第246話 流出と不足
晴天の青空が続く上空とは違い、窓の無い室内では、魔王国の将軍級が集められ、緊急対策会議が始められていた。最初は聖女の存在とその能力、魔王国から流出する人々の対応、コルドー系教会への入信者の増加。それらが報告された後に意見をぶつけ合う。
「国境では混乱が出始めていて、出入国管理局が悲鳴を上げています。」
「ガーデンブルク経由の方がコルドーに近いとなればそっちに増員すべきか?」
「あの・・・言い難いことですが。」
「なんでしょう?」
「あの村にも国境を超えるルートが有るという噂が出回っていて、相当数が村へ押し寄せているという情報が有ります。」
「あの村から・・・?」
「かなり昔の話ですが、過去には実際に使われていたルートが確かにありますし、ハンハルトへの入国手続き無くコルドーに行けるので、路銀に余裕の無い旅人が利用するには条件が良いのです。」
「魔物が出るという話がある筈ですが?」
「駐屯地で治安も安定しているので、あの村に滞在して準備をしようと考えているようです。」
他の者が付け加えた。
「ギルドも設置されてますし、あの村は今後重要な拠点になる事は間違いないです。」
将軍達に言われれば、否定する余地もなく受け入れる。しかし、それではあの人に迷惑をかける事になるだろう。ほんの数日前に行ったあの村でのんびりしていた魔王は、今のこの状況に焦りと苛立ちを覚えていた。
「それにしても・・・。」
そう呟いたのは雄々しい角を頭部に生やしたニック・ゾルという男で、将軍級会議という名目上、必ず現れなければならない者の中の一人である。
ゴルルー将軍も居るのは当然なのだが、ダンダイルは不在である。
「これほどの人数を集めたという事は戦争がはじまるという事ですか?」
「可能性は否定しません。」
魔王は席から立ち上がって応じた。
「集まる事の無かった勇者たちが一ヶ所に集まるというだけでも異常で、彼らを自由に命令できる者が存在するのは脅威です。」
「だが、聖女という事なら、和平交渉に応じるのでは?」
「応じる必要が彼女には無いでしょう。」
この回答は、ダンダイルの助言が有って生まれたもので、魔王一人では到底辿り着けない答えだった。
「富を必要とせず、権力を必要とせず、人を無制限に愛し、それが彼女にとっての平和なら、既に達成されている事になります。」
「それでは・・・集められた意味とは?」
若い魔王相手にきつい言葉になってしまう将軍達だが、魔王は気にしない。
「我々にとって最も恐れるのは魔王国の分裂です。」
魔王の口から放たれた一言は、どよめきを起こした。
「既に多くの者達がコルドーを目指して旅立ち、それらを止める手段が我々には有りません。」
「確かに・・・。」
「一部では、魔物退治の兵力が不足しているとの報告も上がっていますし、これ以上の流出を避けなければなりません。」
「魔王様は既に対策がおありで?」
首を横に振ってから下を見る。
「正直、ありません。今の我が国に聖女以上の魅力の有るモノが存在すれば、彼らも足を止めるでしょう。」
他の将軍達は口を噤んだ。
広いホールに集められた100人近い者達の中で、誰一人、答えを出せなかったのである。
魔王に魅力が無いと言っているのと同じだと思われても仕方のない事ではあるのだが、魔王国の魔王というのは、皆がやりたがらない面倒な仕事で、今の魔王でさえ、自分より少しでも有能な物が存在したら、魔王職を譲りたいと考えているくらいである。
もちろん、彼以上に優秀な者は存在するが、すべて断られている。
「時間は掛かりますが、税金を安くすれば戻って来るでしょう。何しろあの国に人が集まり過ぎれば、衣食住の問題がいつかは起こります。ただ、何年後になるかは分かりませんが・・・。」
これが商機とみて、多くの商人達が活気に満ちていて、国内の物資の殆どがコルドーに運ばれる事になっている。商人の殆どはそのまま帰ってくる事はなく、住み着くだろう。しかし、大人数を支える事が果たして可能なのだろうか?
疑問は残るが明確な答えはない。
「そういう意味ではすでに戦は始まっています。武器の無い戦いというのはどの国も苦手でしょうが。」
知略に満ちた情報戦というのは、どの国もほとんど行っていない。最も大事なのは情報と言われて数千年が経過していても、結局は情報が集まって、吟味しても、対策を練っているうちに攻め込まれてしまうのである。
何しろ情報の伝達がギルドの所為で早過ぎたり遅過ぎたり、信用出来たり出来なかったり、曖昧な事が多かったからで、国営ギルドを立ち上げる要因となったのだった。
そして、現在はそこまで情報を必要とする戦争は発生しておらず、情報が先に来ると戦争すら起きなくなってしまい、戦争屋が困るという、経済にも悪影響が出るようになってしまい、平和とは何かを考えさせられる事にもなった。彼らは戦わないと生きていけない世界の住人だと、改めて考えさせられたワケである。
「だいたい、勇者の所為で戦争は起きてこなかった。勇者が存在するおかげで、他国と戦わなくて済むようになった。あれほど大規模な戦争が発生した時代にも勇者はいたのに、戦争を止めるような事はしなかった。むしろ積極的に戦って生き残るのが勇者で、勇者がいなければ勝てた戦いに負けてしまう事もあった。」
彼らにとっての勇者とは厄介者でしかないのだ。それが一ヶ所に集まったらどうなるのか。想像を超える何かが待っているような気がしてならない。
「一つの方針として、魔物退治をすべて中止します。」
再びホールがどよめく。
「もちろん要請が有れば派遣しますが、特に必要が無ければ兵は退治任務から解きます。」
「理由をお聞かせ願いたい。」
「単純に資金不足です。」
応じたのはリン・クー・エストという女性で、本来なら100年は待たされる予定だったが、前任者が汚職によって辞職した後に就いた将軍である。
「そして物資不足です。資金が有っても買えません。」
「優先物資が有るだろう?」
「そのような商人がすでに半数以上、国を出ていきました。今迄も安く買いたたいていたので、これを機に離れる事にしたのでしょう。」
淡々と答えるような声に、危機感が感じられない。まるで全て前任者が悪い。と、暗に言っているようでもある。
「明日の朝食が無いのに、明後日の事なんて考える余裕なんて有りませんから。」
確かにその通りなのだが、もう少し感じの良い比喩を使ってもいいのではないかと考えた者もいる。居るだけで何も言わないが。
「物資については一つだけ方法があります。」
「なんでしょう?」
魔王は希望と答えを求めた。
「魔王様が懇意にしているあの村です。」
「えー・・・あ、あの村ですか・・・。」
頼りたいが、が頼りにしてはいけないと自分に言い聞かせてこの会議に臨んでいる事を、彼女は知らない。
「あの村の事は噂以上に情報が入ってきます。特に兵士達が行きたい任地No.1だとか。それと、わたしも頂きました蜂蜜も、あの村のモノです。何かおかしくはないですか?」
あの村の秘密を知らない彼女にとって、知りたい事が一つある。
「あの荒れ果てた土地で、異常なほどの生産力が有るのが疑問なんです。」
魔王は知っている。
しかし、それを行う事を許可して貰えると思っていない。
ましてや、魔王国の為だけに我儘を言う事になる。
それもたった一人に対して魔王国を救ってくれと言うようなものなのだから、それらを成し遂げた時にあの村は魔王国の中心になるだろう。
「魔女が住み着いているという噂も耳にしましたが、魔王様はご存知でしたか?」
将軍級でも、噂だけなら知っている者が大多数で、逆に言えば知らない方が珍しい。
「もちろんです。」
そう答えた後、視線を逸らした。
「・・・何か変な事を言いましたか?」
「そんな事はありません。確かに彼なら可能かもしれませんが・・・。」
さらっととんでもないことを口にした事に、魔王は気が付いていない。
「応じてくれるとは思えません。」
「可能だとお考えなのですか?」
そう言われて気が付いた魔王だったが、既に遅かった。
「・・・不可能ではないでしょう。」
「では、この件はわたくしに任せて頂いても宜しいですか?」
彼女はまだ就任したばかりで、前任者の汚職を整理する作業しかしていない。そんな彼女にとって活躍する場を欲するのは当然ともいえる。
「資金面での問題は日を追うごとに悪化するので、すぐにでも出発いたします。ダンダイル様が移動手段をお持ちなようなので、少々使わせていただきますが、そちらも宜しいですか?」
大胆な事を言う彼女だが、本来は堅物で通っている。所謂、金にうるさい女としてのレッテルのようなもなのだが、実際には、正しくやりくりしてくれる優秀な人物なのだ。健全化が可能な案を前任者に提出しては突き返されていたという過去が有り、実行可能な時期はすでに失われていて、今は運用資金をかき集める事さえ困難になっていた。
彼女が直ぐに始めたいという理由は理にかなっている。
魔王は諦めたように、消極的に許可を出した。
「後ほど、命令書を発行します。」
その後の会議は、何の進展もなく、各地での人口流出の報告と、魔物の減少が報告されていたが、魔物に関しての報告は重要性の低さと、偶然だという事で、片付けられた。
魔物退治を終えて、帰還と一時帰宅を兵に与える時は、僅かながらに金銭を付随するのだが、今の魔王国には余裕がなく、傭兵を雇う資金も減らしたために、今は冒険者達がギルドから出される依頼をこなす事で、一定の治安が保たれている状態だった。
各地でコルドーを目指す者が日に日に増えるなか、取り残される者達もいる。それは貧困層で、今を生きるのに精いっぱいの者達は、旅立つ余裕などなく、聖女の噂を耳にしても、そんな事よりパンが食べたいという状態で、人がいなくなった家に忍び込む者も増えた。もちろん、パンくず一つ残っていないのだが。
聖女が現れて、魔王国以外でも急激な変化に対応できずにいた。
ジェームスもその一人で、フレアリスと共に村までやって来て、女勇者について太郎と話をしていた。
こちらも解決策は何も思い付かず、やっと出した結論は、コルドーに行く事だった。
「もう行くしかないだろう。」
「何もかもおかしくなっているしね。」
休む間もなく旅立つつもりでいるかのような話だったが、二人はしばらく滞在するという。
「マギがどうなるかはもうわからん。急いでも無駄だろうし、遅れてもやっぱり無駄だろう。」
「じゃあ、どうするのよ。」
太郎が言おうとする前にマナが言ってしまう。
「どうしようもない。だけど、聖女が安泰ならマギが死ぬような事はない。ましてや勇者だから、死んだ方がいつもの場所に帰れるかもしれん。」
「あー、確かにね。」
「だが、聖女といえば回復魔法の使い手なのだろう?死ぬ前に回復するだろうさ。」
むしろそんな激しい戦いならマギよりも他の者の方が適任だと思うジェームスだったが、それでもあの頃と比べればかなり強くなっている。
「彼女強くなったんですかー?」
「元が元だからな、メキメキと上達しているんだが、それでもケルベロスには勝てないだろうなあ。」
「ポチさんは比べる相手じゃないですよー。」
「比べる相手になるくらい強くするつもりだったんだけどな。」
「それで、出発はいつにする予定ですか?」
「聖女の話ならココのギルドでも手に入るから、特に大きな動きが出ないうちには出発したいかな。」
「出来るだけ早くって事ですね。」
「それなんだが・・・なんか旅人が多過ぎないか?」
「コルドーに向かう人達がこの村を中継に使っているようですねー。」
「迷惑な話ね。」
フレアリスはまるで他人事のように言う。
もちろん他人事だからだ。
「コルドーに直接抜ける森林ルートがあるって言ってましたー。」
「あぁ、あのルートまだ使えるのか?」
歴戦の冒険者は知っていた。
「ちょっと前に敵が攻め込むルートに使われたみたいなんで、ある程度は使えるんじゃないですかね。」
「・・・また攻め込まれたのか、この村は。」
「村に辿り着く前に追い返しましたー。」
「なんともあっさり言ってくれるものだな。」
太郎が知らないうちに終わった戦いなので、のほほんとしていると、ジェームスは苦笑いをする。
「まあ、この村は太郎君さえ元気なら問題は無いからな。」
「そうね。」
そう結論付けて、ジェームスは太郎に頭を下げた。
「暫く世話になる。」




