第304話 疑惑
トーマスは最近、太郎の子供達と家畜の世話をするのが日課になっている。
起きるのに遅れると、子供達が部屋までやって来て、叩き起こされ、着替えをしながら腕を掴まれて連行されていく。
連れてきた牛が元気で牛乳が沢山出る事と、意外にもトーマスは乳絞りが上手であった。子供達よりも素早く、慣れた手つきでバケツに絞り出していく。
「おじさん凄いね。」
「凄いねー。」
「毎日やればイヤでも出来るようになるさ。」
オリビアはトーマスの意外な特技に感心しつつ、自分もやろうとしたのだが牛に嫌われてしまい、遠くから眺めるだけになっている。
「戦い以外の特技が有るのは良い事だ。」
「牛は良いのですが鶏は苦手です。」
鶏の世話は朝早く、夜明けと同時に始めるので、実は子供達が一番の早起きだったりする。母親のナナハルも、太郎もまだ寝ているのだ。
「朝が苦手とは知らなかったな。」
「朝に合わせるにしても早過ぎますよ。軍隊だって起きる時間ではないですから。」
「太郎殿の子供達は働き者だな。」
オリビアに褒められて喜んでいる子供達も、すくすくと成長していて、少年少女と呼ぶには背が高過ぎた。ククルとルルクもそうなのだが、子供達の成長は早い。
早過ぎる。
「太郎殿はまだ寝ているのか?」
「この時間ですとそろそろ起きてくる頃ですね。」
オリビアが口の端に小さな笑みを浮かべた。
「いたって普通の人に見えるだろう?」
「少し気の抜けた農家程度にしか見えないのですが、周りの評価が凄いんですよね。」
「太郎殿だからな。」
「普通に見えないと言えば、大木を切断して加工までの手際は凄いですね。直ぐに建材になるし、余った材木は薪になるし。」
「あの技術は太郎殿ならではだからな。」
神から貰った道具を使用している事を隠してはいないが、知っている人は少ない。
「あ、ああ、そうでした。」
何かを思い出した言い方で、少し焦りが見える。
「それと・・・デュラハーンって存在していたんですね・・・?」
「見た目もその能力も我々の情報とかけ離れ過ぎていて、流石に慎重になったモノだが、太郎殿はそれすらも受け入れる。」
「呪われませんよね?」
「この村に居て呪われているような奴を見たか?」
トーマスは首を横に振った。
「つまり、そういう事だ。」
肩を三回叩いて、次に行くべき場所に案内する。
今日は他の元部下達を連れて、迷いの森の近くに向かう事になっていた。
朝食を食べる太郎の目の前で、焼き立てのパンにたっぷりのバターをのせて食べるミカエルの姿がある。
今日は監視から最初の報告を受ける日であった。
「食べに来たのか、報告の来たのか。」
同席するトヒラが冷めた視線を送っているが、そのトヒラもパンから手が離せない。エルフ達の焼いたパンはふっくらとしていて軟らかく、ホットミルクにとてもよく合う。
エカテリーナはそれに合わせてサラダや薄く切った肉などを皿に乗せて運んでくると、それらをパンに挟んで食べ始める。
因みに、焼けたパンはマリアの瞬間移動で運ばれ、メリッサの経営するの店で販売されている大人気商品だ。
「待たせちゃったわね。」
遅れてやって来たのはリファエルとエルフィンで、正直何故この二人が何故来るのか、太郎は理由を知らない。本当にただパンを食べに来ただけなのかもしれないという疑惑を無視して、報告書をテーブルに置く。
それを読んでの感想は太郎の口から始まった。
「戦争はいつ起きてもおかしくないってことか・・・。」
「戦力的に見るとかなり差が有る事も分かっているわ。情報通りならリテルテ家が一番ってところね。」
「それも問題なのだけど、魔素溜まりが見つかった方が・・・。」
「魔素溜まり?」
「負のマナが溜まっている所は、魔獣が生まれやすいのよ。」
「マナが?」
「呼んだ?」
ふわふわと現れて太郎にペタッと吸い付く。
呼んでないなんて冷たい事は言わない。
「今日は孤児院に行かないの?」
「何かのテストで遊べないんだって~。」
テストとは、なかなか本格的になったなあ・・・。
「孤児院の子供達は皆優秀なのですよ。」
トヒラにそう言われると何故か太郎がニコニコする。トヒラとしても将来の優秀な部下がいるかもしれないので、たまに見学に行くらしい。
「話がそれる前に戻すけど、魔素溜まりの規模が書いていないのだけど?」
「正確な規模は調べている途中だそうだ。だが山一つは染まっていて、魔獣の出現も時間の問題だという事だ。」
トヒラが報告書の内容と、ミカエルの説明を要約して自分の用意した紙に書いている。そのトヒラが書き終えると、胸のポケットから別の紙を取り出した。
「あの二人を取り調べた内容です。」
あの二人というのは、新しい住人となったエルフ達の中に紛れ込んでいたスパイで、その目的はこの村の調査だったという。
「可能であればオリビア殿の殺害と、太郎殿にも危害を加える予定だったそうです。」
「なんで、俺の命がエルフに狙われるんだ?」
「向こうの勝手な言い分になりますが、エルフを味方につけるという事はエルフの秘密を探り、利用すると思われ、正統なエルフを脅かす存在になっては困るからです。」
「あ~・・・種族の伝統って重要な命題だもんなあ。」
さらっと納得してしまう太郎に、トヒラは感心する。
「利用するほどの技術は持ち合わせていないけど。」
今は不在のオリビアの代わりに、エルフィンが応えると、リファエルが人差し指を顎に当てながら言う。
「私達の場合は・・・利用する側?」
「母上、流石に利用するというのは・・・。」
「別にそういう認識でも構わないよ。こっちだって必要な時に利用させてもらうつもりだから。」
「あら、それなら対等な取引ね。」
「取引はさておき、二人ともエルフの血は引いているようですけど、こちらで処理して構わないですか?」
「処刑するの?」
太郎から冷ややかな視線を向けられると、トヒラは冷たい汗が流れる。
「こ、殺したりはしませんよ。ただ、スパイというのは自由にするとまた活動を再開しますので。」
「放置できないってことね。」
「トーマスって子が、恩赦を求めていたけど、太郎はどうするの?」
いつの間にか、リファエルとミカエルからは太郎と、そのまま呼ばれている。太郎の方も何故か呼び捨てにしているからで、蔑ろとか格が低いとか、そういう訳ではなく、ミカエルって呼び捨てにすることが元の世界で遊んでいたゲームで慣れてしまっている所為であった。
だいたい太郎が悪い。
「矯正も教育も無駄だろうね、それが可能ならスパイなんて続けられない。信じさせる為にいかにも忠誠を誓ったように見せて、そのうち消えるんじゃないかな。」
トヒラが同意する。
「どんなに待遇が良いからってダンダイルさんを裏切れないもんね?」
「当然ですね!」
力強い返答である。
「そーいや、アンタたちは負の魔素をどうにかできるんじゃなかったの?」
「出来るが・・・、魔素溜まり化してしまうと、もう無理だ。」
「規模にもよるけど、それほどじゃなければ無理矢理できるわ。ただ、ちょっと副作用が有ってね。」
「副作用?」
「私の場合は負の魔素を圧縮して、魔石にするわ。その魔石は魔物を呼び寄せたり、破壊的な衝動に駆られるだけの狂人を作り出したりするわ。」
ナニソレ怖い。
「母上は過去にも、その圧縮というのをやったのですか?」
パンを口に入れたばかりなのでもぐもぐしながら頷く。
「もしかして、暗黒球って母上が?」
「あー、それそれ。」
「100個ぐらいあるんですけど・・・。」
「魔物を抑え込むのに必要だったから仕方がないのよ。しかもその球は天使以外が持つと気が狂うし、私達で保管するしかなかったのよねぇ。」
「何そのアンコクウって。」
餡子は食べないぞ。
餡子・・・食べたいなあ・・・。
今度ナナハルに訊いてみるか。
「暗黒球ね。負の魔素を凝縮したこのくらいの球よ。」
そう言ってパンを丸めて見せる。
だいたい少し大きなビー玉くらいかな。
その丸めたパンは口に放り込んでもぐもぐしていた。
「そのわりには慌ててないね。」
「使える人がいないからただの球よ。」
「使える人がいない・・・?」
「持っているだけでダメなんじゃないの?」
トヒラはびっくりしつつも、慌ててメモを取っていて、新しいアイテムの存在を報告するのだろう。
「持っている本人が気が狂ったら使ったとは言えないわ。」
「なるほどね。てか、以前マナが魔石食べた事無かったっけ?」
「あー、あの不味い奴ね。」
「気分が悪くなるって言ってたけど、別に問題ないなら、この暗黒球をマナが食べたらいいんじゃない?負とはいえマナを凝縮してるのなら魔石と同じじゃないのかな。」
「魔石を作るには核が必要だけど・・・。」
「そう言われると負の魔素というだけで魔石と同じね。魔石にも質が悪いと思われているモノが有ったのだけど・・・。」
「むかしはそういう魔石が多かったって聞いたよ。」
「うんうん。」
リファエルは遅れて気が付いた事がある。
「食べるって、なに?」
「マナは以前魔石を食べた事が有って、ちゃんと魔力として吸収できるんだって。」
「うんうん。」
マナがパンの無くなった木の皿をそのまま掴んで口に入れた。
そういえば最近は皿を食べていなかったな。
普通は食べない物なので、当たり前といえば当たり前なのだが。
「これは殆どマナが無いけど、基本的に何でも食べられるって。」
「え・・・は、はあ・・・。」
まあ、これが普通の反応だろう。
石ころだって丸飲みにするんだから、マナの能力はよくわからない。
消化不良ってないのかな?
「ココで出る生ごみが綺麗に無くなってるのってあなたの仕業だったの?」
「マナとうどんともりそばの三人がそうだね。」
「世界樹とトレントにそんな能力が・・・。」
「うどんともりそばは生ごみ担当なんだよなあ・・・。」
流石に生ごみを食べる女性の姿は太郎も見たくはない。最近は生ごみでも専用の箱に入れるようにしているのはエカテリーナの気遣いだろう。
「じゃあ、一応持ってくるけど、危険な物には変わりないからよく考えてから食べてね。」
「うんうん。」
マナはよく考えて食べているのか、よく噛んで食べているのか、それは太郎にも分からなかった。
「丸飲みするって蛇みたいですね。」
トヒラの感想は他の者達と共有するところであった。
※追加説明
■:ミカエル
天使族の長
■:リファエル
ミカエルの母親
長の座はミカエルに譲っている
■:ミツメル
エルフの国を監視している
双子の天使
■:ニツメル
エルフの国を監視している
双子の天使
■:エルフィン
過去のエルフを一人で纏め上げた人物
魔力の保有量が減ると老婆になる
存在する事が他のエルフに知れ渡るととても困る
■:トヒラ
魔王国の女性将軍
情報管理が得意
戦闘力は決して低くはない
※アイテム
■:暗黒球
リファエルの作った真っ黒い球
負の魔素が凝縮されていて、正の魔素に戻せない
持っているだけで気が狂う危険アイテム
なお、太郎に効果はない




