの方が受け止めると、暫く抱き合っていた。
「おかえり。お父さんが寂しがっているわよ。」
「ウチの兄貴とはさっき会ったぞ。だから、その牛を絞るのは俺がやって置くから早く行って来い。」
「あら、じゃあそうさせてもらうわね。」
牛絞りとは精肉の事である。
何故かこの土地ではそう呼ばれていたる。
作業用の重い革製のエプロンを脱ぎ捨て、洗浄用の籠に投げる。
「いつ帰って来たの?」
「ホントについさっきよ。」
「そう、それにしてもまた背が伸びたの?」
「150年くらい会ってないから伸びたかも。」
「そんなに経っているのね・・・、旅立って行ったのが昨日のように思い出せるわ。」
「寂しかった?」
「当り前でしょ、私の娘なんだから。」
そう言いながらフレアリスの腕にしがみ付いている。母親の方が背が低いので、知らない人が見れば親子が逆に思われるだろう。ただし、胸の大きさだけは娘に負けない。
二人が仲良く歩いていく背中を見送って、叔父さんは新しいエプロンを身に着けた。
「そ、そうだったんですか・・・?!」
「なんだ、あいつから聞いてないのか。」
「俺は直接聞いてはいないですけど、そんな事が有ったんじゃないかぐらいは。」
フレアリスの奴隷制度嫌いは筋金入りで、その所為で牢屋にも入っている。
その辺りの事をジェームスが説明するか悩んでいると、女性が二人入って来た。
「あれ、妹さんですか?」
「お母さんよ。」
「どうも、はじめまして。」
若く見られて凄い笑顔だ。
「あ、どうも。」
「はじめまして、マギといいます。」
だからなんでお前が緊張しているんだ?
ここまでずっと静かに部屋の隅に居るナターシャは、無視されている訳ではなく、自分は部外者として扱って欲しいという意思表示で、ただただ、静かにしている。そういう存在に触れられるのは男ではない。
「こちらのお嬢さんは?」
小さくお辞儀をしただけで下を向く。
「彼女は事情があってね。戻る時に一緒に連れて行くつもりよ。」
「なんだ、帰ってきたわけじゃないのか?」
「お父さんに修行つけてもらいたいから暫く居るわ。」
「お、やる気になったか。」
「色々あってね、力不足も実感したし、助けられたりもしたし。」
そう言って視線を向けた先にはジェームスが居て、気が付いたマギがにっこりする。
「そういう事か。しかしなあ・・・。」
「あいつの事は私がキッチリ諦めるように言うわ。」
「うーむ。」
「それに、隠していてもしょうがない事も有るしね。」
小さく呼吸をして整えると、静かに、だが、強く言った。
「私が奴隷として玩具にされていた事もね。」
ジェームスは腕を組んで目を閉じた。
マギは下を向いた。
ナターシャは驚いて声が出そうになって、自分の口を両手で塞いだ。
沈黙が支配しようとする中、ジェームスは目を開いて言った。
「さっき聞いたさ。でも、何も変わらん。」
フレアリスは真剣な目つきでジェームスを見詰め、歩み寄ると、そのまま座っているジェームスの顔に自分の顔を寄せる。
「そうね。」
そして、唇が重なる。
いきなりの事なので周囲を、特にマギを驚かせたが、それは決意表明でもあり、両親がいる目の前でするキスは、誓いの証でもあった。
5人が囲むテーブルに料理が並べられ、酒も用意され、宴会とまではいかないが、十分な量で、ナターシャは参加するのを躊躇っていたが、フレアリスの母親に勧められて席に着いたのだ。
両親に認められたので、二人は正式に夫婦になったのかというと、特に手続きは無く、いつか行われる予定となった結婚式で多くの人に認められるまで、自称夫婦という事になる。
鬼人族の中での話ではあるのだが。
「美味しい肉料理ですね。」
「私だけ食べるのが・・・。」
ナターシャはどうしても自分の子供の事は忘れられず、今でも満腹になるまで食べれない状態だ。それは理解しているので無理は言わないが、普通に考えれば祝いの席に座るのも辛いのだ。ただ、彼女が原因で中止や中断されるのはもっと精神に堪えるので、参加はさせておいて、鄭重に無視する事にしている。
そんな彼女をマギは無視する事が出来ない。
せっせと食事を回し、少しずつでも食べさせている。
母親と楽しそうに食べるフレアリスに温かい視線を送る。その姿を更に別の者が見ていて、食べようと思った肉が無くなった皿を見て、手を置いた。
「めでたい席で言うのもどうかと思ったが、フレアリスが暫く居るというのなら伝えておくことがある。」
「なに?」
「魔力が妙に集まる場所が出来てな、魔物が湧き出てくるのだ。」
ジェームスが直ぐに反応した。
「魔力溜まりか。」
「知っているのか?」
「実物はここ何年も見ていないが、その昔に天使が消し去っているという話なら聞いた事がある。事実かどうかは知らないがな。」
「天使に知り合いがいるか?」
その質問にフレアリスとマギが目を合わせた後、二人の視線がジェームスに向けられる。フレアリスの父親からの視線が一番強い。
「俺が知り合いと言って良いかは分からないが、ある人物を経由すれば訊けるかもしれない。ただ、ギルドが在るところじゃないとな。」
ここは鬼人族しか住んでおらず、ギルドは存在しない。
「たまーーに、力試しに来る奴がいたんだが、最近はぱったりと来なくなったな。」
太郎君の所為だな。
「オトロエルって名前じゃないです?」
「知っているのか?!」
「まあ・・・あの村じゃあなあ・・・。」
「一体どんな村なんだ?」
「一言で言うと・・・異常な村かな。」
「そうね。」
「は?」
細かく説明すると色々と質問攻めにされるだけな気がする。
そうね。
「その、目で会話されると、なんだかわからないです。」
マギは困っているが、フレアリスの母親がにっこりしている。
認められているという目の横で、試しているという目がある。
「こっちじゃあゴリテアの事も知らないだろうからなあ・・・。」
「そうね。」
「ゴリテア?何の事だ。」
「ああ、世界樹は知っているよな?」
「そのくらいは知っている。ドラゴンに燃やされた大木だろう?あの頃はココからでも見えるくらい大きかったがな。」
「なら復活したのは知らないだろう?」
「本当か?!」
「そうね。」
「そんな所に村を作るなど、豪気というより無謀ではないか。」
「まあ・・・それはそうなんだが・・・。」
「そぅ・・・ね。」
「そこに天使が居るって訳か?」
「そうね。」
「オトロエルが来てくれた方が話は早いんだがなあ・・・?」
そんな都合の良い話が起きるはずもなく。
起きないよな?
なんでそこに居るんだ・・・?
「ガンバはいるか?」
と、ノックもせずに家族団欒を無視して入って来たのだから。
「なんでお前が居るんだ?」
「ガンバなら私のお父さんだけど?」
「ふーん・・・げ、なんでお前達も居るんだ?」
「居て悪いか?」
「まさか魔素溜まりを調査しに来たのか?」
「たった今知ったところだ。ところで、魔素溜まりが正しいのか、魔力溜まりであっているのか、どっちなんだ?」
「自然に出来たのを魔素溜まりと呼んでいたが、今はどちらでも言いたい方を使っているようだな。」
「ふーん。」
「そなクダラナイ質問するな。」
「くだらなくて悪かったな。」
天使相手でも全く引かない会話に、少々驚いている。
「お前の夫はそんなに強いのか?そんなふうには見えんが。」
「今全力でやって勝率9割くらいじゃないかしらね。」
フレアリスの勝つ確率である。
「鬼人族相手に勝てる気がする訳ないだろ。勘弁してくれ。」
「そうは言うが、お前に対する太郎からの評価はかなり高いぞ?」
「そうなのか?」
「純粋な剣技では勝てないと言っていたからな。」
「あぁ、そういうね・・・。」
総合的に見たらダンダイルだって勝てない相手が鈴木太郎なのだが、そこは問題ではない。オトロエルはその鈴木太郎を勝手にライバル視し、ピュールと共に勝負を挑んでいる。もちろん一対一だ。
そして、結果として一度もまともに相手をしてもらえていない。
基本的に断られているからなのだが・・・。
「元々、剣技が苦手だろ?」
「ま、まぁ・・・な。」
ジェームスに言われて認めてしまうくらいの仲であるのは確かで、鬼人族でも驚く仲の良さである。むしろ、ココまで相手の事を知っているというのも珍しい間柄だ。
相手は天使なのだから。
「で、魔力溜まりを見に来たんだよな?」
「ああ、明日には太郎も来る。」
俺達がココに来るまでの苦労は何だったんだろう・・・。
ジェームスは考えるのを止めた。
そしてオトロエルを無視して食事を再開したのだった。
※追加情報
■:ナターシャ ※呼び方:太郎様
トーマス達と一緒に逃げてきた女性のエルフの一人
道中、何者かの裏切りによって殺されかける
その後に海を渡るまで何とか生き残った後、ガルシアでもだれも信用する事が出来ずに目的地もないまま山越えをしている途中で魔物に襲われ、ジェームス達に助けられる
綺麗な金髪で紫色の瞳をしている
■:リフ
ナターシャの子供で男の子
エリスの子供として連れて来られたため、引き取った当時は親が不明であった
■:エリス
トーマス達の中に紛れ込んだスパイ
ナターシャの子供を誘拐して自分の子供と偽るが村でバレて捕まる
■:フレアリス
鬼人族の女性で頭部に角が二本有る
背が高くて巨乳の戦闘民族
鬼の手と呼ばれる怪力技がある(力任せ
鬼人族の中では弱い方で暗い過去を持っている
山育ちの田舎暮らしだったが金に困った親に売られて奴隷になった経験があるが、秘密にしている
「そうね」が口癖
登場時983歳
■:ジェームス
フレアリスの恋人
有名冒険者で、各地に知り合いがいる
■:マギ・エンボス
元勇者
今はジェームスの弟子
■:ガンバ
フレアリスの父親
しかし本当の父親ではない
一時期奴隷に売られていたところを助けて父親代わりになった
当然だがフレアリスより強い
■:フィル
フレアリスの母親
しかし本当の母親ではない
ある日連れてきた女性を娘として受け入れた
自分の子供はいない
フレアリスより背が低いのにフレアリスより胸がデカい
■:ダンバ
フレアリスの父親の弟
叔父さん!!
■:オトロエル
天使族の男性?
自称太郎のライバル
魔素溜まりの確認に来た
■:ピュール
若い純血のドラゴン
1024歳で、馬鹿だけど素直なクソガキの男
勝手に太郎をライバル認定する




