第242話 追跡した先に
調べに行ったシルバはすぐに戻ってきた。それでも5分くらいは経過しただろう。昼食を終えてコーヒーを淹れる前である。
「確かに聖女の魔力を感じました。」
「ホンモノなのね?」
「ホンモノというか、ホンモノですが、どこか変でした。」
シルバは何か言い難そうな雰囲気がある。
「変?」
「・・・太郎様の深夜の行為と同じことをしていました。」
太郎の目が丸くなる。
マナの視線が太郎に向けられる。
スーが怪訝な視線をシルバに向ける。
ポチが欠伸をした。
「聖女だよね?」
「魔力はそうでした。」
「聖女のハーレムでもいたの?」
マナの質問はストレートだ。
「男女比は逆です。」
「男が寄ってたかってたら、無理矢理されてるんじゃないの?」
「喜んでいるようでしたが・・・?」
「性行為が好きな聖女なんているの?」
「聖女と言えば清楚と母性の塊の様な存在だと信じてましたー。」
スーの回答は太郎も同意する。
「聖女と言いましても、聖女の能力が有ればどんな姿をしていても聖女です。」
「猫獣人でも聖女に成るって事?」
「それどういう意味ですかねー?」
そういう意味じゃないから、ズボンの上から握りつぶそうとしないで・・・。
マナが真似するから!!
「兎獣人が聖女になれるなら、そうなるんじゃない?」
「兎獣人ではありませんでした。」
「シルバ、ハッキリ言いなさい。わかってるんでしょ?」
「はい。サキュバスの身体を有した聖女でした。」
「へっ?!聖女って処女じゃないと駄目とかいう制約はないんだ?」
「聖女の能力が有れば問題有りません。」
サキュバスと言えば男の理想を詰め込んだような存在・・・という程でもないが、かなりの確率でエロイのは間違いない。
「聖女の力って言うと、何?」
「主に蘇生魔法ですが、実際に蘇生魔法が使用された記憶はありません。」
「シルバは知ってるんだ?」
「知ってはいますが、特に詳しく調べた事はありませんので。」
にゅるッと水が出てくる。
「何万年も昔の事だから曖昧なんだけどー・・・。」
この水は何処から出てきたんだろう?
「聖女達が現れた時代は、人が多く増えてタ頃でぇ・・・えーっと・・・。」
「大規模な人同士の戦争が各地で発生していました。」
「そう、それ!」
なんでそれを忘れるんだ。
「ああ、さっき言ってた勇者の軍団ってやつ?」
「勇者ってそんなに昔から存在してたんですかー?」
「正確に今の勇者であるかどうかは判りません。ただし、聖女の命令に忠実で、どんなに苦境に立たされていても戦う事を止めなかったのです。」
「ただの狂戦士じゃん。」
「そう・・・かもしれません。」
「勇者を従える無敵の軍団って言ったよね?」
「はい。」
「どうやって従えてるの?」
「理由は知りませんが、聖女に勇者が勝手に集まっているとしか言えません。」
「それって・・・今の勇者たちにも効果が有るって事?」
「どう・・・でしょう?」
「勇者って言うと、知り合いが二人程いるけど。あっちはほっといて、マギの方は気になるなア。」
「でも、勇者同士は会えないっていう謎の制約みたいのがアリましたよねー?」
「それらが集まるってダケで異常事態だってことかな。」
「それは分かりませんが、マナの流れが悪くなって滞留が起きるのは良い事だとは思えません。」
「そっかー・・・。」
腕を組んで考えても、足を組んで考えても、太郎に明確に回答はない。
「一人現れたってことは二人目が現れても困るから、どこかに現れたら直ぐに教えてもらって良いカナ?」
シルバとウンダンヌは同時に頷いて、そして消えた。
「踊り子とか聖職者とか、この村が賑やかになるのは仕方のない事として諦めるにしても、聖女が現れてこっちに影響が出るのかなあ?」
「聖職者を送り込まれた事が、実は聖女が現れるのを知っての活動だったという事ですかねー?」
「もしそうなら、かなり計画的で、力攻めが無理なら、知略勝負って事になるけど、なんでこの村を・・・いや、マナを狙うんだろうね?」
この発言は的外れで、村でもマナでもなく、鈴木太郎に興味を持つ者が増えてきたという事であった。村を調べれば、あの悪い環境で大量の穀物を生産し、雄殺しを手なずけ、カラーと仲が良く、ケルベロスを従え、たくさんの子供を受け入れ、あのダンダイルが何かなくとも定期的に訪れる村である。
村の責任者は誰かと思えば、名も聞いた事の無い中年手前の青年である。
「それで、聖女が現れたらどうなるの?」
マナの疑問には誰も答えられなかった。
「グレッグが不在ってどういうこと?」
ココではマリアと呼ばれるマチルダが、不機嫌な声で問う。
「ゎ、判りませんが、部屋にいないのです。しかも、しっかりと装備を整えているようなので、何か任務かと思っていたのですが。」
「知らないわね。」
いつもの朝のつもりでぐっすり寝ていたマチルダは、いつもの時間に起きる事が出来ずに少し不機嫌だった。その理由が不在という事でさらに不機嫌で、不在の理由が分からない事でますます機嫌が悪くなっていた。
「聖女の復活が原因とは思えないのだけど・・・、他に心当りはなさそうね。」
不機嫌をマントで包んで隠すと、部下を放置して外に出る。
「ど、どこにお出かけで?」
「グレッグの足跡ぐらい辿れるわ。直ぐ連れて帰ってくるから、あなた達は自由にして待ってなさい。」
「あ、はい。承知しました。」
そして部下達は思いも寄らないほど待たされる事となったのだった。
マチルダはグレッグの魔力の残滓を感知するというより、そのものを捉えていて、追いかけるのは容易の筈だった。だが、追いかけても追いかけても追いつかない。それはグレッグが高速で移動しているという事になる。
「魔力が尽きてそろそろ降りるはずなのに・・・。」
その向かっている方向も問題である。
「なんでコルドーに・・・?」
マチルダの疑問が解決される事無く、グレッグに追いつく事もなく、コルドーに到着してしまった。いつものように空から降りれば、マチルダは顔パスで済む。むしろ誰にも気づかれる事無く、そっと降り立った。
「ウソでしょ?」
教会本部の建物の中。それも最上階にグレッグは居る。聖女の情報はギルド経由で知っているが、聖女自体の情報は殆ど無い。どんな姿なのか、どんな能力なのか、全く知らないのである。
「まさか・・・ね。」
不安を塗り固めた表情で宙に浮く。中に入る事無く、外から窓を覗き込むと、そこに全裸の女性とグレッグがベッドに居た。あまりの衝撃に思わず声が出る。
「だれ?!」
「・・・グレッグ、帰るわよ。」
マチルダは女性を無視して、グレッグに命令するような口調で強く言った。しかし、反応はない。
「グレッグ?!」
「無駄よ。」
「あんたね、話題のせい・・・じょ?」
隠すような恥ずかしさを見せることなく、歩み寄ってくる。
「・・・本当に聖女?」
「魔女に言われたくは無いわね。」
一瞬で見抜かれた事に警戒感が増す。
「さあ、あの女を倒しなさい。」
グレッグが立ち上がり、ベッドから降りてきた。表情に変化はなく、こちらを見ても変化が無いのが異様過ぎた。
「洗脳したわね!」
「洗脳なんてものじゃないわ。」
「だったら何よ!」
「聖女に従うのが勇者の役目よ。」
「・・・グレッグ!」
グレッグの表情が僅かに動いた。ような気がしただけかもしれない。
「グレッグ、あの女を倒しなさい。」
グレッグは剣を抜いて、マチルダに襲い掛かった。必要のない殺意を込めて。
攻撃も、反撃も出来ず、回避に専念したが、それだけでいつまでも耐えられず、マチルダは宙に逃げた。グレッグも浮いて襲ってくる。
「アレだけ飛んだあとなのに、その魔力量は何?!」
後ろでほくそ笑む女を見た時、怒りに満ちた。
「アンタが喰らいなさい!」
直後、爆発が起きた。
女に命中する筈だった。
「う・・・。」
爆発魔法は女の前に立ちはだかったグレッグに当たっていた。痛みに表情を歪め、腹から血を流す。勇者である以上死ぬことはないが、痛みは変わらない。
「あらあら、ひどい事するのね。」
手を伸ばすしぐさをすると、グレッグは吸い込まれていく。片腕に抱かれ、顔を撫でるのを見て、怒りと嫉妬が混ざる。
「さあ、治してあげるわ。」
青白い光に包まれると、グレッグの傷が癒えていく。傷は治ったが、破れた服は治らない。
「回復魔法くらい・・・。」
「あんな女、死んだ方が良いわね。」
再びグレッグは女から離れ、こちらに向かってくる。より強い殺意を持って。自分の血で汚れた衣服を気にする事もなく、愛するマリアに剣を向けるグレッグに、怒りと嫉妬から絶望が加わる。
「どうして?!」
「私を呼び出す魔法陣なんてモノを作ったのは貴女でしょ?」
「魔法陣?!」
マチルダは確かな記憶があった。
召喚魔法というのは、魔力を必要とするだけではなく、いくつかの禁忌魔法レベルの操作が必要で、条件を揃えるまでに膨大な時間が掛かる。
ただし、それらの条件を少しでも緩和する為に作られたのが魔法陣で、生きている者や死んでいる者を呼び出す為には、蘇生魔法も時空魔法も必要となる。
そして、それらの知識を教えたが、実際に召喚魔法が成功した例はない。ただし、マチルダとして成功した事がないだけで、過去には成功した者が他に存在している。
「あれは私の技術じゃないっ!」
応じながらさらに宙へ逃げる。
グレッグは更に追いかけてくる。
あの女は遠くなり、声が届かなくなると、マチルダは優しく声をかけた。
「お願い、戻ってきて。」
その願いは虚しく誰の耳にも届かなかった。
直後、空を切った剣に、マチルダはその場から姿を消した。
瞬間移動の魔法を使って逃げたのだ。
「・・・あいつ、ただモノじゃないわね?」
瞬間移動であろうと、転移魔法と勘違いしようと、忽然と姿を消した事に対しての、当然の驚きだった。




