第271話 聖天使リファエル
「さて、どうする?」
「どうするって・・・助けたいと思ってるよね?」
「母上だからな。」
「詳しく教えてもらっても良いよね?」
「母上を助けたならな。母上は浮力を担っている筈だ。この魔力と声からすると、多分あの辺りに。」
指で示したが方向は有っていたとしても、ゴリテアのどのくらい中なのか判る筈もない。ただし、向きが間違っていないのなら、穴を開けてしまえばいい。
「ミカエルはマナみたいに人がどの辺りに居るか分かる?」
「解るぞ、目標までに・・・人はいないな。」
「じゃあ・・・んむっ?!」
背中で支えるミカエルが、太郎の顎を掴んで首を無理やり横に向けると、キスをした。ただのキスではなく、魔力を短時間に効率よく渡す為である。時間にして一分ほど続くと唇が離れた。
「っはあ~・・・いきなりなに・・・手をはなs・・・あれ?」
慌てている間に魔力を回復した太郎の背にはミカエルではなくシルバが居た。
「かなり渡したからな。」
ミカエルの頬が少し赤くなっているのは放っておくとして、この世界での魔力譲渡の方法はなんとかならないモノかと考えている。
「瞬間移動できる?」
「出来ます。」
「ウンダンヌは?」
「その中です。」
「そうだった。」
水玉の中で抗議しているが声は聞こえない。
「じゃあ救出しよっか。」
「・・・お前は意外と軽く言うな?」
「太郎様ですので。」
「そうか。」
二人の納得を無視して、太郎は指示した方角を見定める。水玉をそのまま投げつけると、ゴリテアの壁に大きな穴が開いた。ただし、さっきのような悲鳴は聞こえず、開いた穴も魔法によって壁を削ったというよりは、壁の方から穴が開いたように見えた。
「行く?」
太郎はミカエルの返事も待たずに腕を掴むと、一瞬にしてゴリテアの中へと入った。
水玉は魔力を減らし、魔力が無くなっていくと、ウンダンヌがすい―っと抜け出し、太郎の後を追いかけて行った。
侵入に成功した二人が周囲を見渡すと、白い壁と、二人の女性と男が一人いて、目の前にある大きな女性の像を見上げていた。部屋としてはかなり広く、像の周りは何かの台や椅子があるくらいで、めぼしいのはやはり女性の像だ。
「母上・・・。」
ミカエルの呟く声をかき消したのは女性の悲鳴だ。
「きゃあああああ?!」
逃げようとして転んだところをもう一人の女性に助けられているのだが、何故か転んだ女性は胸が丸出しである。
「いてっ。」
抓られた。
「あ、アンタたちどうやって入った?」
侵入者は指で上を示したところ、そのまま見上げると小さな穴が閉じようとしているところに雫が落ちてきた。
「凄い防御魔法だな。障壁・耐性・吸収。魔法攻撃しても強化されるだけだ。」
「へー・・・。」
「お前の魔法で穴を開けたんだろ。」
「そうなんだけどなんかちょっとね。」
この二人は危機感がない。
危機感がなさ過ぎて恐怖というモノを忘れてから、男が話しかける。
「ここに居て何をするつもりなんだい?」
「母上を返してもらう。」
「母上?あんた、聖天使リファエルの子だというのか?!」
「名前を知って・・・せいてんし?」
そんなふうに呼ばれていたのを子供は知らないようだ。
「それで、なんで鎖で縛られている上に、石膏みたいに白いの?」
「封印されているというか、固定されているみたいだな。」
「強い魔力を感じますので、生きています。」
「生きてるんだ?」
「はい。助ける事が可能でしたら元に戻ると思います。」
シルバの言葉にミカエルは太郎を見詰めた。
残された男女4人はどうする事も出来ず、猊下に報告に行くにも、このままでは叱責を頂くだけで、何の解決もない。
暫くは様子を見る為にも待っていると、意外にも早く反応があった。
「た、助けてください!」
ワーグの声は確かに聞こえた。ただし、穴は何処にも見当たらない。
「殺さないから安心しなさい。」
綺麗な姿からは想像もできない言葉を放ち、三人の怯える声が響く。
「それより、これどうなってるの?」
「け、結界だと思いますよ。」
「結界?」
「か、かなりの魔力と魔法陣によって、むむ、無限に稼働する強化結界です。」
怯えている所為で言葉がうまく出ないようだ。
質問されると答えてしまうのは研究者のサガかもしれない。
「何が強化されるんだ?」
「そんな事はどうでもいいけど、これ本当に?」
「そんな事って・・・。」
部屋の外の隊長が怒鳴る。
「おい!中はどうなっている?!」
「あ、隊長、紙を・・・。」
ワーグがどうにかして持っている紙を隊長に渡そうと、壁際に行くが、怯えて足がもつれ、転んだ拍子に落としてしまう。
それを拾い上げた太郎が何気なく読み上げた。
「ひらけ?」
二人の女性が驚いて、もう一人に手渡す。
「かなりの古代文字だな。」
「ふーん。ともかくこれだけやっちゃえばいいよね?」
「ああ、斬れるんだろ?」
「斬るってあなたたち何を・・・?!」
「悪いけど邪魔だからあっち行ってて。」
どう見ても非戦闘員の三人を壁際に寄せて、純白の剣を抜いた。
脱出する事も考えてシルバに声をかけておく。
「頼むよ。」
「ヤサシクシテネー。」
斬ろうとするとシルバとは違う声が聞こえたので止まる。
「優しくっていわれてもね。当たったらごめんね。」
「さっきキズモノにしたんだから・・・。」
「なんか力が抜けるなぁ・・・。」
一度深呼吸をしてから剣を構える。
「どきどき。」
いちいち喋らないで欲しい。
太郎は切っ先を結界に突き刺すと、その周囲から粉々になり、音もなく崩れ去った。
鎖が緩み、こちらはジャラジャラと金属音を発して床に落ちる。
「魔力が自由に・・・!」
石膏のような身体はみるみるうちに肌色になり、そこに全裸の女性が現れると、満面の笑顔で太郎に飛び付いてきた。慌てて剣を鞘に収めると、されるがままに頬ずりと抱擁で動けなくなった。
「そこの男!コルドーに伝えときなさい。」
裸の美女に戸惑って視線を逸らしていた男は更に困惑する。
「え・・・え・・・?」
「ヘンタイ、スケベー、スケコマシー!ママのおっぱいしゃぶって寝てろ!」
太郎に抱き付いたまま、とんでもないセリフを可愛い声で言うから違和感が凄い。
「ついでに、一時間ぐらいで浮力を失うから後をよろしくネ。」
さらっと重要な事を伝えて、全裸の女性がミカエルの腕を掴む。
「瞬間移動できるのよね?」
「聞こえてたんですか?」
「耳は良いのよ、動けなかったからそれくらいしか楽しみが無くてね。」
「出られませn・・・あ、行けます。」
シルバが真上を見ていると、いつの間にか穴が再び開いている。
「じゃあねぇ~☆」
手を振る姿がブレると、目の前から3人の姿が消えた。
ゆっくりと見上げた天井に、穴は無かった。
壁が開いたとき、その向こうには絶望した男が一人と、俯いた女性が二人いた。一人は知っている女性なので問いかける。
「何があったんだ?」
部屋の中を見渡しても、鎖が落ちているだけで他に何もない、ただの広い空間だった。それは元の状態を知らなかったからで、操作台と椅子は残っているが、そこで何をするモノなのか分からない。
「たたたた、たいへんです!」
「何がだ?」
「こ、ここに有った聖天使リファエルの像が元の姿に戻っていなくなりました!」
意味を理解するのにたっぷり10秒ほどの時間が止まったような気がした。
理解は出来なかったがなるべく冷静に質問をする。
「・・・それが無いとどうなる?」
返答は大変な事だった。
「ゴリテアが落ちます!」
「それを知っている者は何人いる?」
「えっ・・・こ、ここにいる人達だけだと思いま・・・。」
妻となる予定の女性がハッとした。
「ここにあった像の人と、侵入者の二人がどこかへ行ってしまったので・・・。」
夫となる予定の男は、苦虫を噛み潰したような表情をする。それは取り返しのつかない事になった事を理解したという事だった。
「猊下に報告しに行くが、落下は制御できるか?」
「魔力が尽きるまでは浮いていられますが・・・。」
「どのくらいで尽きるのだ?」
ワーグがすがるように操作台にしがみ付き、その台の表面に表示される何かを確認する。
「これは・・・もう無理です。」
一時間ぐらいと言っていたが、実際には落下して地上に付くまでに一時間ぐらいという事だろうと予測し、呼吸を整えて冷静さを取り戻してから、答える。
「蓄えていた魔力の大半を失っていますので、浮上する事は出来ません。ゆっくりと降下しつつ、元の場所に戻るのが限界かと。」
元の場所と言えばコルドーの支配地域に有る森で、以前はグリフォンが棲んでいた場所である。
「コルドーまで戻れんのか?」
「あんなところに着陸したら街が壊滅しますよ!」
「ちゃく・・・ああ、地上に着いたら確かにそうなるか。」
想像可能な大惨事は、先ほどの村ほど悲惨にはならないだろうという計算は出来たが、そういう問題ではない事に気が付いて、首を何度か横に振った。
「そろそろ高度が下がっている事に気が付く者が増えるだろう、これから猊下に報告に行くが・・・、再浮上は可能か?」
「魔力さえあれば可能です。」
頷くと隊長は駆け足で報告に行き、残された者の一人は残された女性達をどうするか悩んでいた。
報告を受けたコルドーは、怒りを爆発させた。その後に何度も強く確認された事がある。
「本当に再浮上は可能なのだな?」
「魔力があれば可能だと言っていました。」
「どれほどの魔力が必要なのだ?」
「えっ・・・。」
「再浮上に必要な魔力量だ。どれくらいだ?」
「す、すみません。そこまでは確認していませんでした。直ぐに確認して来ます。」
隊長は再び駆け足で、それも全力で走り、すれ違う兵士を何度か突き飛ばしながら、ワーグ達が居るところに戻って来た。
「直ぐに教えてくれ、再浮上に必要な魔力量はどれほどなのだ?」
ワーグは操作台に表示されている魔力量のゲージを見詰めていた。
「計算は不可能です。リファエルの像が有った時の残量ですら半分ほどしかありませんでしたし・・・。」
「それでは猊下は納得せんぞ?!」
流石に声に力が籠る。
「そう言われましても・・・。」
「それがお前の仕事なら、分かる迄計算すればいいではないか。」
もう一人残された兵士の方が冷たく言い放つ。
「計算って、あのリファエル像が本物の聖天使として、当時最強といわれていた筈です。それを考慮して、それでも半分ほどしかなかったのですから・・・。」
「想像もつかない程の魔力が必要になるのだな。」
「はい・・・。」
それを報告しなければならない身になって欲しいと考えるが、誰かが報告しなければゴリテアは大変な事になる。魔力さえ溜められれば半分でも浮くのだから満タンにする必要は無いだろう・・・。
「そのゲージに一杯にならなければ浮上できないのか?」
「浮上が可能だったのはあの像があったおかげです。そのものが無くなり、浮上能力が無くなったので、まずそこに必要な魔力を溜めなければなりません。さらに浮上した上で、次に移動に必要な魔力を消費します。その魔力は溜めてあったのですが、人となったリファエルが全て持って行きました。アレが本物のリファエルであるのならば、このゴリテアに相当な恨みがあるでしょうから、今後、協力する事は無いと思います。」
その説明を聞いて納得は出来ても、要約すればもう一度リファエルを使って浮上するのは困難という事だ。どうするべきか悩む事もなく、直ぐに報告しなければならない。それは自分だけでは無理と判断し、ココに居る全員で行くことにした。もう必要のない美女も返却しなければならない事に、いまさらながらに気が付いたのだった。
※久しぶりの呟き
ついに10万才・・・。
ただ、封印されていた期間の方が長いです
ゴリテアはずーっと稼働していなかったわけじゃなく
手入れが行き届かないだけで
稼働はしていたんですよ
森の中の地面の下に長いこと埋まってたんですけどね・・・




