第287話 6人の聖女
今年最後の更新です!
良いお年を!
魔王の宿泊する部屋をどこにするのか・・・と、悩んでいたら兵舎に向かって行った。特に高待遇されるような事は何もしていない。そう言って狭いベッドで寝る事にしたらしいのだが、思った以上のフカフカなベッドに、一般兵の方が待遇が良い環境に、赴任地として人気がある理由の一つを体験した。
太郎の方はというと、遠くの空に光が射し込む寸前まで搾り取られていて、昼間こそ解放されたが、陽が沈むと寝室に連れ込まれ、その行為は三日続いた。
「お疲れ様です。」
「ん、ああ・・・ありがと。」
濃いめの珈琲を淹れてくれたのはエカテリーナで、現時点ではその珈琲も貴重品だ。何しろ嗜好品の殆どは失われていて、太郎の家の地下に有るだけなのだ。
ただ、それほど不安にはなっていない。買い物に行く暇がない訳ではないし、瞬間移動で買いに行けばいい。。お金に困っていないというのは強みだ。
「我々で入手しますので、お気遣いなく。」
魔王に直接言われたので、彼らの部下は何も言うことが無い。そもそもの食糧は鉱山内部にも有るのでまだ十分な量が保管してあるそうだ。
「お疲れですね?」
ムギュッとされると癒し効果が凄い。
やはりうどんだ。
マナも良いけど、癒し効果はうどんが上だ。
なんでエカテリーナまでくっ付いてくるの・・・嬉しいけど。
「お風呂は?」
「・・・そうだね、そうしよっか。」
誰が言ったのか分からないが、太郎は腕を引っ張られて風呂場に。
お前か・・・勘弁してほしいな。
「絞れば絞った分だけ出るのじゃから、とんでもない男よの。」
「その太郎さんがあんなに疲れてるってとんでもないですねー。」
「わたしたちもいこっ。」
流石に風呂場では絞られなかったが、子供達まで集まって来たので大変な事になったが、マリアが来てくれたので、お湯を任せた。みんなに身体を洗われて、本当ならすごい光景なのに、半分寝ている太郎は無反応だった。
「落ち着いたかしら~?」
「まーね。」
「あれだけの女性に囲まれても平然とするのね。」
「太郎じゃからの。」
「あ~・・・いつもならこんなに疲れるコト無いんだけどなあ。」
どれだけ絞り出したんだあのサキュバス。
「とーっても美味しかったわよ。」ウフフ
「どういたしまして。」ゲッソリ
「朝風呂とは贅沢ですね。」
「え?えぇ・・・ドーゴルさんも入ったので?」
「皆さんの後に・・・ですけど。城だと落ち着かないので助かります。」
城の風呂は魔王専用らしく、無駄に広い割に、お湯は少ないらしい。温度も低めだ。ここの村では体が温まるほど温度が高くとても気持ち良いのだ。
「私のお湯でもいいモノでしょ~?」
「水質がだいぶ向上してるみたいだね。」
「太郎ちゃんほどじゃないけどね~。」
魔女二人と聖女二人が揃うと、ぞろぞろと人が集まる。オリビアとエルフィンはエルフ達の所に居て、リファエルはミカエル達とどこかに行っている。天使はココの住人ではないので普段はいないのが普通だ。魔王が席に着いた事で空気が変わった気がする。
「じゃあ、はじめるわね~。」
最初は魔法陣について。魔女二人から詳しい説明も有ったが、太郎には理解できず、ドーゴルはメモをとっているようだ。
「・・・時間を合わせる必要は無いから、聖女の・・・あら、元の姿に戻ったの?」
「おかげさまで、たった今。ね。」
聖女らしい清楚さが見えるが、あの激しいのはもう勘弁してほしいぞ。ちょっと変な目で見ないでくれるかな。
「召喚した魔法陣と同じモノが用意できればココでも可能だけど、作れるの~?」
「無理ね。」
マチルダではなくソレが答えた。
「あの地下に封印されている訳じゃないから、行こうと思えば行けるわよ。」
「戦闘にならない?」
「なる前に逃げるのよ。」
「・・・瞬間移動でいける?」
なにも無い空間に視線を向けると、シュルシュルッと小さなつむじ風が発生した。
「私一人なら可能ですが、扉が多くて他人を運ぶのは無理です。魔法陣を映してココで再現しますか?」
「映す?」
「はい。ウンダンヌがいるので、魔法陣として機能するかは分かりませんが映し鏡のように出せます。」
有能すぎる。
「大きさで言うとどのくらいになるの?」
「え~っと・・・ちょっとテーブルどけてもらっても?」
ソレに言われて席を立ち、テーブルを退けて空間を作る。
「こんなんで足りる?魔法陣ってどのくらいの大きさが適正なのか知らないけど。」
「大きさよりも書き込まれている魔法言語の内容の方が重要だから。」
「そりゃそーか。なるほど。」
ぷるぷるっと現れたウンダンヌが薄く引き伸ばした水面を作ると、床に張り付けた。そこからうっすらと現れたのは魔法陣のようなモノだ。
「これ?」
「これ。でも、似てるけど何か変ね?」
「ああ、大きさは問題ない?鏡映しだから反転してるんじゃないの?」
太郎が床に張り付けた水を持ち上げてひっくり返す。
・・・結果は同じだ。
「文字や魔法陣の大きさは書き込めるかどうかだら、正確なら問題ないわ。それより、いま、さらっととんでもない事をしたのだけど、どうしてこの水を掴んでも壊れないの?魔力で作った水鏡に・・・。」
魔女二人が驚いているが、出来てしまったものは仕方がない。
「・・・太郎は、ナンデ裏返したの?」
「裏から見たらいいのかと思って・・・いや、鏡なんだから当たり前だよね。ナンデモナイ。」
太郎が落ち込んでいるとマナになでなでされた。マナも同じ発想をしたけど壊れると思って掴まなかったそうだ。これそんなに簡単に壊れるモノなの?
「魔力コーティングして水を引き延ばしただけのモノよ~。」
「それで、なんで魔法陣が見えるの?」
「しらないわ~。」
マリアの目が怖い。
あ、成程。
どうやったら自分でも可能なのか調べているのか。
「私が水で線を引いただけぇ。」
なるほど、ウンダンヌの能力か。
「太郎様、反転はしていますが効果はあるようです。・・・発動しますか?」
「え・・・発動したら召喚しちゃうんじゃないの?」
「分かりません。」
「じゃ、ヤメテ。」
「ごっめーん・・・止められなくなっちゃった。」テヘッ
太郎が慌ててその水鏡を叩くと、粉々に砕け散った。
・・・だが遅かった。
周囲は魔法陣が有った場所から放たれる光に包まれ、爆発的に広がった。それは外で作業をする者達にも見え、見えた光に包まれた。
その光が消えるのにたっぷり1分ほど経過した頃だろうか?
太郎が見た光景は、ソレと顔がそっくりな女性が5人。
背丈は違うようだが、揃いも揃って一糸纏わぬ姿で現れた。
「・・・呼び出したのは誰?」
凄く不機嫌な声が、太郎達の鼓膜を叩いた。
「ここどこなの?」
「知らないわ。でも、化け物が居るわね。」
「ほんとだ~。」
「あれ?ソレねーさんがいる。」
「ドレ?」
「あーあ、揃っちゃったわね。」
彼女達は何の話をしているのだろうか?
あの魔女が怯えて震え、その場にへたり込んでいる。他の者達も同様で、立っているのは太郎とマナとうどんともりそばだ。シルヴァニードとウンダンヌは太郎の陰に隠れて覗き込こんでいる。
外で作業をしていた者達にも影響は出ていて、疲れたかようにその場に座ったり、しゃがんだりしているが、太郎達には見えないのでどうなっているのか分からない。
驚いたり怯えたりしないで疲労感が優先したのは、空から大量の天使達が降りて来て、彼らを介抱したからだろう。エルフィンとリファエルが物凄く恐ろしいモノを見たかのように怯えながらも、光の発生源である太郎の家に視線を向けていた。
「どうするの。揃ったら一つになるの?」
「一つになったら遊べないじゃん。」
「契約者次第だけど・・・私達となんの契約をしたいの?」
「け・・・い・・・やく?」
「私を最初に呼び出した奴は契約しなかったわ。」
「ソレねーさん、また食べちゃったの?」
「ココに勇者が居るの?」
「たくさんいたけど、今はどっかに行っちゃってるわ。」
「へー・・・たくさん食べたってズルい。」
「それで、その契約者は?」
「さぁ?」
「そんないい加減な・・・。サキュバスなのに。」
「皆で契約したらいいじゃないの。」
「そう。そうね。そうする?」
この人達はみんな全裸なのに気にしないのか?
いや、一人は服を着ているけども、そういう事じゃない。
「あら、ソレはなんで服を着ているの?」
「ココの人達が着ていないと怒るのよ。」
「怒られるって・・・その程度で服を?」
「あいつ凄いのよ、魔力が。」
6人の美女に視線を向けられる。
「お・・・おれ?」
関係のないジェームスとグレッグとマギはその場に居るだけで気絶し、フレアリスはかろうじて耐えている。ナナハルは立ったまま気絶した子供を守るように立っているが、目はぐるぐる回り続けていて、指先一つで突いたら倒れそうだ。
スーとエカテリーナは抱き合ってポチに重なって倒れている。
ポチ?
どっちの所為で気絶したんだろう?
膝をガクガクさせながらも、どうにか声を発したのはドーゴルである。
「た、太郎君・・・なんとかなりそうかな?」
「さ、さあ・・・?」
「ホントに凄いわね・・・私達必要?」
「というか、そこに聖女がいるのはなんでかしら?」
「世界征服でも企む組織か何かなの?」
世界征服を企んでいるように見えるの・・・。
「よ、呼び出したのは偶然・・・だよね?」
「そうだと思います。」
「多分ね。」
マナが口を挟まず、うどんももりそばも静かに見つめていて、太郎の相談相手はシルバかウンダンヌである。ドーゴルはプルプルして膝をついていて、生まれたての小鹿状態だ。
「何を言ってるの?あなたの魔力だだ洩れすぎて魔法陣が強く反応してるのよ。帰り道を示す文字すら書かないで無茶苦茶な事をしてくれたわね。」
「これ、帰り道ないの・・・?」
「ないわ。まあ、私達の力で帰れるけど。」
それは知りたかったことだ!
「自力で帰れるんなら、帰ってもらえると助かるんだけど。」
「呼び出しておいて帰れって酷くない?」
「呼び出したのは本意ではなかったけど、聖女一人で帰れる保証はなかったから、帰れる保証が有るんなら彼女を連れて帰って欲しい。」
5人は顔を見合わせている。
元からこの世界に居る聖女は、一人で帰れる保証はなかった。ただし、6人になれば帰れるという事だ。
「ひとつ、ちょっと確認したいんだけど。」
「なに?」
「6人全員聖女なの?」
「当り前じゃない、私達は6人でひとつなんだから。」
「6人でひとつ?」
「6姉妹だけど6人に分裂してるだけだから。見た目は変えてるけど分裂した順番みたいなものだし。」
理解は出来るが分裂した意味は分からない。
その理由を詳しく聞く意味も無さそうなので、帰ってもらう事に・・・してくれるかな?
「用が無いなら帰るわ。5人になった所為で少し困ってたし、今なら元の力も出せるしね。」
「それはとても助かる。この時代にあなた達が居て良い筈も無いから。」
「元の世界・・・というか、ココは未来なの?過去な・・・ワケないか。」
リファエルが母親だと言っていたのだから、彼女達は過去の世界から来ているのは間違いない。ただ、これほど恐ろしい能力を持った聖女が今の時代に生きていないという事は・・・。
「早く戻って解決しないと困る事が有るのよ、行きましょ。」
「やっぱり、私が居なかった所為で?」
「そうよ。」
「アルカロス王国は大丈夫なの?!」
怯えていても魔女のマリアはしっかり聞いていた。アルカロス王国と言えば、一番古い書物の中でもすでに聖地と呼ばれる土地だ。彼女達は一体・・・?
マリアにとって知的好奇心は生きる糧であり、今でも本を読むのを好む。そして、古い書物ほど彼女にとって好物であり、アルカロス王国は最初にこの世界に誕生した統治国家という、歴史的にも貴重で興味をそそる名称だった。
「危ないわね。」
「早く戻りましょう。」
「そう・・・少しだけ時間を貰ってもいい?」
「なるべく簡潔に頼むわね。」
許可を得た一人がこちらに寄ってくる。
もちろん聖女ソレだ。
「ねえ、鈴木太郎君。」
突然、名を呼ばれた事に動揺して返事が出来なかった。だが怒りもせず、笑顔を向けてきた。とてもやさしい笑顔は、その場にいるものすべての心を落ち着かせた。まるで世界樹の波動のように。
「結局アナタに助けられたという事実は変わらない。だから、お礼だけは言うわ。」
そう言って頬にキスをする。
驚きすぎて太郎は何も出来ない。
そんな太郎に一言を残すと、現れた時と比べるとあまりにもあっけなく、まるで転移したかのように存在を忽然と消した。
そこには何も残らない。
彼女達が存在した一瞬ですら、まるで幻だったかのように。




