第270話 ただの水魔法
ゴリテアから放たれは光線によって墜落するフーリン。それがフーリンかどうかは知らなくとも、ドラゴンである事は誰の目から見ても間違いはない。
「あのドラゴンが簡単に墜ちたぞ?!」
「光線が何本も・・・。」
「やはりゴリテアは偉大だな。」
「ドラゴンの火球を受けてもなんともないなんてな。」
自分達は安全な場所に居るという意識が強くなると、他者に対して厳しくなり、その存在すらどうでもよくなっていく。
「あんなチンケな村に人が集まっているのも、世界樹の所為だろうな。」
「ああ、破壊した方が良いだろうな。」
「猊下に上申するか?」
人が集まっていたのはコルドーに向かう道中であったのだが、そんな理由を知らなければ、世界樹の所為だと思うだろう。それだけ目立つ存在で、目立つという事は彼らにとって邪魔なだけなのである。
「おい、アレ・・・。」
その落下していくドラゴンを白い翼を持つ者達が助けている。
「なんでこんな村に天使やドラゴンがいるんだ?」
「その昔にはあの世界樹に多くの人が集まったという伝承があったが、事実という事なんだろう。」
「それにしても単体であの威力なんてな。ドラゴンが最強生物と言われる所以をこの目で見れるとはなあ。」
それもゴリテアのおかげであるが、同時にそれを自分の能力であると誤認し始めた。
「だが、あの程度ならもっと増えても平気だろう。」
「そうだな。」
「ドラゴンを蹂躙する事が可能と成れば、このゴリテアに逆らおうとする者はいなくなるだろう。」
コルドー5世も同じ事を考えていて、ココでこの村を完全に潰す事は、世界へ向けた布告も重い意味を持つだろう。
「砲撃を邪魔されたがもう一度撃てるな?」
「可能です。」
「よし、撃て。」
命令を受けて操作盤にあるレバーを動かし、スイッチが現れる。
「なんか飛んで来るぞ?」
「どうせ届きやしないさ。」
「それもそうか。」
その会話を交わしてから指をスイッチの上に乗せた。
その時である。
「いやあああああああああああああああ?!?!」
ゴリテア全体に響き渡る女性のような悲鳴。
女性の殆どはコルドーの傍に居るが、睨み付けたところで誰も口を開いていない。
「今のは何の声だ?」
「ゎ、分かりません。」
「ちゃんと調べろ・・・な、今度はなんだ?!」
ゴリテアが大きく揺れる。
あれほど堅そうに感じた床や壁がグネグネと動き出した。
「地震・・・?!」
「浮いてるのに地震な訳ないだろ!」
更にグラグラと揺れると、不気味な声がゴリテア内に広がっていく・・・。
「タスケテタスケテタスケテタスケテタスケテ、イタイイタイイタイイタイイタイ。」
気味の悪い声は何処に居ても聞こえ、耳を塞いでも脳内に響く。
「原因を探せ!」
その命令に多くの者が走り回ったが、ゴリテアは全ての操作を拒否して、勝手に動き出した。
まるで逃げるように。
それより少し前、まだ地上に居た太郎は、自力で飛べない事まで考えていなかった。シルバが纏わり付いているが、悲しそうな目を向けるだけだ。
「お前が何をするのかは知らないが、私の体を預けてやろう。」
そう言ったのはミカエルで、高圧的に聞こえるが、太郎は素直に受け取る。飛ぶだけなら魔女でも可能だが、太郎を抱えるとなるとすでに魔力が足りない。
ナナハルとマナは何か言いたそうにしているが、太郎を止める理由も無ければ助ける能力もなく、マナではゴリテアに近付く事が出来ないだろう。
高圧縮された水玉を両手で大事に抱えている太郎を見詰め、マナは寂しそうに手を離し、ナナハルはその天使を無言で睨み付ける。
「アレよりも上に運んでくれ。」
同意は行動をもって示され、太郎は後ろから抱きかかえられると、そのまま上空へと運ばれる。背中には大きな胸が当たっているが、柔らかいとか気持ちイイとか、そんな余裕はない。
高度がぐんぐんと上昇し、いま墜ちれば太郎は自分の身を守る事は出来ない筈なのだが、恐怖も感じる事がない。
後頭部に頬があたる。
「私より良い匂いがするな?」
「なんで髪の毛を嗅いでるんだ、良いから早く運んでくれ。」
「全力で飛んでいるぞ。」
と言う割には近付いた気がしない。
「デカすぎるし、遠すぎるだけじゃない。接近を拒んでいるようだ。あのドラゴンですら接近するのを諦めて火を吐いたのだからな。」
「そ、そうなんだ。」
飛行速度が落ちているのを太郎でも感じるくらいゆっくりになると、諦めたように止まった。
「ここが限界だ。」
「届くかな・・・?」
太郎が水玉を片手で持ち上げ、何かをイメージすると、訓練の成果が発揮された。水魔法に限っては色々と練習しているし、水芸のような遊びもしていたから、思った以上に素直に動いた。
圧縮されたウンダンヌが、水玉の中で抗議しているのには気が付かない。
「いけっ!」
高圧縮された水がゴリテアに向かって一本の筋を作る。
何をするのかと思えばただの水を飛ばしているだけなのだが、その水は予想以上の効果を現した。
「魔力の壁を突き破った?!」
「こっちはただの水だからね。」
「???」
それ以上は説明せず、太郎が球を僅かに動かすと筋も動く。
刺さった外壁の一部がスパッと切れ、落下していく。
太郎は外壁を削ぎ落とすように動かしているのは、中にいる人達に被害が出ないようにしているからである。
「・・・何か、悲鳴が聞こえないか?」
「う、うーん・・・中の人に当たったかなあ?」
「そういう人とかじゃない、何とも言えないのだが、何かツヨイ魔力を感じる。」
太郎はもう一度同じ事をすると、ゴリテアがグネグネと動いた。外から見ると蟲の様に見えて気持ち悪い。
「やっぱりだ、あれは苦痛を訴えている!」
「え?痛いの?」
高圧縮の水を放出して外壁を削ぎ落とすと、グネグネと動いていたゴリテアが、逆方向に移動して行く。
「逃げた・・・ワケじゃないよね?」
「すまん、太郎。もう少し付き合ってくれ。」
太郎を抱えたままゴリテアを追いかける。
今度はミカエルが説明しない。
障壁が無くなれば追うのは楽だが、今度はスピードが早過ぎる。
「早い、早いって!」
「我慢しろ、もう少しだ・・・。」
今度はゴリテアよりも上に回り込み、見下ろす。
「あの辺りにさっきのをもう一度やってみてくれ。」
「え、どこ?」
片手で太郎を抱えたまま指で示す。
言われた通りに水魔法を突き刺すと・・・。
「ソ、ソコハアァァァァ!?!?」
太郎にも聞こえた声に驚いて攻撃を中止する。
「・・・今のなに?」
「間違いない、あれは、母上の声だ。」
「え・・・。建造に関わった天使って、もしかして・・・?」
ミカエルは太郎の頭に顎を乗せ、意味もなくグリグリした。
ゴリテア内ではどうする事も出来ず、操作をしようにも何一つ反応しない。部下達が操作に奔走するも、どうすればいいのか分からず、手持ちの説明書を読むのも揺れていてまともに読めない。
「何か強い魔力を感じる場所がある筈だ。探せ!」
同じ命令を三度ほど受けていて、魔力を感じる場所は見つけたのだが、入り口が分からない。「重要区画」とプレートがある場所は何ヵ所か発見できたが、一つも入口が無いのだ。
「壁が柔らかすぎるのか硬すぎるのか、良く分からないですが、少なくとも私の力では壊せません。」
「どけ、俺がやる。」
そう言って力任せに斧を振り下ろすと、壁に刺さる。
が、斬れたり壊れたりはしない。
「なんか感触が気持ち悪いな。」
「背もたれに丁度いい壁なんですけどね。」
通路でサボっていた一人の男が、今も背もたれにしていて、少し壁が凹んでいる。
「お前はこんな時に何をやっているんだ?」
「言っておきますがちゃんと仕事していますよ?」
その男の手には本があり、中断させられた所為で、指を挟んでしおり代わりにしていた。サボっていたのではなく本を読んでいたその男の手には、取扱説明書と書かれている本であった。
いつ見ても本ばかり読んでいる男で、作業らしい行動を見た事がない。
「古代史研究で本を読むくらいしか出来ないんですから、他の事をしろと言われても・・・。部屋で読んでいたら急に揺れて通路に転がったんですよ。」
そしてそのまま壁を背もたれに読んでいたというのである。度胸が有るのか無いのか良く分からない。
「それなら、中に入る方法は書いてなかったのか?」
「・・・ありますよ。」
「あるのならなぜ言わない?!」
「訊かれませんでしたから。」
「さっさと教えろ!」
「この辺りの壁に指でなぞるんです。」
そう言うと男は指で何かの文字を書くかのようになぞると、壁に穴が開いて、直ぐに閉じた。
「なんだ、今のは?」
「恥ずかしいみたいです。」
「恥ずかしい?」
「ゴリテアなんて名前が付いてますけど、女性のようですね。」
「お前は何を言っているんだ?」
「そのままの意味ですが?」
鼻で笑ってから女の扱いについて語ろうとしたところに、彼らにとっての上司がやってくる。
「まだ見つけられないのか?」
「あ、ホールズ隊長。いえ、この先に有るのは確認しました。」
「また入れないのか・・・。」
諦めたように溜息を吐く。
他の通路でも同じような問題に直面していて、ココは4ヵ所目だった。
「開ける方法はあります。ですが、恥ずかしがるので。」
「恥ずかしい?」
「はい。」
上司は少し考えてから、鼻で笑ったりはせず、その方法について詳しく説明を求めた。でと困惑した男が居るのを無視する。
「古代文字で"開け"と指でなぞるように書くとこの壁に穴が開くのですが、我々では無理だと思います。」
「女だと言ったな?」
「はい。」
上司は二人を待機させ、自分の妻となる予定の女性を約五分後に連れてきた。
「書き順を教えてやってくれ。」
「はい、こうです。」
連れてこられた女性は意味も解らず、言われるがままに指で壁に文字をなぞる。
「開いた・・・!」
そのまま女性だけが中に吸い込まれていき、壁は再び閉じてしまった。
「面倒な乗り物だな。」
などと、コルドーの前では絶対に言えない台詞である。
「中に何がある?」
壁を叩きながら、その壁の向こうの女性に問うが、返事はない。
「声が届きませんね。」
「重要区画というぐらいだからな、防壁としての機能を考えれば不思議ではないが、これでは女性でないと開けられないし・・・出られるのだよな?」
「中で同じように壁になぞれば出られる筈ですが、覚えてますかね?」
三人は、それぞれが違う理由で溜息を吐いた。
最大の問題は、ゴリテアには男性に比べると1割程しか乗っておらず、女性が少ないという事である。
「ソ、ソコハアァァァァ!?!?」
突然の変な声に吃驚し、三人三様の表情でお互いを見た。
「おい、他にフリーな女性はいるか?」
問われた二人は首を横に振った。
フリーという事は、コルドーに目を付けられていない女性か、既婚者以外である。乗っている女性の殆どが既婚者で、聖女扱いの女性は、ほぼコルドーのツバ付きだった。
「猊下にご協力いただかないと足りないよな?」
「そうですね。ではその説明には私もお供いたしましょう。」
「おまえ、名は?」
「ワーグと言います。」
名に聞き覚えがあって、頷く。
「では、ワーグはついて来い。お前はここで待機な。」
隊長はなぜこんな役にも立たない男・・・とも言えず、黙って敬礼する。
ワーグという男がこの船に乗れた理由は、言語加護があるからで、殆どの者達が読めない文字をスラスラと読んでいる。そして書けるというのが最大の特徴で、魔女達の残した魔法陣を理解できる数少ない人物であった。ただし、彼には魔力が殆ど無いので魔法陣は作れないし、改良も改造も出来ない。読めてもその文字がどのような効果が有るのかは分からないのだ。
二人は速足で移動し、ワーグが息を切らし始めた頃に部屋の前に到着すると、ココには設置されている、誰でも自由に開閉が可能なドアをノックする。
「なに用だ?」
その声はコルドー本人ではなく、親衛隊の隊長であった。
「ワーグです。」
ドアが開いた。
この男はそれだけ信用されているという事がそれだけで解る。
入室を許可され、ドアを四回ほど通り過ぎた後、やっとコルドーの前に辿り着く。そこには透明な壁はなく、先ほどまで居た女性陣はいない。
「分かった事を教えろ。」
ワーグは一度お辞儀をすると、姿勢を整える。
「古代文字を使用して入らなければならない場所は、今のところ女性でないと入室出来ない事が分かりました。理由はハッキリとしませんが、男性に見られると恥ずかしいようです。」
その報告を聞いても笑わない。
今迄にも特殊な理由で調べが進まなかった経験があったからだ。
「よし、お前には期待している。女を適当に連れて行け。」
「ありがとうございます。」
隣の部屋から胸を丸出しにした女性が出てきて、頬を赤くして目を逸らす。
「あの、慣れないモノで、出来れば隠していただけませんか?」
今度は笑った。
「いずれお前にも与えてやるのだ、慣れた方がいいぞ。」
「え、あ、はい・・・。では、左から三人程お借りします。」
肩掛けで胸を隠した女性がワーグの後ろに立った。
ただ付いてきただけになったホールズの方は、今の立場をしっかりと理解した。
ワーグの持つ言語加護によって解明された事は多い。
猊下が彼を重用している様子はなかったが、期待しているとの言葉は事実であり、直ぐに応じた所を見れば、彼の、ワーグの持つ能力は本物という事だ。
「お前は・・・ホールズだったな?」
「覚えて頂きありがとうございます。」
「その男の言う事は守れ。協力を惜しむな。」
敬礼で応じ、判断は正しかった。
先ほどの場所に戻ると、部下が直立不動で待っていた。先ほどの読書男の後ろには女性がいて、最後尾に彼の求める姿はあった。
「隊長、これは一体?」
「猊下がお貸しくださったのだ、黙って見ていろ。」
上司に言われ、黙って見ていたが、上司の指示ではなく、もう一人の読書男が女性に指示をしていて、紙に書かれた文字を見せている。
「これと同じように指で壁になぞってください。」
「魔力は必要ですか?」
「特に必要は無い筈です、私でも開ける場所は有りましたので。」
魔力無しの男だったと知り、さらにガッカリしている。なぜこんな男を自由にさせているのか、隊長の方針が分からない。
「済みませんが吸い込まれないように押さえてもらえますか?」
魔力無し男が隊長に命令したところで小さなイライラが爆発した。
「お前はなんでそんなに偉そうなんだ?」
身体を割り込ませ、自分の上司の前に出て文句を言う。その所為で女性が文字を書いた直後に身体を押さえる事が出来ず、開いた壁に読書男と女性は同時に吸い込まれ、4人が取り残された。
「あ、待て!」
手を伸ばすが間に合わず、壁の穴は塞がってしまった。もう少しで閉じる前に入れたはずだと。
「お前は、何故邪魔をする?」
「え、いや、あの男の態度悪くないですか?!」
「態度の問題ではない、何故邪魔をしたのか訊いている。」
表情が硬くなっていて、どう見ても怒る直前であった。
「あんな本しか読んでいない男に何ができるというのですか?」
「お前が読めない本を読んでいる。少なくともこのゴリテアに乗れたという事はお前にも役割があっての事だろう。だが、他の者の役割を理解せず、猊下のお気に入りに嫌がらせをしたとなればタダでは済まんぞ。」
その信じられない言葉を聴いて、背筋が凍る。
「そ、その、お気に入りって何です?」
確かめるように尋ねた声は震えている。
「私の妻が中に居て、出られずに何をしているのかもわからない中、女性が三人、お前の言う本しか読まない男に猊下がお貸しくださったのだ。さっきも言ったよな?」
貸した事は確かに言ったし、隊長の妻が中に閉じ込められていた事も、今さらに思い出していた。
「も、ももも。もしかして、ゴリテアから堕とされたりはしません・・・よね?」
「知らん、自分で猊下にお尋ねしてみろ。」
もちろん訊けるはずもなく、近付く事も出来ず、あの男が自分達が乗り込む以前より居座っていたのは知っていたが、汗を流して働いている様子もなく、本を読むか、飯を食っているところしか見た事がない。
こんなことろで堕とされてしまっては、生きてはいけない。挽回するチャンスが来る事を祈りつつ、壁を背に直立不動となった事で、自分への戒めとしたが、そんな事は誰も期待していなかった。
ミカエル「石鹸を使っているのか・・・
太郎「なんでそんな事をこんな時に・・・
ミカエル「良い石鹸が有るのなら売ってくれ
太郎「これが終わったらね
ミカエル「ふむ・・・
ウンダンヌ「なにやってんのよー! って聞こえないのよね・・・クスン




