第256話 失敗の経験
「確かに聞いたな?」
「間違いなく。」
「ギルドにも連絡が入るだろう。」
「あれが宣戦布告なのは間違いないわ。ただ、最初に攻める国がどこなのか、引き続きの調査を。」
「全土と言いましたな。全世界と言うのなら全てを敵とするという事なんでしょうけど。」
「・・・全土というからにはこの大陸の事・・・。いや、今は考えないで、作戦を続行して。」
「了解しました。」
「合図の花火・・・届くかな?」
コルドー5世の宣言の後に大量の花火が打ち上げられ、周辺は大騒ぎになっている。聖女の力があれば戦いなど馬鹿らしいと思うのだが、そうではなく、聖女の力をもってして世界を救うのが真の目的である。
聖女は大義名分に利用されたのだ。
ゴリテアの力があれば聖女を頼らなくてもいい。ドラゴンを倒せれば、天使も膝を折るだろうと考えている。
「・・・収まってきたな。」
花火の音が小さくなるが、完全に消えてしまってから打ち上がると怪しまれてしまう。失敗かもしれないという不安を抱えつつも、トヒラが合図の花火を屋根の上から打ち上げた。
「スーさん、あれ?!」
「来ましたね、こちらも打ち上げましょう。」
スーが屋根の上に立ち手筒の小さな花火を打ち上げる。もちろん、注目されてしまうのだが、それも目的の一つである。
「あいつらは?」
「打上班ではないな、あんな・・・あんな美人は知らん。」
スーを見た兵士の発言である。ついでに投げキッスまでされているので、兵士達の追いかける足が一瞬止まった。
「な、なんだぁ・・・?」
「お、おい、あいつら・・・逃げたのか?」
「なにを・・・しているんだろうな?」
スー達は不法入国なのだが、その連絡が届くはずもなく、平時ならもっと注目されたのだろうが、今は聖女の方が重要だった。
「さて、ここまでは安全を優先しましたが、ここからは勇者達に気が付いてもらわないとなりませんね。」
「スーさん、どうするの?」
「一発かましましょう。」
「カマス???」
質問には答えずに次の言葉を続ける。
「マギとグレッグの顔は覚えてますよね?」
「覚えてるよ!」
「正直、個々の戦闘力ならまだあなた達より私の方が上なんですが、どうやら察知能力は子供には敵わないようでしてね。」
「任せて、ニオイでも確認できるよ!」
その返答に、自分がどんな匂いなのか確認したくなったが、流石にこんな時に訊いたりはしない。
「あんまり大きな被害を出すと太郎さんに怒られちゃいますからね。」
周囲を確認し、スーお得意の屋根伝いに移動を開始して、先ほど超えた塀に向かって移動する。パレードの賑わいのおかげでスー達の事に気が付く住人は少なく、兵士達もパレードの方に神経を集中させている事もあって、なかなか集まってこない。更に、トヒラの打ち上げた花火に気が付いた兵士達がそちらに向かっていて、少しだけ騒がしくなっていた。
「何人か兵士が来てるよ!」
「ケガさせない程度に痛めつけますか・・・。」
スーは戦闘狂ではないが、戦闘をするときに舌なめずりをする癖がある。これは勝てる自信がある時に多い傾向だが、戦う前の高揚感を味わっている時も有り、心に余裕がある時にも悪い癖が出ているようだった。
追ってくる兵士は殆どが鈍足で、簡単に逃げれてしまう。屋根の上に居るスー達を見失う兵士もいて、半分諦めているようだった。
「一応犯罪者で名が通っている筈なんですけどね。」
スーは国境の砦を破壊した一味として名前が記録されている筈なのだが、その時のコルドー側のイメージとしては、グリフォンとケルベロスと子連れの男であって、スーは殆ど記憶に残っていなかった。実際に太郎は覚えられていたようだが、その他の者達という事で、記憶が薄れている。
足元の通路をちょろちょろとしている兵士を釣り上げて派手に投げ飛ばそうと考えた時、正面から兵士が浮いて現れた。もちろん一人ではない。
「賞金首だ、捕まえろ!」
「ぎゃっ?!」
スーは子供達を自分の前方に行かせ、後方には気を配っていたが、前を見ていなかった為に、そのままぶつかりそうになった。
もちろん持ち前の身のこなしで回避したが、気が付けば子供達とは完全に切り離されてしまった。
「アレはお前の子分たちか?」
「・・・。」
「黙っていても、俺はお前の事を忘れちゃいないぞ!」
目の前で浮いている男は、砦で直接剣を交えた兵士だったのだが、戦った事は覚えていても相手の顔までは覚えていないスーである。
「私はそんなむさくるしい男に知り合いなんていませんよ。」
帯剣に手をのせる。まだ握ってはいない。
「ふん、お前のような美人がそんなにゴロゴロしていてたまるか!」
「・・・褒められて悪い気はしません・・・ネッ!」
握った剣を抜いて兵士の目の前へ突き出す。
以前とは抜く早さも、突き出す速さも格段に違う。
「グっ・・・。」
「剣を抜かなくていいんですか~?」
兵士に囲まれたのに気が付いた子供達が一斉に戻ってきて、スーの早業に冷や汗を流してい固まっているところに、火炎魔法を放った。
「いけー!」
スーが居ても構わず放った魔法は、ちゃんと火力調整されていて、兵士1人を落下させただけだった。それでもかなりの威力で、屋根の一部を破壊して焦がしている。
「飛びながら魔法だと?!」
子供達は全員が宙に浮いていて、あの時の、あの男の顔が脳裏を過った。ただ、それは偶然に過ぎず、見ただけであの時の男の子供だとは思っていない。
落下した兵士が自力で立ち上がるのを見ると、前後を挟まれたのにもかかわらず、スーに向かって突進した。
空中からの体当たりに、屋根とはいえ足が付いている状態なら耐えられると思ったスーは、体当たりを受け止めて3秒後には後方に大きく飛んで逃げた。
「あっ!大変な事にっ!」
今度は子供達が兵士に囲まれていたからである。
「あの騒ぎは何だ?」
「どうやら入国手続きをしないで入り込んだ者達のようで。」
「そんなの腐るほどいるだろ、罰金でもなんでも金を巻き上げて追い返せ。」
質の悪い上官だが、仕事をするだけマシだった。
以前からありもしない法律を振りかざし、旅人から金を巻き上げていたのだが、今はそれでも必要な男になってしまっている。それは、対処が早かったからだった。
金さえ巻き上げなければ手続きは正規のモノで、徴収された旅人たちは真実を知らないから、そういうモノだと思って諦めている。しかも、人が多く集まっていて、処理が早いことは有能だと思われていたのである。
しかし、それだけでは収まらない相手が現れてしまった事に、この上官はまだ気が付いていない。
「おい、お前達・・・う、浮いてる?」
視線を向けて窓の外を見ると、何者かが戦っていて、正規兵と旅人らしき数人が空中で魔法合戦をしているのだ。
「隊長も戦いますか?」
「俺は飛べないが?」
「でしたね。」
部下の小さな嫌がらせに気付く事もなく、目の前の光景は悪化した。
「正規兵が負けてるぞ・・・。」
「知っていて応援に行かないと拙いのでは?」
「それもそうだな・・・。よし、行くフリをしよう。」
そう言って実は前任者の臨時の隊長代理であるこの男は、支度をすると言って部屋に逃げ込んだのだった。
「ダメだこりゃ・・・。」
部下はうんざりしたように呟くと本来の隊長の名を叫びたい衝動を我慢していた。
「よし、勝てるぞ!」
そう言って喜んだ直後に、頭に拳骨を貰った。
「イデッ!なっ、あれ?スーさん?」
「騒ぎ大きくし過ぎですよ!」
「だってあのままじゃ囲まれたと思ったから・・・。」
助けるつもりだという事は誉めるべきだから、怒るのを我慢してもう一度拳骨をする。流石にさっきより弱めだ。
「ちゃんと見てください、周りを。」
倒して地に伏せる兵士は死んでいない。
周囲からはなにも寄ってこない。
しかし、少し向こうの通りでは、こちらを指さす人々の姿が確認できた。
「もう少し冷静に考えてくれると思ったんですけどねー。」
「ご、ごめんなさい。」
子供達が集まってションボリしている。
妹のナナコが拳骨されたところを撫でていて、兄弟姉妹の仲の良さがわかって良いのだが、もうそれどころではない。勇者よりも先に、力自慢と腕自慢の冒険者達が集まってきてしまった。
「あの美人が賞金首か!」
「捕まえたらお楽しみだな!」
「あの浮いてる子、可愛いな・・・。」
「おっ、パンツ見えた!」
そんな声が聞こえてくると、兵士達も集まってきたが、今度は兵士達は遠くから眺めているだけだ。お祭り騒ぎに集まってきたのは聖女を目的にしているだけではないというのもはっきりとわかる。
「けっこうな数ですねー。」
スーは失敗したので逃げる気満々だ。
しかし、そうはさせてもらえなくなってしまった。
「危ない!」
魔法障壁をとっさに張って防いだのは、さっきまでハルオの頭を撫でていたナナコだった。 張るまでの時間が短く、十分な魔力を出し切れず、一度の爆発で魔法障壁は消滅してしまった。
「今だ、とびこめっ!」
冒険者達が地上から飛び上がって来て、一瞬の空中戦の後、逃げるように更に上空へと上がる。
「ここまでくれば、大丈夫・・・な、訳ないですよね。ちぇっ、ハズレが来ましたよー。」
下から飛んで上がってこようとするのを得意の火の魔法で撃ち落とし、接近すら許さないまま目的外の者達がやってきた。その中で先頭に立つ男が余裕の表情でスーに話しかけてきた。
「飛びながら魔法を放つとはただモノではないな。」
「ちょっと高いですよ?」
「なら、これでどうだ!」
突然、スーとその男の僅か数メートルの間に、巨大な火球が出現し、放つよりも前にスーを炎に包んだ。
火の中で姿が見えなくなると、どんどんと火球は膨らみ、空中で大爆発を起こした。それはトヒラからでも確認でき、聖女でサキュバスのソレも振り向く程だった。コルドー5世は演説を終えた満足感に浸っていて、興味も無く、教会の奥へと姿を消す。
「ちょ、ちょっと、なにやったの?!」
トヒラは思わず叫んでしまい、兵士に発見されてしまう。逃げるくらいならスー達と合流するべきなのだが、そのスー達が今はあの爆発の中だ。
現れた勇者達はドラゴン戦での失敗を繰り返さない為に、敵に出会ったら全力を最初から出すと決めていて、その最初がスー達だったのであり、勇者らしいと言えば、勇者らしい戦いの開幕だった。
そしてその爆発は、太郎達にも見えていたのだった。




