第258話 意外な強さ
目標は浮いていた。
屋根のさらに上を飛行している。
綺麗な円形の街並みを眺めている余裕はなく、後ろから迫ってくる勇者達もいて、飛行しながらも火球が幾つか飛んでくるのを、子供達は魔法障壁を駆使して弾く。
そんな者が数人いるだけでも異常なのだから、簡単に見付けられた。空中の魔法戦は太郎達でも分かるくらい激しく、観衆の歓声と注目を浴びながら、聖女は高く舞い上がった。
状況を確認する為に。
ただ、それだけでも見ている者達を魅了する。
魅了とは関係なく終われる者は、屋根の上から見上げる者に注目していた。
「スーさん、あそこっ!」
「あの娘の相手は私がしますっ!」
子供達でも負けないだろうが、手加減はまだまだ期待できない。殺しても問題の無い相手だが、殺してしまうとどこかへ移動してしまう。
それが勇者の面倒な能力の一つだった。
「他は全力でやっちゃっていいですよっ!」
二人の男の子がニヤッと笑ったのはスーの悪い癖が感染ったのだろうか、後方から迫ってくる勇者の小集団相手なのに、怯みもしない。
「ママの力を!」
「父さんの力を!」
「「「みせてやるっ!」」」
振り返った子供達に突撃をし、直接殴ろうとした二人が吹き飛ばされた。
「なんだ今のは?!」
するするっーと、ボンヤリだが子供達の後ろに透き通る女性の姿が見えた。
「あ、あれ・・・何にもしてないのに。」
気が付いたのは勇者達で、子供達はまだまだ湧き上がってくる勇者達に魔法を放った。子供達の放つ火球は大きくはないが、九尾の力が付与された鬼火のように、火の尾をひきながら目標に向かってゆく。
衝突すると、爆発するのではなく、身体に纏わり付いて、侵食するように燃える。
「子供の魔法じゃないぞ!」
火に包まれながらも振り払おうとしている男に、真上から剣を叩き込んで墜落させる。落下した男は民家の屋根を突き破り、屋内の床に激突すると、炎を残して身体が消滅した。
死んだのである。
「もっと集めろ、ドラゴンよりも厄介だぞ!」
スーは子供達が活躍しているのを耳で聞きながら、視線はただ一人の女性を睨みつけている。こんな小娘を助ける為ダケの行動だとしたら、太郎はよっぽどのバカだろうと思う。でも、それだから太郎だとも思う。
少し複雑な心情を破り捨て、スーは目標に急降下した。
開始の合図は無い。
そのスーの攻撃を受ける事となった女性は、スーであると認識していない。聖女を脅かす憎い敵として、剣を抜いた。
加速力を力に変え、威力を極めた一撃を受けると身体が浮き上がった、だがそれは受け流したとも言える。
続く払いにも、突きにも、ふわりと浮かんで後方へ退く。間断なく続けるつもりの攻撃に、大きく後退されると続かなくなる。追い打ちを仕掛けるスーに、僅かなスキを見出して、逆進を以って突撃した。
「ぐっ?!」
避ける事が出来ずに受ける止めると、攻防が逆転した。今度はスーが流れるように繰り出される剣を必死で弾いていた。
剣戟は見る者に傍観者としての立場を強制させるほど、激しく、美しく、それに血が色を付けくわえた。
「どうしてこんな力が・・・?」
マギはどう見ても弱かった。スーから見ればまだまだ格下だった。それが、少し見ないだけで互角に渡り合う力を見せ付けている。
訓練と実戦は違う事を、スーは思い出した。
「死を恐れないとそれだけ力が出せると。」
マギの一撃は予想よりも重かった。浮遊しながら戦うことにスーは慣れていない。もちろん実戦経験が少ないからであって、地に足が着けば負けない自信がある。
死んだような目から放たれる眼光に負けず、防戦からの反撃を模索しつつも、弾き返した直後に真上に逃げると、躊躇いもなく追ってきた。
「いただき!」
剣身を45度動かし、刃ではなく平らな部分を使って、マギの頭に叩き込んだ。鈍い音と、屋根を突き破る音が続いた後、砂煙が昇った。
素早く周囲を見渡すと、子供達の後姿の上に見慣れたものを確認して安心する。
「太郎さん、あんなところからでも・・・シルバが居るなら。」
今度はマギの姿を確認するべく、ぽっかりと空いた屋根の上に着地すると、足元が崩れた。
それは脆くなったからではなく、足元からの衝撃の所為である。強制的に屋内に落とされたスーの目の前がキラリと光った。
「普通なら気を失う筈なんですけどね。」
手加減した事を強調しつつも、ゆらりと立ち上がる姿に異様さを感じた。その手に剣は無く、スーは殺すつもりが無かったので剣を置いた。
「さあ、首輪をつけてでもこちらに来てもらいますよ。少し痛いですけどね。」
狭い室内でスーの拳がマギの腹を、頬を、顎を、確実に捉え、全てを叩き込んで倒した。
・・・筈だった。
「・・・ウソですよね?」
傍にあった剣を掴んで立ち上がった。口の端からは血が漏れて落ちているのに。
「ああああ!」
遠吠えとも言えない異常な咆哮が室内に響く。
慌ててスーも剣を拾うと、間一髪で剣を受け止めたが、背にあった扉を突き破って外の小路に飛ばされた。
すぐに立ち上がったが、今度はスーの額からも血が零れ落ちた。
僅かに視界が歪む。
「どんなタフさですか・・・まったく。」
余裕とは程遠い声が発せられたスーは、マギに飛び掛かった。
生かすつもりの無い攻撃に、マギの剣は一瞬で弾かれ、マギの肩を突き刺して、貫いた。しかし、そのままスーは腕を掴まれ、空いた手でスーを殴り、再び地面と壁に叩きつけた。
無表情のまま剣を抜いて、遠くに投げ棄てると、肩からは大量の血が噴射した。
「化け物ですか・・・。」
倒れても立ち上がれたのは、訓練の賜物で、マギとは違い、致命的な一撃はない。だが、精神的には死体と戦っている気分で、立ち上がって睨み付けたときには、肩の傷は消えていた。
「そんな・・・。」
絶望の寸前で踏みとどまっていられたのは、自分達が先行しているだけで帰る場所が有るからだった。太郎の所まで逃げれば・・・。しかしそんな隙は与えられない。
ダマスカス製の貴重な剣を置いて逃げる選択肢が無かったのは、スーの根性であり、その所為で死が急接近した。
「うぎゃぁらっ?!」
意味不明な悲鳴と共にスーは吹飛ばされた。握った剣を離さないのが不思議なくらいである。木箱に叩きつけられて、折れた木材がスーの腹に刺さった。
死には至らなかったが、立ち上がれない。スーを吹き飛ばした相手はマギではなく、別の男だった。
「おまえはっ!」
「いたっ、見付けたわよ!」
それはトヒラの声だった。直ぐにスーを部下に回収させると、ふわりと浮き上がった。そのついでに何かを落して。
「逃がさんぞ!」
直後に爆発が起きた。それは合図として打ち上げる予定だった花火だったが、トヒラが目くらましに使ったのだ。それは功を奏したらしく、血だらけのスーを抱えた部下達は、子供達と合流を果たし、シルバの合図を受けて、太郎が全員を引き戻した。
突然景色が切り替わって対応できなかった子供達が、火の魔法を放つ前にナナハルに止められて我に返った。
「えっ、おれ?」
部下に抱えられていたスーにマチルダが回復魔法をつかって傷を癒す。幸いにもすぐに目を覚ましてくれた。
「あー、太郎さん・・・済みません負けました。」
仰向けのまま悔しそうに呟くと、スーは泣いた。失敗したのはトヒラ達も同じで、他の勇者達に追い回されていたのである。
「確か、子供達と合流して・・・。」
「シルバに頼んで連れてきてもらったよ。」
太郎の言葉はトヒラに自信を失わせるのに十分だった。もちろん、太郎にそんなつもりは無いし、ダンダイルも何も言わない。
「折角見つけたのにこれじゃあ立場が悪くなるだけで・・・。」
「マーキングはしてきたわよ。」
トヒラはグレッグとマギに特殊な魔法薬を付けてきたらしく、洗っても数日は消えないモノらしい。
「二人をココに連れてきちゃっていいかな?」
「もう近付けなくなりました。先ほどは聖女の結界が弱まっていたので出来ましたが、今はもうダメです。」
「突き破れない?」
「無茶を言いますね・・・。」
直接の返事ではなかったので期待して待っているとシルバが俯いた。
「更に強くなりました。」
「直接行くしかないという訳か。」
「弱まった理由は何ですかね?」
「多分、傷を治したとかそういう理由じゃないかと。」
スーがマギとの戦闘で彼女の肩を突き刺した事を説明する。
「傷が治ったんだ・・・?」
「どうやって治したか分かりませんが、あの娘がタフなんておかしすぎます。」
指導者としてのジェームスなら喜んだかもしれないが、タフになった理由が別であれば喜べるはずもない。
「僕たちも何人かは倒したし、最初に一人消えたから多分死んだんじゃないかな。」
子供から聞きたくない言葉ではあるが、太郎は目を瞑って深呼吸した。ここは戦場だった。殺さなければ子供が死んでいても不思議の無い場所なのだ。
「解っていると思うけど、俺は誉めないからな。」
子供達は父親の強い言葉にうなずいた。
それは太郎の教育方針なのだからナナハルは邪魔をしない。
人を殺す力がある以上、制御できなければ困るからである。
「じゃあ今度は私達の出番かしら?」
「俺達も行くぞ。」
魔女二人と、フレアリスとジェームスに力が漲る。
「混乱している様子もないな。聖女の統率力というのはどこまでのモノなのか。」
「フーリンさんとミカエルさんも?」
並んで呼ばれた事が気にくわないのか、ミカエルは太郎に視線を向けたが、首を縦にはふらなかった。
「残念だがまだ傍観させてもらう。回復役にはナってやろう。」
魔女以外では優秀な回復役を担当すると言って、子供達だけではなくトヒラ達も回復した。周囲がキラキラと輝く。
「これが範囲回復か・・・凄いな。」
「私も出来ます。」
うどんが同じことをやって見せると、ミカエルが驚いていた。
「何故できる?」
「今出来るようになりました。」
うどん曰くミカエルの真似をしたらしい。
真似しただけで出来てもらっては困ると言いたげだが、出来てしまったのでどうしようもない。
「もしかして私が攻撃魔法を見せたら使えるようになるのかしら?」
「攻撃魔法は好きじゃないです。」
それは使えるという意味であり、うどんはマナと同じで太郎から魔力を分けてもらえばいくらでも使える。マナは使えなくて悔しそうにしていたが、魔法の系統が違うので使えるようになってもうどんやミカエルほどの効果は無いと説明された。
もちろん説明したのはマリアである。
「トヒラに確認しておく、間違いないな?」
「はい。」
短いが重要な会話に、ダンダイルは腕を組んで瞼を下ろした。本来なら、宣戦布告に対する公文を考えて、改めて宣戦布告に対する宣言を行わなければならないが、今はそんな暇がない。ともかく二人を引きはがして連れて帰る事が目的で、それ以降は魔女二人が聖女と戦うらしい。
そうなるまでの状況を作る為だけに、今の作戦は行われている。可能ならあのゴリテアも破壊したいところだが、ダンダイルは無理だと考えていて、聖女をどうにか排除する方向で動いている。聖女が居なくなれば勇者も元通りに世界各地にバラバラになる筈で、聖女が居る限り、今もどこからか勇者はコルドーを目指してやってくるのだ。
「あの国は・・・私の責任でもあるので。」
マチルダが睨み付けるその先にコルドーは在る。
「このままでは大群を以ってしても攻め込めない。そしてあの国に人が集まれば戦わずして我々は負ける事になる。どうにかしてもらえるものなら、それはそれで助かる。」
ダンダイルがそう言うと、魔女の二人が決意を持って頷いた。




