第238話 治安の悪化
太郎達が戻って最初に始めたのは、ファリスが滑り落ちた通路を塞ぎ、入口と炭鉱とを通路で繋げる事だった。板は有るので簡単に設置して、後はグルさんにお願いしておく。快諾してくれたわけではないが、断られた事はない。
「まーた変なのに関わってんな、おめーらは。」
「変なのじゃないですよ!」
そう言われると、グルはエカテリーナの頭を撫でながら「わるかったな。」と、応じた。そのエカテリーナの肩に居る猫化したベヒモスを見て目を丸くしたが、それについては何も言わず、作業を始めた。
「そうだ、時間ある時でいいんでちょっと見てもらいたいものが有るんですけど。」
「なんだ?」
「暇な日ありますか?」
「そうだな、暫く忙しいから・・・7日後かな。」
「じゃあ、その時に来ます。」
「いや、報告に行く用事があるからあっちで良いぞ。」
「じゃあ、あっちで。」
村に戻り、暫くはいつもの生活に戻る。
新しい太郎の家は建築とほぼ同時に引っ越し作業も進めていて、畑作業のついでに完成した場所から荷物を運びこむ。新しい畑も拡張し、種を植えていると不思議な事が起こった。
「あれ?」
マナが近くに居れば不思議ではないが、今は子供達と遊んでいる。うどんは最近見かけない。昼間に用が無い時は木に戻っている事も有るので、いつもウロウロしている訳でもないようだ。なのに、植えたばかりの種が芽を出した。
「俺は豊穣の神だぞ?」
猫?
「ベヒモスだ。」
「あ、ああそうだったな。」
「ほら、見ろ。」
植えた種の傍を歩くと、芽が出てくる。
雑草も生えてきた。
「へー、凄い能力だな。」
「そうだろう、そうだろう。」
「でも、マナやうどんの方が直ぐ成長するんだよね。」
「い、一応豊穣の神と呼ばれているのだが・・・。」
「神様なのに暴れるって・・・。」
「あ、いや、この村では何もしないぞ。本当だから信じてくれ。」
村に来た当初はあちこちをウロウロしていたのだが、孤児院に行って子供達に追い掛け回された事がトラウマになったらしく、二度と行こうとしない。エルフ達の住む家では撫でまわされたが、肉をたくさん食べさせてもらってご満悦だったらしい。
本当にただの猫じゃん・・・。
「いや、植物を成長させる能力があるってことなのか?」
「俺が歩いた後に砂漠も草原になる・・・。」
「まじか!」
太郎があんまりにも驚いたので、誇張した事を訂正する。
「流石に砂漠はちょっと無理だが、種と土と水があるトコロなら環境に関係なく生えてくるからな。ああ、根だけでも構わんぞ。」
「なるほどね・・・雑草が生えたのはちゃんと抜いてなかったからか。」
「だろうな。」
「世界樹にも効果有るかな?」
見上げる必要もないくらいの巨木が村のシンボルとなっていて、どこからでも見えるのが世界樹だ。
「流石に無理だ・・・。」
「まあ最近は何もしなくても大きくなってるみたいだけど。」
「しかし、俺が知っている世界樹はもっと大きかった気がするが。」
「一度焼かれちゃったからね。」
「焼かれた?!」
「うん、ドラゴンに焼き尽くされて命からがら逃げたって話だけど。」
「それならばまたドラゴンに襲われるんじゃないのか?」
「まー、いつか来るんじゃないかな・・・。」
「なんでこんな危険なところに住んでいるんだ・・・?」
「世界樹が在るところは全部危険になるんじゃないかな。まあ、その対策はするつもりで準備はしているけど。」
作業を中断し、家の裏に設置したベンチに腰掛けて休憩すると、珍しくグリフォンが欠伸をしながらやってきた。太郎の膝の上で寝ている生物に気が付いて走り出した。
「た、たたた、タロー?!」
「どうした?」
「その生物!」
「ん?」
「なんで図々しくタローの膝で寝てるんだ!」
そっちかい。
「そいつからは何か強力な魔力を感じ・・・る・・・?」
「こんどはどうしたの?」
「我も膝枕して欲しい・・・じゃなくて、急に穏やかになったぞ。」
「太郎のおかげだ。」
「あ、やっぱり喋るのに無視してたな!」
ベヒモスは猫のように丸くなって寝ていたので、魔力を感知して何かが近づいてくるのは気が付いていたが、その姿は確認していない。しかも太郎に頭を撫でられているので、上を向く事も出来ない心地よさに負けていた。
「契約しているんだ。大人しくしている代わりに寝てやっているんだぞ。」
そんな契約した記憶ないんだが。
「この猫、元々ベヒモスなんだよ。」
今もベヒモスだ。と、片目て訴えてくるのを無視して両脇を掴んで持ち上げる。それをグリフォンに見せると、そのだらしがない姿にくすくすと笑いだした。
「本当にただのペットじゃん。」
「そうだよ。」
「でも魔力は我に匹敵すると思うが・・・危険じゃないのか。」
「戦わない・・・。」
その姿を見ていたベヒモスが身体を震わせて太郎の手から逃れた。すると、グリフォンの姿を見詰めて動かなくなった。
「コイツどうしたんだ?」
グリフォンはいつも通りの扇情的な衣装ではなく、茶色に近いクリーム色をしたワンピースを着ている。それでも、可愛い容姿であるのは間違いない。
「お、お前・・・俺の嫁にならないか?」
「嫌だ。」
すごくショックを受けている。
断られるとは思っていなかったのだろう。
「いくら強くてもこんな猫相手は嫌だし、我は妊娠しないぞ。」
「あー・・・そんな事言ってたね。」
「可愛い娘を見ると致したくなるのが普通だろう。」
「か、かわいいだと?!」
「確かに可愛いけどさ。」
「タローまで?!」
グリフォンは顔を赤くしていて、今までならそんな事で赤くなるなんてことはなかったが、やはり太郎は特別扱いなのだ。
「タローならいつでもいいぞ、好きな時に言ってくれれば・・・。」
「え、あ、うん。ありがとう。」
マナとスーだけでも十分なのに、これからはエカテリーナも加わる予定だ。そこにグリフォンが追加されたら俺の身体はどうなるんだ・・・。
「・・・それにしても、この村には他にも魔力量のおかしな奴がいるな。」
「ああ、ドラゴンと元魔王が遊びに来るからな。」
「な、なんだと・・・。」
ベヒモスはにゃ~と啼いた。
何かを諦めたような啼き声だった。
いつもの日常が戻ったと思っているのは太郎ぐらいで、この村に住んでいる人達は太郎ほど特殊な体験はしていない。特に太郎が特殊だと思っている出来事の一部は、この世界の住人なら普通の事だというのもある。
いつもの畑仕事、いつもの伐採、いつもの巡回。天気の良い今日は、子供達が家畜と格闘していて、鶏小屋ではかなり苦労しているようだ。
収穫した卵は生で食べると危なかった気がするが、便利な魔法のおかげで生でも食べれる。有精卵と無精卵の区別ってどうするんだろう・・・?
「オスとメスを同居させなければいいよ。」
「あぁ、そっか。」
子供に言われて気が付くのも何か情けない気がする。鶏なんて飼った事が無いというのは、言い訳にならないのが父親という立場なのだ。
「おとーさんはどこにいくの?」
「ちょっとグルさんと話してくる。」
「いってらっしゃーい。」
「うん、いってきまーす。」
子供との何気ない会話も気分が良い。
太郎はそのまま橋を渡って、トロッコ駅へと向かっていくと、駐屯地にある鍛冶屋へ向かった。元々は別の場所に有ったのだが、今は魔王軍用とエルフ用と移住者用で3か所に分かれている。
「おう、座って待ってくれ。」
小さな応接室では既に飲物が二人分用意してあり、飲み頃だったこともあり、座って直ぐにコーヒーを飲み干してしまうと、今度はアツアツのコーヒーが置かれた。
今度はチビチビと飲んでいると、ドスンとグルが座る。
「お前の見せたいモノって何だ?」
口は悪くても、ちゃんと要点を理解して会話をしてくれる。
本当に悪いのは口だけで、内容は優しい。
「コレです。」
今回は帯剣していて、腰から鞘ごと置いた。
おかれたモノを一瞥して目を丸くしている。
「とんでもねーモノ持ってきやがったな。なんだこのマナの塊みてーのは。」
「判るんですか?」
「こんな真っ白い武器見たことはないな。」
「神様から貰った武器です。防具も有ります。」
今度は袋から取り出してテーブルに置く。誰かが持ち上げようとすると、とんでもなく重いのだが、テーブルに置いたからといってその重さでテーブルは壊れない。太郎からすれば今着ている服よりも軽く感じるのだ。
「俺が触っても大丈夫だと思うか?」
「触るくらいなら。持ち上げようとしない方が良いと思います。」
「・・・これ、俺の目が間違ってねーなら、呪いに類する武具だぞ。」
「え?」
「呪いだ。間違いねー・・・な。」
確かめるように指先でつついた後、剣の柄を握る。確かな重量感がグルの全身を襲っているようで、少し耐えようとしたがすぐに手を離した。
呼吸が激しく乱れる。
「これが神の武器か。とんでもねーな。」
「俺以外は使えないそうです。ただ、直接触れなければいいので箱に入れれば誰でも持ち運べるようなんですけど、理由がわかりません。」
「そんなの簡単な話だ。使う意思が有るか無いかを武具が判断しているだけの事だろ。意思が有れば反応しする。」
「なるほど?」
詳しい説明をしてもらったわけでもない太郎は、武具がどのくらいの性能なのか分からない。ただし、ドラゴンの強力な鱗も切り裂く程度の切れ味が有るのは知っている。
「ドラゴンの鱗を切り裂けるならすげー威力だな。しかし、刃先が白すぎて良く分からんな・・・。」
目を凝らして睨みつけるように観察している。
指先で刃先を触れるのではなく、ポケットから取り出した金属片を押し付ける。
「触れたとたんに食い込むな。あぶねー・・・。」
持っていた金属をそのままテーブルに落とすと、切れた面を強く睨みつける。
「熱したナイフでバターを切ったような・・・違うな、綺麗すぎて磨いた後みてーだ・・・。」
背もたれに背中を預けて伸びをする。
深呼吸の後に姿勢を直した。
「コイツは世に出しちゃダメな奴だ。本当に必要な時以外は使わねー方が良い。」
「ですね。グルさんがそう言うのならしまっておきます。」
「おう、そうしろ。俺でもそんなものは作れねーからな。」
太郎が袋にしまうのを眺めながら、冷め切ったコーヒーを飲む。
「コイツはただの武器じゃねぇ。いうなれば大量虐殺が可能な兵器と同じだ。」
グルの声に力が籠る。
「今の俺の技術じゃどうやっても作れねぇ。だが、悔しいから言っている訳じゃねーぞ。」
「解ってます。」
「まぁ、おめーなら・・・。」
残ったコーヒーを飲み干して立ち上がる。
「それじゃ、時間とってもらったのに短くて済みません。」
「別にそんな事気にしねーで良いぞ、いいもんは見せてもらった。」
「それなら良かったです。」
「俺にはそれを作る事は出来ねーが、目標にする事は出来る。つまりそう言う事だ。」
「なるほど、確かに。」
強過ぎる武器。強過ぎる戦士。それらは真似できないまでも目標や憧れには成る。上が存在するという事は、そこへ到達する道を探す事も出来る。もちろん、見付けられずに終わるかもしれないが、先人が存在するというのは心の支えにもなる。
誰かが出来たのなら、他にも出来る奴が現れる証明になるのだから。
少し、気分的に疲れた太郎は、珍しくエルフ達の居住区へ向かった。エルフ達は太郎を見ると、作業を止めて挨拶をする。それは太郎に対する信頼の証でもある。
オリビアがそうするように、他の者達もそれに倣った結果だった。
村とは思えないほど発展は進み、一部の人達は村ではなく町と呼んでいる。しかし、正確な町の名前がないため、駐屯地と呼んでいる者もいる。
それを通り抜けると移住者達が多く、兵士達の巡回が常に行われていた。
子供も増えてきていて、賑やかさダケならこの村で一番だろう。
「まるで別の町に来たみたいだなあ。」
子供達があっちこっちに、大人達が市場に集まり、人が多く集まる場所にはイザコザも多いようだ。太郎がココに来た理由はというと、たまにはちゃんと町を見るように言われたからだ。
「意外に子供が多いなあ。」
その時、たくさんの子供が太郎の目の前を通過する。左右に分かれて通り過ぎていくときに、子供の何人かが太郎にぶつかった。
「大丈夫?」
「うん!」
返事をして、直ぐに走り去っていった・・・。
「あれ・・・?」
腰にぶら下げていた袋が無くなっていた。




