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第296話 兵士の質

 コルドーに兵を派遣し、難民を受け入れ、ザイールの町はいつも以上に賑わい、許容量を超えていた。宿屋どころか道端に人が寝転がっている状態で、ガーデンブルクと戦争をした後の町が、ガーデンブルクの兵に守られて移動して来る、終わらない人々の波に疲れ果てている。


「あー、早く閣下に来てもらわないと纏まらないぞ、これ。」

「そういう愚痴は仕事をしながら言え、サボったら減給だからな!」


 上司に怒鳴られれば慌てて手を動かす。移民だろうが難民だろうが、名前が変わるだけで中身は変わらない。お金も当てもなく彷徨う人々がやっとの思いで辿り着いたのが、この町だったというだけなのだ。

 アンサンブルからは兵士と食糧が毎日やってくるのだが、食糧の質が下がり、兵士の質が下がり、それに伴って仕事を求めて冒険者がやって来ると、喧嘩や強盗は毎分どころか秒単位で発生し、兵士の手に負えなくなっていた。


「捕まえても入れる牢屋はない。牢屋に入れても与える飯が無い。だからといって野放しにすれば犯罪は繰り返される。どうすれば良いんだ・・・。」


 ボヤいていた代理司令官が過労で倒れると、兵士達にも混乱が波及し、ついに将軍が派遣される事となった。

 その将軍は一人ではなく二人で、最初の仕事は代理司令官の更迭だった。


「臨時司令部を別に設置しよう、これでは書類もまともに無いではないか。」


 猫獣人のエタ・ポック・リスミルは工運省の将軍で、補給や人員の確保の総責任者だ。可能な限り優秀な部下を連れてきたが、戦闘がメインではないので500人程度である。


「デスクは任せる。俺は無法者どもをどうにかしないとならんからなあ。ワンゴのやつもどこかに逃げているからココで手掛かりが掴めるかもしれん。」


 牛獣人で超筋肉質の将軍はニック・ゾル。彼の部下は魔王国内でも精鋭中の精鋭で、本来なら国内の治安程度で使われるような兵士ではない。しかし、今回は特別だった。それだけ困っているという事なのだ。


「あのダンダイル様なら一人でやる仕事を俺達将軍だと二人がかりだ。情けないもんだな。」

「元魔王の実力は本物だからな、それが俺達に可能なら次の魔王候補だろうよ。」

「それは遠慮したい。」


 魔王職が将軍達から敬遠されるのは既に伝統のようなモノで、やりたがる方が珍しいのだ。ドーゴルが魔王に成った時も若すぎるという声があったが、ならお前がやれと言われればどうぞどうぞと応じてしまう。


「しかし1000人で足りるか?」

「短期間で一般兵を精鋭に育てた手腕を持った奴が居てな、そいつの育てた兵士の実戦も兼ねている。優秀な男だという話だが、元冒険者らしい。」

「時代は冒険者か、俺達にとっては悲しい話だな。」

「同感だ。だがその冒険者が軍人になったのだから、俺達の時代がまた来るかもしれん。」

「期待できるのか?」

「俺はしない。」


 呆れたような笑い声が広がった。


「それで、その男は?」

「そいつは世界樹のある村に居るらしい。短期間で異例の出世だが、文句を言えない程の見事な実績だぞ。戦闘技術も俺に匹敵するかもしれん。」

「それはそれは・・・将軍になるつもりがあるのか、その男は。」

「ダンダイル様の話では、無いとの事だ。」

「なんだか、変な話だな。」

「そう、変な話だ。仮本部の設置が終わるまでの暇つぶし程度にしてくれ。」




 翌日から二人は多忙を極め、それでも統率力と能力を発揮して、ザイールの町の混乱は十日程で収まった。だが食糧不足は深刻で、一日にパンが一つ食べられればマシな方だった。何しろ老人と子供が多く、特に女性は助けてくれた兵士とどうにかして仲良くなろうとする者が現れるので、女性部隊を追加で呼び寄せる事になった。どこの国でも数の少ない女性限定の実戦部隊はその全てがザイールに派遣された。


「恋愛禁止と、女性には女性が必ず対応しろ。冒険者を雇っても構わん、女性を特に募集するんだ。」


 女性を軍側に所属させる事で少しでも問題を減らす作戦は、正直失敗であった。今度は軍部内でイチャイチャしだしてしまい、仕事が遅延する重大事件に発展したのだ。特に食糧の遅延は大問題で、その所為で沢山の兵士と大人達が三日間水しか口に出来なくなったからだ。


「徒歩で移動させるにしても近隣の村に空きは有りません。」

「それでもまとめてアンサンブルに送るしかない。護衛の部隊を編成したらすぐに出発させろ。同じ道を通るのだ、いつかは目の前に補給部隊が現れるだろ。」


 商人などが食いついてきそうなほどの商機であるのに、その商人達の殆どは空の馬車と、食べてしまって骨しか残っていない馬を抱えている。食糧を売り付けに来たのは良いのだが、気が付いたら自分も難民になっていたという報告を何度も聞いていて、焼け石に水どころか蒸発して新たな難民を作っている。


「アンサンブルにも食糧の備蓄が殆ど無いそうだ。」

「それで、どのくらい捌けた?」

「順調に6割ほど終わっている。」

「そろそろアンサンブルでも混乱が始まるな。」

「ゴルルー将軍と新任のエスト将軍・・・そういや女だったな。」

「なんだ、もう忘れたのか?」

「忘れたというより思い出すのが面倒だっただけだ。しかし女性が居るのは助かるな。ケアは任せられそうだ。」

「売り込みたがっているからな。将軍としての実績にも丁度良いだろう。」


 二人はカチカチに硬いパンをかじりながら、デスクに積まれた書類に目を通していて、仕事をしつつも食事と雑談を繰り返すほどに慣れていた。

 部下の精鋭部隊は最初の十日間の活躍で十分な経験を積み、結果には満足していたが、犯罪者の処遇については今も困っていた。


「殺人も強盗も多過ぎる。その場で斬った者を数えるのも面倒だが、だからといって軽犯罪者迄殺す訳にもいかんしな。」

「それなら牢屋の建築をハンハルトがやってくれると報告があったぞ。」

「そんな報告何処にあったんだ?」

「そこ、そこの隅の紙だ。さっきお前の部下が言っていただろう?」

「あー、あった。これか・・・マチルダ代将?誰だコイツ。」

「知らないが助けてくれるって言うんだから今は有り難く受け取っておけ、俺も助かる。」


 国王の許可を得て対応したハンハルトの代将の一人で、名前だけで女性と分かる。


「マチルダ代将って、コイツ家名は無いのか?」

「しらん。」


 無駄な事に思考を回せなくなると、対応は渇いたパンより乾燥してくる。


「まあいいか・・・資材も提供してくれるのか、なんだこのいたせりつくせりは?」

「・・・。」


 書類に目を通しつつ、ゴリゴリと音を出しながらパンを歯で砕くと、コーヒーでも酒でもなく、ただの水を口に含んでから飲み込んだ。


「もう完成してるだと?!」


 慌てて部屋を出て行くのを見送ると、そのまま翌日まで戻らなかった。






 ガーデンブルクのリバウッドでも同様の問題は発生したのだが、魔王国に比べれは被害は少なく、マチルダの出番も少ない。他の将軍達が頑張った事は大きいが、コルドーとは隣接している事も有って難民達の疲労も少なかったのが大きな理由だろう。

 

「混乱が少なくて助かりましたね。」


 いつものように執務室での休憩は、グレッグを安心させる。もう少し積極的になって欲しいマチルダにとっては歯がゆいところもあるのだが、今はこのままで良いと思っている。


「・・・またあの男に頼ってしまったわ。ま、対価は支払っているとはいえ、キンダース商会も乗っ取られそうね。」

「・・・。」

「あの男の器は広すぎるわ、どんなに注いでも次には器が広がっている。」

「あの時勝てなかったのが良かったとは思いませんけど、これほど差がつくと。」

「悔しい?」

「当然です。」

「追いつこうと思うのは諦めなさい。もしもあなたが強くなっても、あの男は必ずその上を行くわ。」

「一生勝てないと?」

「私だって勝てる気がしないのよ。でも、だからといって全てにおいて負けているとは思っていないわ。目標にするくらいなら良いけどね。」

「目標・・・。」


 勇者の証と能力を失い、それでもまだ上を目指す男には世界樹のてっぺんよりも高く感じていた。






 彼等の目の前には大量の食糧が積み上げられていて、エスト将軍の指示で各自に配給されている。彼女を運んだ者は既におらず、代わりにダンダイルが彼女の傍に立っていた。城に戻る時はダンダイルの魔法で移動するのではなく、馬車だ。


「流石ですね・・・こんな大口の魔法袋まで貸していただけるなんて。」

「異世界を創るくらいだからな・・・。」

「異世界・・・ですか?」

「まあ、それなりに高かっただろう?」

「はい。借りるだけでしたのでかなり格安ですが、必要なだけ使えればいい訳ですから。」

「道具を借りれるものなら借りたいとは思うが、本当に貸してくれるとはな。」

「交渉はやらなければ始まりません。」

「それはそうだな。」


 ダンダイルは周囲を見渡し、兵士達の統率力と稼働率を確認している。無駄が無いほど良いに決まっているが、個々の能力では纏められない事が多い。


「本当に優秀な者が集められているな、これが全体に波及すれば魔王国も安心できるんだが。」

「短期間でこれだけの精鋭部隊が作れるのなら・・・と、期待してしまいますね。」

「だが、大量の落ちこぼれも作ってしまった。能力不足で大切な兵士を首にするほど余裕はないが、役立たずはキラねばならん。本来は使えるようになるまで訓練を繰り返せばいい。しかし、それでは時間も掛かる。」


 強さが平均化していれば、対峙させる相手を選べるし、無理をさせずに予備軍とする事も出来る。部隊での兵士の能力差が有り過ぎると、強い敵と相対した時にすぐに崩れてしまう。味方を護りつつ戦うのは基本ではあるが、最初から守らなければならないような戦闘では潰走状態になってしまい指揮どころではなくなる。ならば最初から平均能力以下の兵士を連れてこないようにするとなれば、数としての戦力の低下となり、やはり勝てない。

 それを知っててやったのがカール・チャライドンである。

 能力でクラス分けをし、優秀な人材だけを集めて素早く精鋭部隊を作ってしまったのだ。9割近い兵士が落第になってしまったが、目的は達成されていた。クラス分けされた精鋭以下の兵士達はその後に選別され各部署に配属されたが、遊撃隊として魔物退治と訓練を繰り返しつつ、得意不得意を選別する面倒な作業に、カールは関わっていない。


「そのカールという男は今どこに?」

「今は太郎君の所で駐屯しとるよ。」

「もっと他に適任の部署があるのでは?」

「あるだろうが・・・彼以外にあの場所を任せられる人材はなかなかいないんでな。もちろん、最初に他の者を充てていればそうなったモノ以外にはなかなか変更しにくい。」

 

 複雑な人間関係が多い場所で、神経図太く居られるのもなかなかの逸材なのである。


「ところで、この食糧の山は・・・。」

「はい。管理していた倉庫がほぼ空でしたので、購入いたしました。本来は購入した後の管理権限は別なのですが、魔法袋を借り入れたのが私の部署になったので結局食糧も運ぶことになりました。越権行為だと思うのですが・・・。」

「この場合は仕方が無いだろう。工運省に譲渡しておらんのだろ?」

「はい。」

「兵士も大蔵省を優先して優秀な人材を送っておいたからな。」

「そうだったのですね。ありがとうございます。」

「一応・・・魔王様からの指示だったんでな、珍しくまともな事を言うから謹んで受けたんだ。」


 エスト将軍が困ったように笑ったのを見て、ダンダイルが彼女の肩を軽く叩いた。


「しかし、帰りも太郎君に送ってもらえば良かったのではないか?」

「狐と猫に睨まれたので遠慮しました。」

「私に大軍をいっぺんに移動させる魔力が有ればよかったんだが・・・・。スマンが先に帰らせてもらう。」

「トヒラ将軍の代理ですもの、仕方が無いと思いますわ。」

「またコルドーに行かねばならんのがな・・・。」


 腕を組んで天を睨むと、瞬間移動の魔法を使って姿を消した。

 暫くは見送るように空を眺めていたが、部下の報告を受けて次の命令を指示した時には、ダンダイルの事は頭から消えていた。






※追加情報



■:エタ・ポック・リスミル


 猫獣人

 899歳

 魔王国の将軍の一人


■:ニック・ゾル


 牛獣人

 ムキムキの超筋肉質

 魔王国の将軍の一人

 兵部省軍の代表

 (年齢設定は無いけどだいたい800~2500くらい)


■:リン・クー・エスト


 魔人族

 887歳

 カリバーの辞職後に就いた女性将軍

 大蔵省軍の代表

 (設定ではないけど眼鏡を クイクイ するイメージ)


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