第303話 驚きの生活
エルフィンとオリビアが、トーマスを連れて広場にやってくる。村の中心が広場になっていて、ココからはイロイロな建物が見える。
個人宅として一番大きいのが村長(鈴木太郎)の家で、次に一軒家としてかなり大きいのが浴場。この浴場がとにかく凄い。常に湧き続ける源泉なるモノがあり、この湯水は常に綺麗だ。排水路も作られていて、トレントが浄化している。
身体を拭く布も使い放題?!
贅沢品の石鹸がこんなに・・・?
と、先ほどは驚いたものだ。
目立つと言えば世界樹が一番だろう。見ているとカラーが沢山いるのが分かる。なんであいつらキラービーと仲が良いんだ・・・?
元から住んでいる我らの仲間も、兵士達も、子供も驚いていない。
子供が肩にキラービーとカラーを乗せてにこやかに歩いている。
異常にしか見えない・・・。
その子供達が沢山住んでいる孤児院がある。孤児とは教会が保護するのではなかったか?その子供だけを集めて勉強も教えているらしい。我々の子供達にも勉強にだけは通わせたいが・・・いくらかかるのだろう?
「金がかかるという発想を捨てなさい。」
エルフィン様からそう言われた。
てか、エルフィン様って生きて・・・この話はやめておこう。
「太郎殿に言えば通わせてもらえるだろう。孤児から金をとる事はない。」
確かにそうだ。
しかし、これだけの子供を抱えていて資金は大丈夫なのか?
「金よりも食糧の問題が有るから家畜を頼んだのだ。」
「なるほど。」
孤児とは元気の無い者が多いが、ココの子供達は皆笑顔がある。
良い事だ。
・・・?
「どうした?」
「種族があんなにバラバラで喧嘩にならないんですか?」
「そういう事を子供の時に吹き込むから大人はそうなるのだ。この村では我々に対する偏見も少ないぞ。兵士と結婚した奴もいるのだ。」
「結婚ですか・・・認められるとは驚きですなあ。」
「それが偏見の始まりだという事は忘れるなよ。」
「あっ・・・はい・・・。」
「太郎殿の受け売りだがな・・・。」
何か有ると鈴木太郎の名前が出るのが気になる。
気になるが、それほどの男という事なのだろう。
広場に続々と集まって来るが、その鈴木太郎はまだ現れない。
もったいぶっているのだろうか?
・・・畑の世話をしてて遅れるそうだ。
「畑の方が大事だと?」
「何をブツブツ言うておるのじゃ?」
眉間にしわを寄せて独り言をつぶやいているのをずっと監視されていたようだ。
・・・狐?
違う、九尾?!
オリビア様が間に入ってくれたので視線が移動する。
「ナナハル殿、彼等の事をよろしく頼む。」
「うむ。それより朝の桃は美味かったか?」
「あぁ、あれほどのモノは久しぶりで感動した。」
「世界樹が無茶をせんければ太郎も苦労はしなかったんだがの。」
「まだ余っているのですか?」
「孤児院に運ぶのに荷車が必要でな。袋に入れでも良かったんじゃが出すのが大変だから荷台に積んでいたのだ。それでも、やはりあの数ではのう。」
「手伝いに行かせましたが、それでも?」
「皮ごと喰うのはトレントくらいのもんじゃ。それでも人手が足りんので、子供達にもやらせる事にしたのじゃ。ナイフの使い方も勉強になる。」
ピンク色の液体が詰まった大きな瓶が尻尾の中から現れる。
「これを少し飲んでみると良い。」
手に少し垂らした液体を舐めると、先ほど食べた桃の味が口に広がる。
「少し濃いので水で薄めると良いぞ。桃酒も作ろうと思う。」
「それは良いわねぇ・・・。」
エルフィン様が喜んでいる。
「本当は高級果実な筈なんじゃが、ここに居るとわらわでさえ価値観が解らなくなるのう・・・。」
「食糧難だった頃を思い出せなくなって困ります。」
「そういえば食い扶持が増えるから畑も拡張すると言っておったな。」
「誰か手伝いに行ってますか?」
「あの硬い土をはがすのにグリフォンが躍起になっておるんで心配はない。」
「鉄より硬い石をまともに剥がせるのは太郎殿の他はグリフォンだけとなりますか。」
「わらわはやりとうない。」
出来るけどやりたくないという意味なのは解るが・・・この女は何者なのだ?
睨まれた。
背筋がぞっとする・・・。
「お、オリビア様?」
「ああ、済まない。説明は後で良いと思っていたからな。」
「太郎なら来たぞ。」
なんでみんなの視線が空に?
ふわふわと降りてくる。
10人くらいが一人の男に抱き付いているようだが、囲まれていて姿が見えない。
「おい、離れてくれよ。」
「はーい。」
子供達と昨日の男だ。
俺達を見回していて、何か吟味しているようにも見えるが・・・。
その中には俺の頭を食材のように叩いた娘がいる。
「みんな集まってるね。」
「うむ。」
エルフィン様があの男に飛び付いている。身体をぴったりとくっ付けて妻とでも言いたいように・・・剥がされた。
「あの娘の事、宜しくね。」
「う、うん。分かってるけど今言わなくても。」
みんなが不思議な顔している。
俺の顔もそうだろう。
男が咳払いをすると、まるで決まっていたかのように移動して行く。
さっきの九尾は男の後ろに立ち、その子供達だろう、横に並んでいる。なんで頭の上にしゃがんでいるんだ・・・丸見えじゃないか。
掴んで降ろされている。
スッと現れたケルベロスの上に載せると、後ろからもう一人女性が現れる。
猫獣人の剣士で、かなりの使い手なのが分かる。
「えー、お待たせしました。一人一人に説明すると時間が掛かるので集まってもらいました。簡単にルールみたいなものをお伝えします。」
凄くめんどくさそうに言う男で、ないがしろにされている気がする。
後からあの九尾に肩を叩かれて何かを言われたようだが、何を言ったのか?
「こういう時ぐらいしっかりせい。」
「俺、必要なの?」
「お主が言うから効果が有る事くらいわかるじゃろ。」
男が深呼吸すると、先ほどよりはっきりした声になった。
「まず、基本的には自由行動で構いません。必要な物が有ればオリビアさんに伝えて貰えば良いです。俺に直接でも良いです。」
あの男が・・・オリビア様を格下に見ているだと・・・?
「その自由行動ですが・・・。」
そらきた。
「村から出るのに許可はイラナイですが、世界樹より向こうは迷いの森なので近付かないで下さい。キラービー達にも知らない人なら襲って良いと伝えてありますので命の保証が出来ません。」
・・・へ?
「畑も自分用に作って問題ありません。ちゃんと土地は有りますので。」
ざわざわとしている。
「食事も作るのが大変でしたら食堂を利用してください。メニューは選べませんが代金は取りませんので。」
なんという事だ・・・。
そして、なぜか凄い睨みを利かせているのが後ろの猫と狐だ。
なんだ・・・?
その二人が顔を合わせて頷いている。
「えーッと後は・・・。」
「太郎さん、ちょっと待ってください。」
「ん?」
その女は我々の中に入り込んできて一人の腕を掴んだ。
「なっ、なにを?!」
「貴女だけ匂いが違いますねー。」
「匂い?」
「太郎よ、少なくともあ奴はエルフの群れに最初から居た者ではない。道中、もしくは魔王国辺りで混ざった者じゃ。」
たしか、魔王国に到着する前に魔物に追われて逃げていたエルフで、子供も連れていた。夫が死んでしまって逃げ回っていたと言っていたが・・・。
「服や身体の傷が他の者と比べて少な過ぎる。」
「へー・・・。」
「子供も貴女の子じゃないですね?」
まさかスパイとでも・・・。
「恐らく親を殺して手に入れたのだろう。どこから頼まれたのかハッキリ言った方が身の為じゃぞ。」
睨まれた女性は、九尾の眼力に負けて身体を震わせている。流石に可哀想に思えたので立ち上がろうとすると止められた。
「そのまま座っていろ。」
「し、しかし・・・。」
オリビアに制止されて様子を見ているが、周囲の者達が怯えて腰が引けている。これでは恐怖を植え付けられてしまう。
「はい、あなたもですねー。」
がっちり腕を掴まれたのは、俺も良く知る、古くから信用してきた部下の一人だ。
あれ・・・あいつの顔・・・?
「何のつもりだ、俺は苦楽を共にしてきたんだぞ。なんで今日会ったばかりのお前達に疑われなければならないんだ!」
「お前・・・アッシュじゃないな。」
そいつは突然飛び上が・・・れなかった。
周囲の者達が一斉に逃げ出してできた空間に、背中から地面に叩きつけられた。
あの片腕で・・・ただの小娘ではない。
「ほう、お主は自分の名を忘れたか。」
「じっくり喋ってもらいますからねー。」
あの男は何が起きたのか理解していない様に見えるのだが、ココまで計画通りでは無いのか?
しかし、今まで信じていた仲間の中に裏切り者がいたとは・・・。
「貴様らっ!」
トーマスが怒りの声を上げた。
オリビアも今度は止めない。
「どういう事だ、今まで苦労してココまで来たんじゃないのか?!」
何も言わずにそっぽを向くと、今度は魔法を放った。
それも自分に向けての何かの魔法に、危険を察知したスーは思わず飛び退いてしまった。その隙に姿勢を立て直し、スーに魔法を向けた。
「喰らっ・・・え?」
とたん、二人は真上から降りて来た者に踏まれた。
「こんな地味な登場は好きではないのだが。」
見事に二人の背中を踏みつけて立っているのはミカエルだった。
あまりの急展開に理解が追い付かない。
「見事なタイミングじゃ。」
「いつも見ているんでね。」
これは、この者は一体何者?
分からない事が多過ぎる。
ただ、理解出来たのは二人もの裏切り者が存在したという事だ。
「では事情も分かるな?」
「無論。」
踏まれた二人は身動き一つしない。
死んでないか?
「これ・・・どういう事なん?」
「太郎はこれを予想しておったんじゃないのか?」
「今後細々聞かれるのを回避したいのと、誤解が無いようにしてほしくて集まってもらったんだけど・・・なんでエルフの人達全員集まってるの?」
「ワザと遅刻して炙りだすつもりだと思ってたんですけどー・・・。」
え?
何故か視線が合った。
「とりあえず・・・騙したのならダンダイルさんに任せた方がいいかな?」
「・・・?」
「トーマスに訊いているんだぞ。」
「え、いや・・・なんで俺なんです?」
「代表でしょ?」
「え、あ、う、ま、まあ、そうだが・・・。」
なんか視線が凄いんだが・・・。
「・・・裏切り者に慈悲は必要ない。我々の苦労が無になる危険が有ったとすれば、重罰で問題ない。」
「分かった。伝えとく・・・あれ?」
ふんわりと現れたダンダイルは、状況を見て理解したようだ。
「いいかね、太郎君?」
「はい、お願いします。」
ダンダイルは動かなくなった二人に乗っているミカエルが降りるのを待って、部下に命じて連行していく。尋問にはオリビアも同席する事になり、少しでもエルフ国の情報を得るつもりであるようだ。
ざわざわと落ち着かなくなったエルフ達は、突然現れたミカエルにも驚いているし、あっという間に片付けてしまったあの男とダンダイルにも恐怖を感じていた。
元々住んでいた者達が他のエルフを気遣っていて、少し落ち着いたところで、もう一度集められる。
今度は監視の目が緩くなっている。
我々の前に一歩出ると口を開いた。
「あ、もしこの村を出たくなったからといって何の罰も有りませんのでご安心を。」
エルフは理由もなく嫌われている。
そういう噂を知らないのか?
もちろん、嫌われる理由は知っている。
「そ、村長!」
そのトーマスの目は真っ直ぐ太郎に向いている。
向けられた方は真摯な瞳にゲンナリしていた。
「村長じゃないけど、なんです?」
「え、そ、村長では?」
村長以外からも、周囲から少し強めの視線を受けて呼び方を変えた。
「た、太郎殿。」
視線が和らいだ。
どういう事なのか分からないが、そう呼んだ方が良いという事だけは理解した。
「・・・なんでしょう?」
「待遇の良さに驚くばかりで感謝に堪えません。しかし、新天地という事で不安もあります。」
「どのような不安です?」
「我々の立場です。」
トーマスの正直すぎる疑問は、ミカエルに笑われ、オリビアを苦笑いさせ、太郎を困惑させた。ポチの背に乗ったマナの頭を撫でながら、少し悩んでから回答する。
「立場って言うと、この場合は上下関係の事だよね?」
口調に変化を感じる。
なんか威圧感が凄いのだが・・・。
「・・・はい。」
「そんなの無いよ。」
「え?」
「兵士達には階級があるし、軍隊式で育ったのならそれなりに必要な事だし、年功序列の場合もあるかもしれないけど・・・。そんな事で縛ったりはしないよ。」
トーマスは自分の中の価値観と戦っている。
ココに来るまでにまとめ役として苦労はしたし、従わない者を殴るくらいは平気でやってきた。この、村と呼ぶには大きすぎる規模の最高責任者である筈の男は、あっさりと自分の立場を捨てたのだ。
少なくとも、トーマスにはそう感じた。
「ではどうやって纏めるんですか?」
「そんな心配をお主がする必要は無い。」
九尾に睨まれつつそう言われると、背筋に冷たい汗が流れる。
「この村にはこの村のやり方がある。それが嫌なら出て行くといいぞ。」
「そこまで言ってないけど・・・。」
「太郎の甘さはこの村の宝じゃ。だが、ただ甘いだけでもない。」
「あのー、おれの意見は?」
「良く観察してから決めると良いぞ。」
先ほどのダンダイルと同じセリフを聞かされ、太郎の事を監視する決意をした。観察ではなく、監視だ。閣下の事は全面的に信用できるが、まだ閣下が利用されていないとは限らない。もしくは弱みを握られているのかもしれない。
周囲がこの村に馴染み、数日が経過しても、この男だけは生活に変化が無かった。だが、奴隷の扱いなど全く無く、たまの訓練と、農業に従事する仲間を見て、驚くほどのんびりとした生活に、トーマスの肩の力も抜けていくのだった。
※ 追加情報
アッシュ・ターナー
エルフ国の古参の兵士
一般兵士の中では強い
ナッシュ・ターナー
双子の兄
直前で入れ替わった
兄弟仲はすこぶる悪い
セーラ・デュオン
リテルテに雇われたスパイ
諜報・暗殺を得意とする優秀な人物だが
ナナハルとスーに見破られる




