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第237話 最強のペット

 小さかった生物は、徐々にその質量を増やし、見る見るうちに太郎の背丈どころか、小さな城のほぼ半分を埋めるほどの巨体となった。


「グリフォンよりデカいな・・・。」


 猫のようにも見えたが、もちろん猫じゃない。

 犬のようにも見えたが、もちろん犬なんかじゃない。

 象のようにも見えたが、もちろん象のワケがない。

 鋭い牙と、鋭角な爪。

 どす黒い肌と体毛。

 鋭い眼光がこちらに向けられると、唸り声を上げた。


「おっき~い。」


 マナが太郎の頭の上に立って見上げている。

 恐くはないらしい。

 俺も何故か恐怖感がないのだが・・・。


「た、たたた、太郎さん・・・。」


 スーが太郎の後ろに隠れると、ポチがエカテリーナを抱えて結界のギリギリまで移動する。手助けしたい気持ちと、エカテリーナを傷付けると太郎が困るというのを知っているので、ポチが出来るギリギリの場所がソコだった。何しろ封印を解いたマリアも太郎の後ろに居るのだ。


「こ、こわくないの~?」


 声が震える魔女なんて初めて見た。

 いつものほほんとしている魔女が。


「グルルルルル・・・。」


 だが、一向に動かない。


「なんか震えてない?」


(何千年も封印されて、やっと動けたと思ったら、何だコイツは・・・。マナの塊じゃないか。生き物か?生きているのか?まるでこの世のモノとは思えないぞ・・・。)


「うーん。一応シールドを張っておこう。」


 太郎の目の前に薄いが強力な物理障壁が展開されると、唸り声がピタリと止まった。


(なんだこれは?!攻撃か?魔法か?なんという・・・強力なマナだ・・・。違う、こいつらだけじゃない。まるで一人の中に二人いるような・・・?)


「ガアアアアアアアアアアアアア!」


 ものすごい轟音はベヒモスの咆哮だった。

 巨大な口が更に大きく開かれている。


「生臭いわねぇ。」


(なぜだ・・・なぜ、なにも反応しないのだ・・・あいつらには確かな恐怖心を与えたという手応えがあるのに、まるでスライムを踏み潰すかのように感触が悪いぞ・・・。)


「全力で攻撃した方が良いよね?」

「あ、当り前じゃないの~・・・思いっきり頼むわ~。」


 太郎の今出来る最高で最強の攻撃と言えば、巨大な水玉を作る事だが、それを熱湯にすれば・・・。


(なんだ・・・ただのお湯じゃ・・・違う、違うぞ・・・なんでぐつぐつと煮えるような音が・・・違う、デカい、なんだあのデカさは・・・。)


 水玉は更に巨大になり、ベヒモスの大きさを超える・・・。


「ねえねえ、太郎!」

「何?」

「あいつ小さくなってるわよ!」

「へ?」


 水玉が大きくなっているのではなく、途中からベヒモスの方が小さくなっていた事に気が付いたのはマナだけで、一番冷静だったとも言える。

 徐々に小さくなると威圧感も弱まり、見た目の恐ろしさも消えていく。

 暫くして恐怖感が消えると、ポチがエカテリーナを乗せて近寄ってくる。マリアとスーがほぼ同時に大きく息を吐き出し、何もしていないのに疲れた表情をしていた。


「出したら消す方法知らないんだけど・・・どうしよう?」


 頭上にある巨大な水玉は、マナが吸収する事で消滅し、目の前のベヒモスは、どこに行ったのか探さねばならないほど縮んでいた。


「いた。おー、小さいと猫みたいで可愛いな。」


 マリアが珍しく怒鳴った。


「バ、バカなこと言わないで頂戴!小さくても能力は変わらないのよ!」

「バカ女にバカなんて言われたくないわよ!」


 俺の頭の上で怒鳴るのはヤメテ欲しい。


「世の中にこれほどの人間がいるとは思わなかったぞ。」


 何処からか声が聞こえる。

 トレントではない。


「喋ったああああ?!」

「しゃ、喋れたのね~?」


 まだ落ち着いていない二人が驚いている。

 もちろん太郎も。


「猫と話が出来るって、まるで夢みたいだ。」


 ポチが拗ねた。

 ごめん、そういう意味じゃないから。


「猫じゃないんですけどー・・・。」

「・・・ベヒモスだよね?」


 歩き方というか見た目も猫だ。

 黒猫にしか見えない。

 のっそりと近寄ってくるソノ猫が答えた。


「そうだ。」

「もう戦わない?」


 猫なのに奥歯を噛みしめるような表情だ。


「・・・戦意はない。というか、勝てる訳がないだろう・・・。」


 魔女が倒すのを諦めたベヒモスが太郎を見て勝てないという。


「まあ、太郎だからな。」


 だから何でポチがドヤ顔するの。


「腹が減ってかなわん。飯をくれ、何か食わせてくれるのならお前に従う。」

「えぇ~?!」


 マリアがとてつもなく嫌そうな声を出す。

 食べ物と言われても準備をしていなかったので干し肉を持っていない。


「さっきの大根ならあるわよ。」


 マナがスカートの中からモリッと大根を出す。

 どうやって隠し持ってたのか、凄く気になる。


「猫ってダイコン食べたっけ?」

「ベヒモスよ~。」

「勝手なイメージだけど肉食な気がする。」

「・・・それでいい。」


 マナがダイコンを地面に置くと、ベヒモスが近寄って、ガブリと一口。二口。三口・・・。


「美味いな。」

「さっき出来たばかりよ。」

「ほう・・・この土地はかなり良いのだな。」

「いや、全然。」


 マリアが凹んでいる。

 いや、なんでもない。


「コイツって、グーノデスの知り合いじゃなかった?」


 太郎が喋っているように口が動いたが、実際に喋ったのはウンダンヌだ。

 太郎が手のひらの上に小さな水玉を作ると、女性の姿になった。


「俺の身体使って喋るのやめてくれないかな。」

「アハハ、ごめんねごめんねー。」


 謝る気のない謝り方だ。


「うっ!ウンダンヌ?!」

「ベヒモスちゃん暴れてないと思ったらこんなところにいたんだ?」

「そこの女にやられた・・・というか、なんでその女は生きてるんだ?」

「あれは魔女。」


 するっと風が吹いてきた。


「シルヴァニード?!」

「ベヒモス、アナタ生きてたんですね。」

「ちょ、ちょっと待ってくれ。なんであなた達二人がこんな所に居るのだ?」

「主ちゃんは私達のご主人様なのよ。」

「あるじちゃんなのかごしゅじんさまなのか・・・?」

「太郎様は私達が認めているの実力者。ベヒモス程度じゃ勝てないでしょう。」


 もっと早く出てきてくれたら準備する必要なかったんじゃないか。


「た・・・確かに・・・。」

「良い大根を貰ったようですし、大人しくしているのですね。」

「う、うむぅ。」


 なんだか昔からの知り合いのようだ。

 ベヒモスは更に大人しくなり、大根を食べるのも止めてしまったので少し可哀想だ。


「あんた達もっと早く出てきたら太郎が楽できたんでしょうが!」


 二人が姿を消した。

 なんで逃げるの。


「もう、肝心な時に役に立たないわねぇ。」

「あ、あの・・・その子供は?」


 ベヒモスが完全に借りてきた猫状態だ。


「マナ・・・じゃなくて、世界樹って言った方がいいかな。」

「世界樹だとぉ・・・ごめんなさい、許してください、ダイコン食べて良いですか?」

「良いわよ。」


 ベヒモスはマナに頭を撫でられながら大根を完食した。




 マリアは太郎を見てショックを受けている。

 あれほどの強さを持つ、魔獣とも恐れられた地上最強の生物が、猫よりも大人しい。エカテリーナやファリスにも撫でられて、家猫クラスにまで落ちている。

 仲間が苦戦をし、自身も苦労してやっと封印したほどの魔物が、大根を与えられて喜んでいるのだ。

 しかし、マリアは似たような光景を過去に何度も見ている。

 ただし、立場としてはマリアが太郎の位置にいて、他の者が今のマリアの立場であって、誰もが苦戦をする敵を幾度となく単身で屠ってきたのだ。その度に周囲から尊敬され、恐れられ、感謝され、逃げられていた。

 本当に強い物は弱い者の心が分からないと言われた意味を、マリアは身を持って体験したのだ。

 そのマリアは飼い猫になったベヒモスと風呂に入っていて、太郎が洗おうとしたので、少し話したい事が有るからと理由を言って女性用の風呂に連れ込んだのだ。

 再開した風呂の水は太郎が新しくしたので綺麗で温かく、デュラハーン達も戻ってきて、今は賑やかな湯舟の隅で話をしていた。


「アナタはそれでいいの?」

「俺はお前には勝てるがあの男には勝てない。それだけだ。」

「なんだったのかしら・・・ね。」

「それはお前も知っているだろ。勝てない相手と知った時の恐怖と絶望は、生きる気力を失うのではなく、その者に対して逆らうような事はしない。戦って負けるリスクを負ってまで挑戦するなど、勇者に任せておけばいいのだ。」

「そうね、確かにその為に勇者が存在していると言っても過言じゃないわね。」

「それで、お前の目的は何だ?」

「散々苦労した上に、私の仲間も沢山殺されたの。」

「復讐か?」


 目がギラリと光る。


「ええ、今までの恨みを込めて・・・。」

「な、何をする気・・・だはぁ・・・。」


 マリアは持ち込んだ石鹸を使ってベヒモスの濡れた毛に刷り込んだ。


「うわっ・・・や、やめ・・・ろ・・・。」


 そばにあるの桶に押し込んで、ゴシゴシと洗う。増え続ける泡に、ベヒモスの姿は見えなくなった。


「喰らいなさい!」

「あつい、あっつい!」


 マリアの魔法でお湯をかけ、泡が湯舟の方に流れないように調整して放水する。今まで臭いと言われた水は臭みがなくなり、太郎ほどではないが普通の水くらいには改善されている。


「この仔どこから拾ったんですか?」


 女性陣が見た事のない小動物と化したベヒモスに興味を持ったようだ。


「封印してた魔物だけど~、今は危険じゃないわ~。触っても良いわよ~。」


 ベヒモスはデュラハーンの女性陣達にあっという間に囲まれ、頭や背中や腹を撫でられていた。完全に無抵抗である。


「余計なこと考えると~、太郎ちゃんに怒れらるわよ~?」

「そんな余裕なんてない・・・。」

「喋るわ!」

「すごーーい?!」

「ねぇねぇ、名前は何ていうの?」

「どこからきたのー?」

「え、あ、あの・・・。」


 困っているベヒモスとは対照的に、男湯ではポチが身体を洗っていた。


「ほら、わしゃわしゃ♪」

「なんでマナが居るの・・・。」

「あっち煩かったから。」

「まぁ・・・いいけど。」


 マナはいつもの子供の姿だったので、男のデュラハーン達はマナに興味を示す事もなく、ごく自然に流されていた。





 袋の中の一日と外の一日が同じなのか分からないが、太郎の袋の中とは違うのか比べようもない。何しろ入った事が無いから体験していないのだ。


「お風呂に入って、食事も美味しくなって、薄暗かったのがこんなに明るく・・・。」


 ファリスが変化を体験し、あの明るかった世界とほぼ同等になった事に感動している。それもこれも、全ては太郎のおかげなのだが、殆どのデュラハーン達はマリアのおかげだと思っている。何しろ彼らにとって伝説の女性なのだ。


「で、アンタは他に何か隠して無いの?」

「なんのこと~?」

「こんな世界創ったぐらいなんだから、他にも魔法袋作ってるんでしょ?」

「あ~、ね。」

「何個作ったのよ?」

「え~・・・何個か作ったけど~・・・魔法袋なら私以外でも作れるわ~。」


 スーが持っている魔法袋がその一つで、これは魔女ではなく天使が作ったものだ。

 

「他にもこんな世界があるとしたら、悪い奴とかの隠れる場所としては最高じゃないの?」

「ワンゴとか持ってそうですよねー。」

「確かに危ないよな。」

「シルバでも見つけられない理由ってこれかもね。」

「あー、確かに。」

「私の所為じゃないわよ~?」

「でも、魔法袋くらい持ってても不思議じゃないよね?」

「ん~~~~・・・。」


 マリアが真剣に悩んでいるようで、そうは見えない。

 椅子に座って話をしていたから、いつの間にか膝にベヒモスが乗っていて、丸くなっていた。

 で、ポチは何をしようとしてるのかな?


「そんなグリグリするなよ。どうした、ポチ。」

「新参者に礼儀を教えないのか?」

「グリフォンにそんな事しなかったでしょ。」

「ま、まぁ・・・確かにそうだが。」

「心配しなくてもポチは旅に連れて行くけどベヒモスは連れて行かないから。」

「そうか、そうだよな。」


 ポチは納得してくれたようだ。


「他にも創造魔法が使える者が居るかしら~?」

「確か、この大地も重力も魔法で何とかしてるんだよね?」

「そうよ~、あの大きな魔石の下に魔法言語が刻まれてるわ~。」

「へ~。」

「あっちのバカ女の方が知ってる?」

「それはそう~。」


 マリアは自分が作った魔法袋の中で長い時間を過ごしているから、情報が古い。


「マチルダか、フーリンさんかなあ・・・?」

「そうね~、気に成る事もあるし~。」

「いつでもココには来れるから、そろそろ帰ろっか?」

「帰っちゃうんですか?!」


 ずっと聞いていただけのファリスが驚いた声を出す。


「いつでも遊びに来たらいいよ。グルさんはそういう偏見持たないと思うから、最初は鉱山の人達と仲良くしてもらって、慣れたらまた家に来たらいいよ。」

「はい!」


 あんな嫌な事件を体験したファリスだったが、外に出れるのは嬉しいようだ。他のデュラハーン達にも帰る事を告げると、ファリスには俺達との交流の架け橋となるべく特別任務を任命され、あっちの世界の情報を収集する事になった。

 もちろん、今すぐという訳では無い。


「今度行くときは料理教えてください。」

「一緒に料理しましょう。」


 ファリスとエカテリーナはかなり仲良くなっていて、別れの際にも手を握っている時間が少し長かったくらいだ。友達とか親友というのは、気が合えば種族なんて関係ないという事を二人は示してくれるかもしれない。

 少しの不安と多くの希望を胸に、ファリスは太郎達を見送った。






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