第264話 文様の謎
「お目覚めですか?」
「あ、ああ、うん。」
一糸まとわぬ姿のうどんの膝を枕にしている太郎は、見上げても顔は見えない。胸が大き過ぎて邪魔なのである。
身を起こして顔を再確認する。
「よかった。」
「太郎様は無茶し過ぎです。」
めっ!
って表情をするのを見て太郎は顔が赤くなった。
あまりにも無茶しすぎるのでうどんの方から外に出る事を意識しなければ、太郎は、また魔力が枯渇するまで出すだろう事を理解している。
「それで調整が出来なくなったんだ?」
「太郎様の体力を多少奪ってしまいましたが、枯渇するよりは良いだろうと思いました。」
「なんだこいつら・・・。」
とはベヒモスの呟きである。
「タローはこういう奴だ。他人の為に直ぐ無茶するんだ。」
「ふぅん・・・。」
何故となく納得した雰囲気だ。
「うどんは何ともないの?」
「はい、いつも通りです。」
そう言うと今度はマナを抱きしめた。
とりあえず服を着て欲しい。
「勇者が二人いるのに、結界を開放しても大丈夫なんですか?」
「さあ~?」
以前使用された風呂のある城内は、今も使われていて、定期的に入浴に来る姿が確認できる。そのデュラハーン達は、二人を見て不思議に思うよりも、その二人の前に居る肌の黒い少女の方が気になっていた。
その少女はこの世界では世界樹と呼ばれているが、ただのトレントで、今の能力と姿は太郎とマナのおかげだ。
「いっぱい魔力を貰ったから、大丈夫です。」
「太郎ちゃんの方が美味しいかったのよね~?」
「うんうん・・・あ、いえいえ、そんな事は・・・。」
「無理しなくても良いわ~。」
マリアは自分で振った話題なのに、深い溜息をついた。同じ創造魔法であるのにこれほどの差があるとは知らなかったのである。
「それでこの二人をどうするんですか?」
「因子を取り除く・・・方法なんて知らないのよね。」
「因子?」
因子という言葉を初めて聞いたわけではないが、因子というモノがどういうモノかを知らない。研究者によると魔法ではなく、自然に刷り込まれるモノだと言われていた筈だった。だが、あの聖女は魔法因子と言った。魔法で因子を刷り込めるのなら、解除する方法もあるはず・・・。
と、思考はここで止まってしまう。
「勇者一人を倒すのに苦労した記憶が・・・。」
「その、因子って?」
「簡単に言うと人が持っている遺伝可能な特殊能力の事なんだけど~。」
トレントとマチルダはパチパチと瞬いた。
「親の持つ加護を子が引き継ぐみたいなものよ。」
「勇者の加護って事ですか?」
「まあ~、そんな感じ。」
説明するにも上手く説明できる自信がない。
何しろ研究した事も無いし、一人では研究する方法も不明だった為に、諦めたモノの一つである。
「魔法で操作可能であるのなら、消す方法だってある筈なのよ~。」
それは召喚が可能なら送喚も可能だろうという逆説的なモノで、単純に言えば作れるのなら壊せるという事だ。
「魔力感知が可能なら薄めるくらいなら。」
トレントの言葉にマリアが吃驚する。
「弱めるってことね~・・・なる程ねぇ。」
「この結界を解除しないと調べる事も出来ませんけど。」
「どっちから試す~?」
マチルダは本気で悩んで正確に5分後、決断した。
「女の子の方で。」
失敗した事を考えての決断である事は理解できるし、失敗しても構わない方で試すのも間違ってはいない。そして、それはマチルダの価値観である。
「じゃあ始めるわね。」
目が怪しく光ると、結界が解除され、直ぐに回復魔法で治療する。暫くして目を覚ました女の子は、自分がしてきたことを思い出して、いきなり泣き出した。
泣き止むのを待って数分。
少女の姿をしたトレントに抱きしめられて更に数分待つと、深呼吸して二人に礼を言った。
「た、助けていただいてありがとうございます。」
「まだ助かってないわ。今いる場所から外に出るとまた元に戻ってしまうのよ。」
「・・・ここは何処ですか?」
「正確に言うと私が作った魔法袋の中。」
「・・・?」
それだけで伝わらなかったので詳しい説明を加える。
納得するまでに同じ説明を3度繰り返す事になったが、理解した後は驚きの連続である。あの聖女の姿も無ければ何も感じないのがその証拠である。
「それで、私は勇者の能力を失うんですか?」
「まだ解らないわ。」
「弱めても問題ないですか?」
トレントの少女がそう言うと、奥歯をぐっと噛んでうなずく。決断にはいろいろな思いがあるのだが、自分がやってしまった事による後悔は強い。
それが彼女の意思ではなかったとしても・・・。
「えっ・・・?!」
マギの衣服をずらし、お尻を丸出しにしたので顔が赤くなっている。恥ずかしさで瞼に力が入り、身体を僅かに震わせている。周りで見ていた者達もソッポを向いた。
「コレですね。無意味に強い魔力を感じます。」
「文様のカタチに意味はあるの?」
「ソレは判らなかったけど、浮き上がる前から本人とは少し違う魔力が感知できるから、あとどのくらいで勇者として覚醒するのか分かるの。」
「そんな研究してたの?」
今度はマチルダまで頬を染めて横を向いたので、マリアは回答を得ることなく、トレントが触っている行為を凝視した。
「変な感じです・・・まるで魔石みたいな?」
「魔法因子に核が有るのだとすれば抜き取れる?」
「多分、この子が死にますけど宜しいですか?」
「ダメ。」
あまりにも強く言われたので少し驚いたが、別の方法を示す。
「ここに根を刺して直接吸います。」
「い、痛いですか?」
「ちょっとチクッとします。」
「じゃあ、やってちょうだい。」
少女の姿の右手が変化して細かい毛のようになる。その毛根がマギのお尻にある文様に触れると、悲鳴が上がった。
「んっ、ひゃああああああ!」
マリアが暴れそうになるマギを無理矢理抑えつける。
「ちょっと、凄い痛がってるじゃないの!」
「そう言われましても、痛みの感覚って知りません。」
トレントとしては凄く当り前の回答で、そのまま文様から魔力を抜き取る作業は続けられた。マギはあまりの痛さに気を失っていて、力が抜けたと同時に股から液体が漏れ出している。
「どうなの?」
「これ、凄い魔法ですね。」
「魔法なの?」
「身体の中に圧縮された魔法が発動しているみたいです。」
「どういうことなの?」
マチルダが問い質したのは知りたいという気持ちが上回ったからだ。
「多分、誰でも判ると思いますけど、直接触ると、この中で魔法が発動状態で圧縮されているのが解ります。」
魔女二人が目を合わせた。
普通の亜人では直接触る方法が無いという事の方が問題かもしれない。
「あなたの言い方だと、火の魔法を放っているそのものがこの中で燃えているって事になるけど?」
「そうです。」
「そんなことしたら普通に死ぬはずよ。」
「だから不思議なんです。まるで生物みたいに動いているんですよ。」
「この中で魔法生物が生きていると?」
「どういう効果なのかまるで解りませんけど、そうなります。」
「なんて面倒な事をしてくれたのかしら、あのサキュバスは・・・。」
以前にバカ女と言われた時の事を思い出したマリアは、あの聖女をバカにすることが出来ずにいた。
「その説明が間違っていないなら、薄めたり取り除いたりしなくても、もっと安全に使い切ってしまえばいいんじゃない?」
勇者の能力は16歳から29歳までの間のみ。老人の勇者は存在しないのだ。
「どうやって?」
「この子の身体は死んでもココから出られないはずだから、このままこの位置で再生される・・・よね?」
マリアがマチルダに同意を求める。
「はい。でも、再生されなくなった時にタイミングを間違えると死んでしまうと思いますよ。」
トレントに問う。
「調節できる?」
「そうな高度な魔力コントロールなんてした事が無いので自信がないです。」
「難儀ねぇ・・・。」
流石の魔女二人もお手上げだった。研究するにも時間が不足していて、そこまで高度な魔力コントルールが可能な人物を知らないのだ。
「居たわ!」
「だれ?」
「うどんよ!」
範囲回復魔法を見ただけで真似をしたのだから、相当な技術である。ただ一つ問題なのは、元の姿に戻っているかという事だが、それは杞憂に終わった。
「・・・何してるの、あなた達は・・・。」
二人が太郎を探してやって来た時、太郎は元に戻ったうどんに罰として抱擁されていた。うどんが凄くニコニコしているのでされるがままだ。
「バカコンビじゃない、何しに来たの?」
マナから見れば、魔女もタダのバカ呼ばわりだ。
「ば・・・、まぁ良いわ。それよりそのうどん貸してもらえる?」
「必要なっ・・・?!」
太郎から離れたうどんが、魔女二人をひとまとめにして抱きしめる。これには魔女も勝てない。
「ヤメテって言えない何かに包まれるのは悪い気はしないのだけど~・・・。」
マリアの口調が緩くなる。
「我もあの技を身につけたいぞ。」
「無理ね。」
「だよなあ・・・。」
ベヒモスが素早く太郎の膝に移動し、丸くなる。マナとグリフォンがシマッタという表情をしたが、そういう場合じゃない。
「ちょっと、二人を助けるのに必要なのよ~・・・。」
包容力が凄い。
「うどん。」
太郎に言われると、うどんは二人を開放した。
「とりあえず説明して貰えるよね?」
気を失っていたマギは、デュラハーンのファリスがベッドまで移動していて、今はこの街にある一番きれいななシーツを掛けているだけで、服は全部脱がされている。
とは言っても、血だらけでボロボロで、服としては機能していない。
ベッドの横にはグレッグが床にそのまま置かれている。
「なんでこの子こんなに大変になってるんだろう・・・?」
事情を詳しく知らないファリスが心配そうに見つめていると、戻って来た二人の他に、太郎やうどんの姿がある。
「世界樹様、お勤めご苦労様ですっ!」
マナとほぼ同じ姿をしていても、こちらはトレント、あちらは世界樹だ。何か違うと思った太郎だが、そこは無視した。
「こっちの世界のトレントは世界樹様そっくりですね。」
同じ姿なのにこっちの少女は慌てふためいている。マナとは大違いだ。
うどんがそっくりなだけのトレントの手を掴むと、何かの魔力のやり取りがあったようだ。
肌が黒かったのが今は白い。
「って、区別がつかなくなるんだけど。」
「苦労しているみたいなので私の知識を授けました。白くなったのは私の所為ではありません。」
「今度は出来ます!」
自信が付いたようだったが、マリアがうどんに頼んでいるので、うどんは太郎を見てから寝ているマギに近寄る。シーツを取ると全裸だったが、腕が細かい毛のように変化すると、寝ているマギを包んだ。違和感に気が付いたのか目を覚ましたマギは、うどんを見ている。
「痛くないですか?」
「く、くすぐったいです。」
「さっきの説明と違うじゃん?」
「・・・。」
視線がマナそっくりのトレントに集中する。
「い、いまならあのくらいできますよ!」
「あんたはもうちょっと考えなさい。」
「はい・・・。」
世界樹に言われては身を縮めるしかない。
ただ、双子の様にそっくりなので違和感が凄い。
マギの方は完全に包まれていて、繭の様に中身が分からない。
「抜き取りますね。」
「ひやっ、ふぅっ・・・。」
ヘンな声が聞こえたかと思うと、毛が消えた。
「どうぞ。」
と、ファリスが素早く服を渡して着替える。
もちろん太郎は見ていない。
「なんか、死んだような気分です。」
生まれ変わったような気分。
とは聞くが、死んだような気分とは初耳である。
「喪失感というモノは解りません。」
うどんはベッドに座るマギの頭を丁寧に撫でた。
「勇者の力が完全に消えたの?」
「無理でした。多分ですけど、いま失うと死んでしまいます。なので半分くらい減らしました。勇者としての能力がどのくらい失われたかは分かりませんが、死んでも生き返ることは無いと思ってください。まあ、それが当り前の事なんですけどね。」
うどんにしては珍しいほどよく喋る。
いつもなら抱き寄せて微笑むダケの事が多いというのに。




