第240話 取入る者達
自分の家の前なのにどうしていいのか分からない子供の前に女性が現れる。
それは早過ぎて子供の目には影だけが動いたように見えていた。
そして、太郎を追って入ってきた白いローブの男の後ろに、スーが立っている。
「あれ?よくここが分かったね?」
「調べ終わった後に子供の多そうなところを探していたんですよー。」
「もう調べたんだ?早いねー。」
無視された上に、自分を壁扱いして会話をする二人に怒りしか感じない。
この家の本来の住人の方は何事が起きたのか理解に追いつけず、ただ戸惑っている。
「このくらい、らくちんですよー。」
「・・・貴様等は人の家で何をやってるんだ!」
これは怒られても当然の理由だろう。
「馬車に子供を忍び込ませて、書類に嘘の記述をした奴が言うセリフですかねー?」
「お前、兵士か?!」
「ただのお節介ですよー。」
「ふん・・・ただのお節介ならやめとくんだな、教会が出来た後には村長へ挨拶に行くのだ。邪魔をすると良い事が無いぞ?」
ローブの男はここに教会が建つ事で村に認められたと思っている。
教会は組織としては強く、信者の数次第では町の一部の景色を変えてしまうほどの影響力があるのだ。小さなウソや隠し事程度なら揉み消すつもりなんだろう。
「その村長の所へ挨拶に行くときの土産にする為に集めているそうですー。」
「へー、土産物なんだ?」
村長じゃないけど、いらないなあ。
「まあ、どうしても教会や聖職者に対しては検査が甘くなってまうんですよねー。」
「聖職者に疑いをかけるなど、神への冒涜と同じではないか。」
男が何か言っているようだが、太郎は無視した。
「それで、証拠は?」
「もちろんですよー。」
スーがウインクをする。可愛い。
いや、違う、そうじゃない。
「あれをぎゅーってしたらペラペラしゃべりましたよー。」
スーはニコニコと右手で何かを握り潰す動作をしていて、その場の男達の表情が歪み、背骨が少しだけ曲がった。
一番ダメージの少なかった太郎が確認する。
「あ、ああ。で?」
「その男はコルドーからの直接指示を受けてやっている訳では無いようですねー。」
そこから続く説明は少し長く、要約してしまえば、正式な書類と手続きを行った後に、兵士への賄賂で人数を誤魔化していたらしい。
「そんな簡単に行くもんなの?」
「そりゃー、手続きは本物ですからねー。教会を建てる資金も自腹のようですけどー、そのお金もどうやって集めたのやらー。」
「そんなモノが証拠だと?呆れる。」
つかつかとテーブルに向かって歩き出し、親の座るテーブルを軽く叩いた。
「下らんことを言うと、お前達の方こそ虚偽と脅迫で捕まるぞ!」
もしも、もしもだが、太郎がこの村で犯罪を行ったとしても捕まる事はないだろう。なぜなら、太郎を捕まえようと思う者が存在しないからだ。
あくまで仮定の話だと、太郎は脳内で完結させた。
そんな事したくないし、させたくもない。
「へー、そりゃ怖いね。」
太郎の余裕があり過ぎる返答に、ローブの男は苛立ちを覚える。
「いい加減にしろ!」
今度はテーブルを強く叩いた。
部屋に乾いた音が響くと、子供が驚いて家に飛び込んできた。
「なにすんだ!」
「お前達もコルドーの信者ならこんな嘘を並べるような言動はやめるんだぞ。」
両親が身体を震わせ、子供が怯んだ。
「信者なのは認めるんだ?」
「当然だ!」
「じゃあ、この三人の名前が移民者名簿に存在しなかったら、そのまま証拠になるじゃん。」
「おバカですねー。」
「お前達が訊いたくらいで簡単に教えるほど魔王軍は暇じゃないぞ?」
言い終えて高笑いするのは、暗に俺の方が魔王軍と親しいと言っているのだが、金で作った関係なんかで太郎は何とも思わない。
「賄賂を受け取った兵士は今取り調べを受けているんで、もうじき来ると思いますよー。」
「そんな脅しに誰が乗るか。」
数人の足音が聞こえる。
まさかとは思っても、来るはずがないと思っていたが・・・。
「おー、良いタイミングだ。」
居住者の許しを請うような事はせず、ズカズカと兵士が入ってきて、その後ろには見知った人が立っていた。
「あれ、直接来てくれたんですか?」
「ああ、申し訳ない。部下の方で少し手間取ってしまったのだ。俺が来た方が早いんでね。」
「あ、・・・た、隊長殿ではありませんか。」
急に作り笑顔で腰が低くなる。
彼の言う関係性はこの程度なのだ。
「コルドー教の副司祭、ドベツクだな?」
「はい、覚えて頂いて光栄です。近く司祭に任命される予定ですので、その時はまたよろしくお願い致します。」
これで副司祭なんだ・・・。
丁寧な対応は太郎達の時とは全く違う。
「お前に司祭の任命は来ないぞ。ココで逮捕・連行し、徹底的に調査した後、コルドーに送り返してやる。」
まるで怨みでも有るようなねちっこい言い方なのは、コイツの所為で上司も部下も信頼を喪失しているからだ。太郎はそんなふうに思っていなくても、そんなふうに思っているかもしれないと考えれば、バカな事をしでかしてくれた奴に容赦など無い。
「・・・は?」
兵士が罪状を記した紙を両手で開いて見せ付ける。
「誘拐及び無許可の奴隷契約、更に金品強奪と公文書偽造だ。」
勢い良く言い切ると、ドベックは明らかに怯んだ。
「そ、そんなに早く全ての証拠が揃う訳ないだろ!」
「将軍閣下の印だ。これは軍公認の逮捕状である。」
「う、うそだ・・・そんな簡単に・・・。」
後で分かった事だが、この男は今回の計画を七日前に実行していて、調査されて証拠の確認や取り調べが有ったとしても、約一ヶ月はバレないと思っていた。
それについては元々から調査や確認作業には時間が掛かるのと、事件が発覚したとしてもその頃には十分に賄賂を送る用意が出来ていた筈で、過去に何度も同じ事件が闇に葬られていた。それは、この副司祭に絶対の自信を持たせるぐらい良くある出来事であった。しかし、それらは過去の事であるかのように、近年は事件の解決が早まっているのは、ダンダイルとトヒラの功績であり、この時代に新しい方程式を作り出していた。
「コルドー関連だからな、ダンダイル様が直々に会ってくれるそうだ。嬉しくて涙が出るだろう?」
皮肉たっぷりに隊長が言うと、ドベツクは膝から崩れ、兵士達に腕を引っ張られて、引きずられていく。
隊長は太郎に軽く敬礼してすぐに立ち去った。
兵士達を見送ったスーが溜息を吐いてから言う。
「とんでもない奴でしたねー。」
一部始終を見ていて、自分達もあの男と同じように犯罪者として扱われるのではないかと、三人が寄りそって太郎達を見ている。
「なー、おじさんたち、何なの?」
まだ無邪気さが残る子供の方は気になる事を聞いてしまうと、父親に頭を、母親に口を、同時におさえられて、その二人から愛想笑いを見せられた。
「ただのお節介者だよね?」
「太郎さんがそう言うならそうですねー。」
太郎の顔は知られていないが、名前は知られている。
その名前を聞いてこの土地に来たばかりの者なら一度は必ず耳にする名前「スズキタロウ」を思い出す。
「え・・・まさか・・・この村の・・・?」
驚いて声を出したのは父親で、母親は絶句している。
「とりあえず、病気じゃなくて良かったね。」
「えっ?!」
子供が吃驚している。
「あ、あのっ!」
母親が声を絞り出す。
「ど、どうかこの子だけは・・・私達はどうなってもかまいませんので・・・。」
その悲痛な声は、子供でも何かの不安を感じさせる。
「な、なんだよー・・・どっか行っちゃうのー・・・?」
太郎は少しこの家族を羨ましく感じた。なぜなら子供の時の太郎はここまで優しい気持ちを持った母親を見たことが無いからだ。
母親は子供を抱き、涙を流している。
それに呼応するかのように、理由もわからず泣き出す子供。
「た、たのむ・・・見逃してくれないか・・・?」
「何かしたの?」
「え・・・いや・・・まだなにも・・・。」
「本当に何もしていないなら、それなりに対応してくれる筈だよ。決めるのは俺じゃないからね。」
「病気だと言われて高価な薬のフリをしたただの水を買わされていたようですねー。」
「そこまで調べてたの?」
「病気を理由にほとぼりが冷めるまで家の中に閉じ込めておいてー、その間に子供達を使って盗みをさせていたのは、この家族だけでは無いですからー。」
「なるほどね。」
太郎は先ほど集まっていた子供達を思い出す。
「けっこうな人数を連れて来たって事だよね?」
「そうなりますねー。」
「全員わかる?」
「さすがにそこまではー・・・協力者が必要ですかねー?」
スーは応じながら太郎の真意を理解した。
「カールさんも助かるんじゃないかな?」
「そうですねー。」
太郎は待たせていたポチを呼び、家を出ていく。スーは残される家族を一瞥しただけで何も言わず、太郎の後を付いていった。
残された家族は彼らの会話の意味をじっくりと考える余裕はなかったが、理解にはそれほどの時間を必要としなかった。最も必要だったのはその覚悟であるのだから。
後日、協力者によって不法に移民して来た者達を全て検挙した。彼らは不法に移民をしたと言っても、それによる罪も罰もない。手続きが間違っていただけで、正規の手続きをすればお咎め無しという事には成ったのだが、それには彼らの為に住む場所を用意しなければならなくなり、家を建てる為の不足した建材は太郎によって伐採されたが、全てを知った彼らは村長に感謝する方法を強く知りたがっていると、カールに言われていた。
「別に感謝されたくてやったわけじゃないから、何もさせなくて良いから。」
「そう言うと思って、労働に精を出すように伝えてあります。」
「うん。まぁ・・・いいか。」
太郎とカールが並んでいる理由はもう一つあり、その理由の方が重要だった。
「ついに出来ちゃいましたねー。」
「ま、まぁ、正しく利用しますので。」
何故かカールの方が恐縮している。
「ギルドが完成しても俺が利用する事はないだろうけど・・・マリアが忙しくなるんじゃないかな。」
「既に働いております。」
マリアがギルドの為に働いているという事は、何らかの見返りがあるのだろうが、それはダンダイルとマリアとの取引であって太郎には関係がない。
関係があるのはもう一つの方だ。
「ココから見ても解るくらい大きいね。」
「この村の個人邸宅としては最大ですから。」
「最大ねぇ・・・。」
「温泉を水路で繋ぐという発想は思い付かなかったですが、これは便利ですなあ。」
「いつでも温かい風呂に入れるのは良いでねー。」
「スーって、お湯が出てくるのは気味が悪いって言ってなかった?」
「なんか、見慣れましたー。」
「キラービーとカラーが飛び交っていてもなんとも思わなくなったのと同じかね?」
今では移民してくる人達も驚かない程の日常と化していて、キラービーの蜂蜜欲しさに捕まえようとする者もいたが、数日後に全裸で倒れている横に綺麗に畳まれた衣服が置かれるという事件が立て続けに発生し、兵士達が異常なまでに厳戒に成ったのと、生きて帰ってきても無気力状態で数日後に死亡してしまうことから、誰も狙わなくなっていた。
「そうやって考えるととんでもない村ですな。」
「カラーの方は無害で助かるんだけどね。」
「あの訳わからん猫の方が不気味なんですが・・・。」
ベヒモスという名の猫は、子供達に大人気で、夜になると必ず太郎の寝室にやって来るのだが、昼間はどこかに逃げていて姿を見せなくなっていた。
実はグリフォンと一緒に昼寝しているという事をナナハルに教えてもらってびっくりしたのは最近の事だ。
「わらわの家も太郎と住むとあれば不要じゃのう。」
「土間と畳はちょっと魅力的なんだけどね。」
「畳の部屋ならわらわの部屋がそうじゃぞ。」
「そっかー、それなら囲炉裏を囲んでご飯食べたいね。」
「うむ、用意しておこう。」
スーも料理は上手い方だが、エカテリーナには勝てない。そのエカテリーナがナナハルの様には出来ないと言っているので、かなりの腕前なのだが、それは太郎の言う世界の日本食に限っての事だった。
「あのお米をおいしく炊くコツが未だに掴めなくて・・・。」
「大人数を賄うのであれば仕方ないのう。わらわとて半分はあの釜のおかけじゃ。」
その釜とはグルさんの弟子が特別に作ったもので、木蓋もトレントで出来ている。
「トレントと言えばうどんもこっちに来るの?」
肩にマナを乗せたうどんがのろのろとやって来てから応じる。
「そうします。」
「トレントの苗木も沢山出来たし、森が復活すると良いね。」
トレントの森と言えば魔物が蔓延る魔の森なのだが、うどんを見ているとそんなイメージが全く湧かない。
「トレントの森が出来るのは楽しみかもしれませんが、こちらは楽しみではないモノが出来てしまって・・・。」
「ああ、教会ぐらい良いよ。」
「その教会の司祭が太郎殿に面会を求めています。」
「おれに?なんで?」
「コルドーの加護があるように祈りたいとの事ですが・・・コルドーの神ってなにかご存じで?」
周りを見ると誰も知らないようだ。
唯一知っていそうなマチルダはここの住人ではないので今は不在だ。今でもふらっとやって来て帰って行くから、太郎が気が付かない方が多い。
「また悪さしてないと良いんですけどねー。」
スーがただの釘ではない程の太い釘を刺すようにカールを見る。
「きっちり調べてある。」
「それで、何の用なの?」
「ですから、祈りたいと。」
「俺の為に神に祈るって良く考えると変だよね?」
「変なんですか・・・?」
「だって、俺はその神様知らないもの。」
「確かに・・・。」
とは言っても断れないらしく、コルドーと魔王国の関係が悪化する方が後日面倒という説明をされて、太郎は渋々了承した。
そしてやってきた司祭は、無駄に長い挨拶と、それに見合わないほどの短い祈りの後に、喜捨物を求められた。
傍にポチとスーがいなければ無言で帰っていたかもしれない。
「祈りでしたら教会で済ませてあります。数時間もの長い祈りを捧げさせていただきました。きっと、神のご加護が有るでしょう。」
「特に求めてないし、いらないモノをやったと言われても俺に何の得もないけど、何が欲しいの?」
「欲しい、とは言っておりません。気持ちがあればよろしいかと。」
宜しいだって。
なんで上から言われなければならないんだろう。
太郎はそこで思い付いた。
「前回ココに来るはずだった男に村の財産の一部を盗まれたから、こちらが返還を求めたいのだけど?」
これは嘘ではなく、あの事件の後に盗まれたモノを調査した結果、キラービーの蜂蜜が無くなっている事に気が付いて大騒ぎになっていた。現在も発見できていないのは、手に入れた者が売るとバレる事を恐れてどこにも出せずにいるからではないかと推測されている。
「そ・・・それは・・・いかほどのモノなのですか?」
「キラービーの蜂蜜。」
「えっ・・・あの雄殺しの?!」
「あの量ですと・・・貴族の豪邸が3軒ほど建ちますねー。」
スーが後押しをすると司祭は引き下がった。
先日の事件をコルドーに伝えない事を条件に赴任してきた司祭で、コルドーに不正と犯罪の事実が伝わると不都合な事が多くなる事に気が付いた司祭は、コルドーからの援助を受けつつ、うまくこの村でやっていきたいという欲望から、条件を飲んだのである。
「そう言うことでしたら・・・致し方ありません・・・こちらの問題でご迷惑をおかけするのも都合が悪い。」
司祭になる奴ってこんなに金の亡者なのかと疑いたくなる発言だった。
「暫くは村の為に祈りを捧げます。出来れば―――
スッと司祭と太郎の間にポチが顔を出した。
何をされたわけでもなく一歩下がってしまった司祭は、それが合図と思われて、太郎がくるっと回って教会を出ていくのを止める事が出来なかった。
尻尾が激しく揺れているのだから、太郎がポチを褒めたのは言うまでもない。
ギルドと教会という新たな建築物に対して、面倒が増えただけだと思ったのは太郎だけではなかったのだ。




