第299話 戻りたい生活
殺されてしまったキラービーは、そのまま他のキラービー達が巣に持ち帰った。
それどうするの・・・え、た・・・食べるの?
あ、ううん。
問題ないよ。
ポチとスーは被害を最小限に食い止めるために頑張ったと言っていて、グリフォンとベヒモスは不満たらたらだが、久しぶりの戦闘にちゃんと参加できたのでそれなりには満足したそうだ。それなら巡回に参加すれば?
そそくさと逃げていくグリフォンとベヒモスに、残った者達が一人を除いて苦笑している。笑わなかったのではなく、笑う元気もない。
「少し強力に調整してあるわ~。」
「とんでもない魔法具ですね。」
「そうだけど~・・・相手が無抵抗じゃないと着けられないから~。」
「それもそうか。」
何かに納得したダンダイルがその魔法拘束具の作成を依頼していて、真面目な表情と価格交渉の議論が続いた。
「太郎は相変わらず優しいのう。あんな奴殺してしまっても構わんぞ。流した血の量を考えれば死んでも足りないくらいじゃ。」
「それは~、そうなんだけど~・・・。」
マリアみたいな口調になっている太郎に、マナが下から突き上げるように尻を何回も叩いた。
「あの程度なら余裕になったもんねー。」
「俺本来の力なんて一つも出して無いよ。貰い物の能力だからね。」
シルバとウンダンヌがご機嫌なのは、その能力が褒められているからだ。
「あのギデオンレベルの勇者ってまだゴロゴロいるの?」
「いる事はいますが・・・ギデオンほど自分の正義を押しつける者はそうそういません。安心して良いとは言えませんけど、世界樹が在る限りこのような事件は今後も続くと思います。」
「面倒ね~。」
マナまで口調がマリア化している。
「あの程度でしたら私達でも対処できます。」
「だよねー。」
珍しくシルバとウンダンヌが会話に入ってきた。
「勝てない事は有っても負ける事は無いんじゃない?」
「負けは・・・しませんね。」
「ドラゴンぐらいなら縛り付けてあげる!」
意気揚々にウンダンヌが言うが、それはフラグになりかねないので発言には気を付けてもらいたい。
「面倒事だし、さっさと片付けて元の生活を取り戻したいしなあ。」
「運んでもらえるのかね?」
「いいですよ、何故か二人がやる気になっているので。」
「お任せください。」
「へっへー。」フンスフンス
ギデオンとダンダイルとトヒラを同時にアンサンブルまで運び、連行されている男の姿を見て城では大騒ぎになったが、手続きはスムーズに進み、修理の終わった牢獄、以前はワンゴが閉じ込められていたところに運ばれて行った。
罪状は大量の破壊行為と、大量殺人である。魔物も沢山斃しているが、人も沢山殺しているのは、巻き込まれた村や町を住人を含めて全滅させたことが何度も有ったからだ。魔王国領内の事件ではなく、国に属していないとはいえ、捕縛の依頼や犯罪者や危険人物は、国家間でも情報を共有して逮捕協力の要請をする事もある。この辺りは現代でも有る事なので太郎は不思議に思わなかった。
トヒラは不思議にも思っていない太郎を更に不思議そうに見ていて、用事が終われば何も受け取らずにさっさと帰ってしまう太郎を、ただの欲の無い人物だとダンダイルに言われるまで、自分の中の答えが出せずに要注意人物にしていたのだから。
この情報は、ギルドを通じて瞬く間に広まっていく。
いつものようにギルドを通じて広がる情報は、暇つぶしにしているジェームスにとっては、暇つぶし以上にはならなかったが、その日だけは違った。
「ギデオンが捕まっただと?!」
「ああ、アンサンブルの国営ギルドからの発信だ。嘘じゃないぞ。」
「あの国のギルドでウソを伝える理由が無いからな・・・。それにしてもあの暴走勇者を倒したのではなく、捕縛とはなぁ・・・。」
ジェームスはカウンターで酒を飲まずに珈琲を飲んでいる。こんなところで酒を飲まない奴は良いカモにされるのだが、ジェームスレベルの人物なら誰もチョッカイなど出さない。だが、そんな男が大声で驚いているのだから、注目の的になるのは間違いないだろう。周囲からの視線と一緒に、仲間がやって来た。
「ジェームスさん、どうしたんですか?」
「どうしたも何も、あのギデオンが捕まったってさ。」
マギはギデオンの名前をすぐに思い出せなかったが、フレアリスは苦い顔を混ぜながら、すぐに思い出した。
「あのハエみたいにウルサイ奴が捕まったなんて、凄い話ね。」
嫌味の成分が含まれる声色が気になる。
「・・・何か有ったのか?」
「有ったも何も、100年くらい前に鬼人国まで乗り込んできた事が有って、あの当時は凄い大変だったのよ。」
「流石に俺の生まれる前の事件は解らないな。って、100年前?」
「そうね。・・・だいたい100年くらいだったと思うわ。」
「そのギデオンってどんな人なんですか?元勇者っていうのを話でしか聞いた事が無くて・・・。」
「そう・・・ねぇ・・・。」
フレアリスがジェームスの横に座ると、マギはフレアリスの横に座り、何かを話してくれると期待している。注文しなくても二人に珈琲が出されるのはジェームスが頼んだからだ。
「暴風みたいな奴でね・・・、正義感だけは強かったけど、他人の意見をなかなか聴き入れない頑固者だったわ。」
勇者に対するイメージが悪いのは共通認識だ。
「強いのはツヨイのよ。それもアホみたいに。」
「俺でもヤツの足元に及ばない程の差が有るからな。」
肩をすくめた後、珈琲を口にする。
「そんなに強いんですか・・・。」
「私だってまともに相手をしてもらえるかどうか。」
「あの時のドラゴンはどうなんですか?」
「ピュールじゃ無理だ。フーリンなら・・・互角かなあ・・・?」
その評価にフレアリスは不満だったが、そもそもフーリンの強さを正しく知らないので否定も出来ない。
カウンターで話を聞いていたというより、耳に入ってしまったマスターがドン引きしている。ギデオンの事をジェームスに教えた時に驚かせた満足感は消えていて、とんでもない話を聞いてしまった後悔が強い。
「マスター。」
「な、なんです?」
「ギデオンを捕らえた奴は誰になっている?」
既に出回っている情報なので再確認に苦労しない。張り出す前の紙をチラッと見る。
「ダンダイルって、これ元魔王の名前じゃないですか。」
「あー・・・そうか、そうなるか。」
「ですね。」
「そうね。」
三人が納得しているのでマスターは気になった。
「元魔王ですもんね?」
「いや、誰が捕まえたのか判った。これ以上は教えられないな。」
「・・・訊かない事にします。」
「賢明な判断だ。それよりも、もっと気になる事がある。」
飲み干して空になってカップを押し退けて、酒を注文してから応じる。
「なにが?」
「あのギデオンに入れ知恵した奴の方だ。」
「そうね。あのバカ勇者が素直に聴き入れるほどの間柄なら、ただモノではないわね。少なくとも古くから関係があるか、協力関係に有るか・・・。」
「以前なら天使を疑ったが、あいつらはそんな事をするタイプであっても、あの村や、特に太郎君に不都合になる事をする訳が無い。」
「そうね。」
「そうなるとあの村に住んでいて困らせる必要があるといえば・・・。」
「エルフですか?」
「そうだ。銀髪の志士が住んでいる事を知っている者は少ないし、その情報を欲しがる者は限られる。」
マスターが酒を注いで耳をヒクヒクさせた後、そそくさと逃げた。知りたい好奇心と、知ってしまった恐怖心との戦いは、好奇心の敗北となった。
「エルフの国って・・・どこに在るのか考えた事無かったな。」
チラッとマスターを見ると背を向けている。
「ギルドが存在しないから連絡出来ないという話だけど。」
「ギルドがないんですか?」
「ギルドが無い国はそれなりにあるぞ。魔女の力を借りたくない国も多いからな。」
「魔女って嫌われ者でしたしね。」
「そう、嫌われ者だったはずなんだが、あの村に居ると自分の価値観が崩壊するのがよく分かる。フレアリスなんて凄いだろ。」
「そうね。音を立てて崩れるのを何度も体験したわ。」
「・・・ああ、ねんr(むぐっ
自分で自分の口を抑えたマギである。
フレアリスはその程度の事で怒ったりせず、年齢を気にするのもばからしいと思っている。何しろ4桁まで生きているのが普通の鬼人族だからだ。
「私が帰るのはいつでも良いんだけど、エルフの国って探してみる?」
「探すのは苦労しないんじゃないかな・・・。」
「なんでです?」
「俺と同じ疑問を持った奴があの村に居ればすぐ調べるだろ。まぁ、一応の場所は判っているけどな。」
「え、そうなんですか!?」
「エルフの国が無いだけでエルフが沢山住んでいる地域は有るんだ。国として機能しているかが問題なんだ。」
「ああ、そー言う・・・。でしたら、ゴリテアの事件でもっと反応が有っても良かったんじゃないですかね?」
「それはどうかな。あの村で少し調べたら解る事だが・・・今は国王直々の依頼だから放置するワケにもいかん。」
「放置してもいいんじゃない?」
「流石に駄目だろ。それにあと数日で終わるんだ。」
「報告なんてギルドに頼めばいいでしょ?」
「一応それでもかまわない事になっている。」
コーヒーは順次酒に変わって行き、いつの間にかマギも呑んでいた。
「エルフの国については興味でしかないからな。俺がやる事じゃないし、フレアリスを優先して良いぞ。」
「そう?じゃあ、そうさせてもらわね。」
「ギデオンって人は脱獄しないですかね?」
「どうだろうな・・・?でも、そんなのは俺達が気にする事じゃないぞ。」
「そうね。」
「そ、そうですね。」
「気になるってことはそれだけ心に余裕も出来たし、強くなったという事だろう。鬼人族の国に行ったらとんでもない奴ばかりだから、そこに居るだけでも修行になるぞ。」
マギはフレアリスみたいに強い人が沢山いるのを想像して恐怖を感じた。
「私がいるから平気よ。少し鍛え直したいし半年くらいは居たいけど。」
「そうだな、そんなもんか。」
「半年で変わりますかね?」
「フレアリスの変化はそれほどないかも知れんが、マギはかなり変わると思うぞ。」
「そうね。」
次の旅と冒険に想いを向け始めると、それは次第に期待と興奮に変わり、ギデオンやエルフの事は忘れていた。準備の為に調べて回った町の雑貨屋へ足を向ける事を決めると、酔いも醒め、気持ちも昂揚していく。何時になっても、どんな年齢でも、旅の準備をしている時は楽しい。本当に辛くなるのは旅の終わりに近づく頃で、太郎達と旅をした時のような安心感も安定感も無いのだ。
「アレは特別だったな。」
「なにが?」
「いや、別に、ただの独り言だ。」
村では建築も進み、孤児や母子父子家庭の為のアパートも追加された。温泉のおかげで24時間いつでも入れる環境は女性に特に人気で、親子で入る姿が良く見られた。その所為でつまらない迷惑行為も出るようになってしまい、その対策の為に番台が設置されることになった。
「因みに、つまらん事した奴らはどんなに優秀でも、二度とこの村には入れん。特に兵士は除隊だ。」
隊長の宣言でピタリと止まったのは言うまでもなかったが、それは兵士達だけで、まだ残っている旅の人達はどうしたらバレないか考えるようになり、深夜狙いが増えた。もちろん捕まったが。
「日常までもう少しかな。」
「孤児院の方の安全はツクモが守っておる。どういう訳か最近子供達に人気があるようでの。」
ナナハルが視線を動かした先にはツクモではなく、別の者が久しぶりにやって来た。
「こんにちわ。お久しぶりです。」
「ああ、久しぶりだね。」
現れたのはデュラハーンのファリスで、今日も彼女の後ろには首の無い馬が空の荷台を引いている。彼女達の仲間が住む場所は鉱山の内部の奥にあり、ココまで来るのも少し大変なのだが、トロッコが復旧して移動が楽になったので太郎に挨拶に来たのだ。
「大変な事件が有ったと聞いています。」
その事件はゴリテアの事で、グルが出ないように指示を出していたのだ。事件の内容は詳しく伝えられていないらしい。
「ですが・・・。」
周囲を見渡すと、知らない旅人が予想より多く居る事と、綺麗な建物が増えている事が解る。そして、こっそりと付いてきたチーズの子供二匹が護衛をしていた。
「建物が建つの早くないですか・・・?」
「ココはそういう場所じゃ。」
「凄いですねぇ・・・。」
「それより、そっちの環境はどうなの?」
「おかげさまでエンドブルムではお風呂がブームになってます。」
水の浄化をしてくれるトレントと、森が大きく広がった事で材木が手に入りやすくなり、端材などを薪にして風呂を沸かす頻度が増えたとの事。洗濯の頻度も増え、水の浄化効率も高くなったという。
「畑の作物もすごく美味しくなりましたし、頂いた家畜の鶏も順調に増えています。」
「そんなことしてたっけ?」
「はい、以前グル様が沢山のヒヨコを持ってきまして。」
「それで、鶏は何羽ほどおるのじゃ?」
「はい、30羽です。食べ残しを乾燥させたものを与えてるのでゴミ問題も解決して助かります。」
「そうか、では有精卵を貰えるか?」
「・・・ユウセイランって何ですか?」
卵の説明をするが、有精卵と無精卵の区別は出来ない。雄と雌の区別も良く分からないらしい。
「では子供達を送るゆえ、適当に渡してくれ。」
「わ、わかりました?」
「うむ。それでよい。」
「鶏ってツクモも持ってきてなかった?」
「全然足りないのじゃぞ。カエル肉も食べ尽くして今は肉といえばたまに獲れる魔物の肉じゃ。」
「あ~・・・それで最近は野菜が多めになってたんだ。」
「太郎は優遇されている方じゃ。」
「気にならなかったからなぁ・・・。」
エカテリーナが太郎を特別扱いするのは当然の事で、それに気が付かなければいけないのだ。もちろん、過度に優遇すれば気が付くので、エカテリーナは解らない程度に優遇する技術もなかなか優れている。
「牛を持ってこられてもあ奴らに狙われるだろうし、わらわも守り切れん。」
「あ、あの、あの人達は一体?」
短くもない説明をファリスは熱心に聞き、一度は村の存在が危うかったことを言い難そうにしている太郎の代わりにナナハルから聞いて、のほほんと暮らしていたファリスは凄く落ち込んでいた。
それを慰める必要は無いと思っているナナハルと、頭を撫でて慰めようとした太郎がぽろっと頭を落としてしまい、たまたま見ていた旅人が騒ぎ始めて、兵士やエルフ達が出動する事態になってしまった。
騒ぎは直ぐに収まったが、今度は太郎が気を落としてしまうと、ナナハルは慰めようにも言葉が出てこなかった。
「これじゃ・・・まだ、あの頃に戻れないね。」
「そうじゃのう・・・。」
珍しくナナハルと太郎が、仲良くしょんぼりしていた。




