第239話 聖職者の目的
賑やかな子供達が通り過ぎたあと、その背中を見詰める。
「あの子供か・・・。」
少し寂しそうな表情になると、失った袋を即座に取り返した。
太郎から奪った袋を取り返された事に気が付いた時、その子供は太郎を睨みつけた。
するするっと現れたシルバが太郎に呟くように言った。
「悲しい子供達ですね。」
「・・・そうだね。」
走って追いかけ、力で奪い返しても良かったが、問題は大きくしたくない。
しかし、子供がスリや泥棒をするというのは見ていて悲しくなる。
「悪いね。」
「このくらいの事でしたら。」
その、このくらいの事でシルバを使った事にちょっと後悔した自分がいて、走って追いかけてもやっぱり後悔する自分が予想できる。
「そんなにお金に困った子供がいるんなら孤児院に連れて行った方が良いよね?」
「そうですね、よろしいかと。」
太郎は腰に付けた小さな袋をもう一度同じ場所に着けて、今度は少し紐をきつく縛った。いちいち大きな袋から取り出すのが面倒なので小銭を入れる為だけの小袋だ。
「あれ、兵士の詰め所ってどっちだっけ?」
「あちらです。」
シルバの案内で詰め所に到着すると、下っ端の兵士が敬礼した。
「太郎殿、何の御用でしょうか!?」
大きな声で問いかけてくるのは緊張しているからだろう。
彼はまだこの土地に来て一月も経っていないが、もちろん太郎は知らない。
「この辺りの治安について知りたんだけど、どんな感じなの?」
「ち、ちち、治安ですか?!」
声がデカい。
デカいので巡回から戻ってきた兵士が吃驚して駆け寄ってくる。
「何か有りましたか?」
こちらは同じ下っ端でもベテランで、最初にやってきたメンバーの一人でもある。顔は太郎も知っているが名前までは知らない。
「ちょっと、この辺りも人が増えて来たでしょ?家の無い子供とかいるのか知りたいんだけど。」
先ほどと質問が変わっても、返答の声の大きさは変わらない。
「移民の子供に親無しや家無しは存在しません!」
「いちいち声が大きいな。」
「し、しかし先輩!」
呆れたように息を吐いてから強めに言った。
「お前は緊張しすぎだ・・・。」
「あ、は、はい。気を付けます!」
結局治らないので諦めてしまった。
その緊張って俺に対してじゃないと思いたい。
「移民の家族で子供は必ず親がいます。いない場合は孤児院に連れて行く連中の事でしょうが、暫く孤児が来る予定はありません。」
「ん~、じゃあ犯罪とかは?」
なんでそんな事を聞くのかという不信感ではなく、最近の犯罪発生率が上がっている事は上司にも報告していて、気に成っている一つでもあるからだ。太郎に対して申し訳ない気持ちがあって、表情は少し暗くなる。
「確かに・・・最近は増加傾向にありますが、何かお気づきになった点でも?」
「さっき、たまたまスられたんだ。直ぐ取り返したけど。それがどう見ても子供だったからさ、他人のお金を盗まないと生きていけない子供がいるのなら、孤児院で預かるけど?」
「スられたんですか・・・。」
今度は表情が青ざめていく。
これは責任から来るもので、一兵士とはいえ、担当している区域の治安が守られないと叱責程度では済まされないだろう。
「治安が悪化するのは仕方がないけど、重大犯罪はまだ起きてないでしょ?」
殺人や放火は重大犯罪に該当するが、さすがにまだ発生していない。
兵士は頷いた。
「隊長に報告してはいますが、人の流入が多くて・・・。」
「移民は全員確認してるんでしょ?」
「移民は確認済みです。ただ、何故か確認のとれていない者が増えてきているような気がします。」
「調査は?」
「しています。ただ、荷物に紛れてやってきているらしくて、子供だけでなく犯罪者も入り込んでるのではないかと噂になっています。」
ふと、気に成った事を聞いてみる。
これほどの事なら知らない筈が無いからだ。
「これって、オリビアさんも知ってるよね?」
「この事を教えてくれたのはエルフ達だ。俺達は気が付かなかった。管理もしっかりやっていた筈だし、隊長も確認している。」
「書類の上での話でしょ、それは。」
「そうなります。」
「そっかあ・・・それでたまには自分の目で見た方がいいって言ったのか。」
言ったのはオリビアだけじゃなく、スーにも、ナナハルにも、言われていた事だ。実は結構前からも言われていたのだが、面倒で先延ばしにしていたのだ。
「もう村って規模じゃないし・・・流石にそろそろ来る人も減ってきたでしょ?」
「いや・・・凄い人気で、今も数百人が移民の手続きを待っている状態です。」
「そんなに?!」
「この村の作物はどれも質が良いだけではなく、城下の方にも店がありますよね。あの店で噂がだいぶ広まっているようです。エルフ製のパンが何故美味いのか研究したいという料理人が団体で押し寄せたこともありますし。」
パンをココからあの店まで運ぶ仕事はマリアがやっている。マリアは瞬間移動する魔法の練習も兼ねているし、何しろ魔法袋も有るので大量運搬が一人で可能なのだ。
副産物として家を数件完全破壊しているが。
「あと、コルドーの宣教師が教会の建設許可を求めています。断る理由がないので近く建設される予定です。いや、もうすぐ完成だったかな・・・?」
建物の方向を指で示すと、太郎が知っている教会とは少し違うが、太郎が知らないだけでかなり古いタイプだ。
「コルドー教ってそんなにあちこちにあるの?」
「詳しくは知りませんがコルドーと名乗る前は別の宗教を母体としていたようです。宗教関係を敵に回すと面倒だっていうのは古来より言われていますからね。」
否定できない歴史を感じる。
「あー、改宗とか転向とか、そういう類か・・・。」
「俺なんかより、太郎殿のお近くのかたが詳しいと思いますよ。」
お近くのかた?
「トヒラさんって最近きてる?」
「え・・・将軍を使うおつもり・・・あ、いや、太郎殿なら普通でしたね。それで良いと思います。」
俺、変なこと言ったつもり・・・有るな。そういや将軍なんだ。ダンダイルさんに頼もうって言わなくて良かったかもしれない。
「そんな事なら私が調べますよー!」
「あれ?いつの間に来てたんだ?」
「今着て後ろで聞いてましたー。」
ポチもいた。
「あのバカ猫も働かせようとしたんだが逃げやがった・・・。」
スーも猫だが、スーの事ではない。
「その言い方、マナの影響受けすぎだよ?」
「そうか?あんなのはバカでいい。」
ベヒモスもただの猫扱い。
まあ、俺の所為じゃないと思っておこう。
「コルドーには良い思い出は有りませんから、じっくり調べ尽くしてやりますよ・・・。」
舌なめずりのスーはちょっと怖い。
「ちょっと怖いよ。」
「子供の方はどうするんだ?」
「調べるのはスーに任せてポチと散歩がてら少し裏道に行ってみよっかな。」
ポチの尻尾が凄い速さだ。
あんまりやると疲労骨折するぞ。
「あ、さっき巡回で採れた新鮮なカエル肉食べます?」
「貰おう。」
兵士とポチが親しげだ。
それはポチも巡回する時に兵士と同行するからだろう。
ポチに助けられると良い肉を持ってきたりするのを何度か見かけている。
丸々と太った蛙をあんぐりと開いた口に投げ入れると、むしゃむしゃと食べる。
生でそのままか・・・。
「ん゛ーん゛ぐぐ。」
喰ってから喋ってよ。
「良い肉でしょ?」
通じるんかい。
ゴクリ。
ちゃんと噛んだのかな?
「あの時のカエルの巣を見付けたんで、退治しないで監視してるんですよ。」
「やっと見つけたか!」
何の話ですか。
「草の生い茂った沼地の岩陰に隠れてました。あれは確かに見付けにくい。」
「よし、暫くは監視しておくんだ。良質なカエル肉が手に入る。」
「カレーに入れても美味しいですしね。」
「それ、いいな。」
太郎とスーが蚊帳の外なんて珍しい。
そのスーは意味もなく太郎の腰に手を回してお腹を触っている。
「なにしてんの?」
「暇なんですよー。」
暇だと俺の腹撫でるのか・・・違うな、今夜の合図だ、こら、ポケットに手を入れるんじゃない。無駄に元気になるだろ。
「すまん、太郎そろそろ行こう。」
「じゃー私はあっちにー。」
「うん。」
「お気をつけてー。」
ベテランとルーキーの手振りと敬礼で太郎達は見送られた。
市場の方へ向かったスーとは対照的に、小さな家が立ち並ぶ裏道は少し薄暗い。建物は建てたばかりで綺麗だが、通る人達の服装はお世辞にも良いとは言えなかった。
「貧富の差がこんな所でも起きるんだな。」
「貧富?」
「お金持ちと貧乏の事だよ。幸いにも俺達に貧乏な生活は無かったけど。」
「金が無ければ奪えばいいってやつだな?」
「盗む側としては間違ってないけど、正解じゃないからね。ソレ。」
「難しいな・・・。」
無ければ奪うというのは野性で生活する獣なら当たり前だ。
肉の提供者が味方とは限らないし、そもそもの肉が敵だった存在の事だってある。
「あっちに子供が集まってるな。」
「こういう時のポチは便利で助かる。」
ポチがドヤ顔してる。
かわいいから頭撫でとこ。
近付くと物陰から声が聞こえる。
間違いなく子供の声だ。
「おまえ、さっきしっぱいしただろ!」
「ちゃんと渡さないとご飯貰えないよ?」
「あいつがおかしいんだよ、どうやったらあんなところから袋だけ取り返したのかさっぱりわからねぇ。」
「まほー使いだったらヤバいから諦めた方がいいよ。」
「誰がやばいって?」
子供達が一斉に振り向くと、そこに太郎は立っていた。もちろん逃げ道はポチが塞いでいる。
子供達の足元には戦利品であろう高価な物が幾つか有った。太郎でも分かるのはお金くらいだが。
「それ、どうやって手に入れたの?お父さんかお母さんに買ってもらった?」
「どーだっていいだろ!」
「もし悪いことをして手に入れたんなら・・・。」
太郎がそう言うと子供たちは一斉に逃げ出した。
そして、唯一の出入り口にはポチがいる。
「グルルル・・・!」
ポチが喉を鳴らしただけで子供達はその場にとどまった。
お漏らしをした子もいるようだ。
「やだよおおお、知らない気持ち悪いおっさんにお尻舐められたくないいいい!」
そう叫んだのは男の子だ。
男の子だ・・・?
「キシャブツ渡さないと殺されるんだ、どけって!」
「きしゃぶつって何だ?」
ポチが俺に問いかけてくる。
子供にそんな事をさせているのは聖職者か。
喜捨物について簡単に説明する。
「殺されるって、子供から搾取する脅しにしては酷いな。」
「おとーさんとおかーさんのぴょーきを治す薬もらうのにやってんだよ!」
「何でもやってるな・・・。」
太郎は少し呆れてきた。
教会というからには何らかの宗教なのだろうが、この世界にキリスト教なんて有るのかどうか・・・。
「コルドー教だよなあ・・・。」
太郎にとって不思議な事といえば、コルドー教がそれだけ有名なのであれば、このような悪事を見逃すはずがない。信用を無くすし、教会の本部だって放置できないだろう。
「そんな事をしてでも集めなければならない理由でもあるのかな?」
太郎が一人でブツブツ言っているのを、子供達は怨みを込めた瞳で睨みつけている。本当はすぐにココから逃げ出したいのだが、大きな犬が唯一の出入り口を塞いでいて出られないのだ。
その大きな犬が言った。
「お前らは何処から来たんだ?」
「馬車に乗ってきたに決まっているだろ!」
「何処から・・・と聞いているが?」
殺意と威圧を混ぜた眼光は子供達に恐怖を植え付けた。
「ど、どこってそんなのしらないよ!」
「知らない?元々住んでいた場所も知らないのか?」
「俺達はみんな違うところから集められたから、本当に知らないんだ・・・。」
「お前は両親の病気を治す薬が欲しいと言っていたな?」
「そ、そうだよっ。だけど、ずっと家の中に居たし、おとーさんとおかーさんはずっと家にいないし。」
「家にいないのに薬を貰う為に悪事を繰り返しているのか?」
「薬を貰った時だけ会えるんだよ!これで薬が貰えなくて死んだらいっしょーうらむからな!」
ポチが太郎を見ると、何かを決めたようだ。
太郎がポチの頭を撫でると、ポチが一人の子供を見定めてから言った。
「よし、お前が残ったら他は見逃してやる。」
「な、なんでだよー!!」
その子供が他の子供達から一斉に視線を浴びると、その場で泣きだした。酷い大声で泣いているが、誰も慰めたりせず、ポチが退いた出入口から一目散に逃げて行った。誰からも、振り向くとか、声をかけて心配するとか、一切無い。
「お前達は友達じゃないのか?」
「あんな奴ら知らない!」
一人残された事に気が付くと、泣き止んだ子供が今度は不貞腐れている。
「死んだらぜってーうらむからな!」
「で、病気って何?」
「しらない。」
「家にいるんでしょ?治してあげるよ。」
「はぁ?おめーなんかが治せるワケねーだろ!ショーコを見せろよ!」
太郎が呆れすぎて少し笑うと、袋の中からビンを取り出しその子に見せる。
「これ一個で凄い値段のするポーションだけど、キミはこのポーションを知っているかい?」
太郎が子供に見せたのは少し高いくらいで、それほど高級ではない。だが、子供がそれを知っていれば多少なりとも価値の分かる子だという事が判る。知らなければその程度だ。子供が太郎の嘘を指摘したら、間違えたと言ってもっと高級なポーションを見せればいいだけだ。
本当ならやりたくないと言っていい方法だが、この子供が素直に喋る筈もないので、カマをかけたのだ。
「し、しってるよ、そんくらいっ!」
太郎からビンを受け取った子供が、今度は目をキラキラと輝かせている。全く知らないからこそ、その子にとって不思議な色をしたポーションは高級薬に見えるのだ。
さっきまで泣いて怯えていたとは思えない。
「簡単に渡してしまっていいのか?」
「良いんだよ、困っているなら助けてあげないと可哀想だろ?」
「お人好しだな・・・。」
ここまでは演技も混じっていて、本気で信じてしまったのだろうか、ポーションなので毒ではないが、効果が有るとは限らない。
「ありがと、おっさん!」
言葉は悪いが、確かな感謝を感じる声質で、その両手に大切に抱えて走り去っていくのを確認して、太郎はその後をそっと追いかけた。
子供が入って行く家は、裏通りで一番小さな家が建ち並ぶ通りの中の一つで、パッと見た感じで1DKの一軒家だ。
「どう思うんだ?」
横でポチと同じ目線の高さでしゃがむ太郎が、その問いに答える。
「病気で大変な人が、こんな山奥まで旅をする理由が無いから、嘘だろうね。」
「病気がウソなのか?」
「うん。だから、あの子の親が何か弱みを握られているんじゃないかな。」
その家を眺めていると、怒鳴り声が聞こえた。少し汚れているが、白いローブで身を包み、フードをかぶった男が出てきた。
髭が無駄に長い。
「そんなモノが薬なわけがないだろう!」
「凄い高い薬だぞ!」
「なら何処から持ってきたのか言ってみろ。」
男の声から太郎の聞きたかった言葉が出てきた。
「薬なんだから、高いに決まってるだろ!」
子供の認識とは一番印象に残ったモノが優先される。
当然だろう。
子供にとって親の治療薬が高いという事は、薬は高いモノと認識されるのだ。
「こんなポーションなんぞ見たことがない。」
当然だろう、この村で作ったポーションだから他とは違う。
「でも高いって言ってたんだぞ!」
「誰が、だ。」
高圧的な態度で子供を見下す。
「俺だよ。」
その男の前にスッと現れると、視線が向けられる。
「貴様、誰だ?」
太郎を知らない人は多い。
特に移民組はこの村の代表者の名前は知らされていても、顔も年齢も知らないのだ。
「君のお父さんとお母さんは中に居るの?」
「え、あ、うん。」
「その薬を渡したのは俺だけど、子供にあげたはずなのになんでアンタが持ってるんだ?」
「そんなのどうだっていいだろう。」
「と、言うことはアンタはあの子の父親でもなければ医者でもないんだな。」
「う、うぐっ・・・。」
太郎は子供に言った。
「入って良い?」
「え、いい、けど・・・。」
ダメと言わない所は分かるが何故か含みを感じる。
「入るとマズい?」
「病気がウツるかもしれないって・・・。」
太郎は少し考えたが、男を見て安心して中に入って行く。
「おい、まて!」
白いローブの男を無視して中に入ると、そこには男と女がいた。
その二人は病気には見えなが、椅子に座ってうつむいていた。
「やっぱり、病気がウソなんですね。」
「だ、誰だアンタは・・・。」
「そんな事より、子供に嘘をついてモノを盗ませたお金は何に使っているんです?」
いきなり確信を突く言葉に女性の方が気まずそうな表情をする。
「これ以上俺を無視するなら考えがあるぞ!」
太郎を追って中に入ってきた男の後ろにもう一つの影が有った。
子供ではない。
「ハーイ、そこまでですー。」




