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第288話 消えた歴史

2024 最初の投稿になります!

今年もよろしくお願いします m(_"_)m

 呆然と立ちすくす者達は、いつまでも何もない空間を見詰めている。

そんな中で、太郎は一つの疑問が頭から離れない。


「なあ・・・あの聖女達・・・何でこの時代に生き残っていないんだろうな?」


 疑問を口にした時、背筋が凍った。シルバもウンダンヌも、答えは解っているが、どう伝えるのが正しいのか、珍しく苦悩している。


「あの時、なんと言われたのですか?」


 ドーゴルは、去り際の聖女の行動を注視していた。太郎の耳元で何かを囁いていた事が気になる。その時の声が鼓膜にこびりついて離れない太郎は、生唾を飲み込んでから応じた。


(この世界を頼むわね)


「この世界を頼む・・・って言われた。」


 彼女達は今の時代に生きていない。それを知ったあの聖女は太郎に言ったのだ。召喚された時に自分以外の聖女がいない事。勇者達が集まってくる事。それだけであの聖女は知ってしまったのだ。

 

 自分が死ぬ事を。


 それがどんな辛い事か、一度死んだ太郎にも想像が出来ない。

 震えた身体が止まらなくなると、エルフィンとリファエルがタイミング悪く入ってきた。


「せ、聖女はどうしたの?」

「もういないわ。」

「え・・・いない?」


 みんなが恐怖から解放されたのに、今は太郎だけ、震えが止まらない。知ってしまった事実に、哀しみが溢れてくるのだ。

 マナとうどんが心配そうに太郎を抱きしめているが、太郎は涙を流すと止まらなくなり、震えが痙攣に変わると力を失った。崩れる身体を二人で支えると、微動だにしなくなった。


「た、太郎?!」


 マナが心配して抱き付いていると、うどんが太郎とマナを同時に抱きかかえ、寝室へと向かって行った。





「凄く弱い呼吸だけど間違いなく生きているわ。」

「ポーションを飲ませてもダメなんですか?」

「これは心の疲労よ。薬なんかじゃ治せないわ。世界樹とうどんが居ても治らないのに、私達で何かできるってモノじゃないのよ。」


 マリアとスーが信じられないほど真剣な口調で会話している。大きいベッドに寝かせただけの太郎に、マナがずっと額に自分の額を乗せていた。

 ココでもう一人可能性があるモノが居る。


「もりそば様では癒せないんですか?」


 うどんがそう呼んだことで彼女の立場は確立した。うどんが敬称を付けて呼ぶ相手は殆どいない。つまり、そういう事だ。


「聖女の力は有るけど、行使した事が無いの。回復魔法は使えるけど、聖女とは関係ないし。心の病気には何も出来ないわ。」

「心の病気なんですか?」

「そこの魔女が言ったのは半分正解。薬が無い訳でもないわ。」

「本当ですか?!」

「材料の素材に必要な物は三つ。」


 もりそばに視線が集まる。


「天使の涙、長寿木の葉、王獣の血。」

「天使の涙って、私達の?」

「あなた達は自称(笑)でしょ?」

「うぐっ・・・。」

「天使なんて種族存在しないわ。天使の涙は簡単に言うと蜂蜜の事よ。それも特濃のやつ。」

「急いでキラービーを捕まえてきます!」


 スーとポチが外へ出ていく。


「長寿木の葉って何?」

「1万年以上生きたトレントの葉の事だから、私のを使えば良いわ。」


 髪の毛を一本引き抜くと葉に変わる。


「王獣の血は?」

「地上で最も強いと言われた魔獣の血は、生命力に溢れていて、それだけで薬の素材になるわ。」

「なんだ、それくらいなら揃うわね。」

「ウンダンヌが居たら簡単に連れてこれるんだけど、あの猫何処に居るのかな?」


 村のどこかに居るのは確定しているが、最近はグリフォンの傍にいる事が多い。そのグリフォンを連れてくれば現れるので、グレッグが探しに行こうとすると、向こうから現れた。説明すると直ぐに肉球を切って数滴たらした。


「ちょっとで良いわよ。」


 回復魔法で切傷がスッと消える。


「シルバもウンダンヌも消えちゃったわね。」

「本体が気を失っていても姿は現せると思うけど、魔力の供給源だからね。」

「調合は誰がやるんです?」

「私がやるわ。」





 強い日差しが照り付ける中、砂漠のオアシスに聖女は居た。

 熱風が吹き荒れ、砂嵐によって周囲の建物は崩壊していて、聖女以外の人の姿は有っても、誰一人息をしていない。ココは数日前まで戦場だった。


「酷い悪臭ね。」

「アレねーさんはどうするの?」

「ダレとカレを連れて行くわ。ソレは、ドレとコレを連れて行って頂戴。」


 この戦いは内乱であって戦争ではなかった。聖女を中心に集まり始めた町は都市となり、国となった。アルカロス王国と名付けられたが、大きくなり過ぎても格差が生まれないようにと、聖女は身体を六つに分けて統治した。

 しかし、それが失敗だったと気が付いた時には手遅れになっていた。各地で聖女を奪うのではなく、自分達の聖女が一番であると主張し、自分達の主張を暴力によって認めさせようとしていた。

 二組に分かれた彼女達は戦場へ向かう。


「どのくらい減ったの?」

「半分以上は崩壊しちゃったわ。」

「ソレねーさんが急にいなくなって、暫く大変だったんだから。」

「確かに困ったわね。」


 苦笑いが広がる。

 彼女達の姿を人々が見る事は殆ど無く、石像などが各地に立てられ、そこに人々が集まり、崇拝されている。それぞれがそれぞれの姿をしている所為で、自分の好む聖女と好まない聖女で対立の色が濃くなってゆく。


「私達の愛した人々が私達の為に私達の所為で争うなんて、想像もしなかったわね。」

「何の為の勇者だったのかしら。」

「人の為だったのだけど。」


 二手に分けれたのは、互いの勢力を説得する為だったが、彼等は彼女の姿を知らない。知っている一部の者でも、聖女が本物であるかどうか信じる者は少ない。

 彼等は数百年以上もの間、本物を見ていないからである。


「もう火の手が上がってるわ。」

「急ぎましょう。」


 彼女達の努力は実る事が無く、徒労感だけが残った。

 更に数日が経過し、戦場では人の影が消え、焦げる臭いと血の臭いが広がってゆく。熱意を失って悲しみに包まれたていた街は、その悲しみを感じる者の姿も失っていく。

 無力さに泣いている彼女達を慰める者は存在しない。


「私達は生きている事が罪になるのかしら・・・?」

「生き残っている者だけでも助けましょう。」

「それでは私達の存在理由が・・・。」


 国の中央に位置する神殿が彼女達の・・・彼女の家であった。人々が崇拝した時は1人であり、人々が集い、勇者となって聖女を守った時には6人であった。

 その日は聖女が再降臨したと、国中で大騒ぎになったのだが、それが最悪の事態を引き起こした。


「アル様だ!アル様が再び来てくださったぞ!!」


 アル・アリエル・シックスター。

 それはデ・トルーと名乗っている6人の聖女が元に戻った時の名前である。彼等は、六人の聖女と一人の聖女が同一である事を知らない。

 それが新たな火種となる。


「やはり我々が本家本元なのだから、その他の聖女の騎士は従うべきなのだ。」

「本物かどうかわからない聖女を本家といえるのか?!」

「聖女は全て本物だが、7人目が存在していたというのか?」


 真実を知らない者。

 本物を知る者。

 双方が相手の主張を認めない為に、争いは起きる。

 殴られた者が一滴の血を流すと、殴った者は更に多くの血を吐き出す。

 神殿は血の色で染まり、正道を求めて、人が人を殺し続けた。

 愛する人々を愛する事が出来ず、人々が愛される事もなく、それが無意味な事だと知る事もなく・・・。


「生きていると争いが起こる。・・・そうか、私がこの世から消えれば・・・争いは無くなるという事なのだな・・・。」


 悲しさに涙が溢れた。

 これほど悲しい事は無い。

 世界を救う為に現れた聖女は、その世界を守る為に死なねばならないのだ。


「分かっていた事だけど・・・なんでかしら・・・寂しい。あの男に・・・鈴木太郎に会いたい。すごく・・・あいたい。」


 寂しさで涙が止まらない。

 愛される事もなく、愛する事もなく、愛の渇望に、心が飢える。

 人が誰もいないなどという日が1日と途切れた事の無かった聖女は、トレントが多く生える森に身を隠し、100日後に自らの命を封印した。

 





「ぐあああ・・・・。」

「なんか、苦しんでるんですけど!」


 スーが涙目で怒鳴った。

 必要な素材は集めたし、調合された薬は太郎の口に注ぎ込むと、すんなりと飲み込まれている。そこから既に10日も過ぎていた。太郎の身体に変化は・・・たまに有った。

 急に涙を流したり、震えだしたり、意味不明な大声を出したり。しかし、それらは10秒と続かず、治まると何時間も微動だにしない。

 不眠不休で太郎の傍で看病したのはマナともりそばとナナハルだった。ナナハルは現時点で限界を3回ぐらい超えたと笑っているが、何もせずに見ている事しか出来なかったスーは4日目に倒れている。

 うどんはあちこちをウロウロしていてたまにやって来るが、そのほとんどを太郎の子供達と過ごしている。心配する子供達を宥める事を自ら買って出た事は理解できるが、理由は解らない。マナは寝る必要のない身体なのでいつもと変わらず平然としているが、平然を装っているのではないかと、スーには感じた。

 もりそばは、時折太郎の頭に手を乗せるくらいで、特に目立った変化はなく、マナ同様に平然としていた。


「このまま目覚めない事ってあるの?」


 マナの言葉はこれまでに何回も聞いている。一日一回は口にしていて、その度にもりそばが「必ず・・・。」と応じていた。

 エカテリーナの用意した料理が何度も無駄になるのも日課となり、30食目の食事が無駄になって泣きながら片付けている。


「太郎が倒れた理由は解らんのか?」

「それはあの聖女の所為なのは分かるんだけど・・・。」

「そろそろ調合した薬の効果を教えてもらえんかの。」

「あの薬は聖女が作り出したもので、今の世界だとなんて言うのか分からないけど、当時はエリクサーと名付けていたわ。」

「エリクサーは知っておるが、作り方が全く違うのではないのか?」

「作り方なんかよりも、なんでアンタ(もりそば)が知ってるのよ?」


 マナの質問は確信を突いていた。


「なんで・・・なんでだろう?そうしなければいけないような気がしたから作ったのだけど、薬の作り方はそれ以外知らない。」

「じゃが、そのおかげて太郎は死なずに済んでいるという訳か。」

「多分ね。」

「聖女なら聖女らしく救えんのか?」


 ナナハルの言葉には苛立ちが籠る。だか、何かのキッカケになったようだ。


「そうよ、そうじゃない。なんで気が付かなかったのかなー・・・。」


 そう言うともりそばは太郎の身体に触れると吸い込まれた。


「な、何してんの!」


 今度はマナが怒鳴ると、もりそばがひょっこり頭だけ出した。

 それも太郎の腹の辺りから出ているからちょっと気持ち悪い。


「呪いの素を探してくるの、一緒に行く?」

「行く!」


 ニュッと伸びた腕をマナが掴むと、そのまま二人は腹の中へ消えた。





「なにこれ、太郎の泣き声?」

「そう聞こえるのならそう。あっちからね。」

「アンタにも聞こえるのね?」

「運命の人だもの。」

「私も聞こえるんなら運命の人よね?」

「もちろん。」

「あー、いたいた。」

「あれ、コイツは聖女?」

「うん。」

「なにも喋らないわね。」

「これが呪いの元凶。」

「呪いの・・・。」

「聖女が受けてきた様々な負の感情を、太郎が引き継いでいるの。」

「そんなことしたら死んじゃうじゃない!」

「そう、だから私が受け取りに来たの。そこには記憶も有るわ。」

「じゃあサッサとして。太郎、早くこんな所から出ましょ。」






 太郎が目を覚ますと、マナとスーの顔が目の前に現れた。驚いて目を逸らすと、そこにはポチの口がある。


「ちかいっ?!」


 ポチがペロッと太郎の頬を舐めた。愛情表現にも思うが、今までにポチがこんな事をするなんて殆ど無いから、違和感が凄い。


「ど、どうしたの・・・?」


 状況を理解するまでには10分以上必要だった。マナともりそばの説明を聞いている間にうどんがやって来て、フーリンとダンダイルまでやってきた。嬉しそうな笑顔と、ほっとして胸をなでおろすダンダイルとフーリン。


「十日も寝てたのか、なんか身体がだるいんだよなあ・・・。」

「それはエリクサーの後遺症かも。」

「後遺症が有るんだ?」

「知らなかったから昔の材料で作ったからね。」


 高濃度の蜂蜜で作れるエリクサーは後遺症がなく安全で、もりそばが作ったのは瀕死の人でも回復こそするが、暫く疲労感が抜けなくなる。太郎だからだるい程度で済んでいるのかもしれない。


「ドーゴルから聞いていたが、太郎君が目を覚ましてくれて本当に助かる。」

「ご心配おかけしました。」

「心配もそうだけど、この村をまとめられるのは太郎君しかいないから。」

「そんな・・・俺じゃなくても。」

「私は太郎じゃないとダメだからね!」


 マナが抱き付いてくる。あの時の事を思いだすくらいの涙を流して。さっきまで冷静に説明していたのとまるで違う。


「マナ様は寝なくていいからずっと太郎さんの傍にいたんですよー。」

「そっか。」


 頭を撫でるとニコニコしている。本当に嬉しそうなのだが、見られている事が少し恥ずかしい。


「で、もりそばの姿が変わってるのはなんで?」


 周りの人達も気が付かなかったのか、驚いてもりそばを見詰めている。あの聖女と同じ顔と姿をしている。


「記憶を取り戻したのよ。今の私は、アル・アリエル・シックスターと同じ。太郎の中に記憶を残していったのがあの聖女で、記憶を取り戻した私は封印されていた力を解放する事が出来たの。」

「あるあり・・・?じゃあ、また勇者が集まっちゃうの?」

「それは大丈夫。サキュバスの力もないわ。」

「制御できるって事?」

「自分の力の一部を封印できるから、問題ないわ。」


 マナをナデナデしながら、別の話をしている。少し不満な顔をするが今は仕方がないから勘弁して。


「私が聖女の力を持っていた理由も謎も解ったけど、今の時代に私の力は不要なのも解ったから。」

「本体はトレントのままでしょ?」

「そう。」


 いつまでも二人で会話していて、会話に入りたいのではなく、別の話をしたい者達が困っているのを肌で感じた太郎は、苦笑いをしながら言った。


「済みませんがマナ以外出てもらってもいいですか。」

「わらわもか?」

「悪いけど頼むよ。」


 突然の申し出に困惑しながらも、集まった者達が部屋を出ていく。うどんがもりそばを連れて出ていくが、もりそばは残りたそうにしていた。

 静かになって数秒後。

 太郎はまた震え出した。


「無理に我慢してたでしょ!」

「うん。心配させ過ぎたみたいだからね。」

「さっきから気が付いてたのに無理しようとするから。」


 それで不満顔だったマナである。


「一応、確認だけはしておかないと俺も安心できなかったから。」

「太郎の感情と聖女の感情が混ざってて、私まで怖くなってきたのよ。」

「俺さ、寝ている間に夢を見てたんだ。」


 恐ろしい夢だった。

 自分の為に人々が傷付き倒れていく。

 それを止める事も出来ず、事態は悪化していく。

 助けに入ろうとしても身体はすり抜け、魔法も使えず、見る事しか出来ない。


「怖かった。みんなの感情が無理矢理入ってくるんだ。」


 涙が流れる。

 感情が漏れるとマナも泣きだした。


「私が受け止めてあげるから。」


 見るモノすべてが壊れ、川は赤く染まり、人が流れる。

 真っ黒い雲が空を覆い、真白い雪が世界を一色に変えた・・・。


「世界が終わったと思った。いや、実際に終わったんだと思う。」


 世界は嵐に包まれ、何年も止む事の無い暴風が全てを吹き飛ばす。


「その後には何も残らなかった。残れなかったんだ。そう思った時、小さな光が見えて、何かが動き出すのが見えて・・・。」


 悲しみを超える何かを見付けた時、小さな喜びが爆発した。

 悲しみの涙と、喜びの涙は違う。

 しかし、身体の震えは止まらない。

 誰にも見せたくない姿でも、マナには見せられる。

 今はマナに甘えたかった。

 ただ、ひたすらに。

 抱きしめ続けた。






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