第301話 トヒラ先生の世界講座
「えー、今回はお集まり頂きありがとうございます。」
トヒラの声から始まったのは、何故か広場に設置された看板に張り付けられた巨大な地図である。その傍にトヒラが立っていて、設置された椅子に座るのを待っている。集まったのは太郎達だけではなく、エルフや孤児や兵士も集まってきていて、そこに何故かダンダイルも居て、太郎の横に座っている。
こっちに向かっているっていうエルフ達の護衛は・・・?
「護衛は街の中だけで終わりなんでな。それより、あの挨拶はなんだ?」
「緊張してるんじゃないかな?」
ダンダイルとしては国家機密を公にする事を消極的に反対しているが、地図の正確性について問われると、『だいたい合ってる程度』なので、この地図を使って旅をするとか戦争に利用するとかは無理らしい。特に高低差は殆ど分からない。あそこにとても高い山があるとか、ジャングルがあるとか、広大な砂漠が広がっているとか、大まかな事しか分からないらしい。
「そもそも領土問題も有って正確な国の位置関係も不明だ。」
「どうやって作ったんですか、これ。」
「冒険者や協力してくれた国などの情報と、一部は空を飛んでな。ドラゴンや天使に邪魔されつつも作成したのは魔王が3代目の頃で、それ以来ずっと大事に保管されていたのだ。だが・・正直、知らない部分が多い。」
3代目というとアンサンブルの事である。
「それは、なんか申し訳ないです。」
「重要な情報だが・・・公開したところでたいした不利益も無いのが実状だしな。」
地図をじっと見つめるダンダイルの眼は少し寂しい。
自分が生まれるよりも前から大切に保管されていたモノが半分はガラクタに近い価値なのを知っているからだ。
「それにしても・・・。」
「うん?」
「魔王国ってこんなに小さかったんですね。」
「人が集まっているトコロだけを国とすると、他の国もそれほど大きくはない。領土を主張すればもう少し広くはなるが・・・魔獣の巣食う土地を領土としても無駄な責任を負うだけだからな。」
「なるほど・・・。」
「海域はシードラゴンが来れば使えなくなるし、いつどこで魔物の大群が移動するかもわからないし。」
「魔物の大群が移動する事なんて有るんですか?」
「過去には何度かあったな。それで滅んだ国もある。」
※世界地図の画像が張られる予定※
トヒラが自前で用意したらしい台の上に立つ。
「最初に世界地図を簡単に説明をさせていただきます。」
簡単とは言ったが、東西南北と、この地図における魔王国の位置。そして、山岳やジャングル、砂漠などの説明も付け加えている。そして、この地図の正確さについては海岸線の位置がズレている事も説明した。
「実際には大河なのか海の一部なのか分からない部分もありますし、内陸に大きな海のような場所も有りますが、この地図には記載されていません。」
ダンダイルが肩を落としている。
以前はこれを見た時に強い感動が有ったと小声で教えてくれた。
「そしてここが魔王国です。」
魔法で作りだした細長い棒の先端を向けた先が魔王国である。そして小さく円を描くように棒を動かした。
「魔王国の領土はこの位置から西に延びていますが、深い森と高い山が邪魔をしており広げられません。反対側ハンハルトとガーデンブルク。コルドーは有名無実化していて、人が住んでいるだけと思って良いです。その東の海の先にはボルドルト、シュメル、ガルシア、パフィスと続きます。鬼人族の住む土地は更の進んだ海岸より少し手前くらいです。」
棒がスーッと動く。
既に知らない国名が出ていて、子供達は魔女の作った筆記用具でメモを取っていた。とても便利な道具だ。
「この大きな島に他の国は有りません。あとは無名の集落が点在しているだけです。」
棒が大きく移動し、ホルスタン山脈を通り過ぎる。
「この辺りがかつてのギンギール。今はただの遺跡群ですが、統治者不在の大きな町が出来ています。」
「誰も統治していないのに大きな町ができるの?」
「いい質問ですね!」
何故かトヒラの目が光った。
スーがつまらなさそうである。
「基本的な規則があり、ギンギールには古い宗教があって、その戒律が利用されているようです。」
「へー・・・。」
ちょっと、なんでスーが感心してるんだ。
「どうしても力の強い者が現れるとその者が統治してしまう事になるのですが、ギンギールでは統治を主張する者は現れないのです。」
「そう言われれば、いつでも神様が見守っているって母親に言われてましたねー。」
「そういう事です。」
また棒が動いた。
あの辺りは・・・何となく形が似ているなあ・・・。
「有名な国の一つとして名を上げると、ココがオオシマノ国になります。」
「ほう・・・調べておるのう。」
「この国も統治者は不明ですが、特に混乱は起きていません。その小さな島国の対極に位置するこの大陸には、凶暴な部族が住んでいるとの噂があります。国名は過去のモノですが、クダラニアと呼んでいたようです。」
「クダラニアはとっくに滅んだぞ。」
「それは・・・有難い情報ですね。その後はどうなっているとかって分かりますか?」
「誰かが統治して建国宣言するたびに滅ぼされておるでのう・・・。ついでにオオシマノ国は誰かが統治するのは我らが許さん。」
九尾に睨まれては何も出来ないだろう。
「不明ッと・・・。」
何かを手に持つ小さな紙に書き、視線をこちら側に戻すと姿勢を整えた。
「おぬしらは情報を集めるのが仕事では無いのか?」
ナナハルの質問に視線を逸らして答えた。
「・・・予算不足です。」
ダンダイルも視線を逸らした。
「失礼しました。では、次はこちらです。」
トヒラの説明が続き、話を熱心に聞いているのは半数にも満たないが、子供達はナナハルの監視も有って必死に覚えているようだった。各地に点在する特定種族の集落や、危険地域などの説明をしている。
そしてハッキリと、全てを調べるには数百年かかると言ったトヒラだった。
説明が一段落したところで太郎が質問する。
「エルフの国ってどの辺りなの?」
「崩壊する以前の場所も実は不明なのですが・・・だいたいこの島の辺りだと。」
チラチラとオリビアを見ながら説明すると、何も言わない様子で、間違っていないようだ。ただ、間違っていも何も反応はしないだろう。少なくとも仲間だった者達だからと言って売る気はないようだ。
「シルバ、ちょっと見て来てくれる?」
フワッと風が流れる。
「こちらの方と同じような姿をした人を見てくればよろしいですか?」
「エルフって見た目で分からないの?」
「太郎様はおわかりですか?」
「わかんないな。何か独特の文字があるとか証明するものがあれば良いけど。」
「城があって、これと同じエンブレムが掲げられていれば、エルフが住んでいると思って良い。」
そう言ってオリビアが手の平に乗る小さなものを見せてくれた。
それは綺麗な女性の姿を彫刻したレリーフのように縁取りしたものだ。トヒラの眼力が凄い。あれ、ダンダイルさんもか。
オリビアがそっとしまうと視線が散開する。
「では行ってきます。」
目の前で消えたシルバが戻ってくるのには意外と時間が掛かった。
「じゃあ、他に何か聞きたい事はありますか?」
「人口分布って詳しく分かる?」
「分かりません。」
即答だった。
「簡単に分かったら、経済状況とか兵士数とか、丸分かりじゃないですか。」
そりゃそーか・・・。
ふわっと太郎の髪がなびいた。
「遅かったね。」
「城のような建造物が三か所あり、先ほどのエンブレムが掲げられていました。」
「人は?」
「ザッとですが、合計で数万人は居ると思われます。」
トヒラが耳をひくひくさせているのと、腕を組んで悔しそうにするのを同時にやっている。ダンダイルも眉間のしわが多い。
「それは問題だな。」
オリビアも眉間のしわが多い。
「どう問題なの?」
「本来は一つの城に一つのエンブレムなのだ。幾つもあるという事は内乱が続いている事になる。」
「戦況は不明です。むしろ戦争をしているかどうかは分かりませんでした。」
「戦争なんて毎日するもんじゃないから詳しく調べないと分からないでしょ?」
「武器の運び出しや食糧の搬入量が解れば戦争を開始するかどうかわかりますが。」
トヒラがそう言うと、シルバが太郎の耳にコッソリと呟く。
「兵士ってどんな姿ですか?」
「そこなん?」
「そこです。」
「ホントに興味の無いことは調べないんだね?」
「冒険者と兵士の区別が出来ませんので。」
「あー・・・傭兵もそうなるか。」
太郎とシルバが会話している途中で、ダンダイルが周囲の者達を解散させ始めたのは、飽きている者達が居るのと、休憩が欲しいという者達が現れたからだ。トヒラの講義は充分に行われたと判断し、終了としたのだ。
「すまない、太郎殿。」
「なに?」
「城が在るのなら王も居るだろう。国王の名前は解らないだろうか?」
太郎がシルバを見る。
「調べ方が分かりません。」
「エンブレムの下あたりに名が刻まれているプレートがある筈だ。」
「だって。読める?」
「言葉は分かりますが見ても分かりません。」
太郎が少し考えてウンダンヌを出す。
「なーにー・・・寝てたんだけどぉ・・・。」
「ちょっと文字を見て映してよ。」
「うん?」
ウンダンヌとシルバが移動するとしばらく待たされてしまい、オリビアが落ち着かない。子供達がトヒラを捕まえて、色々と質問なのか確認なのか、話をしていて、何故かトヒラが困っているのをナナハルがニコニコして眺めている。
「戻りました。こんな文字です。」
ウンダンヌが水で文字を作り出すと、オリビアがまじまじと見つめる。
「この二つは知らない家名だが、これは知っている。」
「おや~・・・これはこれは・・・。」
このおばあさん・・・誰?
「リテルテ家ですね。」
「どんな関係なの?」
「私の曾祖父の兄の妻の姉の夫です。」
え?
「ミシェル・ボビンズとセイヴ・ブロンズって誰ですか?」
「聞いた事の無い家名ね、さすがに知らないねぇ・・・。リテルテ家は長年続いていたけど、そういえば私の・・・スキング家って今でも残ってるの・・・?」
「当主不在で断絶しました。」
「そっか・・・。」
ションボリしているおばあさんがホンノリと光を発すると、どんどん若返って行く・・・。なにこれ?
「やっとマナが安定したわ。」
「あ、ああ。」
太郎が驚きを隠せずにいると、エルフィンは眩しいほどの笑顔を作ったのだった。
以下、トヒラの苦悩
諜報活動が重要なのを知っていても、
予算がなかなかおりない事と、
最近は勇者の調査に時間が掛かり過ぎていた
更にワンゴの所為で余計な仕事が増えたので
まともに活動できていない(半分は太郎の所為




