第275話 聖女の効果
頭から離れず、ここまで付いてきた、カラーとキラービーはまったりと寝ている。なんで落ちないのか不思議なのだが、しっかりと髪の毛を掴んでいるので少し痛い。
太郎が木を伐る間、ポチとスーが周囲を警戒している。マギとグレッグが呆然と見ているのは、伐るペースが早過ぎるからだ。それでいて正確に材木を形成していく。
「正確過ぎる・・・。」
「魔法・・・じゃないですよね?」
「いつもこんな感じよ。まあ以前よりは早くなってるけど。」
村ではまだいざこざが発生していて、本当なら解決に奔走するべきなのだが、エルフと兵士達が頑張っているので、首を突っ込まない方が良いという判断だ。ナナハルとスーに言われてそうしたのは内緒だ。
ナイショだぞ。
「凄い量なんだが、どうするんだこれ?」
「袋に入れるのよ。」
「袋って太郎さんが背負ってるアレですか?」
「そうよ。」
太郎達の周りには疲れ切って座り込む者達もいて、太郎の伐採をボーっと眺めている。手伝ったり立ち上がったりせず、本当にボーっとしている。
「気が抜けてる方がマシだな。」
「向こうではオリビアさん達が戦ってますけど。」
「銀髪の志士って云われてた人らしいな、そこら辺の冒険者が勝てるような相手じゃないぞ。」
「グレッグさんは勝てるんです?」
「勝て・・・r」
「勇者じゃないあんたが勝てるワケないでしょ!」
腕組みジト目で睨みつけているマナは可愛い。
「か、勝てる可能性くらいは有るだろ。」
「無理ね。」
マナにきっぱりと言われて、ぐぬぬって表情をしている。マナの言う方が当然で、どんなに鍛えていてもオリビアとは戦闘の経験値が違い過ぎる。銀髪の志士と呼ばれていたのは俺が生まれる前どころか、スーだって生まれる前の話なのだから。
太郎はコツコツと作業を続け、たまに周囲を気にするとスーとポチが大丈夫ですって顔を返してくる。
エルフにボコボコにされ、伐採所に逃げ込んでくるまで太郎の作業は続いた。
近くという程ではないが、遠目に見える距離でエルフ達が戦っていた。彼等は村人を守る為に戦っていたのだが、いつしか立場が変わっていて、村人達が逃げた後には彼等が狙われていた。
「エルフの癖になにしやがる!」
「捕まえて奴隷にしてやるからな!」
そう言った直後、矢が雨のように降り注ぎ身体中に当たる。突き刺さったりしないのは太郎に対する配慮であって、彼らの為ではない。防具を身に着けていても全てが防げるわけではないので、怯んだところに正確無比な一撃を決め、次々と倒していく。
「やべぇ・・・逃げるぞ!」
「逃げるってどこに?!」
「とりあえずあっちの方だ!」
彼らが逃げ込んだ先には太郎達がいて、その場で一番弱いマギに倒されている。グレッグも数人相手にしたが、歯応えが無さ過ぎた。
「太郎殿、すまない!」
追いかけてきたオリビアが息を切らせながらそう言うと、太郎はきょとんとしていた。作業に集中していて気が付いていなかったのだ。太郎の周囲には綺麗に加工された木材が並べられていて、これからソレを袋に詰める準備をしていた。
「え、何もしてないけど?」
「あ、あぁ。邪魔にならなかったならそれでよかった。」
「邪魔には邪魔だけどね。」
「ですよね。」
「こんな奴らでも助けようとする太郎さんが解らないですよー。」
追いかけてきたエルフ達が倒された者達を回収していく。兵士に引き渡して処理を任せるからなのであって、その場で処理はしない。もちろん、太郎がその場で処理してしまっても誰も文句は言わないのだが、太郎にはその気がない。
「じゃあ手伝ってもらおうかな。」
「ん?」
「どうせ暇でしょ。」
「あ、私やります。」
マギが名乗りを上げたので渋々グレッグも手伝う事に。ポチとマナは眺めているだけだが、スーとオリビアも手伝ってくれたおかげで一時間ほどで作業は終わる。
「本当に全部入るのか・・・。」
太郎の大袋の中に全て納められた木材は、いつでも取り出せるが、取り出すのも少し手間だったりする。
オリビアは一息吐いてから、少し躊躇っていたが決意した声を出した。
「太郎殿、あの話だが・・・。」
振り向くと真剣な眼差しを向けていて、銀髪が風に揺れた。
シルバが何かやったのかな?
周りを木々に囲まれているから風なんてほとんど流れない場所なんだが。
「私も潜入に参加させてくれないか?」
「陽動作戦の方に参加するんじゃなかったんです?」
「実は・・・伝説でしかないのだが、古代に封印されたエルフの始祖がいるという噂があってな。」
「噂なの?」
「残念な事に資料を手に入れる事は出来ない。古代の文献があって、まだエルフ帝国が建国されるよりもずっと前の話だ。エルフが他の種族と同様に暮らしていた頃のな・・・。」
「伝説が噂なんて信用が全く無いわね。」
「そう言われてしまうと・・・。だが、聖天使が現れたとあってはただの噂でもないだろう。」
聖天使リファエルの存在に衝撃を受けたのはオリビアだけではない。ダンダイルや魔女の二人も驚いているし、恐れてもいる。何しろ古代の文献では世界を二分するほどの戦いで勝利し、支配していたのだから。
その説明を聞くと、太郎もそれなりに関心を持つ。
「あの人そんなに凄い人なんだね。」
「太郎殿が言うとただの通りすがりの人のように聞こえてしまうのが何とも。」
「そんなつもりはないんだけどね。」
「太郎殿が驚く事が無い方が平和な気もする。」
「・・・まぁ、いい意味に捉えておくよ。」
「あ、あ~。済まない。」
妙に腰の低い時があるオリビアは、太郎に対しては完全に従順ではあるが、長くリーダーとして指導する立場であったため、言葉遣いが上から言うようになってしまう。それを気にもしていない事が、太郎の信頼度をより上げていた。しかし、それについてはただの勘違いなので太郎は何もしていない。
「ところでその伝説、エルフの始祖だって言うと、あの天使みたいに元の姿に戻ったら大事件になるんじゃないの?」
「・・・なるだろうな。だがゴリテアがあんなに危険なモノであるのなら、封印を解く事で無力化に繋がるのではないか?」
「確かに、あんなものは無い方がいいもんね。」
強力な兵器は戦争の始まりであり、それに続く恐怖政治や、大量破壊に繋がる事は明白だ。だが、ゴリテアによる大量破壊の記録は無いらしく、伝説でも伝承でもゴリテアの存在は知られているが、戦いの経歴は無い。
「ムー一族に発見されなければ言い伝えられる事もなかっただろうからな。」
「文明ってある日突然消える事もあるみたいだからね。」
「太郎殿はそういう突拍子もない事をまるで経験したように言えるのは何故だ?」
「歴史書が一般化してて誰でも読めるから。」
「歴史資料なんて自分達の恥を残すようなモノではないか?」
「それはそう。だからこそペンは剣より強いって言葉が出来るくらい。」
「どうやってペンで剣に勝つことができるのだ?」
これを説明するのはこの世界では無理かもしれない。なにしろ長寿のレベルが100年どころではないし、1万年生きている者がわざわざ記憶を文字に起こし、残す理由がない。もちろん歴史編纂は必要だし、戦争や開発の歴史は資料として残す事は必要な事だろうが、それらは公表される事の無い自国の極秘資料として扱われる事となる。
因みに太郎はハンハルトに危険人物として記録されていて、極秘資料の一部に名を連ねていた。
「まあ、そうなるよね。」
「意味が解らないのだが・・・?」
「あ、うん。忘れてくれていいよ。説明がめんどくさいし。」
少し困惑しているオリビアに、潜入メンバーに加える事を了承し、満足した答えを得られた事に安堵の表情へと変えた。
その後に暫く手伝ってもらっていた作業も終え、孤児院に戻る時に問題が解決していると思っていたモノが、悪化していた。
「ナニコレ・・・?」
村に訪れていた旅人達が続々と集まってくる。目で数えるのが大変な規模で、遠くから兵士と天使が周囲に立って警戒している。その中心は聖女とリファエルだと思う。
思うというのは、人が居るっぽいと思ってはいるが、それが誰なのかはっきりしないからだ。
「聖女の力なの?」
「さぁね。」
マナはあっさりと応じていて、それを横目に通り過ぎようとしたが、直ぐにミカエルに捕まった。
「どうにかしてくれないか!」
その希望的質問に対して太郎が返す。
「どうしたら正解なのか教えてくれないか?」
「・・・っ、そ、それは・・・。」
「私も知りたい。」
スッと現れたのはダンダイルで、二人で協力して周囲を警戒している。
「人が集まるのはかまわない。聖女にひれ伏すのも個人の自由だ。だが、あの人数が敵になったら困る。」
「今は聖女の力でどうにかなってるんじゃないんですか?」
「聖女の力がどんなものかよくわからないが、少なくとも戦っていた時のような力は全く感じられない。あれは集まっている人達が聖女だと思い込んでいるに過ぎない。」
「なんかややこしい表現ですね?」
「聖女なのは間違いないし、聖女である事も広まっているが、なぜ聖女だと思い込めるのか理由が不明なんだ。」
「あの戦いを見ていたんなら敵だと認識するはずだ。」
ミカエルとダンダイルの指摘に正しさを感じたが、聖女の能力が不明である以上、対策も聖女に任せるしかない。
「ちょっと交渉してくる。」
太郎は瞬間移動でリファエルと聖女の居る中心へ移動する。
「あ、あなたいきなり現れるのは心臓に悪いわ。」
「上を浮いてくればよかったんじゃない?」
「あー・・・まあ、いいや。」
太郎は周りを見ると、突然現れた男に驚いているようである。少し照れながら、太郎は疑問をぶつける。
「これは聖女の力で集まってるんだよね?」
「周辺の少しだけね。あの辺りより向こうは知らないわ。」
腕をまっすぐ伸ばして指先をくるくる回す。
「じゃあ何で集まって来たの?」
「誰かが聖女だって言いふらして集めてるみたいだけど、私はこれ以上何も出来ないわ。」
「じゃあどうするつもりだったの?」
「元々聖女の力は人を集めるモノじゃないのよ。勇者は集まるけど。」
「でもこの人達って・・・。」
「そりゃあ、私が何かを言ったら全て受け入れるでしょうね。」
「じゃあ家に帰るように言ってよ。」
「この人達は自力で帰れるの?」
そう言われると少し考えるまでもなく、無理だと判断する。それにしても、この村に居たって碌な事はしないだろう。それならいっそ・・・。
「食糧の配給をするから帰るように言って。」
「食糧をこの人数分?!」
「子供も居るのだが、そんなこと言って約束できるの?」
「魔王軍の方にも食料の備蓄は有る筈だし、鉱山にも多少は蓄えがある筈だから、残りを俺とスーの袋の中から出すよ。」
スー激おこ案件である。
「ダンダイルさんには説明しておくから、とりあえず解散させてあっちの村の出入口の方に並べてもらえる?」
「・・・リファエル。」
「なんでしょう?」
「コイツの言っている事って本気なの?」
「さぁ・・・私は先ほど助けられたばかりなので。」
「本気ですよー!」
ダンダイルとスーが並んでやってきた。ついでにポチに乗ったマナも降ってくる。
周囲に人が集まっている所為で僅かな中心の空白地帯は狭い。
「とにかくお引き取り願うのは賛成だ。」
ダンダイルが言う方が信用できる事に納得できてしまう自分が情けない。情けないがスーとマナも同意することで納得してくれたようだ。
「この子達は困っているけど今の私じゃ助けられないのも事実。良いわ、あなたの言うことに従ってあげる。」
なんで上から言うのこの人。
「蜂蜜は出しませんよ?」
本気モードで太郎に念を押してくる人物について、あえて語らない。
聖女がリファエルに抱えられてふわふわと移動を開始すると、それに人々が続く。まるでレミングスを想起させるような動きで、統一性は有るが意志を感じられない。そんな彼らが理由もなく聖女の後に続く。
「ここに居ると奇妙な光景ばかりを目の当たりにするよ。」
ダンダイルの感想は太郎の耳に届いたが、回答では無く要求の説明で返し、了承を得て安心しただけではなく、天使達の食糧も提供してもらえることになって、スーの激おこ案件は、おこぐらいで済んだ。ただし、何の金銭の要求もなく、無駄に食糧を与え続ける行為は苦痛でしかないので、スーがそこら辺の天使を捕まえて引っ張って行った。捕まった天使はただのとばっちりである。もちろんミカエルが目で従うように指示したから、素直に付いていったのであって、スー個人に従ったわけではない。
太郎は一人一人に説明するのは面倒なので、そこは聖女の力を利用し、アンサンブルに向かえば聖女がやってくるとのウソを広めさせ、それを聖女が言えば本当だと思ってもらえる。
マインドコントロールかな?
怖い能力だ。
「コルドーに行かなくて済むんならその方が楽で助かる。」
そう言った人もいて、旅人達にとっては手助けになる上に少ないが食糧も分けてもらえたので、この村に留まる必要性が無くなっていた。無理に留まっても良い事は無く、家ナシ飯ナシお金ナシの三拍子そろった人が配給を受け取って村の外へ向かっていく。先導には兵士が5人。殿にも5人付けた。もちろん不足しているのだが、彼等は自力で身を守るだけの戦力がある者が多いので警備は少なくて済む。村に残った方はこれから家ナシ食糧ナシでどうするか考えなければならないが、そこには鈴木太郎が居るので、兵士達の不安はほぼ無いと言っても過言ではなかった。
手分けをして食糧を渡し、村から旅人の9割以上が出て行く頃には、辺りは真っ暗になっていた。




