第278話 エンジェルストーム
勢揃いした土地では、次の作戦準備が進められていた。天使達による先行偵察の報告を待って周辺の情報を得る為・・・だったのだが、予定が少し変わった。
「身体デカ過ぎだって。」
「そう言われてもこれが本来の姿だし。」
グリフォンが手を貸してくれたことで移動に魔力を必要としなくなったのは良い事なのだが、目立ち過ぎるのでかなりの高高度を飛行する事となった。天使達の先行隊にも付いていこうとするので太郎が止めているところである。
「よしよし、どうどう。」
「ぐぬぬ・・・。」
笑いながら眺めている者と、空を見詰める者が半々。
先行偵察隊がそろそろ戻ってくる頃らしい。
「来たわね。」
「なんで見えるんだよ、どこどこ?」
もの凄い勢いで降下して来ると、ミカエルの目の前でフワッと止まる。
三人の天使のうち、一人はオトロエルで、報告相手のミカエルの横には太郎とナナハルもいる。
「浮いている様子はありませんでしたが、かなり良い目を持っているようです。」
「あれほど気を付けろと言っただろ、好きな者の前で恰好を付けたいのは解るが、失敗した方が問題だぞ。」
「う・・・す、すみません。」
ミカエルの前では形無しである。
「それ以前にバレている様子でした。最初からこちらをずっと見ているようなねばりつく視線が有りましたので。」
「我の所為じゃないぞ?」
「分かっている。グリフォンの魔力を探られないようにダミーも用意してもらっている。」
因みにダミー役になったのはフーリンさんだった。そのくらいしか手伝えないと凄く残念そうだったのが印象的だ。
「フーリンにミスがあるとは思えないなら、元々知っていたって事?」
「そうなるわね。」
「あれだけの後だから警戒しない方が可笑しい。」
リファエルの肩に座って肩車状態の聖女がブツブツとぼやく。
「魔力さえ完全に回復すれば勇者達を突撃させても良かったのに。」
「それはダメ。」
太郎は一蹴した。
勇者達は殆どが一般人で、聖女の魔力につられてやってきただけである。勇者でなければほとんど役に立たず、勇者と聖女の魔力の所為で強化されただけなのだ。死んでもどこかで復活する能力を使えば無制限に戦えるが、それは聖女の魔力に高負荷を掛ける事となる。現在でも魔力が回復しきっていないので回復役としても役に立たないくらいだ。それでも聖女はあの村に置いていくワケにはいかないので、絶対に連れて行く候補として最初に決まった曰く付きのメンバーである。
因みに、あの勇者達は放置してきたが、勝手に付いて来る事になるらしい。今頃必死で追いかけているんだろう。
・・・いいのか、それで。
「我々には頂いた新品の装備が有るのだ、あまり恥をかかせないでくれ。」
村を出発前にミカエルの装備も他の天使達と同じ装備を貰っている。
太郎が身に着けようとしていた真白い装備をあまりにも羨ましく見るのだから、試してみることにした。ミカエルは持つ事が出来ず、リファエルは持つ事は出来たがフラフラになった。そして、何故か聖女が平然と振り回している。
危ないので取り上げたが。
「なんで持ってて平気なんだ・・・?」
「しらなーい。」
神様に太郎専用だと言われた記憶がある。何か特別な条件が太郎と重なって持つ事ができるのだろうか?
考えていると一つ気になる事がある。
「年齢は?」
「年齢?何か関係あるの?」
この聖女って長生きしているミカエルよりも母親の、リファエルよりも年上なのだから、もしかしてトレントよりも年上なのか?
「さあ?・・・まあ、何歳か知らないけど一万年くらい?」
「そんな若い筈が・・・。」
「そうなると、過去から召喚されたって事になるんだけど。」
「カコ?」
「聖女ってどこから召喚されたんだろうね?」
「この世界のどこかで封印されていたのを呼び出したと思っていました・・・。」
「今の時代に存在していないって事なら、いつか死ぬって事だよね?」
「当り前じゃない、私だって生きてるんだからいつか寿命が来るわよ。」
この世界の寿命って何だろうな?
そんな会話を少しだけ思い出して今の問題に向き直す。
偵察隊によれば警戒は厳重、近付こうとする前に発見されたため、殆ど何も分からなかったとの事。
「ドラゴンですら撃ち落とす攻撃を受けたくはないです。」
「かといって避けるほど余裕がある距離を保っていては近付けないしな。」
「あの森は地下に幾つか洞窟が有るからそこから行けば?」
「そんな物が存在するのか?」
「ウン。」
告りと頷くグリフォンの提案はもっと早くほしかったところだが、今はそれを責めても仕方がない。複雑な洞窟でなく、魔物も存在していないのなら利用したい。
「地中蜘蛛が沢山いる。」
「そのくらいなら良いか。」
天使達の脅威ではないらしい。
「で、どこまで繋がってるんだ?」
「我が居た辺りに穴がいっぱいあるぞ。魔力が流れてくるから居心地が良かったんだ。」
「魔力が?」
「魔石が沢山眠っているってことじゃないですかね?」
「それだと奴らに取られてしまうな・・・それは拙い。供給されるとまた動き出すかもしれん。」
ミカエルは直ぐに決断し、天使達をグループ分けして、地上班と洞窟班に分け、今度はミカエルも行くという。
「私は地上からもう一度偵察する。」
「飛ばないの?」
「高高度がダメなら低空しかあるまい。」
直ぐに実行され、太郎達は再び待つ事になった。
「これさ、俺が行った方が早くないか・・・?」
太郎のボヤキはマナのナデナデで打ち消された。
そのゴリテアでは、天使の発見によって多少混乱していた。
「天使が直接来るって、あの村の戦力ってどうなっているんだ?」
「天使って誰の味方でもないという噂だったが・・・。」
魔力の供給と、まだまだ不明なところが多いゴリテアの研究は最優先なのだが、最低限の稼働が可能で先走りしてしまった事が、今は後悔の種となっている。天使達が現れたという報告と、もう一つの発見を報告する為にワーグ・ジモスキーは執務室に向かっている。もともと研究員だったのだが、今は秘書に近い仕事を与えられているのは、このゴリテア内に文官が少ないからである。
「魔石の補給が地下から可能だったのは、良い場所だったな。」
「はい。この土地に眠っていた理由もうなずけます。」
コルドー5世の機嫌は少しだけ良くなっていて、今は美女達との休憩を終わらせた後での報告だったため、小さな事でも大きく喜べた。
「このまま補給して何日後に再浮上可能かを直ぐに調べろ。」
「承知いたしました。・・・それともう一つ報告があります。」
言葉ではなく顎でうながす。
「天使達がゴリテアに接近しているようです。」
「天使か・・・、確か封印を解かれて連れていかれたのも天使だったな。」
「リファエルという聖天使です。封印されていたとはいえ生きていたとは思いませんでしたが。」
「世界を半分統治していた伝説の持ち主が封印されるとは、このゴリテアを作った者は何者なんだろうな?」
「資料は山のようにあるのですが制作者の名前は何処にも有りません。ただ、他にも封印されている残り4体の正体が分かりました。」
接近している天使の事など二の次で、ワーグは喋りたくてたまらない。
そんな表情をしていて抑えきれない事が、コルドーでも良く分かる。
「話せ。」
「エルフィン・リ・スキングと呼ばれるエルフ界の女王であり始祖です。魔力の殆どを未来の技術と称して注ぎ込んでいたため、生きた化石と呼ばれる老婆です。」
「ババアはいらんな。他は?」
恐ろしいほどの魔力が無ければ老婆でさえいられない程の技術を開発しているのだが、この男にとって老婆というだけで興味を無くすらしい。本当は絶世の美女である事を伝えるのはヤメテおくことにした。
「続いては魔人プラーケです。」
「魔人とは至って普通だな。」
「はい、本当に普通なので記録が殆どありません。この男が持っている特殊能力が魔素吸引と言って、どんな生物でも枯らす事が可能だそうです。」
「ある意味最強ではないのか?」
「それ以外の能力が平均以下なのです。」
「は?」
「殴られるとすぐに泣いたそうです。」
「・・・次。」
流石に呆れたコルドーだったが、ゴリテアの中で封印されているのだから、それなりに価値がある人物として、直ぐに忘れた。
「ハンプルブスの勇者です。」
「聞いた事があるぞ、古代に魔王を討ち滅ぼしたという伝説だな。」
ハンプルブスというのは地方の名称で、今は滅亡している王国の名前でもある。この男によって救われた国王が勇者の称号を与えた事で、語り継がれる事となったのだが、何故か行方不明となっている。
「それでゴリテアで封印されていると。」
「はい。恐ろしいほどの魔法の使い手で、ゴリテアが攻撃する為に放っている魔法はこの男の魔法技術によるものです。」
「エルフィン・・・とか言うババアの技術ではないのか?」
「そちらのババアが効率よく魔法を解き放つ技術で、こちらは威力の素となる方です。この男がいなければゴリテアは高火力魔法を放つ事が出来ません。」
「それは大切な存在だな。」
珍しく興味を持ったが、それは自分の安全なは所を確認する為の作業でもあるようで、ココに逃げ込めば助かるという安直な考えが脳内で行われていた。最大の謎は彼らをどうやって捕縛し、封印したのか、彼ら以上に強い者の存在が無ければ不可能だ。
動かなくなったコルドー5世を観察しつつ、待っているといつまでも声がかからない様子だと感じたので、ワーグが自ら話を続けた。
「最後がトレントです。」
「ただのトレントか?」
「ただのトレントではありませんでした。樹齢が10万を超えています。」
「ほほう、そいつにはどんな能力があるのだ?」
期待の眼差しで質問する。
「ゴリテア内を清潔にします。」
光が消えた。
「そんなこと誰でもできるではないか。」
「そんな事はありません、ゴリテア内のどこにいても、どんなに汚れても、一瞬で綺麗になるのです。水も美味しく飲めます。」
続けて説明をしようとすると、ドアが激しくノックされ、返事が来る前に兵士が入ってくる。もの凄く慌てているのは見ての通りだ。
「報告します!天使が接近し、ゴリテアに攻撃してきます!」
「どうせ何ともなりません。」
強力な外壁で守られているのだから、天使の攻撃などではビクともしない。
「それが、地中からです!」
コルドーの表情が変わる。
「魔石の採掘はどうなっている?」
「それどころではありません、天使なんか相手に勝てませんし、地中ではゴリテアは攻撃できませんし、地中蜘蛛が現れたら混乱します!」
「外壁の出入口をすべて閉鎖して地中に兵士を集めよ。侵入させるな!」
慌ただしくなると、コルドーの平静さは一瞬で失われた。
そして妙に落ち着いた者が目の前に居る。
「・・・そこでトレントの出番です。」
「な、何を言っているのだ?」
「汚物は消毒できるんですよ。」
「突撃ー!」
「地上班よりも先に突入だー!」
「通路を塞がれて進めません!」
「吹飛ばせ!」
地中蜘蛛の存在など完全に無視して前進を続ける天使達。
何処からともなく現れた兵士達が反撃して来るが、天使相手に勝てる者などなかなか存在しない。
そもそもの偵察とは何だったのか?
「敵が出てくるところがゴリテアへの進入路だ!」
天使達は的確に前進を続けたが、ついに侵攻が停止した。それは、ゴリテアの出入り口付近で、ご丁寧にも階段で繋がっていた。それは魔石採掘を始める為に整備されていたからで、ドアを半開きにして様子を窺う兵士達に向けて魔法が投げつけられると、ドアは勢いよく閉じ、魔法がドアによって防がれる。
「魔法を撃つのを止めろ、あのドアはキズ一つついていないぞ。」
「抉じ開けますか?」
「我々がココまで来たのならそろそろ地上班が・・・?!」
ドアが開いて、タワーシールドで前面を防御して兵士がぞろぞろと出てきた。敵の指揮官の怒号が飛ぶと、シールド隊の並ぶ間隔が生じ、そこから魔法が放たれた後に兵士が飛び出してくる。
「あのシールド、魔法を弾くぞ。」
「武装を変えてきたってことか、あの外壁にそっくりな盾だな。」
剣戟の音が響き、乱戦に成った。天使達は個々の力を過信しているため、最初から作戦など無く、自分の目の前に現れた敵を倒すだけだった。それでもコルドーの兵士では太刀打ちでず、指揮命令がしっかりしているおかげで戦線を維持できた。
天使達はそう思っていた。
「近付いても何もありませんね?」
「ああ、静か過ぎる。」
「もっと接近しますか?」
「そうしよう。」
地上班は森の上を低空で飛行し、前回よりも更に接近しているのに何の変化も感じられない。
「地上に降りて歩いて進みますか?」
「それでは時間が掛かる。それに我々が手をこまねいていると洞窟班に武勲を全て持っていかれてしまう。」
ミカエルの心配は太郎にとって意味がない。だが、彼らの矜持が許さない。ただそれだけである。
「高速で接近し、敵に反撃の隙を与えずに乗り込む!」
ミカエルに作戦なんて無かったのだった。
結果として成功したのは、地上からの侵入は不可能と判断したコルドーの指示であって、天使達の功績ではない。数分でゴリテアに到着し、何ヵ所かの出入口を発見すると、高火力の魔法で吹飛ばそうと一斉射撃を行ったのだが、全く効果が無かった。
「ビクともしません!」
見れば分かるような事を律義に報告してくる部下に提案する。
「ならば扉そのものを抉じ開けよう。」
そうして出入口の扉に直接手で触れようとした時、スッと開いた。
「太郎なら扉ではなく外壁に穴を開けたというのに・・・。」
ミカエルが歯ぎしりして悔しがるのを見て部下達が話をする。
「魔法で外壁に穴を開けた?」
「迷うことなくリファエル様のいる部屋に突撃?」
「封印をその場で解き放って、そのまま脱出した?!」
「ホントなの?」
敵の反撃が無くて暇だった天使の一人が叫んだ。
「俺、太郎様派になるわ!」
「リファエル様も素敵だと思うけどなー。」
「ミカエル様だって頑張ってるんだぞ!」
その言葉を耳にして怒りが充実した。パワーに極振りされた物理強化魔法を自分に付与し、目の前の扉を素手で殴り続けると、吹き飛ぶ前に天使達が見付けたすべての扉が同時に開いた。




