第274話 無駄な血
モンスターと戦っているという光景だけを見た者達は、逃げる者よりも集まる者の方が多かった。それは、単に腕に覚えが有るからで、勇者達も天使達も、それに気が付いて集まってくる。
「グレッグさん、あれは・・・。」
「ホントに、あの男の周りはどうなってるんだ・・・?」
マギとグレッグは他の勇者達と混じって救出活動をしていたが、あの咆哮に驚いて視線を向けると、巨大なキツネが見えたのだ。
「魔王国の兵士の奴らは慌てているようだが、天使どもはそれほど慌てていないな。」
「どういう事でしょう?」
「そうか、お前は一般の方だったな。」
グレッグは現在もガーデンブルクに所属する兵士で、勝手にこんな場所に居てはいけない立場である。
「ほら、飛び出していったぞ。」
建物や畑などが無くなって見晴らしがよくなったことで、グレッグの指し示す方に視線を向けると、人が二人飛びだして行くが、その後に続く者はのんびりとしている。
「スズキタロウって、不思議な人なんですよね・・・最初はちょっと・・・アレでしたけど。」
マギが出会った当時の太郎は今ほど不思議な存在ではなかった。ただの冒険者に見えたし、今もただの旅人に見える。特別に凄い能力の持ち主だと知ったのはドラゴンの事件があったからだ。アレとは、アレの事である。
グレッグは太郎の事には言及せず、事件の方に話題を向ける。
「駆け出しの冒険者は自分の力を直ぐ過信するからな、懲らしめられてるんじゃないかな。」
「大丈夫なんですか?」
「駆け出しの方はダメだろ。」
と、太郎の心配はしない。太郎に負けた記憶は絶対に忘れられないし、今では勝てると思えない存在になってしまっている。勝てないと決まった訳でもないので諦めてもいないのだが。
周囲を確認すると、救出作業は他にいるので、野次馬根性に火が付いてしまうとどうしようもない。ソワソワしているのはマギの方である。
グレッグは溜息を吐き出した。この男も気になるのだ。
「ちょっと見に行くか?」
「はい!」
予想以上の良い返事に、少し驚いた。
「おい、モンスターだ!」
「なんだよ、エルフを隠してるだけじゃないのかよ!」
「ケルベロスも居るし、雄殺しも居るし、村は壊れるし、とんでもない場所だな。あぁ?!」
「魔王国の奴らは何を考えているんだ?!」
「なんて日だ!!」
この声は太郎の耳にも届くほど大きく、孤児院の周りには人が集まっている。裏口も有るのだが、そちらに回り込んで侵入しようとする者は何故かいなかった。盗むくらいなら、堂々と奪い取るつもりだったのかもしれない。
むしろ、大人数で押しかけているのにコソコソする理由もない。しかし、それなのに、今は目の前のモンスターにたじろいでいる。
「人種差別・・・いや、種族差別って言うのかな。」
太郎はボソリと小声でつぶやいていて、カラーとキラービーにも聞こえなかった。しかし、彼等の思考を正すには、説得よりも力でねじ伏せるしかない状態にまでなっている。すでに聞く耳が存在しないのだから、聴くしか無い状況にするしかないのだ。
集まってきた人達にはナナハルが敵に見えるし、魔物に見えるし、今までの出来事の原因にも見えてしまうだろう。助けられた者もいる筈なのだが、そのエルフはとばっちりを受けているに過ぎない。
苛立ちと焦りが混じり、怒りを持って誰かが叫ぶ。
「敵だ!攻撃しろっ!!」
それが誰の声か分からない。だが、一本の矢が放たれるとそれに火の魔法が続く。石礫に槍に、バックラーなども投げつけられた。それらはナナハルの発動した障壁で完全に防がれ、攻撃が一つも届かなかった光景に絶望を与える。
「吹き飛ぶがよい・・・。」
どこからともなく突風が吹き乱れ、軽装の者から吹き飛んで行く。重装備の者はなんとか耐えていて、それにしがみ付く者にバランスを崩され転がっていく。
「あれで手加減しているのか、何とも・・・勝てる気がせんな。」
「そ、そうですね。」
マギとグレッグが遠くから眺めていると、その周りにはいつの間にか他の勇者達が集まっていて、その後ろには聖女が居た。
「あら、あなた・・・?」
見覚えの有る姿だが興味はそれほどない。
「も、もう思い通りなんかにされないからな。」
「するつもりもないけど?」
「いいように使ったじゃないか・・・俺を・・・。」
聖女がにっこりと微笑む。屈託のない笑顔に自分の方が悪い事をしていた気分になり、あわてて視線を戻した。勇者として聖女に使われていた記憶は残っているので、行為の内容もはっきりと覚えている事に腹が立つ。
そこにリファエルがやって来て、聖女の両肩を後ろからしっかりと掴んだ。
「何もしないで下さいね、お母様。」
聖女は自分が見ず知らずの者に母親呼ばわりされている事に疑問を持ったが、今はその回答を得られなかった。
「もう良い、止めるんだ。」
ナナハルと群衆との間に突然現れたのはダンダイルとトヒラだった。トヒラの方は知らない者もいるが兵士なら知っていて、ダンダイルの事は知らない者の方が少ないくらいの有名人である。
掴んでいた手を開放されると、トヒラは周囲の部下に命令を発し、兵士を一列に並べて壁を作った。
邪魔をされた事に戸惑いを覚えつつ、怒りも覚えたが、相手がダンダイルでは矛先を向けた後が怖い。歯ぎしりをしつつ、それでも主張を叫ぶ。
「俺達は死にそうになったんだぞ、それなのにダンダイル様もあいつらの味方なのか?!」
「少なくともお前は死んでいないだろ・・・それに・・・?」
ダンダイルの周囲に集まって来たのは勇者達で、装備はバラバラ、衣服もボロボロのままである。それでも整列すると、ダンダイルの後ろ、兵士達の前に並んだ。
「どういうつもりだ?」
リファエルに抱えられたまま、ダンダイルの目の前にふわりと現れる。聖女はまだ自力で飛ぶだけの魔力を回復していない。そして、このリファエルという者は、何故か自分の言う事を実行してくれる。
いちいち「余計な事はしないで下さい。」と、付け加えられるのだが。
「だいたいの事情は理解したわ。あなた達の目的は私なのよね?」
「お前は・・・?」
彼らの目の前に居るのは魔力切れを起こして低年齢化している聖女なのだが、誰も気が付かない。聖女としての能力は失われていないが、能力の及ぶ範囲が著しく低下していて、ほぼ効果が無い。
「あなた達は助けて欲しいのでしょう?」
事情など知る筈のない聖女に、ダンダイルは怪訝そうに眺める。
「当り前だろ。俺達がなんでこんなところに来たのかみんな知っているだろ!だが、お前みたいな小娘に用は無いぞ?」
「小娘ねぇ・・・そんなに小娘に見える?」
「見えます。」
何故かリファエルが即答している。
「少し魔力分けて。」
「え、ア、ハイ。」
断れない娘が後ろから手を添える。すうっと何かが移動する感覚は二人だけのものだ。そして、聖書の身体が少しずつ変わっていく。見た目だけは元に戻ったようだが、圧倒的な魔力と威圧感は全く感じない。
感じなかったのは太郎とその他一部の者だけで、聖女の目の前に居た者達は何かを感じていた。自然と武器を収めると、次々に膝をつき、一人の女性に目を奪われる。
「これが・・・聖女・・・?」
気分を削がれたナナハルは姿をいつもの人型に戻し、何事もなかったように太郎と子供達に歩み寄る。
「全部持ってかれるとはな・・・。」
不満顔で鼻から息を吐く。
「解決したんなら良いんじゃないの?」
「アレは解決したとは言わない。聖女の力で無理矢理丸め込んだだけじゃぞ。」
「それでも血が流れないなら良いんじゃない?」
「あの場だけではな。他は変わっとらん。」
孤児院を囲む崩れた塀の向こうでは今も救助活動が続いていて、その死体の山の横では荷物を漁る者がいる。それを咎める者も止める者もいないし、絶対的に何もかもが不足している。
ナナハルが言った、何も解決していないとはこの事であるのだ。ナナハルは後ろに感じた気配に声をかける。
「良いのか?放っておいて。」
こちらも溜息を吐きながらやって来たのはダンダイルで、聖女のやり方に納得していない。
「丸投げにしておきたいのだが、我々はそういう訳にもいかないからな。天使と勇者が揃っているのだから、兵士は自由に使わせてもらうぞ。」
誰に許可をとっているのか不思議な態度であるが、言われた方は気にする事もなく頷いていて、子供達と話をする方に気持ちを向けていた。だからと言って気分を害する事もなく、ダンダイルはトヒラと兵士を呼び寄せ、新たな命令を与えると、事前に命令を受けていた者達が報告を始める。
「あちこちでいざこざが発生しています。」
「死体を片付けた事で落ち着きを取り戻した者達が略奪をしています。」
「住人達が襲われています。」
何もかも失った人達が徒党を組んで襲い掛かっているのは、この村の住人達で、その村人を守って戦うのはエルフ達だった。太郎が助けに行けばすぐに解決しそうなものだが、それはナナハルも同じ立場である。オリビアが先頭に立つと、もはや意地となって戦っていて、もはや何が正しいとかではなく、戦って勝つ事が重要視されていた。オリビアは事情を理解して戦っているが、仲間が傷付く事に耐えられる筈もなく、仲間を救うべく、敵となった者達を次々と倒していく。
「ねー、僕たちも手伝って良い?」
「その気持ちは良い事だけど今はなあ・・・。」
「わらわから離れぬのなら良いとしよう。太郎は材木を集めるのだろう?」
「あっちの方も結構ね・・・。」
スーとポチとその背に乗ったマナは付いてくる気満々だし、子供達もやる気になっている。ツクモは休みたそうな表情で見ていて、ダンダイルとトヒラはここに残るという。
「俺達も同行していいか?」
ひょっこり現れたのはグレッグとマギで、この二人が一緒に居るのはまだ違和感がある。小さな驚きはあったが、太郎が許可すればスーとしては黙って受け入れるだけである。ナナハルと子供達とは別行動になったが、ナナハルには村の家畜を見て回ってもらうことにし、瞬間移動を使わずに徒歩で移動する。二つグループで分かれ、ナナハル達が最初に見た鶏小屋は子供達の元気を失わせる。
「酷いもんじゃの。家畜は殆ど逃げてしまっておるわ。」
逃げたのならまだマシだったのかもしれない。そこには死んだ鶏も転がっていて、子供達が肩を落としている。ナナハルは魔法を使って消滅させると、残った卵を子供達に集めさせる。
「また大切に育てるのじゃぞ。」
「うん・・・。」
拾い集めて大切に抱える子供の頭を一撫でする。
別行動の太郎達に視線を送ると、その手前では聖女を中心に人が集まり始めている。聖女の目的が全く分からないのが不安の種で、集まった旅人と勇者と天使が聖女を中心に輪を作っていた。彼らが何をするのか、何をしでかすのか、予想が全くつかない。
「あ奴らが何をするか分からんが・・・、聖女がいなくなれば万事解決・・・なのかのう・・・?」
ナナハルがブツブツと独り言のように悩んでいると、子供達が下から覗き込む。その心配そうな表情は、気持ちを安定させ、子供に心配をさせるような親になってはいけないと、心に誓うのだった。




