第257話 暇な待機
爆発が起きる小一時間前。
国境の向こう、森の近くは、以前に太郎とマチルダが戦った場所だ。その時のマナはもうボロボロで消えかける寸前だったのだが、今のマナはその当時の事を思い出して怒るような感じは無い。
スーと子供達を見送った後は、何もすることなく、とても暇だ。
ダンダイルもトヒラを見送った後は暇で、何をするわけでもなく、ただ待っている。ナナハルもうどんも、ミカエルとフーリンも、何もすることが無い。
マチルダとマリアは、二人でゆっくりと降下して来て、話しかけてきた。
「イスとテーブルぐらいないの~?」
久しぶりに袋から取り出したのは、この世界に来る前に購入して持ち込んだキャンプセットだ。鉄パイプの小さなイスと低いテーブル。ナナハルとミカエルが興味深げに近寄ってきた。
合成樹脂なんてない世界に、道具としては不思議ではないが、見た目も形も珍しい。座り心地はあまり良くないが、コンパクトに収納できる事はダンダイルに驚かれた。
「このテーブルの真ん中の四角い穴は何だい?」
「ここの鉄の網の中で火を熾して、その上に網や鉄板をのせれば、料理ができるんですよ。」
こんな時にBBQをやる気はないが、セットになっているのでついつい出してしまった。料理は期待されていないので、蓋をして普通のテーブルにする。
椅子に座ろうと思ったらうどんが抱き付いてきた。
「え、なに?」
「抱き付く相手がいないので。」
そんな理由で抱き付かれても困るが、うどんの場合、抱き付かれてもそれほど暑苦しさを感じない。周囲もいつもの光景だと思っているので注目もされない。
ポチを背もたれにして欠伸をしているはマナだ。
「あんなでかいモノが浮いてるなんてね。」
「そうだよなあ・・・動力って何だろう?」
ゴリテアは人の手で建造されたのであって、ある日突然生まれたわけではない。想像を絶するであろう労力と技術の結晶なのだから、設計図があるかもしれない。
むしろ、無いとか無理だと思う
「資料室なんかあれば欲しいのだけど~。」
「そんな貴重な技術だったら隠してあるんじゃ?」
「そうよねぇ~。」
実は資料室があるなんて知らないので、魔女の二人は諦め気味だ。存在していると知ったら突入するかもしれない。
「壊さないように墜落させちゃえばいいけど、流石にどこかは壊れないと墜ちないよなあ。」
「初めて見るのだから何が弱点なんてわかる筈もない。」
ナナハルの意見は尤もで、アレがそのまま攻めてくるとしてらどう対抗するべきなのか、今の時点では見当もつかない。
「隕石でも降ってくればいいんじゃないかな。」
「・・・太郎は平然と恐ろしい事を言うモノじゃな。」
「でも、土魔法で制御したら巨大な石だって降らせられるでしょ?」
「圧縮魔法を使えば可能じゃ。禁忌じゃがの。」
存在が禁忌に近い者が二人いる。
「太郎ちゃんは怖くないの~?」
「恐いより興味の方が上かな。あんなデカいモノを造った理由も気になるけど、ドラゴンとか天使とか、あーゆーのを敵視しないの?」
ドラゴンと天使がいて、二人は太郎を見る前にお互いを見た。
「ゴリテアの事を知っているドラゴンが存在しないから何とも言えないのだけど、攻めてきたら対抗するでしょうね。攻めてこなければ他人事扱いだと思うわ。」
今度はミカエルが答えた。代表なのでそのまま天使の総意と思って良いだろう。
「我々はあれが脅威と認めれば戦うかもしれない。ただ、今のままでは接近すれば多くの人々も敵に回してしまうだろう。」
「接近しただけで?」
「天使は固有の領土を持たずに活動しているのだから、他の国が何をしようが干渉しない。ただ、監視する。」
今も太郎とマナは天使達に監視されているという事だろう。
「だから、相手の今城とするモノに大群を以って接近すれば、間違いなく戦うという意思になる。」
「あ~・・・けっこう、面倒な存在なんだね。」
「我々を敵とする行動をするのなら、抵抗も可能だが・・・。」
「領土が無いと直接殴りに来ない限り敵とはみなし難いか。」
太郎はすぐに理解を示し、ミカエルを軽く驚かせた。
「固有の領土を持たない人達って存在するから特に驚かないよ。珍しいってだけ。」
「流浪の民とは少し違うぞ。ちゃんと集合する場所はある。ただ、あまりにも上空なんで、どこの国のモノとも言えないだけだ。」
「領土じゃなくて、領空というのも、確かに地上に生きる人達には認識しにくいからなあ。」
「お前はどこまで解って言っているのだ?」
ミカエルの疑問は他の者達にも共通の疑問である。
ただし、マナとうどんだけが疑わない。
ポチなら寝ているフリをしています。
「ただの知識ですよ。その知識から予想して言っているだけで知っている訳じゃないです。」
「太郎ちゃんの知識から言うとこの世界ってどうしてできたのかしら~?」
「ビックバン。諸説あり。」
「なにそれ・・・?」
「俺も詳しく説明できないからこの話はここまで。って事で。」
「きになる~。」
「俺はあっちの方が気になりますけど。」
ゴリアテは微動だにせず、街の上空に浮いている。あんな巨大なモノが、どんな動力なのか知らないが、風の影響を無視して停止していられるのだからすごい技術だ。
「シルバはアレ動かせる?」
スルっと現れて、フワッと太郎の目の前に浮く。
「無理です。あの物体の近くは魔力が届きません。」
「結界を張っているのならかなり高度よね?」
「あんな巨大な空間を丸々魔法防壁で囲っていたら、魔石が何個あっても足りないわね~。」
「もしかして魔法攻撃も届かない?」
「この位置からあの物体を攻撃しようと考えるのは太郎君ぐらいなものだぞ。」
「あ、そっか、魔法が届かないんだ・・・。」
「主ちゃんなら届くけどね!」
ウンダンヌがどこからともなく現れた。
「太郎様なら我々を行使すればよろしいのでは?」
「もしかして有効射程範囲ってどこまでもイケるの?」
「我々が帰ってこられる場所であればどこまででも可能です。」
魔女二人がポカーンとしている。
ミカエルとフーリンが目を丸くしている。
ダンダイルは肩凝りを悩んでいるかのように首根っこを手のひらで撫でた。
ナナハルは子供達の未来に明るさを感じ、僅かに微笑んだ。
「いやはや、太郎が一人居れば世界は変わってしまう様じゃの。」
「変える気はないんだけど、少なくともマナが育たなくて困るような変化は起こさないよ。」
マナが最優先の思考はナナハルを少し寂しくさせたが、太郎の子を持つ母親は、死んでしまったウルクを除けばナナハル只一人である。
「あの巨大な物体はいずれ世界樹を折るであろうな。」
「なんで?」
「もしも、奴らがこの土地を占拠する事を可能にしたのなら、邪魔という理由だけでも破壊するであろうよ。太郎なら分かるじゃろ?」
「信仰の邪魔にはなるだろうね・・・。」
「つまり、そういう事じゃ。」
「なんであんなもん造ったのかなあ、昔の人は。」
「技術を巨大な建造物や兵器で表すというのは、どの国でも行われてきたバカな歴史じゃな。」
「そうだね。」
太郎は短く答えただけで、しばらく沈黙した。
巨大な建造物と言えば城もその一つで、どの国でも行われていて、建築という技術の粋を尽くした結晶なのだ。
そして古代の人にとっての技術の最先端をカタチにしたのが、いま宙に浮いている巨大な物体なのである。
「太郎君を敵にしたら30日持つかな?」
「3日ともたんよ。」
ダンダイルの疑問をあっさりと打ち返したナナハルの言葉の後に、花火が打ち上がった。それはパレードの花火で、遠く離れていても聞こえる。
「合図?」
「違うな・・・。」
ダンダイルの眼がギラリと輝く。
僅かな変化を見逃すことなく、ダンダイルは2発目のスー達の花火を確認した。他の花火と明らかに違うので気が付いたが、音に混ざってかき消さられてしまっては、この距離では分からないだろう。
「花火にしたのは失敗だったな。」
「あんなに上がってたのって初めて見たわ。」
「うるさくてかなわん。」
ダンダイルの呟きとは無関係の会話をマナとポチがしている。
「だが、トヒラが宣戦布告になる言葉を確認したという事だ。」
「花火を打ち上げたから?」
「うむ。ハンハルトが最初の標的になるとは思うのだが・・・。」
「あっ?!」
太郎が叫んだ。
「どうしたの?」
「二人を忘れてた・・・。」
「あ~・・・あ?二人って?」
「ジェームスさんとフレアリスさんはどこ?」
「良いわ、私が連れてきてあげる。」
口調が真剣になると語尾が間延びしなくなるのはスーと同じの様で、マリアは瞬間移動の魔法をほぼ失敗なく発動する事を可能にしていた。ただし、安定した成功を収める為にはまだまだ無駄な魔力を注がされていて、その練度を極めるべく、練習には余念がない。太郎が見習うべき事の一つだ。
「太郎はもともと漏れてるから無理だけどね。」
「そんなに漏れてるんだ?」
「お漏らしくらい漏れてるわよ。」
「もうちょっと違う言い方してくれても。」
クダラナイ会話をしているとマリアが戻ってきた。ちゃんとジェームスとフレアリスも連れてきていて、その二人は装備をちゃんと整えている。フレアリスも見慣れない胸当てを着けていた。
「宣戦布告したって本当ですか?!」
ジェームスの第一声はそこからだ。
「トヒラの報告を待つ必要はあるが、連絡用の花火は確認した。ギルドの方にも報告が入ってすぐに広がるだろう。」
「あ・・・あれが・・・ゴリテア?」
「大き過ぎない?」
「周囲の雲が避けているように見えるな。」
「あーホントだ、気が付かなかったわ。」
ジェームスはすぐにコルドーの街に目を凝らすと、凝らしたのが無駄になるほどの爆発が発生した。
「あれも・・・合図なのか?」
「襲われておる様じゃな。」
「ん、まさか子供達が?!」
「何を言うか、わらわの子じゃぞ?」
「助けに行かなくていいのか?」
「目的の者を見付けたら作戦開始だ。」
目的の者の関係者であるジェームスは我慢に耐えた。
我慢に耐える時間は意外に長く、目を凝らしてもなかなか見えない。火球が消えた時、マリアが驚いた。
「ここまで届くくらいの強い魔力だわ。」
「あれって・・・組手魔法?!」
「あの子達やるわねぇ。」
アレだけの攻撃魔法を耐え抜いたのは称賛に値するが、子供達に相手をさせるような相手ではない。もちろん、スーでも手に余るだろう。
ダンダイルはトヒラに期待しつつ、最後の合図を待っていた。
炎の中でスーは、不思議な光を見た。
子供達がいる、炎の中でスーの周囲に居て、炎を防いでいた。
「これ・・・組手魔法?!」
「コンくらいの魔法なら、みんなで力を合わせれば防げるよ。」
「ねー。」
網目の様に組まれた防御魔法の外では、炎が襲い掛かって来るが、網を破られる事は無い。目の前で燃えているのに熱気も無く、轟音に耳を塞いだのはスーだけで、暫くすると炎は四散し、コルドーの街並みが視界に広がった。
「す、すごい・・・。」
スー一人であったら完全にやられていた。
油断していた訳では無く、相手が油断しなかった結果だ。
「ウソだろ・・・一人も落ちないなんて。」
「直接殴った方が早くないかしら?」
「そうだな、そうしよう。」
現れた勇者達は、この爆発によってさらに集まってくる。
「逃げるか戦うか、判ってますよね?!」
子供達は一斉に同調した。
「「「にげろ~~~!」」」
悪戯に失敗して逃げるのとは訳が違う。追う方は全てが勇者で、追われる方はただの冒険者と子供達だ。だが、その子供達にはただの狐獣人とは違う、何かを感じた。
「あ、あいつら九尾の子供だぞ!」
「なんだって?!」
「九尾を知っているのか?」
「ああ、見た事がある。戦った事もな。あの当時はあっさりと負けたが・・・。この魔力の感じはただの狐なんかじゃない。」
「それで、子供でもあんなに魔法が上手い訳か・・・。」
生まれて1年程度とは誰も思わない程成長しているが、子供であるのは見た目で分かる。だが、九尾であるのを見抜くのは高い経験値が必要だろう。
「何回挑んだんだ?」
「9回負けて吹飛ばされた。」
「今度が10回目か。」
「じゃあ、今度は皆で倒して九尾にも負けない所を見せればソレ様も喜ぶわ。」
「それにしてもあいつら逃げ足が速いな。」
「だが国外に向かうにしては遠回りしている・・・なにが狙いだ?」
スー達は逃げながらも周囲をくまなく探索し、勇者達に邪魔されないように移動していたが、流石に限界だった。
「見付けましたよ!」
「あっ! いた~~~~~!」
それは遭遇と発見が同時に発生した悲劇だった。
 




