第26話 決意
ドキドキ・・・してくれたらうれしいです。
昼食までたっぷり話をしてダンダイルは帰った。フーリンの手料理を大喜びで食べている姿は、確かに子供のようにも見える。あっちの世界から持ってきた果物を食べた時は目を輝かせていた。林檎と梨を何個か渡すと、喜んで受け取った後に十分気を付けて行動する事を強く言われた。俺も目立ちたくはない。はい、気を付けます。
マナとフーリンは最近話をする機会が多い。ポチの方はもう万全でいつでも訓練をしたい表情をしているが、フーリンはいつもどこか忙しそうだ。マナの事を調べているのかもしれない。ってか、ベッドにエロ本が置いてある。なんでこんなところに・・・。まあ見なかったことに・・・ふむ。イチャイチャどエロ本か。絵は普通だなあ・・・。まあこういう絵を描いても需要がなさそうな世界ではあるが・・・よし、俺は見なかったぞー。
フーリンがマナと用事が有るというので今夜は別々になった。
「ちょっと積もる話もあるので今夜はこちらに。」
なぜかポチもいない。まあ久しぶりに一人で寝るか。・・・すごい静かだ。あの事件以降、兵士による見回りが強化され、今までも少ない数ではなかったが、更に多くしたらしい。もちろんフーリンさんから聞いた話だ。あっちの世界で同じ時刻ならまだ外はうるさい。とはいえ正確な時刻は良く分からないが。
1人でぼーっと天井を見ている。なんか色々考えさせられる夜だ。そうか、だから一人にして貰ったのか。そう思っていたらノック音が聞こえる。返事をすると、入ってきたのはスーだった。
「寝てましたか?」
部屋は真っ暗ではなく、ランプの光がゆらゆらと室内を照らしている。スーの顔が少し赤く見えたのは気のせいだと思ったが、そうではなかった。
半身だけ起こすと、スーがベッドの横に立った。
「いろいろご迷惑おかけしました。」
「気にしなくていいよ。こうやって生きているし、いろいろと課題も目標も出来たからね。これからもっと頑張らないと。」
スーが頬を赤くして視線を逸らした。窓の方を見ているが、中庭が見える他は星空が綺麗なくらいでいつもと変わらない。大気汚染ってないんだろう。
「あの時のこと覚えてますか?」
「あの時?」
「カジノの話です。」
頬を舐められた時の事だろう。マナでは出来ないこと・・・。なんだろう。
「座っていいですか?」
「うん。」
いつもの口調とは違う、丁寧さの中に恥ずかしさを感じる。
「ワンゴの事もあったんですけど、少し昔を思い出してしまいまして。」
「故郷の事?」
「故郷・・・そうですね、ギンギールからこの王都に来るまで、苦労しました。そしてアンサンブルではたくさんの魔物を退治していたんです。あの頃はまだ勇者が少なかったので、安定した収入に成りました。勇者が少ない分、野盗というか、盗賊や山賊が結構頻繁に現れたんですよ。その中の一人があのワンゴです。」
アンサンブルでの冒険者だった当時のスーは仲間を作らなかった。ほとんど一人で魔物を退治していて、どうしても無理なときだけ傭兵を雇った。戦力としてではなく、荷物持ちの為に。依頼を沢山こなしているうちに有名になると、邪魔をする者が現れた。それがワンゴで、最初は普通に口説かれたが、何度も断っていると、仕事の邪魔をするようになった。あまりに腹が立ったので部下を数人倒すと直接戦う事になった。その時からスーはワンゴに勝てなかった。
「女だから見逃してやるよ。」
その言葉はすごく悔しくて、凄く腹が立ったけど、実力差ははっきりしていた。
「盗賊の癖にやたら強いんですよ。流石に勇者が現れたという噂が広まった時はいつの間にかいなくなってましたけどね。」
「勇者ってそんなに簡単に現れるものなんだ。」
「理由は知らないですけど、特定の条件を満たしている者を勇者と呼びます。とにかく死んでも死なないって言うか、あんな化け物はもう戦いたくないって思うくらい。」
スーがそう思うくらいだから相当強いのだろう。
「でも、そんな誰もが、嫌がる相手を撃退する人がいたんです。その時は分からなかったんですけど、勇者を専門に撃退していたのはフーリン様でした。ダンダイル様もかなり強いお方ですけど、フーリン様は別格です。そのフーリン様でも撃退させる事しか出来ないのですから、勇者ってそれだけで恐ろしいんですよ。」
「それは結構絶望的な情報だなあ。」
「あ、済みません。勇者の事は今回関係ないのです。」
「ん?」
「えっと・・・私はいろいろな魔物退治をしていて、ちょっと勇者の強さがどんなものか確認してやろうって気持ちで討伐依頼を受けたんです。まあわかるでしょうけど、失敗したんです。死者も出たくらい悲惨でした。」
どんなに頑張っても勝てない相手が存在する事に、自分は無駄な事をしているんじゃないかという思いが強くなった。強くなっていく気持ちは別の方向で忘れよう。
「それから私は、依頼を失敗した事をすごく後悔して、勝手に落ち込んでいたんです。忘れるために、毎日酒を飲んでカジノで遊んでいました。」
「よくお金が続いたね。」
「続くわけないじゃないですか。」
スーが顔を赤くして俺を見つめる。瞳が光の反射で輝いていて、神秘的にも見えた。
「・・・私は太郎さんから見てどうですか?」
「ど、どうって・・・。」
流石に何を求めているかは分かる。
「十分、魅力的だと思うよ。」
僅かに笑顔を作ったが、直ぐに表情を消した。真剣な眼差しを向ける。
「昔から看板娘をやっていたこともあって、ちょっと自信あるんです。だから、身体を売ってお金を稼いでいました。」
「え。」
「太郎さん、吃驚するって事は私はそんな女に見ていなかったって事ですよね。それだけでも嬉しいです。」
「ギャンブルが好きってそのころから?」
「そうです。たまには勝つこともあったんですけど、殆ど負けてました。調子に乗っちゃうんですよね、最後にいつも失敗するんです。でも、それはイカサマもありました。私は有り得ない借金を作って性奴隷になっていたんです。最初はすごく辛かったです。でも気が付いたら半分以上記憶が無くなって、言われることは何でも受け入れていました。全裸で犬の様に歩かされたこともあるんですよ。」
すごく悲しい表情に、声をかけることは出来なかった。言葉が見つからない。
「私の事、可哀想だって思ってますよね?」
「え、あ、う、うん。」
「それで、あのカジノの時の事です。」
「あぁ、マナでは出来なかったあんなことまでするっていう・・・。」
「そうです、そうです。でも太郎さん、その前からも結構モーションかけてたけど無視してましたよね。世界樹様がいない時でも。やっぱり、私じゃダメですか?」
じっと見つめてきた。長い沈黙が続く。何をして欲しいのか、何をするべきかなのはわかっているが。俺の心の中での自問自答が長い。スーが俺の胸の位置におでこを乗せるようにぴったりとつける。
「太郎さんが一人だけになった理由は分かりませんか?」
また無言になる。胸の鼓動がすごい。ちょっとオーバーヒート気味だ。
「世界樹様を大切に思っている事を分かった上です。それに、実は私の為にして欲しいんです。」
「どういう・・・?」
「私恐いんです。好きな人ができても、その・・・エッチなことできないんです。身体が拒否してしまって・・・自分でコントロールできる内は良いんです。でも、あの時私の肩を抱いてくれましたよね。」
「うん。」
「あれだけでも本当はすごく怖かったんです。やっぱりダメだなーって思いました。」
「あ、う、うん・・・でも、別に俺じゃなくても、無理しなくてもいいんじゃないのかな。」
「太郎さんが優しい人なのは分かります。世界樹様を好きな事も知ってます。でも、それを承知のうえで、今夜だけ、今だけでいいです。太郎さんの一番にさせてください。」
スーは顔を俺に見せるように少し離れ、見つめてきた。涙がポロポロと流れ落ちているが、普段のスーからは想像できないほどの乙女の表情をしていた。笑顔と紅みを帯びた頬が魅力を引き立てる。
「私の辛かった事を太郎さんで上書きしてください。お願いします・・・。」
こんなことを言われて断れる男がいるはずもない。少なくとも俺は断れない。
「・・・。」
ゆっくりと近づく顔は目を閉じていて、スーは身体を太郎に預けると、それを受け止める。唇が重なり、僅かに震える身体を強く抱きしめた。
気が付いたら朝だった。スーの姿は無い。枕には昨日の涙の痕がしっかりと残っている。いつもならマナが飛び込んできてもおかしくないのだが、今日はポチがやって来た。
「わん。」
「ど、どうしたんだポチ?」
「・・・犬のフリをする練習も必要かと思ってな。朝飯だぞ。」
食卓にはスーもマナもいる。挨拶をするとマナは返事もしないで食べ続けていた。スーはこちらをちょっと見ただけで、下を向いた。頬はまだ少し赤い。
「あら、おはよう太郎君。」
いつもの席に座ると朝食が出る。手を合わせてから食事を始めると、マナが椅子を蹴って立ち上がった。
「魔法の練習をするから、すぐ食べてね!」
声が大きい。ポチが黙ってマナについて行く。
「世界樹様は自分がイライラしている事にイライラしているの。だから気にしないであげて。」
「は、はぃ・・・。」
スーの方もしばらくして立ち去った。道具屋を開店させに行ったのでこれもいつも通りだ。フーリンが自分の席について食事を始める。
「ところで、今のままだとダメなのも身体でわかっているわよね。」
「もちろんです。もっと強くならないと。」
「どのくらいの時間がかかるとか気にしないでいいわ。強くなる速さは人それぞれだもの。それに、太郎君はちょっと自分の力というか、マナを持て余している感じもするわ。だからね、3か月とか半年とか区切って考える必要は無いの。もっと心の余裕も作って、じっくり強くなりなさい。」
フーリンが空のコップを二つ俺の目の前に置いた。魔法で水を出す。
「やっぱり太郎君の水は美味しいわね。これが飲めなくなったら寂しくなっちゃうかも。」
「え、そうなんですか?」
「そうよー、太郎君の水が飲めなくなったら泣いちゃうかもね。」
「そんな、大袈裟ですよ。」
他愛のない会話の様にも聞こえる。しかし、本当のところは俺がここから旅立ってしまうのが早すぎると、スーが寂しさを感じてしまう。という事を暗に言っているのだと解釈した。スーが最後に俺に言った言葉。昨日の夜の最後の記憶。
「嘘じゃないですよ。本当に大好きですから。」
思い出すと顔が真っ赤になる。頭からそれを消して、先を考える。旅の予定というモノに期限は無かったはずだし、早い方がいいだろうけど、すでに50年という歳月を無駄にしている。それならいっそのこと、ここでどこまで強くなれるか試すのもありだろう。環境はかなりいいはずだ。勇者の動向は気になるけど、だからこそ今は旅に出るよりも自分を鍛える方が重要なのだ。
だからなのか、嬉しくて、楽しくて、辛い日も有ったけど、あっという間に一年が経過していた。