第230話 迷子と馬の子供
目の前にはどこからともなく現れた・・・なんだこれ?
確かに女の子に見えるのだが、真っ黒い鎧に身を包み、左の脇に自分の頭を抱え、その顔はメソメソと泣いている。
その後ろには首の無い仔馬が何も積んでいない荷台を曳いて、歩みの遅い女の子の後を歩調を合わせてついてくる。
「うっううっ・・・家・・・どこ・・・。」
太郎達に気が付かず、フラフラと歩いている。これを元居た世界で、深夜に一人で見たら、悲鳴を上げて逃げたと思う。
太郎の後ろには鉱山の入口と線路が有り、僅かながら灯りも配置されていた。
「・・・。」
頭の上からオデコをペチペチされる。
「ん、ああ・・・。」
太郎が歩み寄ると、泣き声が酷くなった。
大量の涙で前は見えないだろう。
「大丈夫?」
「は、ひっ?!」
右手で目を擦って涙を弾くと、その子がこちらを見た。
「たすけてくださ~い・・・。」
また泣きだした。
ものすごく異様な光景なのだが、元々この世界が太郎にとっては異様なので気に成るトコロはそこではない。
「こんな夜中に女の子が一人でどうしたの?」
「え゛、あ゛の゛っ・・・う゛す゛へ゛ぇ゛・・・。」
言語加護が機能しない。
太郎が手持ちの綺麗な布を渡すと、涙を拭いた鼻をかんだ。
「あ・・・あ、あの・・・ここは何処ですか?」
「ここ?村だけど。」
「村って、アスタロト村ですかぁ・・・?」
マナと太郎が目を見合わせる。聞いた事のない村の名前だ。ただし、この世界の全ての村の名前を二人が知っている訳では無いので、魔王国内には存在しないという意味で返答する。
「違うよ。」
女の子が太郎をじー――っと見つめる。
「・・・あ、アナタたち首取れない人ですか?」
マナがその子と同じように首を分離して見せた。
マナだからできる芸当(?)だ。
「良かった・・・仲間だ・・・。」
全く違うのだが、マナの所為でややこしくなりそうなのでそのまま話を続ける。
「キミは何処から来たの?」
「エンドブルムからアスタロトに向かう途中で封印の門を見学していたら吸い込まれて・・・そのあとは何処だから分からない所に。もう三日も何も食べてないんです・・・お腹空いて死んじゃうよぉ・・・。」
何を言っているのかいまいち理解できないが、お腹が空いているのは分かった。
って、森の中を三日も・・・魔物に襲われなかったのか・・・ケルベロスの群れが狩り尽くしたのか。
太郎が袋の中からパンを出すとその子の目が輝いた。
「食べていいよ。」
「なにこれ・・・すごく綺麗で・・・。」
受け取ると、その柔らかさにさらに驚く。
「ふわふわで・・・あむ・・・むぐむぐ・・・あまうぇ・・・おぃひぃ・・・。」
「よく噛んで食べてね。」
もぐもぐ・・・ゴクリ。
「こんな柔らかいパンはじめて食べました。お、お金払うんでまだありませんか?」
その子が渡してきたお金を受け取ったのはマナだ。
それにいつまで生首なんだ、戻してくれ。
「なんか不思議なコインね?」
そのコインには、どこか見覚えのある女性の横顔が刻印されていて、精巧に作られているのが分かる。
「5アリマでは足りないですか・・・そうですよね、何か高級そうだし・・・。」
「むしろ、このお金使えないんじゃない?」
「えっ・・・同族なのに知らないんですか?」
「・・・マナの首が取れるのは真似しただけで同族じゃないよ。」
その子は意味が理解できなかった。
しかし、ワルジャウ語を主言語としているのは共通しているようで、マナでも理解できる言葉で返答が来る。
「首・・・外れますよね?」
「バラバラにもなれるわよ?」
太郎の頭の上から腕と足が落ちて来たので、それを拾う。
姿勢を戻して手足をマナに返すと、女の子は明らかに怯えていた。
「えっ・・・えっ・・・え?」
「ほらー・・・マナが変な事するから。」
「えへへ、ちょっと遊んじゃった。」
「あの・・・あなた達は・・・?」
お金をマナが返し、パンではなく今度は飲物を渡す。
「あ、ありがとうございます・・・。」
ゴクゴクと飲む。
太郎の水だ。
「こんな美味しい水・・・どうやって・・・?」
満腹とまではいかないが、久しぶりの水とパンで少し落ち着いたようだ。
ココでは暗すぎるので、灯りのある方に移動する。
首の無い馬も付いて来た。
「で、キミはデュラハーンで良いんだよね?」
「はい、そうですけど・・・おふたりは?」
「俺は普人だよ。」
「え・・・伝説の普人が?!」
「伝説?」
「あのっ、ほ、本当に普人なんですか?」
「わたしは違うけど太郎は普人よ。」
「普人ってそんなに珍しいの?」
「珍しいというか、何千年も前から存在していません。というか、本でしか聞いた事がありません。」
「え?」
彼女の話ではデュラハーンだけが住んでいる国が有り、国は一つだけで魔物や動物なども本でしか聞いた事が無いという。一日の殆どが夜で、数時間だけ赤い光が空に輝く。殆どが作物を育てて、過去には争いも有ったが、今は一つの国が治めている。
「それがエンドブルムって訳ね。」
「俺が言うのも変だけど、まるで御伽噺か異世界みたいだね。」
この世界は異世界だが、異世界にとっての俺の世界も異世界なのだ。異世界に異世界が存在するというのは当たり前の事になる訳だが、異世界がそう何個も在るというと異世界的な感覚が変わる気がする。
「それにしても、封印の門なんて有ったのね?」
「あー・・・何となく知っていそうな人に心当りが・・・。」
「奇遇ね、私もあるわ。」
「・・・知っているんですか?」
太郎もマナも、コインに刻まれた顔には見覚えが有るのだ。
「あ、いた!」
後ろから兵士の声がする。
「やっと追いつきましたー。置いてくなんてひどいですよー!」
スーが太郎の肩に手を置いて、ひょいっと顔を出す。
兵士達は近付きたくないようで、カールも少し緊張していたが、太郎より後ろでは意味が無いと、太郎の横に立つ。
その子にしてみればいきなり大人達から囲まれたような感じで、助かったという気持ちから、恐怖に変わる。
「あっ、あ、あ・・・。」
「ちょっとー、恐がってるじゃないのよ。」
「あ、すまん・・・。」
「ごめんなさいですー・・・。」
二人はスッと後ろに下がった。
マナがぴょいっと飛び降りて、その子の腕に抱える頭を撫でる。
表情が少し和らいだ。
「なんかお母さんみたい・・・。」
折角泣き止んだのに、今度は寂しさで泣いた。
ヨシヨシしながらその頭を抱き寄せ、仔馬の荷台に座ると、女の子の身体も荷台に乗って座る。仔馬はゆっくりと動き出した。
何処へ進むか知っているかのように。
兵士の集まる深夜の食堂では、事情を知ったトヒラがいて、ダンダイルが不在だったので恐怖を感じながらも待っていた。ナナハルとオリビアもやってきて、寝ようとしていたマリアを叩き起こして椅子に座らせていた。
「なによー・・・ねたいのに~・・・。」
「太郎殿に寝ていたら起こすように言われたのだ。」
「太郎ちゃんが~?」
大きな欠伸をして、口もみっともなく開く。
「・・・何ですぐ来ないの~?」
「歩いて来るからだ。」
「歩いて・・・?」
暫くの無言が続くと、太郎達が入ってくる。
「ちょっと~・・・たろうちゃ~ん?」
太郎は女の子を連れて入ってくる。
周囲からは小さくないどよめきの声が上がっていた。
「これ知ってる?」
太郎がマリアの前に置いたのは5アリマコインで、少女の持っていたお金である。
「なにこれ、わたしそっくり・・・?」
手に取ってまじまじと見る。
マリアが驚いてくらいだから知らないようだ。
「ココに来るまでに時間がかかったのは少し話しながら来たからね。」
「それで・・・わたしに話って?」
マリアが真面目に聞く気に成ったようだ。
口調がそれを物語っている。
「この子の世界に行く封印の門って知ってる?」
マリアは太郎の後ろに隠れている女の子をじーっと見詰める。
「ふぅん・・・。」
「知ってるのね?」
「・・・デュラハーンが存在しているとはわらわも知らなかったぞ。」
「そりゃあね、絶滅寸前の所を私が造った袋の中に逃げ込んだから。」
「あー、やっぱり。」
太郎は以前にマリアがミスで自分の造った袋の中に閉じ込められた話を思い出していて、創造魔法さえ有ればその中で生活が可能なら、他にもそういう世界を創って生活している人が存在していても不思議では無いのだ。
異世界を作るという壮大な空間魔法だが、この魔法がどこまで広がるのか謎は多い。
「その子が何代目の子孫かは知らないけど、私が造った袋の中に色々と持ち込んで、デュラハーンの一族がまともに生活できるだけの生活空間は作ったわ。」
マリアはその子を驚くほどやさしい目で見詰めてから言った。
「貴方の世界は平たくて円い大地で世界の果ては暗闇でしょう?」
「は、はいそうです・・・。」
「一日の殆どが夜で、作物も数種類くらいしかないんじゃないかしら?」
「そうです。先ほどパンを貰いましたけど、こんなに柔らかくて美味しいパンは初めて知りました。あと、お水も凄い美味しかったです。」
「そりゃー私の造った水だから・・・不味いのよね・・・。」
太郎を見て、その差に落胆し、少し凹んでいるマリアはそれほど珍しくない光景になっている。
「太郎ちゃんくらい美味しければ・・・じゃなくて~・・・。」
口調が戻った。
「封印の門は私が造ったんじゃないわ~。」
「じゃあ場所は・・・?」
「えーっと・・・元々の空間を作る為に使った袋がある筈なんだけど~・・・。」
少女は何を言っているのか理解できない様子で、気が付いた時には太郎の腕を掴んでいた。最初は震えていたが、今は落ち着いている。
「温かいスープを用意しました。」
「お、ありがとう。」
エカテリーナは数人と手分けして温かいスープを配り、飲みおえた人から順次回収していく。
「遠慮しないで飲んで。落ち着くから。」
少女を椅子に座らせ、スープを飲むのを見ている。いったいこの子の飲んだスープはどうやって胃に運ばれているんだろう?
「真っ黒な鎧ですね・・・。」
飲みおえたコップを受け取ったエカテリーナが呟いた。
「これは私達の国の正装なんです。」
「正装?」
「はい。私は先日入隊しましたので、これからは常にこれを着用する事になっています。」
「入隊って事は軍隊があるのか?」
カールが質問すると少女は少し怯える。
その所為でカールは女性陣から軽く睨まれた。
「えっと・・・ありますけど・・・敵はいませんので形式だけです。何でも昔からの伝統?らしいのですが、それ以上はわかりません。」
「ところで外の馬じゃが・・・、アレは何を食べるのじゃ?」
「ポニスは食べません。」
「食べないじゃと?」
「あの子はマナを吸収して育ちます。入隊すると与えられるポニスで、私が成長するとポニスも成長します。」
「なるほどのう・・・。」
「あの、わたしからも良いですか?」
未だ名前を聞く事を忘れていて少女の名前は分からない。
「いいよ、なに?」
「女神さまですよね?」
「は?」
「コイツが女神~?」
マナが凄い表情でバカにするように言った。
その表情を口で説明できない。
「女神にしろって言った覚えはないけど~。まあ、そうなっても仕方が無いわね~。」
「封印の門を解除できるのは女神さまだけって言われていたので。」
「そんなことは~・・・あ~、あれね~。」
「思い出した?」
「この近くに鉱山が有ったでしょ~?」
「あるね。」
「あの周辺は洞窟も元々多かったのよ~、それでどこかに温かい水の流れる場所が有って~、ヒカリゴケで囲まれた小さな空間に~、門と門を守る番人を造ったのは覚えているんだけど~・・・解除するつもりがなかったから、そのまま場所忘れちゃって~。」
「それ、何年前の話なのよ?」
マナが問い詰める。
「え~っと・・・自分が袋の中に閉じ込められる前だから~・・・数千年前~?」
覚えていなくても文句は言えないレベルだ。
「鉱山の中ならグルさんに聞いた方が早いかな?」
「一応我々の方に鉱山内の報告は受けているが、そんな変わった事があったなら報告されている筈だ。」
「じゃあ・・・ウンダンヌ。」
太郎が手の平の上に小さな水玉を浮かせて発生させると、それが膨らんで女性の姿に変わる。
「主ちゃん、わたしを頼ってくれるのね!」
顔を寄せて、嬉しそうに頬ずりする。
「あ、おっ、おいやめてくれ。」
「遠慮しなくてもいいのに。」
周囲の者達が唖然とする中、太郎は唇を奪われていた。
その頭にチョップすると、少しだけ頭が潰れてすぐに元に戻る。
「やけに甘えるじゃん。」
「久しぶりだからね。で、何の用?」
「鉱山の中に門みたいなものがあると思うんだけど探してきてもらえる?」
「そんなのシルバでもできるじゃな・・・ないって。」
シルバは姿を現していないが意思疎通ができるらしい。
「水が有ればどこでも移動できるんだろ?」
「ふふん、任せなさい。直ぐに見付けてあげる。」
にゅるっと女性の姿が水玉に変わると、水玉が太郎から離れていく。
「移動速度はシルバの方が上なんだな。」
「風と水だからね。」
欠伸をするマリアを無視して太郎が椅子に座ると、トヒラとカールが残り、他の兵士達は解散する。
「戻ってくるまで待つのか?」
「ナナハルは寝る?」
「子供達はもう寝ておるからの・・・こ奴の寝床はどうするのじゃ?」
「私の部屋の隣で良いんじゃない~?」
少女は女神さまの隣の部屋で寝るというとんでもない事を体験する事になるのだが、その子以外は誰にも女神だとは思われていない。
「ポニスを部屋に入れてもいいですか?」
「良いけど、荷台はどうするの?」
「外に置いておきます。」
いいよと伝えると、ポニスが勝手に入ってきた。
のそのそと近寄ると、飼い主に無い頭を摺り寄せているように見える。
「寝る時ってその頭・・・。」
「寝るときはくっ付けます。そうじゃないと何処かに転がってしまって・・・。」
恥ずかしそうに少女は言う。
そして残った者達は少女の言葉に僅かな驚きをみせ、同じ言葉を思い浮かべた。
「(くっつくんだ・・・。)」
と。
暫く待ってもウンダンヌは戻ってこず、呼び出したシルバによると虱潰しに探すので移動に時間がかかる分、探すのも時間がかかるだろうと言われ、少女に寝るように伝える。
「そう言えば名前を聞いてなかった。」
「あ、ファリスと言います。」
「わたしはマナ、こっちはタローでー、あっちはー・・・。」
何故かマナが応じていて、部屋に残った者達の名前を教えると、少女は丁寧にお辞儀をし、首の無い仔馬と一緒に二階へ上がっていった。それを女神と同じ顔の女性に案内されたので、妙に緊張してしまい、知らない世界と初めての環境も相まって、綺麗すぎるベッドに寝転んでも、暫く眠れなかった。
いつもは堅いベッドと暗い部屋でひっそりと寝ていたのだが、深夜でも巡回する兵士の足音が聞こえると、そのたびに外を見てしまう。
ポニスの背中を撫でて心を落ち着かせると、やっと寝れたのだが、既に夜明けの方が近い時間であった。




