第272話 生き残り
報告を受けたコルドーは、怒りよりも焦りが心を支配していた。椅子から立ち上がると、ワーグに向かって怒鳴らないように抑えつつ命令する。
「着陸場所は調節できるな?」
「調整して森に向かっています。一番安全かつ魔力の自然補給が可能な場所です。」
実際にワーグが操作している訳では無いので、あくまで予定である。
「あの森か・・・。壊れたワケでは無いのだな?」
「はい。単純に魔力不足です。」
椅子に座り直して、少し落ちついたのは、魔力の補給に関してはまだ何とかなると考えているからだろう。ゴリテアが機能停止した訳ではないし、基礎運動の試運転とすれば、十分な成果は出ている。ともかく浮力さえ得られればいい。
「それともう一つ報告にあったことだが・・・。」
「侵入者ですか?」
「どうやって入って来たのか分からんのか?」
「侵入者曰く天井から入ったとの事ですが・・・、そんな事が外部から可能では安全性に問題があります。あるいは、とてつもなく強力な魔法を放っというのなら別ですが、もし放ったのなら相当な衝撃がある筈です。」
「ゴリテアの外壁がそう簡単に破れる筈はない・・・。だが入ってきた。」
「もし別の方法が存在するとなれば私の研究不足ですが、現状で重要区画の研究に私一人では時間が掛かり過ぎます。」
それはコルドーも承知していたが、言語加護の能力者として目の前の男以上ではなくとも、同等程度あれば良いのだが、そんな者は他に見た事がない。
鈴木太郎が言語加護のおかげで読める程度の能力が有ると知ったら、捜したかもしれないが。
「魔法言語以前の文字も多いですし、地方文字まで混ぜられてはなかなか・・・。読むだけでも疲れます。やはり、時期尚早だったのではないかと。」
「出発前の忠告か・・・。」
忠告とは殆どの者が初耳で、ワーグとコルドーの二人しか知らない事実であった。ワーグは重要区画の存在については、以前から知っていて、出発を遅らせるべきだと主張し、故障や破壊された場合、修理や修繕する方法が全く無い事も報告していた。ある程度は自然治癒するらしいが、圧倒的に魔力が足りていない。
「全体の7割がまだ不明なままです。洞窟と同じ密閉空間であるのに明るかったり、呼吸が苦しくなったりしないのも解っていないのです。」
「下層部にある農場はもう始めていたよな?」
コルドーは突然話題を変えた。
ビックリはしたが、頭の中を整理してから返答する。
「水が無限に湧く泉の謎は、大気と呼ばれるモノの中から集めていると書かれていまして、大気には魔素も存在する事から、空に浮かぶ雲が水で出来ている事も解りました。その水をトレントに吸収させて浄化しています。」
農場の入口はトレントの森という程ではないが、数えただけで30本ほど存在し、豊かで美しい水が湧き、川となって流れていたのだから、初めて見た者達は森に出たと勘違いしたという事件もある。
畑は耕されていなかっただけで雑草と一部の穀物が生えていたが、今はその土地を耕して再生しつつある。生物は野生化したウサギ以外発見されておらず、小さな虫は地上とほとんど変わらず存在していた。
「ゴリテア内で独立した生活環境は整えておくべきだったな。」
その計画を変更した理由が聖女の存在で、聖女の召喚が成功した事でコルドーはワーグの忠告を無視してでも世界に知らしめておきたかったのだった。成功すればそのまま、失敗しても破壊される心配は殆ど無いという根拠がそうさせてしまった。
結果として壊れたワケでは無いので、計画は続行されるが、一時的に地上での活動を余儀なくされる。それでも、あの破壊力を知った者達が攻撃しようとは思わなくなるだろうから、それだけでも大成功なのだ。
侵入される危険がある場所は兵士を配置しておけばいい。
「目的は達成したし、自給自足が可能なのも問題はないな?」
「それは私からは何とも言えません。」
「・・・まあ、いい。残りの重要区画について分かったらすぐに報告に来い。」
「承知いたしました。」
美女は既に部屋に戻っていて、残された男達は退室するべきか悩んでいる。その悩みを解消したのはコルドーだ。
「そろそろ計画を説明する必要が有るな。」
その言葉に周囲が慌ただしく動き始め、コルドーは椅子から立ち上がって別室に行く。中層に有る大広間には全員を集めてもなお余る広い部屋があり、そこで搭乗員だけに公開される計画が発表されたのは、それから翌日の事である。
「なにここ?」
リファエルは周囲を見渡しているが、太郎に抱き付いたままだ。
「母上はいつまでそのままでいるのです?」
「あー、はいはい。」
太郎から離れて服を着たのだが、キラッと一瞬光っただけで煌びやかな衣装に変わっていて、鎧ともローブとも言えないような衣装を身につけていた。
一部に腕輪やネックレスのような装飾も身につけているが、殆どが驚きの白さだ。
マナが呆れた顔でふわふわとやってくる。
「まーた変なの連れてきたわねぇ・・・。」
「あ、うん。ゴリテアに封印されてたから、結界を壊して連れてきたんだ。」
さらっと言うが、聞けば誰でも驚くような常識外れの内容である。
「このちんちくりんはなに?」
「ち・・・チンチンじゃないわよ!」
「チンチンなら有るわよ?」
ボロンしなくて良いから。
対抗しなくて良いから。
なにこの二人・・・。
「そこに有る世界樹の姿だよ。」
「・・・世界樹ってなーに?」
ミカエルが耳打ちして説明しているが、多分マナとは別の解釈で説明しているのだろう。色々あった歴史が有るから。
「それにしてもひどいな・・・。」
村は崩壊していて、あちこちから煙も立ち昇り、目に見える範囲だけでもかなりの人が倒れている。そこへダンダイルが表情を硬くしながら空から降りてきた。
見慣れない美女に戸惑う。
「太郎君、こちらは?」
「リファエルっていって、ミカエルの母親らしいよ。」
魔女が泡を吹いて倒れた。
ダンダイルが口を開けて驚いている。
ナナハルは逃げた。
え、なんで?
「・・・母上はその昔この世界の半分を支配していたからな。」
「魔女が産まれる前の話だよね?」
「だろうな。」
リファエルはニコニコして太郎にくっついた。
なんでこんなにくっつくのこの人。
「いてっ。」
マナのジャンプからの、空中一回転、かーらーのー、チョップがリファエルの頭に直撃した。
「なにすんのー?」
「あんたちょっと離れなさい!」
にらみ合う二人だったが、リファエルが折れた。
ミカエルが驚いている。
だから、なんで?
「威圧で私の勝ちぃ~☆」
「ぐぬぬ・・・。」
さっと太郎の肩に座り、マナは太郎の頭をなでなでする。
「マナがいると心が落ち着くよ。」
「でしょ?」
「うん。目の前に死体が転がっているとは思えないくらい落ち着いたよ。」
太郎は悲しい目をした。
あの攻撃で多くの人命が失われた事実は、太郎の怒りに直結するはずだが、怒りに任せると碌な事がない。結果がコレである。
「私をコレって扱いひどくない?」
「母上はちょっと・・・。」
その母上は娘を無視しし、突然走り出した。
表情が少しだけ見えたが驚いているようだ。
「ちょっと、アナタがソコで抱いてるの・・・?」
ソレはうどんが抱きしめている聖女で、今は力を失っている。魔力の使い過ぎでうどん程度でも押さえつけることが可能のようだ。
「あー!なんで・・・なんで・・・?!」
太郎とマナが揃ってミカエルに視線を向けたが、答えは無い。
「なんでお母様が生きてるの・・・?」
ミカエルが母上だと言ったリファエルがお母様と呼んでいる。
ちょっと待って情報の理解が追い付かない。
「近寄るのでしたら身を守りますけど・・・。」
うどんがちょっと怖い。
あんな表情をしたのは見た事がないほどだ。
「ちょっかいだす訳じゃないから、そのままで良いわよ。そのままで。むしろそのままで。」
「聖天使リファエルでしたね?」
「あなた私の事を知ってるの?」
「直接は知りませんけど、仲間が奪われた事がありまして、犯人候補にあなたがいます。」
「あー、確かトレント・・・そう、あなたトレントね。それは悪い事をしたわねぇ。」
太郎が思う疑問をミカエルに投げつけた。
「あの人、何歳なの・・・?」
ミカエルは腕を組んで、しかも大きく息を吐いてから答える。
「多分・・・10万は超えているはず。ギンギールの天変地異を体験していると言っていたから・・・。魔素の嵐が何とか言っていたような・・・。」
思い出しながら言っている様子で、記憶に自信が無いのだろう。
年齢が10万超えてるって元の世界に居た時に聞いた事のあるネタだな。天変地異についてはミカエルも詳しくは知らないらしいが、マナが地上に現れた理由が世界が崩壊するって事だったから、その事かもしれない。
「魔素の嵐?」
「・・・古代に発生した世界を滅亡させたといわれる天変地異の事らしい。」
世界を滅亡させるほどの天変地異を体験して生き残ってるって、普通に考えても凄いことなんだろうけど、ゴリテアがその為に存在しているっていうのなら、箱舟なのかな?
うどんがまだ警戒を解いていない。
こんな怖い顔するんだ・・・。
いつもニコニコしておっぱいを押し付けて来るイメージしかなかったからなあ。
「とりあえず、助けちゃったけど・・・敵じゃないよね?」
ミカエルが肯く。
「それに、魔力量で太郎に勝てる者は存在しない。」
「あー、じゃあ敵じゃない事を証明しないとね。」
リファエルがトテトテと小走りに走ってきて俺に抱き付く。
子供っぽい走り方なのに揺れ過ぎ。
「魔力くれたら生きている人に限って助けてあげるわよ。」
「ホントに助けられるの?」
そう言うと、笑顔で肯く。
なんか子供みたい。
「ダメよ。いまの太郎が魔力なんて渡したら・・・ってどうやって戻って来たの?」
「私の魔力を渡した。」
「ふ~ん・・・。」
どうやって渡したかの手段を問い詰めない。太郎から魔力を貰う時、普段は手から出る創造魔法の水を飲んでいるが、密着度が高いほど素早く渡せることを知っている。
マナは太郎とリファエルを引き離すと、リファエルと唇を重ねた。
と、言うか、口の中に入った。
「ちょっ、マナ?!」
「なに?」
上からマナが降ってきた。
何が起きたの・・・?
「うわ~、凄い優しい魔力ね。」
「当り前でしょ、私の魔力なんだから。」
「世界樹の魔力を?」
「うん。でも別に、ココなら目の前だからもう一人私を新しく作っただけよ。」
世界樹はその雄大な姿の一部を焦がしているが、大きさは変わっていない。
「これやるとしばらく動けなくなるから、ちゃんと面倒見てね。」
「ワカった。」
リファエルの身体から光が放たれ、輝きが増すと、周囲に不思議な風が流れる。
「なんという魔力の放出だ・・・。」
ダンダイルが驚きに身体を震わせていて、周囲で倒れていた者達がニョキニョキと生えるように立ち上がる。生き残れた者達は、その光と優しい風に包まれ、瀕死であってもまるで何もなかったかのように立ち上がる。自分達に何が起きているのか、理解が追い付かずに、身体を動かして確かめていた。
「なによ・・・この光・・・。」
魔女達も気が付くと、眩しそうに目を細めて、両手で目を覆う。
「ついでに結界も張っておいたわ・・・。」
そう呟くと、光は直ぐに消え、その場に崩れるように倒れた。
「何の結界を張ったんだ?」
「魔物を寄せ付けない効果が有るみたいだけど、あんまり意味ないわね。」
「意味ないんだ?」
「元々魔物が棲んでるじゃない。」
会話の途中にダンダイルとナナハルが駆け寄ってきて、倒れたままのリファエルを眺めている。どうするのか目で訴えられたが、自宅に連れて行くしかないだろう。
ミカエルが空を見上げると、沢山の天使達が降りて来て、その中にはぐったりとして動かないドラゴンの姿ではなく人の姿のフーリンがいる。
「太郎さん!」
スーとポチが一番に駆け寄ってきて、ポチは太郎の身体に頭を擦り付けた。
「太郎殿!」
追って来たのはオリビアとトヒラで、ジェームスとフレアリスも続いて現れた。
「急に周りの人が立ち上がったが、何の回復魔法なんだ?」
ジェームスが一番に説明を求めたのは、集まったメンバーの中で太郎との付き合いの期間が短く、理解するよりも説明が欲しかったのだ。
手短に説明したのはダンダイルで、太郎はぐったりとして動かないリファエルを抱きかかえると、ミカエルがそれに続き、フーリンも天使達に抱えられて太郎の後に続いた。
兵士やエルフ達も、ケルベロスやキラービー、カラー達だってこの状況が悪夢にしか見えず、生き残った旅人や冒険者達は気が付いた時には家族や仲間が殺されていて、突然襲われる哀しみと、ふつふつと湧き上がる怒りの矛先を見付けられず、一部の者達は意味もなくウロウロと村を彷徨っている。
彼らの視界に映る村は、崩れた家や燃えつづけて火の消えない家も残っていて、消火活動をする者もいれば、瓦礫や他人の死体に埋もれる家族や仲間を救出している者もいて、誰の指示ではなく、自然と行動していた。
トロッコ鉄道は動いていたのでレールから外れたのを戻すだけで動いた。瓦礫が一部を塞いでいるが、こちらは些細な事のようだ。
「なんてこった。生きたまま地獄を見るとは思わねーぞ。」
鉱山で働く者達を率いてやってきたが、やる事と言えば死体を運んで一ヶ所に集めるぐらいしか出来ない。その死体も身体の半分が無かったり、頭だけとか、腕だけしかなかったりと、死体を見る事なら一番慣れている筈の兵士達でさえ、幾人もが嘔吐を繰り返している。
「血を見るのが嫌なら砂を掛けとけ。死体と分かるように目印は付けておけよ。」
部下に指示を与えてテキパキと行動しているのはカールで、元冒険者という肩書が今回は大いに役に立っている。死体を見ても平然としているし、血の匂いに嘔吐もしない。
「おめーはまともか?」
「今はな。」
グルとカールは珍しく二人で行動していて、二人が求める姿を見付けて安心した。その直後に異様な光景を見て、頭を掻いたりお腹をさすったりしている。
「天使ってあんなにいたのか。」
「また新しい女を連れてるな。それもとびきりだ。」
「おめー、なんでわかるんだ?」
ここからだと顔も解らない。
「こんな時に男に抱えられている女は美人と決まっているのさ。」
グルは呆れた声で言った。
「あそ。」
別の兵士に別の指示と、この場を離れる事を伝えると、二人は太郎の家に向かう。
「それにしても、これは暴動が起きるぞ。」
「なんでわかる?」
「冒険者の勘じゃないぞ、これだけ理不尽な事件が起きたら人は誰かに責任を求める。それが誰になるかまでは予想したくはないが、犯人がいなければ犯人だと思い込めばいいからな。」
「それこそ理不尽じゃねーのか。」
「自分達だけが理不尽な事に人は耐えられないのさ。」
説明は不足しているが、グルは何となく理解し、周囲を見る時の眼に疑いの光が籠ったが、それはカールも同じであった。




