第234話 薄暗くて小さい国
封印されていた門をくぐった直後に、太郎達は黒い鎧と剣を身に着けた集団に囲まれていて、身動きが出来なくっていた。恐怖を感じての事ではなく、単純に狭いからだ。
「貴様ら何者だ?!」
当然の問いだと、太郎は思う。
それに対する回答は定番すぎるモノしか思いつかなかった。
「俺達はあやしい者では・・・あっ!」
「あ?」
太郎の横からに頭の無い子供が出てきた。
もちろんファリスだ。
「あ、あのっ・・・わたしです、ファリスです。」
「うん?なんでお前がココから来るんだ・・・?」
「ふ、封印の門を見学していたら吸い込まれてしまって・・・。」
薄暗くてよく見えないが、ファリスの相手の方も首を脇に持っているようだ。あれだと盾が持てないんじゃないか・・・?
マリアがまた魔法を使った。
弱々しい僅かな光が指先に集まって行く。
「うっ・・・眩しい・・・なにをす・・・る・・・?」
「くらいし~、くさいし~、よくこんなところで生きて来たわね~?」
明るくなると周囲もよく見える。
囲まれていたと思ったが、いたのはファリスと同じ姿をした兵士らしき男が5人程だった。男だと分かるのは脇に抱えた顔が男に見えたからである。
その彼らの後ろにはファリスと同じように首の無い馬がいるのだが、その馬の所為で大勢を集められないんじゃないかと思う太郎だった。
「なんなんだお前らは!」
マリアの無礼な言動に怒りを持って応じた男が、剣を振り下ろして威嚇する。
男達の背後は三又に別れた道と、一応の土と、一応の草叢と、一応の樹木が並んでいて、遠くには建物も見えるが、何の建物かは分からない。
彼らはマリアの明るさを放っているだけの魔法にかなり怯えているようで、近付いてこないし、ファリスもどうしてよいのか分からず戸惑っていた。
「怒らせて申し訳ない。この子を送り届けに来ただけなんだけど、ちょっと袋の中ってのに興味があってね。」
「ココが袋の中だと何故知って・・・?」
よく見ると顔を後ろに向けていて、こちらを見ていない。
「マリア。」
「はいは~い。」
明るさが弱まり、松明程度の光量に落とした。
「最初に、戦うつもりがない事を信じて欲しいんだけど、どうしたらいい?」
太郎の冷静な声質は双方を助けたかもしれない。
太郎達が武器を構えていない事も証明になっただろう。
実際は袋から出すのが面倒だったのだが、スーは常に帯剣していて、太郎はよく忘れるのでスーに注意される事もある。
「・・・ファリス、こっちに来い。」
首の無い上半身で太郎に丁寧にお辞儀をすると、ファリスはあっち側へ歩いて行った。ほんの数メートルもない距離なのに、何故かもの凄く遠くへ行ってしまった気がするのは何故だろう?
ファリスを迎え入れた彼らは武器を収め、何やら小声で会話をしている。
「おい、あいつらッて伝説の普人か?」
「そうです。他にも獣人とかエルフが沢山いました。」
「門の中に入った者は生きて帰ってこられないと伝えられていたが、どうやって戻って来た?」
門の中というのは太郎達の居る世界の事で、外と中の認識が違う。
ここが袋の中だという事を認識しているようだが、袋の中が外という感覚なのかもしれない。
「あの人達に助けてもらって・・・、そしてここが閉じられた世界だという事を知りました。」
「閉じられた世界?」
「言語は同じなんですけど、通貨は違っていましたし、食べ物も空も、そしてこの匂いも・・・。」
不思議な顔で見合わせる者達。
ファリスの言うことが信じられないのも無理は無いだろう。
話を聞くほどにあの中は不思議が詰まっているようだった。
「明るい青空に、美しい景色だと?まるで物語のような話だな。」
「はい、本で読んだ物語をそのまま現実にしたような・・・。」
「あの中は悪魔が住んでいると言われていたが・・・、あいつらの後ろに居る大きな犬は、まさかとは思うが、ケルベロスなのか?」
「はい。」
男達はファリスを囲んで考え込んでいた。
何しろ全てが空想の物語だと思っていた事を子供が本気で言っているのだ。
全てをウソだと言い放って終わらせる事も可能だったが、彼らの存在が眩しすぎて羨ましく感じているのだ。
物理的にも・・・。
マリアが見上げている空は夜のように暗く、星明りはない。代わりに一つだけ丸い物が弱々しく輝いていた。
「あの空に有るのが太陽の代わりなんだけど~・・・、あんなに暗かったかしら~?」
「アレが太陽?」
「イロイロ思い出して来たわ~・・・。あのトレントも知り合いだったような~。」
「さっさと思い出しなさいよ!」
スーの方は別の視点で別の感想を言っている。
「あの男達は弱すぎますね。武器の構え方も下手ですし、脅威はなさそうですよー。」
エカテリーナはポチにぴったりとくっ付いている。
それは何故かというと・・・。
「・・・すみません、臭いです。」
耐えられないようだ。
エカテリーナは特に綺麗好きという訳では無いが、自分の仕事の内容も有って清潔には敏感だ。もちろん、匂いの方もそうなる。
それでも、ポチにくっついている方が良い匂いがするのだから。
「鼻が利かない・・・全部同じ匂いだ。・・・太郎の匂いも分からないぞ。」
ポチにとっては困る事だろう。
そんな俺達を見て何かを諦めたかように息を吐き出した。
「敵意は無いと信じてやる。付いて来い。」
口が悪いのか、そういう言葉しか知らないのか、それでも態度はだいぶ軟化していて、背中を見せて歩いて行く。もちろんその背の後ろにはポニスと荷台も付いている。
邪魔にならんのかな・・・?
ファリスが最後尾なのは、警戒心が無いのか、知り合いだからなのか、理由はいまいちわからないが、彼らに付いて行くと、視界の殆どを侵食するトレントは予想以上に幹が太く、横に広がって成長したような、高さの無い木だと分かった。
「せ、せ、せかいじゅさまあああああああああああああ?!?!?」
デュラハーン達が驚いて顔を見合わせる事無くトレントを見上げた。
「我らの世界樹様は喋れたのか・・・。」
「やめろおおおおおお!そのなまえでよぶなあああああああああ!!」
声に驚いて吃驚するデュラハーン達。
背筋がピーンと伸びていて、ファリスも同様だった。
「あれってトレントだよね?」
「そうね。」
「喋るのって珍しいよね?」
「そうね~?」
「思ったよりも大きいというか、葉っぱも幹もなんか汚い感じしない?」
「妙に臭いですー。」
立ち止まったデュラハーン達の間をすり抜けて前に出たマナが太郎の背でも届きそうなほど低い木の枝を掴んで引っ張ると、何と形容して良いのか、スライムのように枝の先から何かが出てきて、それが他人の姿に変わった。
変わったのだが。
「なんで裸の女の子なの・・・。」
「私がコイツの魔力の一部を人の姿にしたのよ。」
どんな魔法ですか、それ。
「人の姿になった・・・。お、おお・・・。」
驚きすぎて腰を抜かしたのか、膝をツイて二人を見詰めている。
「あの、これってどういうことですか?」
ファリスが太郎に尋ねるが、首を横に二度振っただけだ。
目の前では子供二人が何やら会話しているようだが・・・。
「すみません、すみません、生意気ですみません、生きててごめんなさい。」
と、平謝りだ。
「とりあえず、怒ってないから。」
「せかいじゅさまとよばれてちょうしにのってましたああああああああ!!」
ウルサイ。
「で、アンタが居るのに何でここの空気は臭いの?」
「あー、それは・・・元々不味いんです。」
「やーめーてー!」
今度はマリアが叫んだ。
「水を元にしてますので、匂いも悪いし空もマナが不足していて暗いんです。」
「いーーやーー!」
なんだ、なんだ。
「土も太陽も維持するのが精いっぱいで・・・。」
「わるかったわねー!」
「あっ!マリア様!!」
「いまさら気が付いてもおそいわ~~~~。」
珍しく、怒っている。
「ここは~、私の魔法で創ったから~。」
「あー、それで臭いのね。」
「創った?!」
「マリア様だと?!」
急に騒がしくなった。
騒ぎの所為ではなく、最初からあちこちに隠れていたのだろう、デュラハーン達が一気に出てきて、ぱっと見で数えられないが50人程度はいる感じがする。
「馬が邪魔だなあ・・・。」
「邪魔と言われましても、常に傍に居るのが普通なんです。」
「あの荷台に乗ったらいいんじゃないの?」
「荷台に乗る時は決闘とか、命を捨てる覚悟で戦う意思を見せる時だけです。」
「へ~。って、それより、マリアが創るとこんなに臭いのか。確かに水も不味かったもんなあ。」
「太郎ちゃんに言われると凹むわぁ~・・・。」
今度は本当にションボリしているので少し可哀想になった。
「このくらいなら元から換えれば臭いも消えるわよ。」
「あ~・・・確か、この世界を維持するコアがどっかに有ったと思うけど~・・・。」
「あ、あのっ、マリア様、コアでしたらこちらに・・・。」
デュラハーン達は態度が更に軟化するというより従属的になった。
「お、おいっ、ズルいぞ案内をするのは俺の役目だろう?!」
「そんなルールはない。番は俺がやってるんだから俺が案内するべきだろ!」
クダラナイ事で奪い合いになっていた。
なんというか、今度はマリアがちやほやされていて、状況の変化が忙しい。
「ちょっと太郎のマナ頂戴。」
「あ、うん。」
そう言うと太郎の挿しだした指をくわえる。マナが引っ張り出した女の子のトレントにも同じことをさせると、太郎はいつも通りに水を指先から出した。
「うん!?うんっっ?!うぐっ!!」
「え、大丈夫?」
「美味しすぎてびっくりしました、もっと下さい。」
「もっと飲ませれば水も美味しくなるわよ。」
「あー、そういう事ね。」
トレントの女の子はマナそっくりの姿になり、まるで双子のように服装まで同じになった。
「ぷはーー!美味しかった―――!」
「それは何より。で、なんでマナと同じ姿に?」
「これしか姿を知りません。」
「半分わたしの魔力混ぜたからね。」
「なるほどね。」
「それで、あっちは何やってんの?」
「・・・さぁ?」
マリアはデュラハーン達に囲まれていて、スーとポチとエカテリーナは隅っこに追いやられていた。
「なんなんですー、これー。」
「マリア様~~!」
「しらない~・・・わけでもないわ~。」
「こちらにどうぞ~!」
マリアがデュラハーンの人だかりから抜けて奥へ進んでいく。太郎はその隙にスー達に近寄って、少し遅れてマリア達の後をついていく。
周囲はマリアの方は明るいが、太郎達の周囲は少し暗い。明るくしようと思ったのだが、ファリスが近寄って来て「眩しいので。」と、お願いされたので諦めた。
その薄暗い中でも、松明で照らし出されたのは砦ぐらいの建物で、エンドブルム城と説明してもらう。
マリアはそのまま中に入っていき、太郎達の事は忘れられていたが、マナとトレントがデュラハーン達を押し退けて、道を強引に作ると、太郎達はトレントの後ろを付いて行く。開いたままの城門は、その奥に何もない。
「ハリボテみたいな城だな。」
「中には誰も住んでいませんので。」
「正確に言うと資材が不足して途中で建築を止めたんですよ。」
とはトレントの説明だ。
「木はけっこう生えていたみたいだけど?」
「成長が物凄く遅いので伐り倒せないんです。」
「太郎が居るから大丈夫よ。」
「へー、凄いんですねー。」
「太郎だからね!」
なんでマナがドヤ顔するの・・・。
というか、何で俺なの?
「マナが成長させるんじゃないの?」
「トレントも成長させないとダイブ染み込んでるから。」
「あー、そんなに浸透してるのか。」
「すみません、美味しいという感覚を久しぶりに思い出したような。」
「そう、それは良かったね。」
「太郎様は何でも出来ちゃうんですよ!」
「へー、良いですねぇ。」
エカテリーナがいつの間にか太郎の腕にしがみ付いていた。周りが変わった姿のモノばかりだから少し怖かったのかもしれない。後ろにスーとポチが陣取っていて、しっかりと警戒を怠っていない。
周囲を塀で囲まれただけの城内の中心には、台座に大きな石が載せられている。それはこの世界を支えるコアで、太郎の身体より大きい魔石だった。
マリアはその魔石に触れていて、僅かに石が輝いたが、すぐに光は消えた。
「これ、定期的に補填してたのね~。」
「はい。これが無くなってしまえば世界の均衡も崩れると教えられていますので。」
「実際に大地が崩れたりする事は無いけど~、あの時はコレが限界だったから~。」
「マリア様に魔力を注いでいただければ強くなりますか?」
「ん~・・・、もう私の力では無理ねぇ~。」
溜息を吐いたのは自分の力不足を痛感しているからだ。
今以上に環境を改善するには、確実に太郎の能力が必要な事に強いショックを受けていた。それでも、少しは考えてみる。
「むりね~。」
「えっ?」
「なんでもない~。」
「素直に言えばいいじゃないの。」
「素直にね。」
マナとトレントに言われては諦めるしかない。
恨めしくも、悔しそうに魔石を睨み、マナそっくりになったトレントを見詰めていた。僅かに色が黒いのでトレントとマナは見分けられるが、本当に鏡に映した様に瓜二つで、トレントはその姿に満足していた。
マナの方は姿を変えられるので、今の姿になった理由というか、原因は太郎の方にある。原因の方に自覚はない。
「これに注げばいいの?」
「お願いするわ~・・・。」
しおらしいマリアは何となくかわいいと思ってしまった太郎が、少し顔を赤くしながら魔石に手を添える。
魔力が注がれると魔石は強く輝きだした・・・。
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