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第266話 急接近

 村に戻る途中、鉱山から村までのトロッコ鉄道は運行を停止していて、鉱山の入口近くまで避難者で溢れていた。溢れた者達を守っているのは兵士の仕事だが、正直言えば自分の身を守りたい。何しろ勇者が群れでやって来たという情報は広がっていて、その中心に居るのが聖女ではないかと噂になっているのだ。


「まいったな・・・。」

「飛んで行きましょう。」


 太郎は頷いて、魔女以外を土魔法で作った薄い板の上に乗せ、飛び上がった。この方が魔力消費が少なくて済むからなのだが、こんな方法で移動するなどという発想が魔女には無い。

 因みに二人は勝手に飛んで行ったので乗る発想もない。

 マギとグレッグも付いてくる事になって、二人は緊張した表情で空を睨んでいる。足場が薄いので、透けて見える眼下では兵士とエルフが共同で戦線を維持していて、村への侵入は防いでいるようだ。




 戦いに巻き込まれてしまった者達は、理由も解らず殴り込んでくる勇者を相手に、善戦しているようだった。エルフを率いて戦うオリビアは、戦闘の苦手な者や戦えない者を避難誘導しつつ、前線への指示も怠らない。

 だが、背筋に冷たい汗が流れ落ちてくる悪寒に、思わず足を止めた。


「あんな化け物は見た事がない・・・。」


 オリビアが上空に浮かぶ女性を見ただけで滝の様に汗を流した。

 別の場所では別の問題を抱えて、抱えきれない者でも手放しに出来ず、助けを求める声が飛ぶ。


「ツクモよ!我が子らを連れて孤児院に逃げるのだ!」


 子供達は戦う気満々だったが、母親に言われては引き下がるしかない。一人で逃げるつもりだった妹も、異常事態に従う事しか出来ない。

 この緊急事態に太郎もいなければ魔女もいないのが辛過ぎた。どこからともなく現れる勇者の一団に、まともに抵抗できるのはスーとオリビアとナナハルの三人と、ポチやグリフォンで、ツクモも戦力にはなるが、自分が盾と成ると決めたのだから、妹には村を、子供達を守る最後の壁になってもらう必要があった。

 そしてスーとポチは何処へ行ったのか分からず、考えれば分かるような事でも目の前の異常事態に混乱しているのが解る。

 ダンダイルとフーリンは村ではなく魔王国に戻っていて、ミカエルは既にいない。トヒラは残っているのだが、直接的な戦力ではなく、カール以下の兵士達を指揮していた。

 グリフォンは最初に突撃して、勇者の集中攻撃を喰らって今はエカテリーナが持っていたポーションで治療中である。そのの行動は無謀であったが、かなりの時間稼ぎになったおかげで、村人や旅人を避難させる事が出来たし、兵士とエルフが村に侵入しようとする勇者達への防衛線を作る事が出来たので、初戦における最大の功労者である。

 家の中に避難していて、絶対に出るなと言われたエカテリーナは、ただ窓から外を眺める事しか出来ない。ゴルギャン母娘などは震えて動けずにいたところをベヒモスが無理やり連れてきたのだ。チーズたち親子は孤児院に避難していて、孤児院の子供達が勝手に出掛けない様に見守っている。


「悔しいぞ、我が・・・我がただのお荷物なんて・・・。」

「お前は頑張ったぞ。」

「お前は何で戦わなかったんだ!」

「無謀にも突撃して傷付いた奴を助けないと怒られてしまうからな。」


 誰に怒られるのか、グリフォンは理解して悔しがっている。


「元の姿に戻って戦えば良かったんじゃないのか?」

「どっちでも強さは変わらないぞ。」

「本体じゃないのか?」

「どっちも本体だ。」


 エカテリーナには理解できない会話をしている時、家の外ではナナハルにとっての予定外の戦力が二人いた。

 ジェームスとフレアリスである。


「太郎君が帰る家くらいは守らないとなあ・・・。」

「そうね。」


 世話になっているのでそのくらいの事はしてやりたい。

 勇者の強さは理解している。あの聖女が居る限り死なない存在であり、死んだ後もその場で復活する。まるで聖女を守る為にだけ存在しているような、不死の軍団である。

 走り込んで抜刀する者を視界におさめたその時、眉間にしわが寄る。

 

「こっちにも来たぞ。」


 面倒臭そうに言った。


「そう・・・ねっ!」


 突撃してくる勇者達を正拳突きの拳圧で纏めて吹飛ばす。直接剣を交えても無駄なので、吹き飛ばすだけだ。そうなると、ジェームスの出番がない。

 

「なんか、数が増えてないか?50人くらいだと思っていたんだが・・・。」

「もしかしてこの村にも勇者が居たのかしら?」

「そういう可能性もあったな。」


 ジェームスが何も出来ない自分に悔しさを込めて上空の聖女を睨む。それが初めて見た存在であっても、聖女以外にあり得ないのだ。


「あんな化け物・・・。」


 その化け物が突然の飛来物によって、火球に包まれた。

 その後に爆発が続く。


「来たな。」

「そうね。」


 流れてもいない汗をぬぐう。

 緊張が少し解けた理由がソコに存在するからだ。

 そうすると周囲の状況も見えてきたジェームスが有る事に気が付く。


「ぅん?・・・向こうにバカな奴らがいるな。」


 それは混乱に乗じて火事場泥棒を試みる冒険者達だ。

 そんな事を許せるはずもないジェームスは、無力さと非力さを噛みしめながら対処に向かった。勇者に対する攻めと守りはフレアリスの方が優秀なのだから。




 その上空では、魔女二人が爆破魔法を放った後に左右に分かれて挟み込むように位置する。爆発が収まるのを待って、次の魔法を放つ準備をする。


「太郎よ!」


 ナナハルの声が耳に届き、下を見ると、浮き上がってくる者達に気が付く。


「そっちには行かせませんよー!」


 スーとポチが勇者の群に飛び込み、一人一人、丁寧に叩き落す。それを見下ろしている太郎には周囲が良く見える事もあり、あちこちで苦戦しているのがわかると、どうすればいいのか選択に悩んでしまう。


「俺達にやらせろ、お前はアレだけ見ていればいい。」


 そう言ったのはグレッグで、地上ではマギも参戦していた。そこそこの強さがあって、特訓の成果が発揮されているが、ジェームスは別の所で戦っていて、その活躍は見ていない。

 3人に叩かれて防戦になったマギを助けに飛び込むグレッグを眺めた聖女は、不機嫌な姿を現す。


「あの子、どうして・・・?」

「いつまでもあなたの思い通りにはならないってことよ。」

「ふ~ん・・・。」

「こっちなら私のテリトリーだからね!」


 マナが珍しく交戦的になっているようで、聖女に向かって飛び込んでゆく。

 そして姿が消えた。


「ちょっ・・・と・・・な、なに・・・いやっ、やめなさいよ、ヘンタイ!」


 え?

 マナさん、なにしてはるんですか?

 暫くすると、聖女の後方から更に勇者が飛んでくるのが見えるのだが、辿り着く前にボトボトと落ちていく。


「世界樹様は太郎様が行った事を再現していますね。」

「雨じゃないから・・・風?」


 ふんわりとした風が周囲を流れると、シルバが現れる。


「手を貸しても宜しいですか?」

「頼む。」


 聖女が何故か服を脱ぎ捨てると、もやもやした煙のようなモノが現れる。


「あんたの結界を使えなくさせてもらったわよ。」

「なんで胸やお尻を揉むのよ?!」

「柔らかいから?」


 楽しそうで何より。

 いや、違う。

 そうじゃない。


「今なら守るモノがないって訳ね!」


 マチルダが容赦なく、幾つもの岩石を出現させ、聖女にぶつけると、砕け散った。何かに手前で防がれたようだ。


「あっぶなー!」


 直後に反対方向から槍のように尖った光の筋が何本も襲い掛かり、その身体を突き刺した。


「ウソでしょ・・・刺さってるはずなのに。」

「こんな魔法吸い取って・・・あ゛ぶぶぶ・・・?!」


 突然降ってきた巨大な水玉に包み込まれ、更に渦を巻き、中でぐるぐると回転させられた。


「あばばばばばばば・・・がはっ!」


 魔女二人が太郎を見て驚いている。


「凄いけど、優しいわね。」


 あの化け物を相手に太郎は攻撃したのではなく、水に閉じ込めて溺れさせたのだ。そして目を回させて、フラフラになったところを落としていく。

 水玉が有るので落下の衝撃は軽減され、仰向けではなくわざとうつ伏せにする。


「魔力差があるとこんな事が出来るのね。」

「普通なら弾かれるか吸収されるモノなのに。」


 その頃別の場所で剣を交えるオリビアたちが、勇者を弾き返した時違和感を感じ、逃げるように退いていく勇者達の追撃をする仲間を止めた。


「追うだけで追撃はするな。」


 オリビアが剣を鞘に収め、一呼吸置いてから追いかける。追撃を誘発している可能性を考慮した結果なのだが、結果的には正解だった。


「なんじゃ、あれは・・・。」


 同じ様に追いかけてきたナナハルと合流すると、そこには聖女を囲んでいる太郎達の周りを勇者達が囲んでいて、100人どころではない人数が集まっていた。

 飛んでいる途中で落下した所為で正確な数が確認できなかったのだ。


「うふふ・・・。」


 ゆっくりと立ち上がり、何を笑っているのか、理解に苦しむ。


「美味しい水をありがとう。」


 突如、聖女の周囲から波のように水が出現し、太郎達どころか勇者達も巻き込んでいく。


「このあたしに水で攻めるなんてね!」


 ウンダンヌが水を吸い上げ、空に向けて四散させると、霧雨のように降り注ぐ。


「弾かれたわ。」


 いつの間にかマナが太郎の肩に座っている。


「創造魔法・・・。」


 マチルダの呟きは疑問ではなく確信である。


「なによ、この美味しい水は!」


 聖女はびっくりして叫んだ。

 でも、なんでそっちなの。


「まさか吸収できない程の水流でかき回されるとは思わなかったわ。」


 いつの間にか服を着ているが、パレオの様な衣装で、見える肌は美しく、妖艶そのものだった。まだ少しふらついているその隙を付いてスーが飛び込み、剣を突き立てたが、かざした手のひらに阻まれ、返す手で弾かれる。続いてポチとナナハルが上と下からの同時攻撃も弾いた。

 正確には触れる前に、何かにぶつかったようだった。


「・・・っ!」


 オリビアは何かに気が付き聖女の手前で剣を振った・・・感触があり、何かに弾かれる。


「見えない盾か。」

「残念、見えない槍よ。」


 そして、広げた手を軽く動かすと、オリビアは吹飛ばされ、転がった場所に勇者達が集まる。攻撃を受けそうになった時、勇者が左右に吹き飛び、誰かに助けられた。


「雑魚は私に任せなさい。」

「すまない、助かった。」


 聖女の腕が広がり、挑発するような煽る動きの後、激しい振動とほぼ同時に周囲360℃全ての地面がえぐれ、敵味方問わず浮き上がり、地面に叩きつけられ、更にえぐられた土が降ってくる。

 ただ一ヶ所を除いて。


「へぇ・・・これ、私の魔法ではかなり強い方なんだけど?」

「揺れはしたよ。それにガードしたのは俺じゃないんでね。」


 それはマナが両足を毛のように細くし、根となって地面に張り巡らせていたからだった。揺れてから行ったので太郎の周囲わずかしか間に合わなかったのだ。


「役に立つとは思わなかったけど、試してみるものね。」

「良く思い付いたな。」

「そりゃこっちの方が得意だもん。」

「それなら我らも助けて欲しかったぞ。」

「そうね。」


 そう言いながら口に入った土や泥を吐き出している。

 敵味方問わず同じ様になっているので勇者達も、土と泥で汚れている。しかし、そのまま何事もなかったように立ち上がった。


「もう同じ事が出来ないぐらい張ったから大丈夫よ。」


 今度は立ち上がった勇者達が襲い掛かってくる。中心に聖女が居て、その周囲を太郎達が、更に周囲を勇者が囲んでいる状況は変わっていない。


「だから、任せなさい!」


 フレアリスが右手を振り上げると10人ほどが浮き上がり、左手を振り上げると、更に10人が吹き飛ぶ。そのままの勢いで飛び込んで行き、勇者達のヘイトを一身に浴びる事になるが、次々と吹飛ばしていく。

 だが致命的なダメージを与える事は出来ず、再び立ち上がった者達が反撃に転じる。

 

「今だ、放て!」


 無数の矢が飛来し、勇者達に降り注ぐ。

 矢を放ったのはオリビアの仲間。

 エルフ達だ。

 太郎達に当たらないように放っている為、狙いの半分も当たっていない。

 だが、効果はあった。勇者の半数近くがエルフ達に視線を向ける。


「放て!」


 別方向から矢が降り注ぐ。魔王国兵士の弓兵によるものだが、普段の半数以下しかいない。それは暴れる旅人や冒険者を抑える為に動員してしまった所為で、苦心して集めたのは20名程度だった。

 それでも少ない分正確で、エルフに向かう勇者達の先頭集団に矢を浴びせてその戦力を削ぎ落とした。


「太郎殿に頼るのなら我らは我らの仕事をしろっ!」


 トヒラの怒号が飛び、自身も矢を放っている。魔法を使わないのは節約しているからだろう。腕や腹に矢が刺さり、勇者達はその場に倒れる。消えないのなら重症であっても死んではいないからだ。


「邪魔しないで貰える?私が用の有るのはそこの男だけ・・・。」


 聖女から視線を向けられたのは太郎だった。


「おれ?」

「あなたの魔力量がちょっと異常なのよね。だから・・・。」


 まだ後ろに控えている勇者達が一斉に太郎に向かってくる。


「ヤー!」


 何かの叫び声が聞こえたと思うと、無数の魔法の矢が向かってくる勇者達に突き刺さり、僅か数歩で前進を阻まれる。


「ワォーン!」


 今度はハッキリと分かる遠吠えの後に、ケルベロス達が勇者に襲い掛かる。


「な、なんで魔物が味方してるの?」

「あいつら・・・。」


 ポチが少し嬉しそうにしている。向かってくる勇者から太郎を守る為に前に出ていたのだが、嬉しい誤算だったのだから。


「魔獣かぁ・・・。」


 聖女が何を思ったのか、その身体から赤黒い炎のようなモノが見えたかと思うと、ポチとナナハルに向かってくる。


「な、なんだこの纏わり付く・・・。」


 ポチとナナハルがその場でもがき苦しんでいるのを見詰め、聖女は招くような動作で指を動かす。周囲に影響しているのか、太郎達の動きが鈍くなっただけでなく、勇者達も動かなくなる。


「我に魅了をかけるとは・・・!」


 ナナハルが人の姿から九尾に変わろうとするとき、自ら尻尾を一本引き千切って投げつけ、何かから逃れるように太郎の後ろに下がった。うどんとマナの強い力が働いているソバなら、何かから耐えられるようだ。だが、ポチは間に合わなかった。


「予想外のいい結果ね。こっちにいらっしゃい。」


 ポチは招かれるまま、聖女のソバに行き、その背に乗せた。


「ポチちゃん!」


 フレアリスの叫びは、マギとグレッグの心に突き刺さる。

 操られる姿を見ていられず、二人はオリビアと協力して、勇者達を太郎達に近づけさせないようにする。一人一人は弱いが、何度殴り倒しても怪我が治って立ち上がるので、すでに疲労はピーク寸前だ。

 ケルベロスとキラービーの群れは十分な活躍をして、勇者達を完全に抑え込んだ。しかし、ポチの姿を見て絶望するように逃げて行った。

 苦しそうにしつつも、ナナハルが弁明するように代弁する。


「あ奴らも操られてしまっては太郎に顔向け出来ないであろう。」


 動悸を引き起こしているかのように息が荒い。

 辛そうなのを見ていられず、ポチに乗る聖女を睨みつつ、ナナハルに近寄る。


「太郎!」

「は?」


 ナナハルは人の姿に戻れ切れず、半分キツネの姿のまま太郎を覆うように抱き付いた。荒い呼吸が収まり、姿の人に戻っていく。


「私まで巻き込まないで~~。」

「ふぅ・・・やはり太郎の魔力は良いの。落ち着いた。」

「だけど、アレどうする?」


 ポチに乗って空を翔ける聖女は、空中に逃げた魔女二人に襲い掛かった。






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