第24話 事後
水浸しになっていた周囲の水溜りが、マナの供給が無くなって消える。一部水が残っている部分が有るが、それほど多くない。
そんな状況の中、スーは何とか意識を保っていた。ワンゴは強い。今までだって勝った事がなかったけど、太郎さんと二人なら・・・ってちょっと思った。見誤ったのは私の責任だ・・・。
意地で立ち上がって辺りを確認すると、世界樹様が太郎さんの頭を膝にのせている。ポチさんが・・・尻尾が動いている。よかった生きてる。ワンゴは・・・?
ワンゴだけでなく、その他大勢の群れも何か草のようなものが全身に絡みついていて動けないようだ。植物が・・・ああ、世界樹様の魔法か。
安心して息を吐くと激痛が襲う。あまりの痛みに気が遠くなる。肋骨が何本折れただろう。服には血が滲んでいた。
「あんな一撃反則級ですよう・・・。」
ワンゴを睨みつけるとその場に崩れ落ちた。
「あんたたち無理して動いたら怪我がもっとひどくなるわよ。・・・ポチもっ!」
何とか起き上がろうとするポチを制止して、倒れたスーを見る。
「フーリンが来るはずだからもうちょっと我慢するの。」
スーの身体が痙攣のように一度だけ動く。苦しくて口から血があふれる。だが、なぜか優しい表情に変わった。スーの心の中を見る能力は無い。
(ああ短い人生だったなあ、フーリン様と出会えたことを感謝して、絶対怒られる、死んじゃうならせめてあの人と、優しかったなあ、許してくれるかな。)
スーの頭の中では色々な記憶が巡っていた。その中でも良い思い出だけが走馬灯のように流れる。太郎は疲労で動けず、ポチは痛みで動けず、マナの魔法で草で絡め捕られて動けない者達。フーリン達が駆け付けたのはそれから15分後ぐらいだった。
この戦闘での死者は無し。軽傷者多数。重傷1名と1匹。損壊住宅21棟。魔王軍の兵士が作成した資料によると、壊れた屋根の殆どが下級貴族の家だったが、目撃した兵士は1人だけ、この報告書と資料を作成した兵士だったので、こちらは何とか黙らせる事が出来た。
「見なかったことにしろと。」
重症のスーは高級回復薬を使用して怪我は治ったが、血を沢山流したのでしばらく安静。王都の軍病院に収容されるのを無理矢理フーリンの自宅に連れて帰った。もちろん事情の聴取は回復後に必ず受けるという約束をして。
「三日待つんですな?」
ケルベロスも回復薬を使った。重傷だったが自然治癒力がスーと比べるとはるかに高く、折れた骨が回復していた。
「半日もここで寝てましたからね。」
太郎はマナが看病している。外傷は擦り傷程度で、回復薬を使う理由は無かった。マナの枯渇は自然回復を待つだけでいいからだ。
「目撃証言が多すぎて隠せませんよ。」
別室で資料を読んでいる男。その傍にはフーリンもいる。
「はー、カジノで2万枚当てたようですね。それは狙われるわけだ。」
テーブルが激しい悲鳴を上げた。フーリンが叩いたからである。
「カジノで大当たりしたくらいでこんな事件が起きるなんて、王都の防衛はどうなっているのかしら?」
「テーブルに罪は無いですぞ、フーリン様。」
「ダンダイルちゃんに頼んだわよね?」
「いくら元魔王でも、簡単に兵士は動かせないです。それなりに優秀な男を配置したから見なかったことに出来たのです。」
「たった一人じゃないの。」
「勇者の監視に多くを割いているこの状況では・・・厳しいです。それに、どちらかというとスーの方が誘っていたようにも見えたと。」
「ワンゴがいるってわかってたらやるわけないじゃない。」
「それは彼女の落ち度で、私の所為ではありません。それにケルベロスの方も何人か怪我をさせたようです。犬に乗った女の子に跳ねられたと報告が有ります。」
事件から丸々一日経過していて、すでに夕方の方が早い時刻になっていた。フーリンもダンダイルも、特に何かできるわけではなく、たびたび訪れる兵士の報告書を待っている。その報告書にはケルベロスが怪我をさせた人達の名前も載っていた。
「この女の子・・・世界樹様なんですよね?」
「あー、もう・・・事件に巻き込まれるなんて想定外だったわ。」
フーリンの心配は世界樹様の暴走だったが、多くの報告に、「急に草が伸びてきて身体に巻き付いた。」とあり、何とか暴走は耐えてくれたことが唯一の救いだった。
「ワンゴの方は何か言ってた?」
「水を見ると怯えますね、なんかの病気でしょうか?」
聴取した兵士の報告によると、喉が渇いたというので水を持って行くと、飲もうとした瞬間にコップを投げつけ、震えだした。その後の質問は一切受け付けなくなり、ただ「水恐い」とつぶやき続けていた。
「まぁ、最初は知らないの一点張りでしたが、スーから聞けば分かるって言ったら、少しはしゃべりましたね。手下の二人も捕縛できましたし、こいつらについては賞金首ですから。」
「処刑するのよね?」
「今の魔王が処刑になかなか判を押さないのでしばらくは労働奴隷でしょうな。」
「ワンゴだけは確実に処刑してほしいわ。知ってるでしょう?スーちゃんがあいつに何をされていたのかという過去を。」
「存じております。が、私には権限がありません。事件が起きたという事で兵士に招集をかけたのは私の派遣した兵士ですし、50人近い犯罪者を連れて帰ったのは彼の功績です。そっちは褒めてやってください。」
半数近くは、逃げられている事を知らない。ただ、事後処理の殆どをその兵士に任せたので、後でこっそりフーリンが直接お礼を言う事でまとまっている。フーリンの正体は知らないので、スーを助けてくれた個人的なお礼として金銭を渡すにとどめている。
太郎が目を覚ましたのはその翌日。マナの身体は妙に温かく、珍しくエッチな事もしてこない。
「ここ・・・どこだ?」
太郎がつぶやくとマナが返事をした。マナは元々寝るという行為自体がそれほど重要ではない。
「軍病院ってところよ。ポチもいるわ。」
ベッドの横の床でポチが寝ている。こっちは寝息をたてていた。
あの時の事をマナから説明してもらうが、やはり魔法を使った後からの記憶が無い。犬獣人は捕まったというし、スーもちゃんと生きている。よかった。それにしてもあんなに大きな水玉ができるなんて・・・。何かが体中からごっそり抜ける感覚は有ったが、あれがマナなんだろうと思う。今までそんな感覚を強く感じた事は無かったから、力の行使というか、魔法を使うという事がどれだけ危険なのか、理解できた気がする。自分でも気が付かなかったけど、神気魔法も少し混じっていたようだ。
「強くなったような気がしてたけど、全然足りてないのを実感したよ。」
「今回は相手が悪すぎたわね。」
その相手というのは、ワンゴという名の犬獣人で、規模としてはかなり大きな盗賊団のボスだったらしい。スーが勝てない相手という事もあるが、ポチでも全く歯が立たなかった。魔法を毎回あの規模で使わなければならない事態に成ったら対応できるはずもない。準備というのはいくらしても満足してはいけない。
「水魔法だけならかなりのレベルよ。」
マナに褒められたが、水魔法だけで戦うわけにもいかず、剣術のさらなる強化は今後の課題だ。
「スーは何かあの男と因縁というか、何かあった感じがしたけど・・・。」
突然、お腹が鳴った。あれから日にちだけなら二日経過している。丸一日以上何も食べていないのだから、当然と言えば当然だ。気になる事も空腹には勝てない。
「病院って言ったよな?」
「うん。」
「勝手に部屋から出ていいのかな?」
マナが首をかしげる。
「いいんじゃないの?」
ポチがむくりと起き上がる。俺を見て安心したようだ。お腹も空いたし出よう。と、部屋を出ようとドアを開けると兵士が立っていた。
「勝手に出ては困ります。」
「お腹空いたんだけど。」
「ではこちらでご用意いたしますのでしばらくお待ちください。後でフーリン様とダンダイル様がいらっしゃいますので、食事が終わっても部屋にいてください。」
迎えが来るという事なら大人しく待つ。ダンダイルって誰だっけ?
「元魔王よ。」
「え、なんでそんな人が俺のところに・・・。」
「怒られるかも?」
「えーっ・・・。」
「あ、ダイジョブダイジョブ。私とフーリンの知り合いだから、確かに怒られるかもしれないけど、それ以上の事は無いと思うわ。」
ああ、そういえばフーリンさんが子供扱いしてた魔王か。いや、元魔王。9代目だったような。暫く、大人しく待っていると食事が運ばれてきた。ちゃんとポチの分まである。それぞれ、テーブルに、床に、配膳されると、一言、申し訳なさそうに付け加えた。
「先ほどの事なんですが、ダンダイル様が急遽来られないとの事でしたので、そのままお帰りになっても良いとの伝言をうけました。」
一礼して去っていく。頂いた食事はどれも高級そうな肉とパンだ。朝から肉って辛くない?添えられたサラダも、キラキラしていて色とりどりだ。マナがどう思ったかは分からないけど、ポチは満足そうに食べていたので良しとしよう。食事を終えて、結局誰に止められることもなく軍病院を後にしたが・・・ここどこですか?
「フーリンさんの家は何処だ・・・。」
王宮というか、すぐ傍にはお城が有る。ポチの姿に多少なりとも好奇の視線が向けられるが、だれ一人話しかけてこない。一般人なんてほとんどいない。ここに運ばれた時のポチは気を失っていて道は解らない。俺も気を失っていたから覚えていない。道は解らないけど方向は解るというマナを頼りに、テクテクと歩いて帰った。