第232話 帰りたい
風呂を出た太郎達は、子供達に護られながら怯えるファリスを見付けた。
それは予想通りだったので、最初から太郎達が出向けばよかったのだが、それでは本音が聞けないと、太郎は思っていたので、あえて子供達だけで外に出したのだ。
「おじさんなに言ってるの!ファリスがそんな事する訳ないじゃん!」
「太郎殿の子供だからって関係ない、こっちは恋人が死んだんだぞ!」
兵士は子供相手に怒り心頭で、怒鳴るのと叫ぶのを足して二で割ったような口調である。
「そんな・・・私は何もしていません・・・。」
「デュラハーンといえば、その首は呪いで出来ていて、不幸を運ぶ馬を曳き、悪意ある妖精として有名だろ!」
子供達はそんな話を知らない。
太郎もナナハルも子供に本を読み聞かせた事が無かったからであるが、太郎の場合は本が無かったからやらなかっただけで、ナナハルは母親らしく、子供に昔話を聞かせていたらしいが。
その昔話が自分の活躍した話というのも、ついでに聞いている。
「呪いの首?」
「どうして太郎殿はあんなのを受け入れたんだ?!今日に限って魔物は多いし、割れる筈の無いコップが音も無く割れるし、帰ればいつもは迎える声がするのに、声が聞こえなくなるし・・・。」
道の真ん中で叫んでいるので周囲には野次馬が集まっていて、兵士を止めようと他の兵士も集まって来ていた。彼は太郎の名を叫んでいるが、太郎に気が付いた訳ではない。
なので太郎は難なく野次馬の陰からその様子を眺める事が出来た。
「・・・罪悪感が凄い。」
「太郎が決めたんでしょ。」
「うぐっ。」
男は続けた。
「俺の恋人は病気だったがすぐに死ぬような病気じゃなかったんだ!お前が来た所為で・・・。あいつは・・・。ぐっ・・・。」
意味の分からない非難を受け、恐怖と絶望を感じたファリスは望郷の念を強くし、涙を流した。
男の方も隠すことなく涙を流し、力無くひざを折った。
「ダメ、もう無理。」
耐えかねて、スッと現れた太郎が泣きだしたファリスの横に立って頭を撫でる。その頭は脇に抱えておらず、今は普通に首の上に座っていた。
「ごめんね。」
ハンカチで涙を拭いても止まらないのでそのまま渡す。
騒ぎになっている事でカールとトヒラが大股に走ってやってきた。
「何をやっているか!」
急に怒鳴られて身体を痙攣させたが、見上げた所に隊長が居て、縋るように叫んだ。
「隊長だって呪いは知っているでしょう?!」
上司に対しても怒鳴る。
それだけ恋人が大切だったことの表れだが、トヒラは冷静に太郎に近寄る。
「みんなだって呪いが怖くて近付かなかったのに、なんで俺だけが、俺の恋人だけが・・・。」
トヒラが一枚の紙を太郎に差し出したので受け取る。
「なにこれ・・・診断書?」
「病気で死んだ女性の診断書です。呪いでは無い事が書かれています。」
読めるのだが太郎の知らない病名が書かれていて、いつの間にか横に居たスーに手渡す。
「これ・・・私も知らない病気ですねー・・・。」
「病気自体は珍しいモノで不治、ポーションでも治らない。」
「ポーションでも治らない病気ってあるんだ?」
「ありますよー、とある村で風邪が大流行して、ポーションを使っても改善しないまま皆が病気で倒れるって事件が、かなり昔にありましたね。」
「近付いた者も病気になった事で放置するしかなくなった事件だな。」
カールがそう言った。
その事件は有名らしく、周りでもその話が持ち上がると、一斉にファリスへ視線が集まった。もしかしたら・・・と考えているかもしれない。
「わかんないけど、それってウイルスじゃないかな。この世界じゃ・・・多分、知られていないだろうけど。」
「ウイルスって何です?」
「うまく説明できないけど、感染すると人を媒介にしてどんどん広がる病気なんだ。ポーションで治らないって事は悪化するのが早過ぎるからかな。あの人の彼女がその病気なの?」
「ウイルスの事は後で説明してもらうとしまして、彼女の病気は普通なら死ぬ程度ではありません。ただし、稀に悪化する人が居て、突然死するというのは記録にあります。」
「不自然ではないってこと?」
「珍しいだけで呪いが原因ではないですが・・・呪いが原因じゃない事を説明する事も出来ないので。」
「医者の診断書なんでしょ?」
「医者なのに呪いが原因だなんて書けるわけがない。」
カールの言うことは当然だったので太郎は納得した。
「でも本当に、無差別に呪いを振りまくのなら、俺なんてとっくに死んでいる筈だよね。」
「たしかに・・・そう・・・なるな?」
カールですら呪いは怖いらしい。
「ウイルスだとしたらもっと被害は大きく成っている筈だし、半分は医者の言っている事を信じるとして・・・呪いが本物なら俺どころじゃなく、さっき一緒に風呂に入ったみんなも死んじゃうよね。」
スーが顔を赤くした。
「他の人が居るところでさらっと酷いことを言いますねー。」
「あ、風呂?」
「それもそうなんですけどー・・・医者の事ですよー。」
軍隊に所属する医者で、この村では本来診る事のない一般人も患者として扱っている。回復魔法で治せるが、まともに使いこなせる者は希少で、魔法で治すのと医者で治すのでは治療費が違う上に、回復魔法の使い手は宗教関係者が多く、余計な面倒事も抱える事になる。
ただ、その回復魔法の使い手がこの村に一人存在するのだが。
「呪いの治療薬なんて無いから半分しか信じられないじゃん。」
「病気は本物よ~。」
その使い手が空から降ってきた。
「・・・魔女・・・か。」
トヒラが遠慮がちに呟く。トヒラからすれば、何でも出来る能力を持っているのに、基本的に何もしてくれないのだから、存在価値を自ら大きく落としているとしか思えないのだ。
そして、その魔女を顎で使える者が存在するのがこの村である。
「わざわざ調べてきたの?」
「そりゃそうよ~・・・何か有ったら私だって危ないじゃないの~。」
なるほど確かに。
「マリアも呪いは怖いんだ?」
「太郎ちゃんは怖くないの~?」
「存在すれば怖いけど、証明する手段が無いから、結局は悪い出来事が幾重にも重なった偶然の産物が呪いの正体だと思うんだけどね。」
マリアがにっこりとして頷いた。
「え、なに、何を企んでるの?」
「酷い言い方ね~。」
「あんた、隠してないでハッキリ言いなさいよ。」
マナに言われてヤレヤレといった感じで応じる。
「やっぱり医者は信用できないわ~、アレは仮死状態って言うのよ~。」
「じゃあ、完全には死んでないのか。でもほっといたら死ぬんでしょ?」
「それは、そうね~。」
「この世界の医療技術で仮死状態の判別は出来ないだろうから・・・、心臓は止まってないよね?」
「すごーーくゆっくりだけど動いてるわ~、あと半時間ぐらいで本当に死ぬんじゃないかしら~?」
「それを俺に言いに来たって事は治す方法が有るんだよね。」
マリアがにっこりしたのはこれだったのだ。
太郎の役に立って少しは立場を強化しようと考えているのだが、それならもっとまじめに生活して欲しいものである。
「死んでるのに治せるだと・・・?」
カールは半分程度しか耳に入っていないのか、疑いをかける視線を送る。
「呪いじゃないからね~。」
平然と答えた所で、マリアはファリスの頭を撫でた。
「こんな可愛い女の子をイジメて自分の責任を逃れようとする悪い大人にはわからせないとね~。」
大人とは誰に対して言ったのか・・・それはそれで、ちょっと怖い。
ファリスを連れて歩くと、いつの間にか首の無い馬もついてくる。この馬の頭は一体どこに有るんだろう・・・?
なんか・・・うっすら見えるんだよなあ・・・。
女性が寝かされている部屋はさっき叫んでいた兵士と同室の為、一応許可を取ってから入室する。
許可とっいても半分は勝手に入っていて、マリアなんて許可もとっていない。
兵士は、太郎の顔も見ようとせず、部屋にも入ってこない。
「寝息がするんだけど・・・。」
女性はすぅすぅと寝ているようにしか見えない。
「えーっとね~、病気が特殊で~、太郎ちゃんの所で作ったあの高級な奴じゃないとダメで~・・・。」
「なんのこと?」
「あんた、あの高級蜂蜜勝手に使ったでしょー!」
マナに言われて思い出した。
普段食べている蜂蜜の他に、より濃縮されてとろっとろの高級蜂蜜の存在を。
「エリクサー?」
「えっ・・・しってたの~?」
「高級霊薬ってやつでしょ?」
「あの蜂蜜数滴使うと出来るのよ~。」
「別に怒ってないし、それで治るんなら良いんじゃないの。」
太郎は何も気にしていない様子で言うのだが、スーは身体が震えている。
「あの薬一つ買うのに城が傾くって言われてるんですよー!!」
「そうなんだ?」
「たーろーさーん??」
「命が助かるなら良いでしょ。」
「あらあら~、流石太郎ちゃんね~。」
「マリアが素材を使って作ったんならマリアの技術も必要なんでしょ。簡単に作れない物も作れるんならそれは凄いと思うけど。」
「そー、なん、です、け、どーーー。」
スーが不満そうだ。
何しろ高級な物を使って、スーとは全く関係ない人を助けた訳だし、死んでしまうのは悲しい事だが、この場合死んでしまっても不思議ではない状況だったからである。
これだけ見ると非情のような気もするが、冒険者でなくとも、一般人はもっと過酷な世界で生きていて、ちょっとした風邪でも悪化すれば死んでしまう人は五万と居るのだ。
「この人死んでないんですよね・・・?」
「うん、そうだよ。」
「じゃあ、なんで私・・・あんなに理由もなく怒られたんですか・・・。」
「そうねぇ~、最大限贔屓しても、勘違いじゃないかしら~?」
「ノロイの事は言われた事もありませんし、そもそも、ノロイを知りません・・・。」
子供の悲しい表情は、親となった太郎は見てて辛さが倍増する。自分の子供がこんな表情をしたら・・・。
「これ、ほっといても大丈夫?」
太郎がマリアに確認すると、返事が来る前にむくッと半身を起こす。女性は太郎達を見て驚いたが、声を出すのを寸前で止めた。
「あ、アナタ達だれですか・・・?」
当然の反応だと思う。
ただ、太郎の横にはマリアの他にカールとトヒラもいたので、女性はさらに驚いていた。
「た、隊長・・・。」
ベッドから出ようと思ったが、普段着で寝ていた上に少し乱れていて、出るのが恥ずかしかった。それもこの大人数に囲まれてはなおさらだろう。
「そのままで良いから聞いてくれ。」
「は、はい!」
「キミは自分が死ぬ予兆はあったかね?」
「はい・・・凄く怖かったです・・・。目を開こうにも開けず、身体はピクリとも動かず、声は聞こえるのですけれど、何を言っているのか分からず、もう喋れないと思うと辛くて・・・。ですが、気が付いたら今この状況でして、どうなっているんですか?」
「病気には気が付いていたのか?」
「実は病気でこうなる事は彼も知っていて、家族も、親族も一族女性はみんな短命なんです。」
「え・・・じゃ、あいつは呪いとか言っているが、呪いに託けて、何をするつもりだったんだ・・・?」
「呪いは私達一族の抱える問題であって他は関係ありません。多分、兵士を辞めて二人で静かに暮らそうって言う約束を果たせなかったからなんだと思いますけど。」
「・・・なんか、苦労して理解してもらおうという気が一瞬で消え去ったんだけど。」
「凄く同意するわ。帰ろっか?」
一族の抱える問題が呪いというのも少し気になったが、マリアが言うには治っているので問題は無いだろう。
1週間後、この二人は軍を辞めて村から去ったのは言うまでもない。
ファリスと不思議な馬を連れて食堂に戻ると、まだ事情を知らない兵士達が遠くに離れていく。そんな中でもエカテリーナは気にせず、席に着いた太郎達に飲物を出す。
「何か有ったんですか?」
あまり見た事のない妙に不機嫌な表情だったので、心配して言うと、太郎は苦みを込めて乾いた笑いを吐き出した。
「凄く残念な結果だったよ。」
「助からなかったんですか?!」
「いや、その逆。死んでもないし呪いも無いよ。」
「・・・?」
「呪いなんてね~、誰が考えた言葉かしらね~?」
マリアの言葉に周囲も少し考え込む。しかし、誰も明確な答えは持ち合わせていない。
「お困りの人が沢山!」
うどんが嬉しそうにやってきたのに、誰にしようか食指をそそるように悩んでいて、悩んだ挙句にマナを選んだ。どういう基準なのかは未だに良く分からない。
悩んだうどんを癒す存在は不要だよな。
「呪いは想いの強さなんだとは思うけどね。」
「想いの強さ・・・ですか?」
「うん、念じる言葉が正か負の違いだと思うんだよね。」
「それは私も思うわ~。」
「良い言葉は祝福となり、悪い言葉は呪禍となる。」
「へ~、そんな言葉が有るのね~?」
マリアが感心するので太郎は少し頬が赤くなった。
「そう思っただけだよ。」
「でも見当違いではないと思うわ~。」
マリアの説明では、回復魔法を真逆に作用させれば体力を奪うことができる。正と負が対となっていて、この世界の魔法理論では、炎で焼き尽くした相手を燃えるように蘇らせることも可能なのだ。ただし、成功した者は魔女を含めても存在しないのだが。
「それだけじゃなく、怨みや恐怖も、不幸や災厄も、呪いの効果としての意味合いが強くなるんだよね。」
「意図的に行った事ではなく、自然現象をまるで誰かの意思によって行われたと思わせるってことか。」
カールが納得しやすく噛み砕いて自分なりの答えを呟く。
太郎は同意した。
「そう、そして呪いを逆に利用する事で神の力と嘯いて、本当はアリもしない力を自分の能力ように見せ付ける・・・。」
「どっちに傾いても嫌な能力ね。」
「まあね、本当に存在したら世界樹だって枯らす事が出来るから。」
「恐いわねぇ・・・。」
マナはもう少し怖がっても良いんだよ?
マリアの膝に座らされたうえに、がっちりと後ろから抱きしめられているので、ふんわりとした気分になっているようだ。
「呪いは本当になんにでも使える都合のよい言葉だから、騙される人が多くてもそれを止めさせることができないんだ。」
「太郎よ、先ほど解決法ならいくらでもあるような事を言っておったではないか?」
「あー、あるよ。沢山。」
「でも止める事は出来ぬと。」
「考え方の違いだからね。それが正しいとか間違っているとかは関係なく、悪い考えに至らないようにしてあげるって事だよ。」
ナナハルは少し納得してくれたようだ。
「あの・・・私はどうしたら・・・?」
「どうするっていうか・・・どうしよう?」
「お世話していただいていて申し訳ないのでが、はやく帰りたいです・・・。」
悲しげな表情に包まれると、マナを太郎の頭に載せてファリスに抱き付いた。
ポロッと首が落ちそうになるのをサッと掬い上げる。抱きしめられてほわほわな気持ちになっているのか、顔が赤くなっていた。
その帰り道はウンダンヌが探しているのだが、未だに連絡は来ない。
「苦労してんのかな?」
「精霊よ~?」
「どうしてるのかな・・・?」
ウンダンヌはとてつもなく苦労していた。鉱山の中のどこかだと思って水の流れる周辺を重点的に探しているのだが、周囲の土層は魔石が多く、マナを頼りに探すと魔石に辿り着いてしまう。
「こんなはずじゃなかったのにーー!」
直ぐに見付けると豪語した為、見付けないと戻れないというプレッシャーも圧し掛かっていた。
「あー・・・またココに・・・。」
目の前には鉱員が居て、休憩中で食事をしていた。さっき来た時はグルしかおらず、つまらなそうに水をひっかけていてのだが・・・。
「なんで、また来たんです・・・?」
「うるさいわねー・・・、みつからないのよー・・・。」
「一度戻ったらどうです?」
「このまま戻れるワケないじゃない。」
「そんな重要な物をお探しで?」
ウンダンヌは意味もなく口らしき箇所から水を吹き出す。
「この山のどこかに門が有るらしいんだけどねぇ・・・。」
「門・・・ですか?」
グルは今までそんなものを見たことがない。
もしそんなにハッキリした変化があれば報告にあがる筈なのだ。
「そんな大切な物でしたらマナを感知したら不味いんじゃ・・・。」
マナを感知するという事は、ある程度の魔術師なら探し当てる事が可能で、マナを全く感じないモノこそ隠している意味が有るのが基本なのだ。
その扉の内側に何か有るのだから。
「そうよー、そうじゃない・・・ああああああ・・・なにやってんのー、わたしぃ・・・。」
それから数分後、ウンダンヌは目的の物を発見し、地中を突き破って地上に出たのだった。




