第243話 お願い
村に出来たばかりのギルドの目の前に大穴が空いたのは、使い慣れない魔法を慌てて使ったからで、普段ならこんな大失敗はしない。
轟音が響き渡ると、舞台の踊り子達も驚いて動きが止まる。
観客も何事が起きたのか、舞台で踊る美女たちよりも関心が向く。
「な、何の騒ぎだ?」
「あの子が落ちてきたみたいね~。」
「あの子?」
作業を一段落させてギルドの食堂で休憩している二人の会話だ。疲れていて驚きにも力がない。
ドアが開かれるのではなく、吹き飛んでくると、数人に被害が出たが、彼女にとっては些細な事だった。
「ね、姉さんはいる?!」
「やっぱりあなただったの~?」
姿を確認するとその場に座り込む。緊張以外の何かで彼女は疲労していた。
「おい!てめー!」
吹き飛んだ扉に当たった事を些細な事では済ませられない一人が怒鳴り込んできた。
当然だろう。
しかし、ダンダイルの姿を見て、逃げる猫よりも速く、素早く引き下がり、仲間のモトに戻ると顔を青くしていた。
「・・・な、なんでこのギルドはあんなのがいるんだ!?」
すごすごと逃げてきた男が仲間に小声で言う。
「・・・将軍も見かけるし、魔王様も訪れた事があるっていう噂だ。・・・噂だと思う。」
「雄殺しを見かけても殺すなとか、カラーを同意なく持ち帰るなとか、ケルベロス程度で報告して来るなとか、あれ本当だったんだな?」
「少し前にケルベロスが男とウロウロしていた事が有っただろ?」
「ん?・・・ああ。」
「それを見た兵士が敬礼する村だぞ。」
「は?なんだそれ・・・。」
常人なら聞こえる筈の無いその小声を、しっかりと聞いていても、二人は何も言わない。そんな事よりも、周囲の目を気にせず飛び込んで来た彼女の必死さの方が気になる。
「とりあえず落ち着いて水でも飲みなさい。」
その水はマリアの魔法によって創られた水で、太郎の水と比べるとまだ数段落ちる。味なんかを気にする余裕もないままコップの水を飲み干し、促されて椅子に座ると、周囲の緊張が解け、先ほどの騒がしさが戻る。
ギルド内はいつでもそれなりに騒がしかったのだった。
「そんな表情で飛び込んで来るなんて、コルドーの件?」
マリアの口調が引き締まっている事で、事態の深刻さを感じたダンダイルは、口を挟まない事を決意した。
「流石姉さんね、もう知っているなんて。」
「聖女が現れたという話ならココだけじゃなく、もう各国各地に知れ渡っているでしょうね。」
魔女の技術の賜物である。
それが良い事かどうかは、判断が分かれるが。
「あの聖女はサキュバスだという事は?」
ダンダイルは声を出さないように細心の注意を払っていたのだが、それでも小さくもない声が出た。
「御覧の通り、知らないわ。」
「そう・・・。あのアバズレは男から精気と魔力を吸収しているのだと思うのだけど・・・。」
「アナタ、見てきたのよね?」
「・・・えぇ。」
「それだけの情報しか集められなかったの?」
普段のマチルダなら、もっと注意深く、もっと念入りに調べる筈だとマリアは思っていて、その彼女が、曖昧さと思い込みで説明しようとしている事に違和感を覚えたのだ。
「そ、それは・・・その・・・。」
噛みしめる唇から血が滲む。
そして、頬に伝う涙が、更なる疑問へと繋げた。
「もしかして、彼を取られたの?」
魔女であっても姉の前では弱い。
そこにもう一人、元魔王が居るのだが、彼女達の視界から消えていた。
実際、ダンダイルは隣のテーブルに移動していたので、表情は見えなくても声は聞こえる距離だ。
「何も出来なかった。私の言葉が届かなかったの。」
「魅了されてたなら結界を張ればイイじゃない?」
「私が鍛えた時とは比べ物にならないほど強くなっていたから無駄だったと思う。」
「試してないってコトね。」
マリアは溜息を吐いた。
子供に説教しているような気持と似ていたからである。
「あいつ・・・私が造った魔法陣を利用して呼び出したみたいなの。」
次の質問を言おうとする前に、マチルダが話し始めた。
「魔法陣って、魔法言語の文字列で組んだアレ?」
マリアもいくつか造っているし、今でもギルドで利用されている転送装置がある。
「成功するには膨大な魔力が必要な筈で、千年程度じゃ集まらないと思っていたんだけど・・・。」
「魔法陣で呼び出された聖女・・・?」
考えて思い出したのか、マリアですら驚きを覚える。
「まさか・・・御伽噺だと思っていたのだけれど。」
「姉さん知ってるの?!」
「魔法陣で呼び出されたのが本物の聖女なら、六聖女正道って本が有って、ボロボロで読めなかったから詳しくは分からないのだけれど。」
ダンダイルの耳が僅かに動いたのは、本のタイトルが魔王国の禁書に保管されていたモノと酷似していたからである。
ただし、ダンダイルが知っているのは”六聖女戦記”であった。
血で血を洗う地獄の人類全滅戦記で、生存者無しで終わるという内容だ。
もちろん御伽噺でしかなく、事実である証拠は一つも存在しない。
ただ、その内容が過激すぎて一般に広められない内容だったので城内に禁書として保管していたのである。
「あと5人集まれば世界を巻き込む大戦。一人でもいればその力を止める術はないほどの強さを持っている事になっているわ。」
感知した魔力はグレッグのモノであって、あの聖女のモノではない。それでも、とてつもない魔力を秘めている事は気が付いていた。
ただ、それでも姉さんを超えるほどの魔力を持つモノなんて一人しか知らないのだ。
「回復魔法を使っていたから、例え偽物でも聖女のフリは出来るでしょうけど、あんなのがあと5人も・・・!?」
「何か気が付いた事は?」
「なにか・・・。私の言うことに反応が無かったのと、あのアバズレの言うことなら聞きいれるという事くらいしか。」
悔しさが滲み出る声で応えると、姉に頭を撫でられた。
「姉さん・・・。」
「次に調べる時は私が行くから、アナタは休んだ方が良いわね。」
完全に敗北した声を出す事なんて、マリアは嫌という程聞いていて、こうなった時にどうすれば良いかというと、無理に行動させるよりも休ませる方が有効だという事を知っている。
あの時は出来なかった事で防げなかったのだから、今はこの子を休ませることで無謀な行動を止めさせることができるのだ。
「生きていればチャンスは来る。今はとにかくここで休んでなさい。」
その言葉は、世界で有数の強者と言われてきて魔女が、戦力外通告されたという事だった。
悔しさを通り過ぎれば、次は涙が出る。
今まで何でも出来た自分が、何も出来なくなった時、出るのが涙だけという事実を思い出して、子供のように泣いていた。
「やっときたわね~。」
「そう言うと思って調べてきたんですからねー。」
スーがテーブルの椅子に座ろうとして、やめた。
スー達にとってのバカ女がそこにいるからである。
「太郎ちゃんは?」
「あとでマナ様と来ますよ。」
空気がピリッとする。
「その様子だと、何かとんでもないことを知った感じね?」
「これだから魔女は嫌いですねー。」
「嫌われるのも魔女の仕事だから。」
こっそり裏口から入って来ても、スーはすぐ気が付く。
「こっちですよー。」
「みんな隅っこに、ダンダイルさんは?」
「あら、そう言えばいつの間に~?」
スルっと現れる。
「トイレのようですが呼び出しますか?」
「シルバ、そっとしてあげて。」
フッと消える。
「太郎ちゃんのようになるのも目標だったのだけど~。」
「けっこうめんどくさいよ?」
「そういうセリフは成ってみないと言えないのよ~・・・。」
魔女が敗北宣言するのをサラッと横に流して、太郎はそこにいるマリアとは別の魔女に言った。
「勝手に来るのはかまわないけど、あちこち壊さないでね。あんまり自由にさせると周りから不満が押し寄せてくるから。」
マチルダは応えず、代わってマリアが応じる。
「今回は緊急避難だから、見逃してあげて~。」
「そんなにショック受けてたの?」
「魔女だって女の子ってことなの~。」
太郎は予想とは少し違った返答だったので、それ以上追及するのを止めた。代わりに言ったのは、別室を用意したからそこで話をしようという事だった。
「それで、ココに来たんだから、何か言いたい事が有ったんでしょ?」
「そ、それは・・・その・・・。」
マチルダは言い難そうで、太郎の横にいるスーの視線がきついのと、世界樹がそこにいる事でもっと言い難いという事である。
「太郎ちゃんたちはどのくらい知ってるの~?」
「6人の聖女迄かな。」
「太郎君は、聖女をどう思うのだね?」
「いや、特に何も。」
聖女は良い事しかないと思ってはいるが、関係ないという気持ちの方が強過ぎて、特に感想もない。
「それでは、聖女の情報を教え貰っても良いかね?」
「簡潔に言うと、サキュバスで聖女で、勇者を集める能力があって、他に5人いるそうです。」
太郎の言葉に驚いたのは、マチルダとダンダイルで、マリアは表情に出す事はなかった。
「さすがに驚かないのが一人居るわね。」
「想像ツイてたから~。」
「あともう一個あって、マギって勇者なんだけど。」
ハンハルト在住の女性勇者の事だ。
「たいした荷物も持たずに突然飛び出したらしいわ。」
何故かマナが言った。
「それって・・・。」
グレッグと同じだとは声に出さない。
「ジェームスさんが気が付いて止めに行ったらしいんだけど、あっさり負けたらしい。とてもじゃないほど強くて小石を当てる事も出来なかったって。」
シルバに調べてもらった情報で、先ほどシルバを通じて直接会話もしている。
「他の勇者らしき人も続々とコルドーに向かっているらしいって。」
「勇者が集まったら・・・あんなのを集団で相手にするなんてなあ・・・。」
ダンダイルが想像の中だけで背筋を凍らせている。
「情報収集能力だけですでに太郎君だよりというのも、我々にとっては恥ずかしい限りなのだが・・・。」
「ほら、アナタから言わないと。」
「あ、う、うん。」
まるで子供を扱うような口調で言われると、マチルダは、信じられない程の大声で言った。
「お願いします、私に力を貸してください!」
スーがもの凄く嫌そうな表情をしたのが印象的だった。




