第267話 化け物
戦場が大変混雑しております...
上空という程、高くはないが、見上げるとマリアとマチルダがポチに火球と氷塊を交互にぶつけているが、さらに加速すると、二人を跳ね飛ばし、向きを変えてもう一度弾き飛ばした。
魔女相手にあれほど圧倒した攻撃をしていて、反撃しようとする隙も与えずに、間断なく攻撃を繰り返す。
「あの二人が一方的に・・・。」
「油断するな、勇者達はまだいるんだぞ。」
「勇者達はなんで回復するんだ?こっちのテリトリーなんだよな?」
「そのはずなんだけど、魅了もしてきたし・・・。」
オリビアが近寄ってきて、その疑問の答えになるきっかけを口にする。
「あいつは何か棒のようなモノを持っている。盾かと思って訊いたところ、槍だと答えた。」
「そんなのどこにも持ってないじゃない。」
「見えない槍だ。」
マナを消費してイメージを具現化するのが魔法なのに、その魔法を他人には見せずに発動する方法・・・?
「目に見えず、テリトリーをもモノともしない・・・、いや、寄せ付けないというのなら結界?でも、それだとかなり巨大に・・・。」
「結界を自由に変化させる事が出来るのですかね?」
飛んできた勇者達はここに近付いてきた時に落ちたのだから、テリトリーとしての効果は発揮しているはず・・・。
「インターネットみたいに繋がってるのか・・・?」
そういう発想が出来るのは太郎しかいない。
もっとも、その太郎もネットという環境が無くなって一年以上が経過していて、インターネットなどという言葉自体も久しぶりに口にしたのだ。
「いんたぁねっとぉ?」
ナナハルが変なイントネーションで言う。
しかし、会話をしている余裕はすぐに無くなった。
何度倒しても立ち上がる勇者達がまた飛び込んでくる。
「数だけは多いがたいして強くない勇者だ、必ず二人一組で戦ってケチらせ!」
周囲の状況をしっかりと見ているトヒラの号令が飛び、兵士達が対処する。
「俺達って強くなったんだな?」
「ああ、あの勇者相手に勝ってるぞ!」
「どんどん攻めて近寄らせるな!」
兵士達の士気が上がったところにうどんが範囲回復魔法を放ち、混戦状態にもかかわらず味方だけが回復する。
「なんか、力が溢れてくる?!」
「うどんさんだーーー!」
「だいすきだー!」
「ひゃっほぅ!」
妙な言葉も混じるが、うどんがこの村で人気者なのは間違いない。オリビアも仲間の回復を確認し、仲間たちのもとへ戻って勇者達と対峙する。
あの癒し効果は男女問わず絶大な効果が有り、この村に滞在する者にとって、見た事もない聖女よりも、聖母のようなうどんの方が好きなのだ。
そんな声を聴いてもにっこりと微笑むうどんに、太郎が疑問を持つ。
「今のどうやったん?」
「普通に回復しました。お疲れの様なので。」
「そうじゃなくて、どうやって仲間だけを回復したんだ?」
「相手は勇者ですので、勇者以外を回復しました。」
太郎が上空で苦戦する二人を見上げる。
「あっちは?」
「回復していません。」
あの魔女が苦戦している。
光の矢のようなモノが尾をひいて襲い掛かるが、中る直前でかき消されている。そして、突進するポチの攻撃を防ぐシールドを張る前に弾き飛ばされ、墜落していく。
地面に激突するのはなんとか防いだが、スレスレだ。
「なんで中らないの・・・。」
「中ってるわよ。」
私の結界にね。
と、心の中でつぶやく。
「回復しますか?」
「あの二人だけを出来るか?」
「それなら出来ます。」
50メートルぐらい離れているが、うどんが魔女に向けて手のひらを向けると、魔女の周囲がうっすらと白く輝く。
「それはさせないわ。」
ポチに乗った聖女が間に入ると、輝きが消えた。
が、再び薄らと白く輝く。
「なんか白い筋が見えるわね。」
「回復魔法をピンポイントで発生させるのでコントロールが必要です。」
少しずつ回復する魔女を無視して、ポチがこちらに突進してきた。
「纏めて吹飛ばしてあげる!」
「スマン、ポチ!」
太郎が水玉を発生させ、ポチに向けてぶつける。
「無駄よ!」
言う通り、水玉が消える。
だが、さらに次の水玉が飛んで来た。
それも消されると、今度は水玉が大きくなって飛んでくる。
「しつこいわね!」
「まだまだ行くぞ!」
太郎の放つ水玉は大きくなる。次になるほど、どんどん大きくなる。
「ウソでしょ?!」
聖女とポチを纏めて水の中に圧し込めた。
うどんに回復して貰って少し余裕の出たマリアが、マチルダをに寄り添って呟く。
「あんな魔力の無駄使いみたいな戦い、太郎ちゃんじゃなきゃ無理ね。」
太郎は更に水玉を放ち、包み込んだ聖女を消されていく魔力に対抗する。
「とんでもないまりょ・・・あぶぶぶ・・・。」
そして、ついに包み込んだ。
「真正面から戦って勝つなんて、どっちがバケモノなのよ・・・。」
「でも、太郎ちゃんの魔力足りるかしら・・・。」
その心配は無用だった。
溢れるほどの魔力で、ついに閉じ込めることに成功した。
と、同時に勇者達の様子が少し変わる。
「立ち上がってこないわね。」
一人で何十人も相手にするフレアリスが最初に気が付いた。
次に気が付いたのは意外にもカラー達だった。
「いけるんじゃない?」
「いけそう?」
「いける!」
世界樹の枝葉に隠れていたカラー達が急降下して来て、倒れた勇者達をついばんだ。
効果はほぼ無い。
ケルベロスとキラービー達も戻ってきて、勇者達は三方向から攻め込まれ、兵士とエルフ達は善戦から攻勢に変わった。
「こんな戦い初めてだ。」
「記録にもない戦いだ。」
オリビアとトヒラがそれぞれの立場から呟いている。
魔物は敵だった。
今は味方で、敵が勇者なのだ。
こんな事はこの場で戦っている者達にも経験が無いのだ。
いや、一部はポチと一緒に魔物退治をしているので、ケルベロスに対しての恐怖心は薄れているかもしれない。
「あの群れに襲われても恐れない勇者達の方が怖いよな。」
「だが、俺達には良い追い風だ。」
「くるぞ!」
戦える自信付け、一人が攻撃を受け止め、もう一人が斬りかかる。次々と倒し、勇者達は立ち上がらないまま血を流している。
「立ち上がらせるなー!」
「おー!!」
カラー達が立ち上がろうとする勇者達の顔をつついて邪魔をする。これは意外にも効果的で、攻め込む兵士とエルフが、ついに太郎達に辿り着いた。
「あんた達、好きな男何人か絞って良いわよ!」
キラービー達が色めき立つ。
出来る限り傷が少なく、出来る限り若そうな男を見付けだして、巣に連れ帰って行く。勇者だから大丈夫だろう。
多分。
「どうやら抑え込めたようだな。」
「だけど、太郎殿がまだ戦っている。」
「解っているが、何も出来ないとはな。」
「ところであの鬼は一体?」
「ジェームス殿の仲間だ。」
「そういう意味ではなく、一人で50人ぐらいの戦力はあるのではないか?」
「解ってはいたが・・・とんでもないな。」
フレアリスによって吹き飛ばされた勇者達に、ケルベロス達が追い打ちをかける。このコンビネーションによって、次々と立ち上がれなくなり、勇者達の戦力が激減した。
「何なのよこの水!全然消えないじゃない・・・。」
水玉の中に閉じ込められた聖女はポチから離れて身を守る事に専念した。そのおかげなのか、ポチは水の中に飲み込まれていく。
「ウンダンヌ!」
「はいは~い。」
太郎の声に応じてどこからともなく現れ、ポチを水から吸い出す。ボトッと落ちた後、濡れた身体をぶるぶると震わせて水気を飛ばすと、キョトンとした表情で太郎を見ている。何が起きたのか理解していないようだ。
「ちょっと、太郎は無理しちゃダメよ。」
「そう言われても、水を出すのを止めたら閉じ込めてられないよ。」
「私に任せて。」
マリアが太郎の横まで近づいてきて、太郎の手から放出される水に両手を乗せた。
放出量が一瞬増えたかと思うと、マリアの手から水が放出される。
「止まった・・・。」
汗なのか、水に濡れただけなのか、座り込んでしまった太郎は全身をびっしょりと濡らしていて、そこへポチが悲しそうに寄って来る。何が起きたのか分からないが、分からない事が不安にさせる。
水の放出を引き継いだマリアが、普段のおっとりとした感じは全くなく、死を感じて怯えているような恐怖と戦っているのと似ているのかもしれない。
「(何よこの量・・・アホみたいに放出して魔力が持つわけないじゃないの・・・。魔力の質が違い過ぎて、私の魔力・・・質が変わる・・・どういうことなの?!)」
吸い出されるように減っていく魔力に危機感を覚え、無意識に弱めてしまった。
「残念、もう少しだったわね。」
その声と同時に水が四方に弾け、霧状に成った。直ぐにウンダンヌが飛び回り、水分を回収すると再び聖女の周囲に纏わり付く。
しかし、ウンダンヌの姿が真っ二つになって、ただの水様に流れ落ちる。
「消えっ・・・?!」
「あたしなら死なないから大丈夫よ。」
ウンダンヌは太郎の真横に再出現したが、少し姿が小さい。
「でも、魔力を吸われるとは思わなかったわ。」
「天然の魔力はなかなか味わえないモノね。」
聖女が自由に動けるようになった事で、勇者達が立ちあがる事を警戒したが、倒れたまま動かない。
「もう魔力を無駄に出来ないから節約させてもらったわ。」
「あんた、私達を一人で相手にするつもり?!」
フレアリスが鬼の力を叩きつけようと腕を振り下ろそうとすると、真横から攻撃を強制的に中断させられた。
身体ごと飛び込んできて二人が倒れた。
「ジェームス?!なんで邪魔したの?!」
「腕が無くなるのを黙って見てられないからな。」
「あら、良く気が付いたわね。」
「その前に精霊を真っ二つにしてたから気が付いたんだ。」
聖女が腕をくねくねと動かすと、危機感を感じて飛び退く。太郎も僅かに後退すると、何故かうどんが自ら前に出た。
「アナタは・・・?」
うどんがにっこりと微笑むと、今度は聖女が一歩下がる。
「うどん?」
「似た魔力を感じます。」
「私はアナタみたいな子供を産んだ覚えはないのだけど・・・(確かに似ているわね。どういう事かしら?)」
「サキュバスじゃないのか?」
「失礼ね、聖女よ。」
「そう言われると、うどんって聖女って程でもないけどサキュバスっていう程でもない、何とも言いにくい・・・。」
「太郎様の子でしたらいつでも生んで差し上げます。」
そういう事をサラっと言うのも困るけど、そんな事を言う状況ではない。
「あれ。あれあれ?」
不思議そうにうどんを見ている聖女が、何かをしているようだが、うどんに変化はない。諦めて何かを握っている手を突き出した時、うどんの身体に10cm程の穴が開いた。
「今だ!」
ジェームスが飛び掛かって剣を振り下ろすと、突き出した右腕が斬れて落ちた。そこにフレアリスが今度こそ鬼の力を込めて腕を振り下ろす。
「ぐぅっ!」
苦痛に歪んでいるのではなく、自分のミスに気が付いた悔しさからくる表情だ。落ちた腕をそのまま、後ろに退くと、スーがたたみかける。
「痛い、痛い。」
左腕をひらひらと動かして、素手でダマスカス鋼のレイピアを受け止め、最後に弾き返した。
そこに太郎が瞬間移動で後ろに回り、多少の罪悪感を持ちながら剣を振り下ろす。
「いったーい!」
血が飛び散る事は無く、水着のような服が切れて、胸が露わになった。
背中がぱっくりと切れているのが異様だ。
まるでゴムを切ったような気分で、罪悪感が薄れる。
「なんだこいつは・・・。」
驚いて呟いたのはジェームスであって、太郎は声も出せない。
切れた身体も、服も、無くなった腕も、一瞬で元に戻った。
「そういう事なら・・・。」
太郎は覚悟を決めて斬りかかる。最初は防ごうとしていた聖女が違和感に気が付き、後方に逃げるのを追いかけて、更に攻撃を続ける。
「し、しつこいわね!」
両手を動かして何かを作り出しているのをマリアは見逃さなかった。
「ちょ、ちょっとなんで切れるのよ!」
「なにも切ってないが?」
太郎は追いかけ、聖女は向きを変えずに太郎と対峙したまま下がっていく。太郎の攻撃を紙一重で躱していくので、マリアが加勢する。
「やっと解ったわ。」
「くっ!」
マリアが不思議な手の動きで聖女の動きを封じた。
「人じゃないなら斬りやすい!」
太郎が無慈悲に剣を突き刺し、更に払っていく。
「やっぱり、あいつも私達とおんなじみたいね。」
「そのようです。」
マナとうどんの会話が聞こえたワケではないが、切って、斬って、最後は伐るように、身体を上下真っ二つにした。
「バケモノか!」
「どっちがよ!」
バラバラになって身体の部位が崩れ落ちたところ、足元から再生していく。
「なんで結界を斬れる剣を持ってるのよ?!」
「は?」
「あの女は結界を作って空を斬ってるのよ。」
「結界って身を守ったり封印するのに使うんじゃないの?」
「表側はね。裏側を使うとどんな物質でも切れる武器になるわ。結界の強さで切れる限界は有るのだけど。」
「・・・初耳なんだけど?」
「今知ったのよ。結界を裏返して使える人なんて初めて見たわね。」
「バカ女はさっき使ってなかった?」
「理解できたからね。真似されても困るわ。」
「ふ~ん・・・。」
マナが真似して手をクネクネと動かしたが、表情が歪んでいく。
魔法制御が難しいようだ。
うどんも真似しているが巧く出来ないらしい。
「あんた、何で出来るのよ!」
「裏返すのにコツがね。」
「あんたなんかに強く成られても困るじゃないの!」
「直ぐ傍に、その裏返した結界をスパスパと斬る人が居るのだけど?」
視線が太郎に集まる。
「俺は斬った感覚がないんだが?」
「その剣をあいつに向けたら良いわ。」
言われた通りに向けると、聖女が三歩、後ずさりする。
「勇者達を回復する力も無いようね?」
表情が曇る。
十分に回復したマチルダが、聖女の後ろに回ってゆく手を阻むと、他の仲間達がたった一人の聖女を囲むまで、微動だにしなかった。
「結界も張らせてもらったわ。自分の身体を治すのにかなりの魔力を使ったんじゃない?」
「うっ・・・。」
苦しむ表情でその場にしゃがみこんだ。
「さて、太郎君。どうする?」
戦意を喪失している相手に剣を向けたりはしないジェームスが、太郎に問う。
「どうするって・・・どうしよう?」
殺そうとも追放しようとも言わないのが太郎である。
かといってこのまま帰すというのも変な話で、勝手にやって来たのだから、勝手に帰って貰いたいものである。
「見逃すにしては被害も大きいしなあ。」
自分達がコルドーで出した被害を棚の上にあげている。
「とりあえずここに来た目的を教えてもらいたい。」
「あなたが目的なんだけど。」
「おれ?・・・なんで?」
「だってー、一番魔力持ってそうなんだもん。」
「なんで魔力が。」
「帰るのに必要だからよ。」
「帰るって・・・?」
今度はぺたんと女の子座りをする。
なんで、仕草が艶っぽいんだ。
「強制的に召喚されたから元の世界に戻りたいのだけれど、どのくらい魔力が必要か分からないから集めてたのよ。」
「魔力があったら帰る事が可能だと思ってるの?」
少しきつい口調で、責めるように問うのはマチルダだ。
呼んだ原因の張本人であるから、気に成る事でもある。
「知らないわよ。召喚されたのだって初めてなんだから。」
そりゃそーだ。
思案しつつマナを見ると、太郎の考えが伝わったようである。
「あんたがバカな奴に利用されたと、信頼できるものがあれば協力するわよ。」
「マナの場合は自ら異世界に行って帰ってきたわけだから、不可能ではないよね。」
「あれは、神様に手伝ってもらったからね。」
何言ってるのかしら・・・?
「ホントにこんな奴に手助けするのか?」
「・・・。」
グレッグは睨み付け、マギは困った表情で見詰めている。
「太郎殿が決める事だ。」
「・・・ふん。」
諦めて引き下がるが、マチルダの傍に行くのではなく、その場に立っている。グレッグもまた、どうして良いのか困っているのだ。
そんな事を気にしないで戻ってきて欲しいマチルダも、何か声をかけるきっかけが掴めずにいた。
「うぅっ・・・。」
傷付いて動けない勇者達の中には、まだ戦意を喪失していない者も居るし、戦いを挑もうとする者もいて、兵士達は監視を強めている。強さも恐怖心も感じない勇者は、兵士達から見てもただの雑魚同然だったが、危険な存在であるという認識は変わらない。まだ他から現れるかもしれないという危機感だけは無くさないよう、トヒラが注意している。
そんな中で突然の大声が響く。
「かえりたいよぉぉ~~~。」
それは泣き声だった。
あれほどの美貌がありながら、今の姿は子供のように泣き叫んでいる。
皆が見詰める中、ためらわず抱きしめたのはうどんだった。




