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番外 加護と特殊技能

「俺が何の言語でも理解できるって加護によるものなんですよね?」


 ある日の午後に太郎の疑問は投げられた。それを受けたのはダンダイルである。その日は軍人相手に剣術の練習をしていて、スーとフーリンは店の仕事をしている。マナが出歩くのはあまりお勧めできないという事でポチと留守番だ。

 広くもない部屋は4人用のテーブルと椅子が4脚あるだけで、窓も無ければ調度品もない。作戦会議室と名付けられていて、無駄なモノは一切置かないのだ。

 その部屋でスーが迎えに来るという約束で来るのを待っている。ただ待っているのも暇なので会話をしている。ただそれだけの事だった。


「加護のある者は珍しいが・・・それほど特別なモノでもないからな。」

「そうなんですか?」

「太郎君の場合は言語の加護だが、これは獣人の子供に多い。まあ多いと言っても数万人に1人ぐらいだが。」


 その割合を調べた人は何年かかったんだろう。という疑問は投げなかった。


「加護って他にも有るんですか?」

「無論有る。他に多いのは火の加護だが、これはちょっとした種族差があって鱗を持つ種族には多く現れているようだ。ただ、我慢強いって言うだけの者もいるのでその差が分かり難いというのもある。」


 心頭滅却すれば―――ってことかな。


「水中で無制限に呼吸可能な加護も有るが、普人にはほぼ存在しない。魚人の殆どはそういう存在だが・・・当たり前と言えばそうなるな。」

「加護というより特殊技能みたいですね。」

「ふむ。確かにそう言う者もおる。技術として訓練すれば誰にでも得られると。ただし説明のつかない能力も有ってな、産まれた時からいかなる魔法も受け付けない魔法無効の加護を持つ者なんかは種族差がない代わりに出現も極僅かだ。」

「魔法を受け付けないというと回復魔法なんかも無効化してしまうんですか?」

「良く気が付いたな。その通りでマナが影響するもの全てを無効化してしまう。魔道具なんかも使えなくなってしまう場合があるので不便な時もあるようだ。」

「全部で何種類ぐらいあるとかは解っているんですか?」

「その全てはまだ解っていない。調べる者もおらんのでな。それに解ったところで特に意味もない。以前にフーリン様が加護について調べていると言った事が有ったが・・・あまりの例の少なさに飽きたようだし。」


 飽きちゃったんだ。


「加護が無くてもフーリン様は火にかなりの耐性があるし、水の中も長時間潜っていられるらしいし、魔法についても上級魔導士に匹敵するくらいだし。」

「武術関係の加護ってあるんですか?」

「・・・さて、どうだろうか。確かに異様に成長が早くて達人になってしまう者がいる一方、いくら訓練を積んでもまるでダメな奴もいる。・・・勇者も加護持ちのような存在だしな。」


 そう言って考え込んでしまった。勇者といえば殺しても死なないという意味不明な存在で、いまだに解明されていない謎が多くある。昨日まで普通の農民が次の日には勇者になってしまうのだから、加護に該当すると言われればそれ以外にない。


「加護とは便利な言葉だな。」

「努力した結果なのか、天から授かったモノなのか・・・。人は才能を持つ者を羨ましく思う一方、自分に無い才能を持つ者をなかなか認めない事も有りますから。」

「なかなか達観した考えだな。若いと思ったが苦労しているようだ。」

「見た目は若くなりましたがもうすぐ40歳ですし。」

「・・・普人で40と言えばそろそろ引退を考える年齢だと思うが?」

「神様に若くして貰ったんですよ。死んでいた時も有りましたから。」


 ダンダイルの目が大きく開いた。


「そうか。世界樹様の傍に居る普人など普通ではないと思っていたが、そういう事情があるのか。スズキタ一族というのは聞いていたが・・・という事は、神様と面識があるのだな?」

「有ります。」

「近年、という程でもないが、コルドー神教国という宗教国があるのを知っているかね?」

「一応、近隣諸国の事は名前だけ知っています。」

「その国は神の教えを説くだけでなく、神に信奉する事で加護を持ち、人々を困窮から救い、人としての生き方を正しくすると・・・くだらない事を掲げている。」

「個人的見解で言えば宗教なんて人々をまとめる為の道理ではなく道具だと思っています。」

「ほぉ・・・。」

「俺はこの世界に来るのに神様に会いましたので、その考えは正しいと確信する事が出来ました。なにしろ、神様が困っているのにどうやって人々を助けるのか。」

「困っている?」

「困っているからマナに託したんじゃないですか。」

「・・・世界樹様は神の使いか。そうだな。だが世界樹様はどんなに凄くても神ではない。神に近いわけでもなく、神としての能力もない。」

「・・・神様は凄い能力がありそうでしたけど、俺が知っている神様らしい能力と言えば俺が生き返った事ですかね?」

「ひょっとして今死んでも生き返るのかね?」

「神様が俺をちゃんと監視していればすぐに生き返るかもしれませんが・・・生き返るまでに50年かかったそうです。たまに監視するのを忘れるそうですから。」

「寿命で死んだ場合は?」

「・・・フツーに死ぬんじゃないですかね?」

「それって神の加護がかかっているわけではないのか?」

「どう・・・なんですかね。マナなら何か知っているかもしれません。」

「世界樹様か・・・それにしてもそれほど仲の良い相手がいるとは思わなかった。」

「?」

「見た目は普人というよりスズキタ一族の少女の姿をしているが、当時の世界樹様はドラゴンだって怯えさせるほどの凄い能力があった。その力を無暗に行使すれば世界が滅ぶほどのな。」

「今でも凄いと思います。」

「うむ。残念な事に全盛期の力は微塵も感じられない。ドラゴン程の力も必要ないままに焼き尽くされる危険もある。」

「こっそり活動してマナにとっていい場所を探してあげたいんですけど・・・。」

「太郎君にはまだその力が欠けている。そこそこの強さは有るし、ワンゴと戦った実績もある。軍人相手でも・・・まぁ、近年の魔王軍は平均的強さが下がっていて問題になっているとはいえ、戦うのが専門の職業軍人相手にだって勝つのだから、自分の身を守るには十分だろう。」

「俺は強くなれるんですかね?」


 真剣な眼差に誠意をもって応じる。


「種族差というモノは聞いているだろうが、現実的に言うと強さの上限はまちまちだ。太郎君が今以上の強さを求めるのなら己の限界という常識の枷を外すところからだ。今言った事を否定するようになるが、何故強くなれたのか本当のところを理解している者は少ない。スズキタ一族は剣術に優れた者は少ないが魔術は優れていた者が多いから、太郎君がより上の強さを目指すのなら魔法を極めることになるだろう。」


 一度視線を外し、部屋の壁にシミが有るの気が付くがそれについて指摘はしない。


「太郎君はもっとたくさんの魔物と戦う事で剣術や魔術よりも実戦における戦闘技術を覚えることも必要だ。戦いの勘は戦いの中でしか得られない。勝つ為に戦うのか、生きる為に戦うのか、戦い方はその時その時で違う。生き残りさえすれば次の戦いの為の経験となる。それは百戦錬磨の戦士が全戦全敗でもだ。」


 流石に極端な気がしたが、負けて学ぶことも多い。だからこそ生き残るための術を身に付けろって事だろう。


「・・・殺された経験を持つのは勇者だけかと思っていたが、太郎君が今後も何度も生き返る事が可能なら別の鍛え方が有るが・・・試しに殺すわけにもいかんしな。」

「流石にそれは試したくないですね。」

「うむ。」

「俺に代わる者がいないから生き返らせてくれたと思っていますが、今はそれだけじゃないような気もします。」

「どうしてそう思うのかね?」

「この世界は俺より強い者が多く居ます。マナを守るのに十分な力を持った者が。だから俺が生き返ったのは、神様が悲しむマナを見て申し訳なく思ったからじゃないですかね。」

「そういう発想が出来るのは太郎君だけだな。神様という存在は知っていても、実際に会った事が無い者にとっては特にな。まぁ・・・会った事が有るという者がいてもそれを信じる者がいないだろうがな。」


 神々という言葉は有るが、この世界を監視している神は一人だけで、それ以外の存在は神のように感じるというだけで神とは全く関係がない。神が意図して創った存在はマナの木の他にも少数いるようだが、それはマナも太郎も知らないし、創られた側も知らない事だった。


「神などという存在に頼る事なく生きられるようにならないとなぁ。」

「太郎君は神様を知っているのにまるで知らないような言い方をしなくても。」

「神様が万能でも全知全能でもないという時点で、神という名前の人なんじゃないかと・・・思いたいところですが生き返ってるし・・・微妙なところです。」

「元々神を信じていなかったのか。」

「えぇ、全く。」


 ダンダイルはこの時、その日一番の大笑いをした。無神論者が神に助けられたという事実が笑いを誘ったのである。皮肉が挽肉になって調理されたような、意地の悪い笑いであったのだが。

 雑談が雑談らしく終りを見せた時、グッドタイミングでスーがやって来た。スーはダンダイルを見ると今でも緊張した表情になる。恐い物は怖いのだ。そう簡単に変わったりはしない。丁寧な挨拶をして、太郎の剣術について模擬戦闘の話をする。兵士達に圧倒して勝ってしまった事はスーの表情をより複雑にする。スーは太郎よりも強い。ワンゴはスーよりも強い。ダンダイルは純粋な剣術だけでもかなり強い。


「それだけ強くなっても太郎さんのはまだ、ごっこ遊びなんですよねー。」


 とのキツイ一言。その理由は解っている。俺は殺された経験は有っても殺した経験はない。殺してしまう事に躊躇いや戸惑いが有るのは当たり前の事だ。だが、そういう世界じゃない。


「人殺しなんて必要な時が来ない事を祈りますよ。」

「無理ですねー。」

「そんなバッサリ言わなくても。」

「スーの言う通りだ。相手を傷付ける事に異常なほど臆病なのは優しさではないぞ。」

「・・・。」

「今は訓練だからたくさん悩むといい。それが成長に繋がるだろう。」

「はい。今日はありがとうございました。」

「明日は私が相手する。」


 衝撃的な言葉を残してダンダイルは部屋を出た。外見はとても強そうに見えないインテリ系のおじさんなのだが、威圧だけでスーもポチも怯えるくらいなのだから、明日の訓練はどうなってしまうんだろう・・・。


 立ち去る背中を見送って、姿が見えなくなってからフーリンの家に帰る。軍事施設なので通路には普通に兵士がいるのだが、スーは気にせずペタペタとくっ付いてくる。許可を得ている商人などが通る裏の通用口から外に出ると、綺麗な夕焼けが見える。住む世界は変わっても夕焼けが綺麗なのは変わらない。それを見ているとこの世界に来た事を後悔しているわけではないが戻れない故郷に哀愁を覚える。

 立ち止まって見詰めていると心配そうに覗き込んでくる。猫耳がぴくぴく動くのを見ると、俺は現実に戻る。俺の現実は剣と魔法の世界。建造物は中世の異国に似た印象は有るが、魔物が歩き回り、人と魔物が殺し合う日常。戦闘に役立つような加護はなく、戦闘能力ゼロから始まった俺は強くなるためにこれからも訓練する。


 ある日突然特別な力に目覚めて俺つえーなんて妄想ゆめでしかなかったのだから・・・。






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