第227話 孤児と村の子供
村は太郎の意志とは無関係に発展を続けている。
商人が多く集まるという噂も広まり、魔王国以外の人達まで集まるようになっていて、ギルドの設置の必要性も高まっている。
村の中心に位置していた太郎の家も引っ越す事が決まり、今はまだ村外れに巨大な建築予定地が作られているだけだ。
浴場は誰でも使えるようになり、太郎が毎日お湯を入れ替えているが、それを知っているのは元々この村に住んでいる者達だけだ。なので太郎が忘れて風呂が無い日になると苦情が来る問題も発生している。
「お風呂専用の井戸を作ればいいじゃない~。」
マリアが井戸を掘る事になった。
嫌な顔をするが断らせない。
宿屋にも専用の浴場が有り、女性が管理しているので清潔感も有って女性客に人気がある。孤児院にも有る風呂場は広くはないが子供用で時間交代制だ。
「なんか村の規模からすると風呂多過ぎ?」
「誰かに用意して貰えるんでしたら毎日入りますよー!」
「俺を見て言うな。」
「えへへー。」
しかし、スーと入るとマナも来るし、マナが居れば遠慮なくエカテリーナもポチ達もやってくる。風呂場にケルベロスが4匹もいればすごい毛が抜けるが、ちゃんと洗えばいい。お湯は俺が出すから問題なし。まだ子供達同士で男女という理由で恥ずかしがることもない。でも、お互いの身体を見比べて触り合うのはやめてくれないかな。
マナが率先しないでくれ、頼むから。
「お母様が何事も勉強だって。」
ナナハルがそう言うなら俺は何も言えない。
でも俺の身体は触らなくて良いから。
村に移民が増えると、その家族の子供達も増えてくる。孤児と村の子供達が出会う事はあまりないが、幸せそうな子供を見ると喧嘩を吹っ掛けるという悪しき風習が有るのが孤児院だという。
まあ・・・気持ちが分からない訳でもないが、良い事ではないのは確かだ。
「子供同士の喧嘩で大騒ぎになってるって?」
「私が全員をゲンコツして無理矢理止めても良いんですけどー・・・。」
それは最後の手段じゃないか。
「原因は分かる?」
「なんですかねー・・・、どうやら村の子供の方が孤児をバカにしたのが始まりみたいですけどー。」
この村の孤児は他の孤児院と全く違って、衣食住に不備がない。教育も問題ないし、清潔感だったらどこにも負けないとの太鼓判をダンダイルから貰っている。
そして、それを知らない移民の子供達は、孤児という事だけで、貧乏で汚いと勝手に思い込んでいるのだ。
悪しき風習というのは反対側の立場にも有るという悪い例だ。
「服装なんかは移民たちよりも良い服着ているんですけどねー。」
「思い込みってなかなか変えられないからな。」
「その上もう一つ問題が追加されまして―。」
「追加?」
「ククルとルルクの二人が子供達にナンパされましてー、何故か奪い合いになっているそうですー。」
「はぁ・・・?」
現場に向かうかどうか悩んだのだが、うどんの大きな胸が太郎の頭の上に乗せられた時に行く事を決めた。
「おもろしがって世界樹様が現場に向かわれたそうだ。」
その声を聴いて誰からの情報だったか確認する事もなく、うどんを払い除けて急いで向かうと、現場は村の子供と孤児達で20人ぐらいが、既にひっくり返っていた。
「・・・ナニコレ?」
現場に到着した時に寄って来たはポチで、マナを背に乗せてきたのは良いのだが、やる事が無くて眺めていたという。そのマナは子供達の前で二人を守るように仁王立ちしている。
「俺が入り込むとモフモフされるからな・・・。」
そっちかい。
「で、どういう状況?」
「マナが何か言い合ったらしいが、ウサギの二人以外をひっくり返した。」
ポチは見たことをそのまま正確に伝えたつもりだが、太郎には少し情報が足りない。
「あ、おとーさん!」
タイチだった。
どうやらマナよりも少し早く来ていたらしく、詳しく説明してくれた。
ポチが少し凹んでいるのは仕方がないと思う。
「どーして私を口説かないの?!」
違う、マナ、そうじゃない。
「ぱぱー・・・。」
助けられた二人が太郎に気が付いて逃げてきて、そのまま抱き付いた。
「お前達っていつもこんなに口説かれてるのか?」
「・・・うん。」
「てか、相手は子供だよな・・・。」
スーが追い付いてきて、太郎の肩に手をのせて存在を示す。
「子供の喧嘩に大人が入るって何か気が引けるんですよねー。」
「それはそう。」
「でも、子供の癖にナンパするとか、近頃の若者って分からないですねー。」
それを言うと大人というより年寄り臭くなるんだが、それを言うのはやめておこう。
「・・・取り合い・・・したんだよな?」
「ですねー。」
「お前達は断ったんだろ?」
「うん。」
「孤児院の子供達とも仲が良かったんだ?」
「うん。」
「移民の子達とは?」
「宿屋に行くとよく話しかけられて・・・。」
「それナンパだよ。」
タイチがサラッと付け加える。
「特に扇情的な服装じゃないけど・・・二人を見るともやもやするn・・・いや、何でもない。」
父親として発言には気を付けたい。
なんでスーが俺をニヤニヤして見てくるのかな。
マナがまだ何か言っているが話を聞いていなかったので、孤児達に言った言葉しか聞き取れなかった。
「あんた達もすぐに手を出さない!」
「は、はーい・・・。」
孤児達がここまで来れるという事は卒院する予定の連中という事だが、問題を起こすのなら一度戻した方が良いだろう。反省させるのも必要だ。
トボトボと帰っていく子供達を眺めながら呟く。
「しかし、全く状況が分からん。」
ふわっと白い布が太郎の視界を遮る。
マナが太郎の肩に乗ったからなのだが、なんで布で覆うんだ。
手でスカートを捲り上げて視界を確保する。
「おわった?」
「おわったわよ。だけどメンドクサイ連中ね。」
「あいつらは何だったんだ?」
「この二人を誰が最初に恋人にするか競争をしてるのよ。」
「はぁ?」
「以前に二人が誘拐されそうになったじゃないですかー?」
「うん?」
「それで大人が口説きに来る事は無くなったんですけど、今度は子供の方がー。」
「なんだよそれ、兎獣人って珍しくはないだろ?」
「バカねー太郎は。」
フーヤレヤレって感じで喋っている。
きっとそういうポーズもしているだろうが、マナは太郎の肩に座っているので確認はできない。
「童貞を捨てる勝負じゃない。」
「あ~~~、分かりたくない。」
「わたしでも良いと思わない?!」
「それはダメ、絶対。」
あまりにも怖い声で言ったのでマナがちょっと吃驚する。
抱き付いたまま見上げるように太郎を見る二人。
「もちろん二人も駄目。」
「僕は?」
少し説明を加える。
「ダメと言うのはまだ成長していないから。大人と認められるのなら恋愛は自由だよ。もちろん、相応の責任も持つ事になるけどね。」
タイチにそう言うと、抱き付く二人が同時に言った。
「「パパと結婚するー!」」
べしっとチョップが頭ではなく右腕にくる。マナが居るから頭を叩けないのであって、いなければ容赦なく叩いただろう。
「太郎さんは少し自嘲しましょうねー。」
叩いた箇所をぎゅっと握って、笑顔を太郎に向ける。
これは今夜くるという事だ。
「いいか?セキニンって大事だからな。」
「う、うん。」
ポチが無言で太郎を見詰めていたのだが、何故か下を向いた。
村は今日も活気が溢れている。
移民は留まる事を知らず、ついには下級貴族もやってくるという事になって、太郎は有無を言わさずたたき出した。
勿論、トヒラを経由してダンダイルに報せてからだ。
「貴族階級が悪いとは言わないし、ココには軍隊もいるから階級は有るけど、無用の問題まで抱えたくないので貴族はお断りです。」
「名誉男爵で、ココに来る前まで平民だったのだ。」
「それでもいずれ上を目指したりするのでしたらここは領地に向いてませんし、アンサンブルに家を構えるのが筋だと思いますよ。」
「太郎君の言っている事は間違いではないが、男爵にも色々いてな・・・、まあ、それはこちらの問題だから、太郎君を優先させてもらう。手間をかけてすまなかったな。」
「あ、いえいえ・・・。」
「それにしてもなんで貴族だと分かったのかね?」
「貴族だから優先しろって言っていたからです。」
ダンダイルは丁寧に頭を下げて「すまなかった。」ともう一度言い、その貴族から階級を剥奪する申請書を魔王に提出した。
何が有って貴族に成ったかは知らないが、貴族に成るという事は魔王国の責任の一部を背負う事になるので魔王が最終判断をするという構造になっていて、判子だけが必要な事ではあるが、手続きは複雑だった。
手続きが終わって城内の自室に戻った時、ダンダイルは明らかに疲労が見えていて、報告に来たトヒラに要らぬ心配をさせている。
「ダンダイル様は最近、頭を下げてばかりのような気がします。」
「太郎君相手では仕方のない事だ。それに、関わった以上私が楯にならなければ、暴走を食い止める方法が減ってしまう。」
「暴走ですか?」
「太郎君は信頼に値する人物だが、過去にどれだけの人物が信頼を無にしたか知っているだろう?」
「可能性が有ると?」
「世界樹様が居るから殆どゼロに近い。しかし、世界樹様を失ったらどうなると思うかね?」
「激怒と共に世界のバランスが崩壊する・・・のは流石に大袈裟過ぎませんか?」
「魔女が居て、天使が監視しているあの村で平然と過ごしているほどの男だ。」
「天使・・・。」
「それに、あの村に居ると妙に腰を下ろしたくなってしまう。」
「ダンダイル様もあの村に住みたいですか?」
"も"と言うところに意味がある。
「・・・まぁな。」
「・・・既に魔王国全体の1割があの村の生産力で賄えています。独立しないのが不思議なくらいですが・・・。あの人はそんな事をするように全く見えないから困るんです。少しくらい不審な行動が有っても良いと思うのですが、不審だと思う時はたいてい女性がらみなんですから。」
「全く、か・・・。勇者問題なんて小石程度に思えるな。」
「そうですね。」
杞憂に終わる問題であると思っているが、可能性は頭の隅に残している。本当なら魔王に悩んでもらう問題であるが、今の魔王にそこまで期待していないし、この問題を解決しようとするのなら、鈴木太郎と魔王国が対等の立場である事を証明しなければならない。そして、対等とすると争いの火種にもなるし、反感も有るだろう。まだまだ、あの村は多くの人に認められなければならない。
それが鈴木太郎の望まない結果になろうとも・・・。
最近はマナのお散歩道具と化しているポチだが、夜の見回りは欠かさずやっている。チーズとその子供も付き合ってくれるので、知らない者から見れば家族のようにも見えた。そして、人に危害を加えないケルベロスとしても有名で、家畜やペットとは違う扱いを受けていた。
「凄いな、もうこの辺りに魔物なんかいないんじゃないか?」
巡回警備中のケルベロスを見た兵士の感想である。
ポチはいつものように兵士より先に発見し、魔物を狩り取っていた。それでも一人では運べないので片付けは兵士に任せている。そして鼻に血の匂いがこびりついている所為でポチは気が付かなかった。
「あれ、他にケルベロスなんていたっけ・・・?!」
疑問が悲鳴に変わった時、兵士のわき腹が引き千切られていた。力なく倒れ、絶命する。
『いたぞ・・・だ。』
聞き覚えのある言語だ。しかし、うまく聞き取れない。
チーズが睨みつける。
『あなた達は・・・。』
『他にもいたのか、人に飼われし家畜が。』
『なにを!』
悲鳴を聞いて駆け付けた兵士が暗がりでポチを発見するが、どうして良いのか分からず立ちすくむ。
「おい、ケルベロスがケルベロスに襲われているぞ!」
「どっちがポチなのか分からん・・・。」
慌てて隊長に報告に走る兵士と、食い千切られた仲間を助けようとして近付く者、彼らは慣れ過ぎた所為でケルベロスに対する警戒心が少し薄れていた。
『あなた達は逃げなさい。』
子のケルベロスも成長して体は大きく成っているが、戦闘をほとんど経験していない所為でかなり弱い。母親としてはすぐに逃げるように伝えたが、懐かしい匂いの所為で逃げる事を忘れていた。
『人に飼われた仲間なんぞ要らぬ。』
突然現れた大群のケルベロスに、ポチは怯むことなく真っ向から突撃した。
「何処から現れたんだ・・・。」
「おい、報告するならちゃんと数を・・・!」
兵士の悲鳴が増えた。
次々と襲われ、報告に走った兵士も、ついには食われた。
8名の死体と、4匹のケルベロスの前に、血に飢えたケルベロスが無数に集まっていた・・・。




