第259話 混乱
「あいつら何者なの?」
回復する為に戻された勇者達の一人に問う。
「九尾です。」
「九尾・・・アレが全部?」
「いえ、普通の冒険者のような者達も居ましたが、会場付近に忍び込んでいた者達とは仲間のようです。」
「忍び込んで来たという事は私を狙って?」
「最終的にはそうかもしれませんが、今のところの目的は不明です。」
「宣戦布告なんかしたから、これからはもっと忍び込んでくる者も増えそうねぇ。」
「それは警備担当の者達の仕事ですが、突然消えてしまったので特殊な魔法を使用しているかもしれません。」
「消えたって?」
「転移魔法かもしれませんが、もしそうならば逃げるのに使うのではなく侵入するのに使うと思いますので。」
「そう・・・転移ね。」
しばらく考え込んだのは、侵入される事を警戒したからではなく、魔法の方に興味が湧いたからだ。転移魔法の使用者は極端に少なく、聖女の居た所でも存在しているのは指の数で余る程度だ。
もちろん、転移ではなく、物理的に瞬間移動しているだけなのだが、そこまでは判らない。
「まあ、あなた達には"私の邪魔"をする者の排除をお願いしておくわね。それと転移魔法の使用者が解ったら捕獲してちょうだい。」
「承知しました。」
祭りも終わり、騒ぎも収まっているが、国内にはまだまだ人が入国を求めて集まってくる。何しろ入国するだけで病気が治ったというモノまで現れていて、聖女とは関係ない偶然までも奇跡として数えられている。
「集まるほど魔力が高まるから良いんだけど、あのへんなモノにも魔力が吸収されているのよね。」
ヘンなモノとはゴリテアの事である。
「まさか他人に利用されるのが私になるとは思っていなかったのだけれど・・・帰る方法もまだわからないし。」
治療を終えて、服装も整え、いつもの物色に入ろうとしたのだが、珍しく女性が居た。当然だが女性からも魔力を吸収出来るし、愛に男女の差はない。
「夕食は食べないのですか?」
「あんなカタチだけの席に呼ばれても気分が悪くなるから。」
席だけは最も良い場所にしてもらえるのだが、別にそんな事は望んでいない。聖女として活動するよりも、本質がサキュバスなので、食事と言えば肌を触れ合う方が好みなのだ。
「貴女の肩の傷ちゃんと治ってないわね。こっちに来なさい、綺麗にしてあげるわ。」
選ばれなかった者達は部屋の外に出ていく。二人きりになればすぐに服を脱いで抱き寄せていた。
「綺麗な肌ね。」
振れただけで完全に傷痕が消え、首筋を舐めると頬を染め、唇を重ねると目を閉じた。髪を撫でながら唇から離れると、今度は耳元に近付ける。
「もう少し強くしてあげるわ・・・。」
本来の能力を超えて強化するのは不可能であるが、もともと存在しているがまだ使われていない能力を目覚めさせることはできる。それは何日もかかる筋力トレーニングを瞬間的に終わらせることに似ていて、直ぐに強くなるが、暫くは鍛えても効果が現れなくなる。
「貴女の力で私を守ってね。」
こうして肩を剣で貫かれた女性は望まぬ方法で強くなった。強くなり過ぎたわけでもないし、絶対的な能力の持ち主でもない。ただ、その日にたまたま聖女の傍に居ただけの気まぐれに過ぎなかった。
夕食会はコルドー5世にとって、今後の成功を確約する為の席で、多くの幹部達がゴリテアを見て、勇者達の活躍を見て、コルドーの自信に満ちた表情を見て、心酔しきっている。負けるという感覚は綺麗に消えていた。
その上、聖女がこの地に居るという事は、全土を支配する十分な根拠であり、コルドーこそが聖女に選ばれた為政者だと宣伝していた。
実際は聖女が選んだのではなく、無理矢理召喚されているのだが、その事実は無視されている。
沢山の人達に囲まれ、立席もあるが、コルドー5世はその中でも空席の横に座っていて、その空席は聖女の為のモノである。コルドー5世を囲むのは、国の幹部で、聖職者達であり、豪商も幾人か混じっている。
カートで運ばれる料理とワインがテーブルを彩る。
集まった人達は口々に謝辞を述べていて、次々と現れては去っていく。それは身分の低い者達であって、挨拶が終われば自分の席が無い者は壁際に立たされるだけである。
口は食事する暇が殆ど無いが、並ぶ口が多ければ減りも早い。
気が付けば挨拶に訪れる者達が居なくなり、食事と会話に口が動く。
それはほんの少し前の小さな事件から始まった。
「襲撃もあったようですが、流石は勇者達でしたね。」
「うむ。少数で紛れ込んできたようだが、あの程度なら恐れる事は無い。」
報告は受けていているが、敵の強さなどに興味はなく、自分達が負けていなければ良いという浅い考えだったが、疑う者はいない。
「人が集まれば自然と我が国が大陸の中心となり、隣国の戦力など無くなるだろう。全ての中心となれば天使も魔女も、ドラゴンさえも逆らえなくなる。」
建国した当時のコルドー1世の目指していたのは建国だけではなかったが、5世になって支配欲が湧いたのは魔女との繋がりが理由ではなく、ゴリテアの秘密であった。実は建国当時からゴリテアの存在を知っていて、グリフォンがいなければもっと早く復活させる事が出来たらしい。グリフォンがあの森に居座ったのは偶然であるが、当時のコルドーでは秘密がバレたと思っていたらしい。
「天使や魔女どころか、ドラゴンをも?!」
すでに食事ではなく、高級ワインを飲んでいて、舌も滑らかになっていた。
「ゴリテアを墜とす方法などないからな。」
「なるほど、無敵の浮遊要塞ですな!」
「そういうことだ!」
と、根拠は有っても詳しい説明も出来ないコルドー5世は、運用方法についてこれから調べるところなのだった。ただ、あの巨大な浮遊物体は、移動も可能だし、沢山の人員であっても、大量の貨物であっても、積載可能なだけでなく、内部では畜産も農業も可能という、要塞というより移動する街だった。
「一つ気になっているのですが。」
「なんだね?」
「その乗り物に乗る条件は決められているのですか?」
乗船(?)希望者が現れる事は解っていて、これからはどんどん乗り込むモノが増えるだろう。ただ、今はまだ調べたい事が多く、自分の信頼できる部下を乗り込ませる事は決定しているが、それから先はまだ考えていない。
「その時が来ればいずれ乗れるだろう。今はまだ、その時ではない。」
「では、その時は是非。」
頷いてワインを飲み干すと、一人の男が群集を掻き分けて近寄ってくる。少し慌てているようで、来客の持つワインにぶつかって頭に3杯ほど被っている。
「主教様、襲撃です。」
そう言われても落ち着いている。
それは酔っていて反応が遅れただけで、特に肝が据わっている訳ではない。
「・・・そうか。それはどちらに向かっている?」
「それが、建設中の居住区が破壊されています!」
それは、入国者に対して新たに建設している居住区で、被害を受けると面倒なのは確かだが、まだ建設が始まったばかりで2割も出来ていない。とにかく資材が足りなくて進んでいないのだから、被害は思ったよりも大きくない。
「勇者達はどうした?」
「誰一人戦っていません・・・。」
眉間にしわが入る。
「何故だ?」
「聖女様の邪魔をしている訳では無い。と、の事です。」
しわが増えた。
「それで、どうした?」
「警備隊が対抗していますが、圧倒的に負けています。何しろ鬼人族がいるようで物凄い破壊力なんです。」
しわが無くなって驚愕に変わる。
「なんだと?!」
鬼人族と言えば、海の向こうに住む種族で、独立はしているが国としての組織は殆ど無く、他国にあまり興味を示さない。そう伝わっていて、間違ってはいなかった。
「今後に影響が出るのなら聖女様に対して邪魔をしているのと同じだろう?!」
「な、なるほど・・・確かに。」
「聖女様は我々と同じ場所に居るのだから、ここまで来る事は無いだろう。だがこちらを目指しているんじゃないのか?」
「理由は解らないのですが、人の多い所には攻めてこないのです。」
「・・・確かにそれは理由がわからんな。だが、来る前に排除するのもやつらの仕事だろう。」
直ぐに伝えに行くとしてその場を立ち去ると、集まった人達の夕食会は継続された。外に出るよりここに居た方が安全だと、聖女の傍なら大丈夫だと、みんなが思ったからである。
それらが聖女に伝えられると、二人が立ち上がった。それは太郎達にとっての目標の二人で、その二人が積極的に聖女に進言した訳では無く、ごく自然に現れたのだ。
魔女二人が突撃すると、太郎の提案通りに一番人の少ない場所を狙うことにした。目立てばいいと考えていたので派手な魔法を使ったのだが、最初にやってきたのは警備隊だった。
「予定通りね~。」
ジェームスを先頭にスーと太郎の子供達が警備隊に戦いを挑み、あっさりと勝利して蹴散らした。
「私の出番あるかしらね?」
「無い方がいいんだけどね。」
「それはつまらないわね。」
「じゃあそこの無人の家でも破壊したら派手で良いんじゃない?」
「そうね。」
フレアリスが参戦し、警備隊が隠れられないように建築済みの建物を中心に破壊して周る。国民も入国者も殆どいない区域があったのは、トヒラの報告を得て、太郎が決めた事だった。
「うどんも来ちゃってよかったの?」
「世界樹様も居ます。」
「ねー。」
ダンダイルとトヒラ、フーリンとミカエルは居残り組で、遠くで戦況を見守っている。ダンダイルとトヒラは、本来居てはいけない人物なので、参加を見送るのは想定内だった。ただ、そのダンダイルは報告のために瞬間移動で帰国していて、トヒラとその部下達を連れていくだけの瞬間移動は出来なかったので、一人で帰国している。
「それにしても変な魔力じゃの。」
ナナハルがそう言うと、太郎の左右にふわりと浮かぶ精霊二人が、太郎から離れられなくなっている。
「結界とも呼べない何かに包まれていますね。」
「なんかヤダ。」
「瞬間移動できそう?」
「太郎様一人だけなら何とか。」
「主ちゃん次第だけどねぇ。」
「魔法が全く使えない訳でもないのじゃが・・・あの化け物に吸われている気がするのう。」
「これが聖女の能力って事か。」
「そうなります。」
精霊が自分の力を自由に使えないのは大変な事で、マリアもマチルダも小さな結界を作る事で、聖女の干渉を排除している。しかし、結界の外はすぐに聖女の領域なので、魔法も使いにくい。
派手だが威力の低い魔法を使う事で、早く目的を達成するのが狙いだ。夕日も沈みかけていて、あと30分もしないうちに真っ暗になる、そんな頃だった。
「見上げると本当にデカいよね。」
「ねー。」
「でもなんだか懐かしい感じもします。」
「それはうどんとして?」
「・・・そうです?」
何故か半疑問形で返答したうどんは、真上に存在するゴリテアを見上げたまましばらく動かなくなった。
警備隊を蹴散らしフレアリスが警備隊を接近させないように建物を破壊していく。次は来るのを待つだけなのだが、なかなかやってこないので、フレアリスも疲れてきたので休憩している。
「良い運動になっただろ。」
「そうね。」
子供達とスーが太郎の所に向かって行くのを眺めながら言う。
「それにしても・・・、将軍がいていいのか?」
「潜入するのが仕事なので。」
全然忍んでいない。
とは言わない。
「けっこう派手にやってるぞ?」
「そうね。」
「今回の主役はあっちなんですよ。」
見上げると、そこには沈む夕日の光が消え、姿が見えなくなっていく二人の魔女が浮いたまま動かずに待っていた。




