第247話 残された者達
多くの人達が旅立ち、毎日買い物に来ていた人達も減って来ていた。売り上げが下がるのは生活にも関わってくるので困るのだが、それ以上に売れ残ると困るのがパンだった。以前は奪い合いになるほど人で溢れていたのに、今では朝に数人来るぐらいだ。
「余らせてもダメになってしまうのが・・・。」
この仕事を任せてもらって、順調に売り上げを伸ばしていたのに、聖女騒ぎであっという間に最初の頃に逆戻りである。
「聖女様ってどんな人なんですかね?」
「少なくとも私達を助けて下さったのは聖女様なんかじゃないのよ。」
二人は助けてくれた人の顔を思い出して、ココに留まる決意をしている。
とは言っても、売れ残って困るようでは何の解決にもならず、あの時の子供達が旅立つ事無く残っているので、今では普通に余ったパンを上げていた。
子供達は喜んでいるが、売り上げは下がる一方だ。
「赤字になる事が無いとは言え・・・ちょっとね。」
母娘は暇を持て余していて、掃除もするところが無くなるほど綺麗にしていた。
「折角の鍋釜も埃が・・・。」
用が無くても、商品を見て回る。以前なら次回の入荷待ちをするようなモノも、在庫を抱えるほどだ。
「みんな、今頃どうしてるんだろう?」
娘の疑問はひょっこりと現れたフーリンが解決してくれた。
「どうやら国境に人が溢れてるみたいね。」
「いらっ・・・あ、おはようございます。」
「おはようございます。」
「二人が元気そうでよかったわ。」
その言葉を聞いて不思議そうにフーリンを見る。
「店が暇なのは良いんだけど、住人も旅人も居なくなっていくのがね。」
「暇なのは困ります・・・。」
とは言っても、商品が悪い訳では無く、売る相手がいないのだ。
「あっちの村に集まってるみたいだし、ココに居ても暇なら行ってみない?」
驚く内容の提案に、直ぐには頷けない。
そしてもう一つ問題がある。
「行くと言っても準備が必要ですし、暫くお待たせしてしまいますが。」
「パーッと行くだけなのよ。」
「ぱー・・・?」
その後二人はとんでもない体験をする事となったのだが、空を移動している間、二人は気を失っていて、目が覚めた時には村のベッドに居たのだった。
村でのんびりするつもりもなく、情報収集の為にギルドで金を落しているが、半分以上は噂話程度で、事実と思われるモノは役に立たない情報ばかりだった。
その中でも唯一まともだと思えるのは聖女の今後の予定である。
「向こうのギルドも大混乱しているようだな。」
「そうね。」
「この村は変わらないと思っていたが、聖女様の影響力とは凄いモノだ。」
村のギルドは、元々太郎の家だったが、食堂の広さを利用して増築し、今は一軒の建物になっている。ギルドと酒場の複合施設というのは珍しくはないが、建物の大きさとしては都市部に匹敵する。
「宿は満室なのに一部壊れてるからなあ・・・。」
壊れた原因は分かっていても誰も咎めないし、咎められない相手なので無視している。ただし、修理費はキッチリ請求したそうだ。流石スーだ。
「ジェームスさんも居るみたいだし、暫くここで何とかするか。」
そのような声も聞こえるのは、ジェームスが有名冒険家として名が知れ渡っているからで、ジェームスを見て心を落ち着かせている者もいるようだ。
フレアリスは現地では有名だが、この村ではほぼ無名に近い。その上、殆どポチとチーズをとっかえひっかえ抱きしめているので、あまり人前に出てこない。
忙しく過ごしているようで、実際には殆ど何も出来ていないのを歯がゆく感じているが、慌てるのも良くないと心を落ち着かせて、村に溢れる旅人の様子を見ていた。
「・・・なんだあれは?!」
慌てて風変りの姿に接近し剣を抜いた。
「なにもんだ?!」
「ヒィィ!」
べちっ!
「なにしてんの!!」
突然頭を叩かれたジェームスが驚いている。
「コイツはモンスタ・・・あー・・・そうか、太郎君の村だったな。」
「大丈夫?」
「あ、は、はいぃぃ・・・。」
きっと殺されると思ったのだろう。
怯え方が酷く、その場に座り込んでしまった上に、首がぽろっと落ちてしまった。
「や、やっぱり悪魔じゃないのか?」
抜いた剣を収めながらそう言うと、もう一度マナに叩かれた。
「あんたデュラハーン知らないの?」
「でゅら・・・?悪魔じゃないのか?」
「悪魔でも敵じゃなければ問題ないけど。」
のっそりと現れた太郎は、頭を掻きながらそう言うと、転がった頭を拾い上げて元の位置に戻した。
「あ、ありがとうございます。」
「どういたしまして。」
太郎が仲良くしている様子を見て、溜息を吐き出す。
何処に行ったのかは分からないがあの犬と一緒に居るであろうフレアリスも見ている筈なのだが、ジェームスのような反応はしていない。
何か変った魔物がいるとは思っただろうが、警戒心は何も起こらなかった。ただ、妙な魔力を感じる猫には背筋も凍るような不快感を覚えたが、敵対心はなさそうで、こちらを一瞥しただけでどこかへ行ってしまった。
「丁度良かった。」
「何か用ですか?」
「情報が集まらなくてな。行く者はいても戻る者が殆どいない。」
「聖女の行動は不明なところが多いみたいですからね。」
「マギがどうなったかも気になるが、聖女のお披露目をする日なら紛れ込みやすそうだ。」
「じゃあ、その日までに到着するように出発するんですね?」
「そうなるな。今なら旅をする連中も多いから比較的危険も少ない。襲われてもそこまで強い魔物は出ないしな。」
「聖女って何ですか?」
首の位置を調節しながら、マナに問う。
「ただの目立ちたがりよ、あんた達が気にする事じゃないわ。」
「そうなんですか?」
「聖女でもそういう扱いが出来る太郎君達が凄いよ。」
「別に悪い扱いをするつもりもないんですけど・・・。」
こういう言い方をすると、太郎の方に選択権が有るように聞こえるが、今回もこれからも、太郎の選択権は特定のモノに絞られるはずだ。
少なくとも、太郎はそう思っている。
「それにしても人がどんどん増えますね。」
「今は出ていく人の方が少ないからね、そろそろマナにも手伝ってもらわないと、うどんとベヒモスだけじゃ間に合わないかもしれない。」
「荷物運びならお手伝い出来ます!」
ポニスが啼いたような気がした太郎は、その胴体を撫でるとポニスの方からすり寄ってきた。ファリスが驚く。
「私以外にそんな態度をするなんて初めてです。」
「むしろ首が無いんだが?」
「敵じゃないからね!」
マナに釘を刺されればジェームスレベルでも委縮する。
「わ、わかった・・・。」
「じゃあ、あんたも手伝って行きなさい。」
「何を手伝うんだ?」
「収穫よ!」
「え?」
エルフ達だけではすでに不足しているので、太郎の子供達も総出で収穫をしている。ベヒモスが畑の周囲を歩き回り、うどんが育成を促進させ、マナが巨大な実を作る。一つ一つがとてもデカいから余計に大変だ。
収穫すればすぐに料理班に手渡され、次々と作られていくのだが、出来ると同時に消費され、24時間休みなく働いているような状態だった。
太郎がそのままの状態を許すことなく、生産量が減ってでも必ず交代で休むように厳しく言ったので、過労で倒れる事はなかった。
「安く提供しているとはいえ、無料で配るのはダメですからねー。」
と言うスーの理由も解っているので、太郎達は丁寧に料金を頂き、安くて美味しいモノを量産し続けた。
数日が過ぎると、いつの間にかフーリンがいて、酒場の二階のベッドで二人が休んでいると伝えられていた。
母親のミューとその娘のメリッサは、フーリンと一緒に来たらしいのだが、飛び立つ前に気を失っていて、飛行中も、到着後も、しばらく目を覚まさなかった。
目が覚めた二人は直ぐに太郎に挨拶し、そのままエカテリーナ達を手伝う事になった。料理も人手が少なくなっていて、デュラハーンの女性陣も手伝いに来るという事態にまで悪化している。
「俺達だけじゃもう捌ききれんぞ。」
魔王軍の隊長のカールは、残留組と言うには少し違うが、この村に残るという意味では同じである。旅立つ者達への通行許可など無いので、入村者を厳しく監視していたが、犯罪の発生を抑える事は出来なかった。
ポチとフレアリスのコンビが驚きのスピードで軽犯罪者を取り締まっていたが、放り込む牢屋も無く、全てが無駄に終わっている。
「行くも地獄、残るも地獄・・・か。」
カールは終わりの見えない作業に疲れを感じていた。




