第297話 目的を失った者達
コルドーを目指した旅人達は、往く宛ての無い帰路の旅を続けている。帰る家もないのに帰路というのもおかしな話で、いわゆる岐路に立たされていた。
ハンハルトに住み着こうにも受け入れ先は殆ど無く、一応の旅に必要な食糧を受け取って魔王国を目指していた。逆にハンハルトへ向かった者達は、道中が厳しく、ハンハルトからの援助をほとんど受けることなく、ほぼ自力で首都を目指している。
「あの、噂にある大樹がある村へ行ってみるか?」
世界樹という名前は浸透しているが、大樹と呼ぶ者も一部に存在し、世界樹という存在が大き過ぎてその名称を呼称するに遠慮する者もいる。彼はその一部であった。
「しかし、ここからだとかなり厳しい旅になるぞ。」
魔物があちこちで出現する森を、少ない食糧で旅をしなければならない。ただし、人数だけは無駄に多く、数千人が列を組んで移動しているので、山の中を歩いていても寂しい事は無い。老人や子供が多く、移動にはかなりの苦労をし、捨てて行くわけにもいかず、鈍足ながらも多くの者が目指す事となった。
彼らの予想を大きく外したのはその魔物の数で、殆ど遭遇しなかったのだ。彼等は理由を知らないが、実はグリフォンが魔物の掃討をしていた。
それはコルドーとガーデンブルクの混成部隊が来る前の話で、作戦の実行に当たって、余計な不確定要素を減らす為に少し掃除しておいたのだ。
望外の幸運に包まれた彼等は、道中の落脱者が一割以下という、正規兵でも苦労する難事業を達成してしまったのだった。
到着した彼らを待っていた訳ではないが、最初に発見したのは兵士とエルフの混成巡回隊である。
「戦意があるのに生気を感じない不思議な者達だな。」
エルフの評価は正確ではなく、疲れ切っているのに警戒心だけは怠っていない者を見てそう評したのだ。
兵士達の見解は違った。
「この村を襲うつもりか・・・?」
その可能性が低いと分かったのは、成人以下の子供が団体で現れたからで、直ぐに隊長のカールに報告が入った。
「コルドーからの難民がこちらに向かって来るとはな。」
「どういたしますか?」
「我々に拒否権は無い。特に太郎殿が無碍にする事を許さないだろうな。」
「確認したところ4000人近いですが。」
ギョッとした。
そんな隊長の表情を見るのは珍しい。
「どうせ誰かが知らせているだろうが太郎殿に判断を仰ぐしかないな。」
「その・・・。」
何か言い難そうな部下を軽く睨む。
「どうした、遠慮しないで言ってみろ。」
「はっ。あの三姉妹が楽しそうに飛んで行きました。」
三姉妹と呼んでいるのは、マナ、うどん、もりそばの三人で、この三人が一緒に行動すると誰も止められない。あの太郎殿でも、だ。
「受け入れの準備だけは進めておけ。広場に誘導しやすいようにできるだけ食べ物も集めておくんだ。」
「了解しました。」
雨が降ったところで計画の変更はない。そこまで酷い雨が降りそうなら、あのシルヴァニードが勝手に雨雲を移動させるだろう。いつもの青空を軽く見上げながら、外からやってくる難民の代表者に該当する者を捜す事にした。
「ありがとうございます、ありがとうございます。」
感謝の言葉を受けながら、広場に用意された食糧を受け取る難民達を横目に、疲れてはいるが背筋は真っ直ぐとしている若者がいた。この難民の代表ではないが、一番立場がしっかりしている者で、魔王国男爵家の放蕩息子だ。
「助けてくれて感謝する。」
「いや、こちらこそ男爵が居て助かります。難民をまとめていただける方が欲しかったモノでね。」
貴族に対する言葉遣いは面倒なモノが有るのだが、今回のカールはあまり気にしていない。気にする必要のない部類である事は、その男が自ら男爵である事を明かさなかったからだ。放蕩息子ではあるが、貴族をひけらかして旅をしていた訳ではないらしい。
「緊急事態だからな、まさか聖女が消えてしまうなんて思いもしなかったというのがここに居るみんなの共通認識だ。コルドーに行けばなんでも叶うという不思議な感覚もあった。今考えればどうしてそんな考えに至ったのか自分自身が理解できない。」
「願いが叶う・・・?」
例え聖女が凄い能力を持っていたとしても、どんな願いでも叶えるというのとは違うはずなのに、到着して数日間のコルドーはお祭りのような賑やかさが有り、誰と話しても、どこへ行っても、歓喜に満ち溢れていた。
「取り憑かれていたといっても過言ではないかもしれない。疑うという事も無かったし、明日は今日以上に良い日になると勝手に信じ込んでいたんだ。」
カールは彼の言葉に疑問符が幾つも付く。
何故俺に、地方の村の隊長相手に話すのか・・・。
「どうした?」
「あ、いや・・・報告してくれるのは有り難いんだが・・・。」
「ただの愚痴だ、気にするな。魔王国に帰ると親がうるさいんで、自由に話せる今のうちに誰かに言いたかったことさ。」
「なるほど?」
「それに、治癒魔法師が滞在しているんだ、相当重要な場所なんだろ?」
「治癒魔法?」
男爵が示した先には、女性が三人ウロウロしている。あちこちで何かを振りまいている様子で、感激して涙を流す者までいる。
「アレはまるで聖女のようだ。」
「・・・。」
カールは驚きすぎて放心していたが、心を取り戻すと男爵に敬礼してその場を離れた。感謝の言葉よりも、アレを止めないと面倒な事になりかねない。
「太郎殿!」
慌ててやってくる隊長に、太郎はすぐに理解を示した。
「あ~、アレの事ですよね。もりそばがやる気になってて止められないんです。聖女のココロがメラメラと燃えてキタとか言ってましたし。」
「今後困った事になりますよ?」
「だからといって傷付いた者を放置するのはちょっと・・・。とにかくハンハルトを目指すか魔王国を目指すか、あの人達に確認を取ってもらえると助かります。」
それはこの村に住み着く事を拒否しているのを静かに宣言しているのだ。
「では、すぐに旅立てるように準備します。」
やって来た難民達は村をすごく気に入ってしまい、なかなか出て行こうとしない。いつでも入れる風呂と、炊き出しではあるが美味しい食事。そして、魔物に襲われない環境。彼等は既に十日ほど滞在していて、出て行く者は一割に満たない。
「なんで住んではダメなんだ?!」
「俺達にだってここに住む権利ぐらいあるだろ、魔王国領なんだろ!」
兵士達に怒鳴りつけるようになっていて、働きもしなければ、エルフを見ると喧嘩をするようにもなっていた。すでに太郎のご機嫌は斜めから、あと少しで折れそうである。
「こんな時に限ってダンダイル様は忙しくてこれないとはなあ・・・。」
カールも心が折れそうであった。
オリビアも苦言を溜息まじりに吐き出す。
「我々の方にもいちいちつっかかってくる奴が居て困る。」
「そういうのは懲らしめていいよ。」
ポチ達や子供達も勝手に畑に入ってくる不届き者達を懲らしめていて、ナナハルやツクモも、難民相手に厳しくするのに躊躇いが無くなってきていた。
「さっさと奴らを追い出したいんじゃが・・・。」
だが、若者にはそう対処しても、無抵抗の老人や子供に厳しくする訳にもいかず、旅立たせるにも護衛がいないと腰も上がらない。
「ハンハルトに向かう人達はどのくらい居るんです?」
「殆どいないかな。ルートが確保されていないから、よほどの自信が無いとあの森を突っ切るのは厳しいだろう。」
「ジェームスさん達は?」
「ああ、古い道を見付けて辿って来たとか言う奴か。だが、それにしたってあの三人だから来れたと言った方が正しい。」
「うーん・・・少ないなら瞬間移動で連れてっても良いけど・・・。」
「それはダメじゃぞ。」
ナナハルが強く反対して、カールも同意する。
「魔女の二人はポンポン使ってるんだけど。」
「あ奴らは魔女じゃから、それで良いのじゃ。便利な道具程度に思われても困るであろう?」
「確かにそうなんだけど、これ以上この村にいられてもなあ。」
「そう成れば強制的に追い出すしかないの。」
「・・・頼めます?」
太郎が視線を向けた先にはこの村の隊長が立っている。
「一応、無理ではないな。ただ、ちょっとダンダイル様と連絡が取れなくてな。」
「あー、忙しいって言ってましたもんね。」
「そうなんだ、あっちでも難民が大挙として押し寄せていて、その対処に大忙しだそうだ。」
「食糧も大量に持って行きましたもんね。」
それは難民達がこの村に来る何日も前の事で、魔女からも魔王国からも、正式に依頼されたのである。ちゃんと対価も支払っているので、問題は無いのだが、マナとうどんが大暴れしたのは間違いない。
そのおかげもあって今回の難民達の食糧もすぐに用意できたのだ。
「子供達でも、まあ、母子なら・・・受け入れても良いけど・・・。」
「それは助かる。警護にも人員が必要でな、今は足りないんだ。」
「そういえば鉱山の方は大丈夫でした?」
「ああ、あっちには鉱山から出ないように伝えてある。それでもワザとなのか分からんが、迷い込む者が居てなア。」
「レールが繋がってますし、興味本位も有りそうですよね。」
「興味でも困るんだ。一応、国家機密レベルなんだし・・・。」
鉱山の中まで観察されてはスパイとして処理せざるを得ない。
一般人であってもそういう事になってしまうのだ。
「難民は行く宛ても無く、希望も目的もない。そんな奴らを満足させる為に太郎殿は私財を投げている・・・。」
「そこまで高尚なつもりはないですけど。」
「それが周りの評価というモノじゃ。孤児院に入れて欲しいと頼む親が居るのは聞いておるか?」
頷いた太郎が困っている。
マナ達の所為にするつもりはないし、あの三人が活躍した事で、村に辿り着いた者達の中に大きな病気も無く、死者もいない。あとは素直に帰って欲しいのだが、帰る家が無いと駄々をこねられている。
一番の問題は、エルフ達と直ぐ喧嘩をする事だった。そんな奴らとは仲良くする気はない。
「とにかく、応援が来るまで待つしかない。」
カールの言葉は提案ではなく、諦めた結果の残された選択肢だった。




